~ユノ~
俺の自制とは頼りないものだったんだな。
チャンミンによって導かれた指は、彼の谷間に埋められてゆく。
俺の背にチャンミンの両腕がまわり、肩に頬を摺り寄せた。
指先が到達したそこは、湯上りの火照りと興奮で、熱く湿り気を帯びていた。
いいのだろうか。
流れにのって、この指をより深い穴へと埋めていってもいいのだろうか。
「...お兄さん。
挿れて...奥に...」
囁くようなかすれ声、俺の薄いTシャツ越しに熱い吐息がかかる。
俺の迷いを見通したのか、
「はあぁ...」
そのため息は甘美なものなのに、局部を触れられて、安堵しているかのように聞こえた。
よかった...念願叶った、というように。
チャンミンはこうされたかったのだろう。
俺はチャンミンのために、一か月くらいの期間に過ぎないが、出来る限りのことをしてきたつもりだ。
快適な衣食住を用意したのは、感謝の言葉や見返りが欲しいわけじゃない。
誰かのために心を尽くすこと...初めてだった。
俺のやり方はきっと、的外れだったり、不足していたことも、もしくは過剰だったりもしただろう。
でも、俺なりにチャンミンには、何ひとつ不自由のない生活を贈りたかっただけだ。
暮らしの過程で、見聞を広め、面白いなぁ、好きだなぁ、幸せだなぁ、と思えることを増やして欲しかった。
どんなにささいなことでも、そのひとつひとつに、顔のパーツ全部を使って驚いたり、笑ったりするチャンミンの姿にどれだけ癒されたことか。
チャンミンを側に置いているのは、結果的に俺自身のためで、可愛そうな元『犬』を庇護している征服感を得たかったんだろうな。
要するに、自己満足を得たいがための施しだ。
そんなつもりはなくても、チャンミンは『施し』の匂いを嗅ぎ取っていたのかもしれない。
...そんなつもりはなかったんだけどな。
俺はチャンミンと同じステージに立っていなかったのだろう。
日々の何気ない言葉や行動から、『大事にされている』実感を得にくい者だったとしても、俺がそんな風じゃチャンミンが不安に感じて当然だ。
チャンミンは愛玩犬じゃない、人格と個性、思考をもったひとりの成人男性。
『俺はチャンミンを買ったわけじゃない』ことを証明しようと、性的な接触を避けてきた。
自制してきた。
『犬』であった過去から全く抜け出せていないチャンミンを、そこから脱却させるには、見守るだけじゃ足りない。
ひとりの人間として...男として対面しないと。
俺がしたかったこと。
俺が欲しいもの。
チャンミンが欲しがっているもの。
・
チャンミンは俺の指を口に含むと、唾液をまつわりつかせて、潤いを足した。
俺はチャンミンの下着の中に、手を滑り込ませた。
谷間の奥へ到達した指。
閉じたままのそこは柔らかく、指の腹でくるくると円を描くうちに口を開く。
「あっ...あ、ああぁ...」
ふるふるとチャンミンの腰が小刻みに震えている。
チャンミンは背中に回していた腕を上げ、俺の頭をしがみつくように抱きしめた。
俺の中指が飲み込まれる。
その抵抗のなさに、チャンミン自身でそこを慰めていたことが分かった。
俺の家に来てからも、日常的にいじってきたのだろうか。
『犬』時代、一日に何度も使ってきたそこ。
仕事中のそれと、プライベートで行うそれと、チャンミンはうまく区別できているのだろうか。
熱くぬめったものが、俺の指を締め付ける。
「あ...はぁ...」
指の腹で壁をぐるりと擦りあげ、ひねりながらゆっくりと抜く。
「もっと...お兄さんっ...。
もっともっと...!」
俺の首にしがみついたチャンミンは、切羽詰まった声でそう繰り返した。
そして、自ら下着を腰下まで引き下ろした。
チャンミンの先端から下着へと、透明な糸がひく。
露わになったチャンミンの前が、むくりと正面を向いている。
体毛を全て処理してあるせいで、艶めかしい。
「...はぁ...」
唾液を足した中指と薬指をクロスさせ、入り口へと埋めていった。
根元まで埋めたまま、かぎ型に曲げた2本の指で壁を探る。
これ以上押し広げたら痛いかもしれない...ところが、3本目もぬるりと飲み込まれた。
『犬』だったチャンミンのそこは、女のように柔軟だった。
「お目が高い。この子は女のように柔らかいですよ」と言った店主の台詞が蘇った。
「...んんっ...」
そこを探り当てた時、チャンミンの腰がガクガクっと痙攣した。
「あ、はっ...はぁ、気持ちいいです...いいです。
もっと...もっと」
チャンミンの熱い吐息が、耳たぶを湿らせぞくりとした。
チャンミンの肌は燃えるように熱かった。
力いっぱい抱きしめられて、俺はのぼせそうだった。
「お兄さん...もっと。
激しくして...もっと...!」
チャンミンは一歩後退し、片膝をソファに乗せた。
俺は一旦指を抜き、次は前から腕を差し込みそこへ突き立てる。
俺はチャンミンの乞いに応え、彼の中に埋まった指のスライドを大きくした。
振動に合わせてチャンミンのそそり立ったものが、俺の一の腕にぺたぺたとぶつかる。
「いいっ...いい、あっ...いいです」
今日は、指だけで勘弁してもらおうと思った。
女のそこのように、俺の3本の指を締め付けてくるうねり。
感じ入るチャンミンの喘ぎに、俺の全身が沸騰しそうだった。
絶対に手をつけてはいけないと自制していられたのもわずか1か月のこと。
その自制が壊れたからといって、最後までしてしまうのは勢い任せのようで、俺自身が嫌だったのだ。
なんだかんだ理屈をこねていたくせに、結局はセックスなんだと。
「...ああ...あん...ああああぁ...」
今夜は愛撫だけで。
チャンミンの反応を見ながら、手加減したものではなく、苦痛をもたらすようなものでもなく、最大限の快楽をもたらす愛撫だ。
チャンミンの天国行きへのスイッチも、既に見つけた。
『商売道具』だとチャンミンが嘲笑する穴を、俺のかつての『商売道具』のひとつであった指で愛撫する。
俺の身体も穢れている。
指だけに限らず、唇も舌も、前も後ろも。
タチもできる『犬』は珍しかったから珍重された。
肌を合わせているその者の、性感を引き出すための道具だった。
「お兄さんのえっちは優しかったです」と、うっとりと語ったチャンミン。
優しくなんかない。
肌を合わせた者の『いいところ』をいち早く見つけて、そこを効果的に刺激してやるコツを会得していただけに過ぎない。
俺だって、かつては『犬』だったんだから。
・
俺の胸に伏せたチャンミンの頭が、ずりずりと落ちてきたのを、彼の腰に腕を回して支えてやる。
チャンミンの目はあらぬ世界を見つめ、ぽかんと開いた口も唾液で濡れて光っている。
チャンミンの先から垂れ続ける潤みの線が、俺の腕へと伸びては切れている。
チャンミンのそこをこすり、タップする。
「あっ...あっあっあっ...」
俺の指の動きにあわせて、背に回したチャンミンの腕に力がこもる。
喘ぎはかすれた甲高いものに変わってきた。
間断なく喘いで、そして果てた。
先から放たれたものが、俺の腕を濡らした。
・
俺たちは『犬』だった。
見世物として『犬』同士が繋がり合うこともあったが...。
『犬』を離れたところで、プライベートな場で、私情で『元』犬同士が繋がり合うなんて...。
俺がチャンミンに手を出すべきじゃないと自制してきた理由の1つなのだ。
俺こそ『犬』であったことを、未だに引きずっている。
俺の指だけで、肌を紅潮させ、身を震わすチャンミンの背を見て、このことに気付いたのだ。
(つづく)
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