(6)あなたのものになりたい

 

 

~ユノ~

 

 

チャンミンから仕掛けられるキスは、回数を重ねるごとに深くなっていく。

 

一度は肉体関係を結んだが、あの時は『客と犬』

 

俺は金を払ってチャンミンを抱き、彼の中に精を吐き出し、チャンミンは報酬をもらって(彼の手元に渡ることは永遠にない。店で衣食住を得るために )俺に抱かれた、に過ぎない。

 

俺とチャンミンはもう、『客と犬』ではなく、キスといった性的な接触はすべきではないと思ったから。

 

チャンミンは、「お兄さんとのえっち、優しかったです」なんて言っていたが、そこには愛はなかった。

 

愛か...最後に愛情をもって誰かの素肌に触れたのはいつだっただろう?

 

拒まずチャンミンの唇を俺は受け止めてきた。

 

最初は戸惑いもあったし、無下に押しのけてしまったらチャンミンの気持ちを傷つけてしまう。

 

チャンミンがどんな感情を持って唇を重ねてくるのか、推しはかることができない。

 

チャンミンと交わすキスに、愛があるのかどうか探るなど...キスひとつに深い意味を見出せないほど、俺は汚れている。

 

『犬』を続けてきたチャンミンにとって、キス程度は大したことではないだろう。

 

かつて『犬』だった者...俺もチャンミンも...は、セックスへの抵抗が著しく弱いのだ。

 

気前よく身体を差し出すことができる。

 

俺たちの身体は、『道具』だったから。

 

チャンミンにはキスといった形でしか、好意と感謝の気持ちを表わせないのだろうな。

 

キスの回数を重ねるごとに、接触した唇から温かいものが伝わり、俺の心を刺激するのだ。

 

チャンミンに青いチョーカーを贈った日のキス。

 

いつものような唇同士が重なるだけのものだったが、斜めに傾けられたチャンミンの頬に俺の鼻は塞がれ、呼吸がままならなかった。

 

チャンミンに頭を押さえられていたから、酸素を求めて口をわずかに開けた隙に、彼の舌がぬるりと侵入してきた。

 

舌同士が重なった時、「ああ、もう駄目だ」と心中でつぶやいた。

 

自制もそこまでだった。

 

チャンミンからキスをねだられ、俺の方から積極的に動かなかったのは、自制のタガが外れ、彼を押し倒してしまうかもしれなかったからだ。

 

出会った日。

 

チャンミンを1人の人間として、ではなく、欲を放つための身体として抱いたのだ。

 

見た目も綺麗だが、いい身体...つまり穴、をしていた。

 

今でも、あの時の頭の芯がしびれるほどの快感をいくらでも思い出せる。

 

俺の動きに合わせて揺れていた細い腰と、繋がったそこから次々と与えられた強烈な刺激。

 

チャンミンを抱きたくて仕方がなかった。

 

 

 

 

チャンミンを連れて、念願の散歩にでかけていた。

 

チャンミンから外出をねだったわけではなく、俺が出掛けたかったのだ。

 

店を飛び出してきた時に着ていたTシャツとデニムパンツを身にまとい、スニーカーを履いたチャンミン(靴擦れ予防に、かかとに絆創膏を貼ってやった)

 

Tシャツデニムといったありふれた格好をした青年。

 

ところが、街中を歩かせてみると違和感があった。

 

奇抜なファッションをしているとか、派手な髪色をしているわけじゃない。

 

確かに、背も高く手足が長いスタイルは、一般人にしておくのは勿体ないほどだ。

 

単にスタイルがいいだけじゃない何か...普通じゃない空気をチャンミンをまとっていた。

 

異空間で生まれ育った者が、ある日突然ぽん、とこの世界に送り込まれた...そんな空気だ。

 

きょろきょろと周囲を見わたし、足を止めてしまうチャンミンに合わせていたため、徒歩10分ほどの公園にたどり着くまでに日が暮れてしまう。

 

「チャンミン、口が開いてるぞ」と、ぽかんと口を開けて、大型ディスプレイ広告に見入っていたチャンミンの背中を叩いた。

 

「すみません。

すごいなぁ、って思って」

 

人混みの間を縫って歩くのは、チャンミンには難しかったようだ。

 

通り過ぎる者にしょっちゅうぶつかってしまっては悪態をつかれ、「ごめんなさい、ごめんなさい」とペコペコ頭を下げていた。

 

俺も『犬』を卒業したばかりの頃は、今のチャンミンみたいだった。

 

チャンミンの場合、都会に出てきたばかりの田舎者より酷かった。

 

もしかしたら、街を歩くことすら初めてなのかもしれない...その可能性が高い。

 

見かねた俺は、チャンミンと手を繋いで歩くことにした。

 

俺の手を強く握り返すチャンミンの手。

 

街には様々な人間で溢れているのだから、大の男同士が手を繋いで歩く光景は珍しいことじゃない。

 

ここがオフィス街だったとしても、俺はチャンミンと手を繋いだだろう。

 

チャンミンを守ってあげたい。

 

そして、チャンミンに触れていたい。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

お兄さんが客として僕を抱いた時、「あれ?」と気付いたのだ。

 

僕の扱い方はとても優しかったのに、僕を埋めるものは凄く固かったのに、お兄さんの気持ちはここにあらず、だった。

 

大抵の客たちは、僕の身体に夢中になるのに。

 

お尻を洗いながら、客たちは何が楽しくて僕のお尻にシューチャクするんだろう、といつも疑問に思う。

 

すっきりとした表情になって帰っていく客たち。

 

僕の中にどろどろを吐き出して、すっきりしたんだろうな。

 

客たちは僕の中に何を吐き出したいんだろう。

 

どろどろをいっぱいいっぱい、僕の中に吐き出されても...僕は平気だ...多分。

 

もの凄く気持ちよくしてくれる客もいることにはいる。

 

僕の身体はびくびく震えているけど、僕の心はエロ部屋の片隅からえっちの光景を眺めている感じなのだ。

 

変な顔して変な声を出して腰を振る客たちの、なんと間抜けなことよ。

 

 

 

 

「外で食べるメシは美味いだろう?」

 

お兄さんに尋ねられて、僕は「はい」と元気いっぱいに答えたけど、お兄さんと一緒なら場所がどこだって美味しい。

 

僕らはご飯を食べていた。

 

目を閉じて、鼻からいっぱい空気を吸い込む。

 

まぶたの透かした日光がオレンジ色に明るくて、ぽかぽかと温かい。

 

お兄さんの家の方が空に近いのに、地面に足をつけたここの方が、太陽が近い気がするんだ。

 

不思議だね。

 

秘密の花園から見下ろす世界は、遠くぼやっとした薄青い靄に過ぎなかったものが、今はこうして近くにある。

 

刺激が強すぎて、なんだか嘘みたいで、本当のことじゃないみたいだ。

 

今みたいに、女の人や子どもがいて、ボールを投げたり、草の上に寝転がってたり、走っていたりする。

 

世の中にはいろんな種類の人がいて、誰もが僕のことなんて気にせず、いろんなことを楽しんでいるのがいいと思った。

 

皆がみんな、僕の身体を触ったり、へんな恰好をさせたり、お尻の中に出したいわけじゃないんだな。

 

お尻の下のコンクリートは熱いくらいで、お兄さんは片手をかざして太陽の光を遮っていた。

 

細めた目元が優しかった。

 

川の方から時折、ふわ~っと風が吹いてきて、お兄さんの前髪を揺らす。

 

僕はイチゴをパクパク食べながら、隣のお兄さんの横顔を飽くことなく眺めていた。

 

お兄さんと僕は同じ人種のはずだけど、肌の白いことといったら!

 

綺麗だなぁ。

 

つんとした鼻の先も柔らかそうな下唇も、ぺろって舐めたくなる。

 

キスしたいなぁ、と思った。

 

お兄さんにもっともっとくっ付きたい。

 

Tシャツとデニムパンツといった僕と同じ格好をしているのに、お兄さんは断然、カッコいい。

 

触ったらだめかな?

 

そうっと手を伸ばして、筋肉の形をひろったデニムパンツの太ももに触れた。

 

手の平の下の、固く引き締まった太ももに繋がる箇所を思うと、僕のお尻はむずむずする。

 

「チャンミン」

 

怒られるかなぁ、と思って、そうっと見上げると...あれ?笑ってる。

 

「俺にも頂戴」

 

そう言ってお兄さんは、僕の膝の上のイチゴを目線で指した。

 

僕一人で全部を平らげるところだった!

 

お詫びのつもりで、お兄さんの口元までイチゴをひと粒ひと粒、運んであげた。

 

イチゴを齧る前歯の白いことといったら!

 

3粒目のイチゴがお兄さんの口の中に消えた頃、いいことを思いついた!

 

「僕にも食べさせてください」

 

もっと早くこれを思いついていれば!

 

お兄さんは「甘えん坊だな」とくすくす笑って、その最後の1粒を食べさせてくれる。

 

素早くお兄さんの指をくわえた。

 

僕の口の中でお兄さんの指が一瞬、引っ込みかけたけど、そのままでいてくれた。

 

嬉しかった。

 

お兄さんの人差し指を、僕は丹念に舐めた。

 

舌先で指の腹をくすぐり、指先まで戻ったかと思うと深く咥え込んでみたり、頭を上下させた。

 

お兄さんの指をまるで、アレのように。

 

僕の片手はお兄さんの太ももに乗ったまま。

 

違う場所に手を滑らせたかったけど、ここは我慢だ。

 

 

(つづく)

 

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