~チャンミン~
「ぶはっ!!」
マグカップを揺らしてしまい、
「あぢぢぢぃぃぃっ!」
火傷しそうに熱い珈琲を太ももにこぼしてしまった。
なななななにを突然言い出すんだ、この子は!
そうだった!
民ちゃんは「こういう子」だったんだ!
「チャンミンさん!!
ズボンを脱いで下さい!」
と、悲鳴をあげると、民ちゃんは僕のデニムパンツを脱がせようとするから、慌てた僕は彼女の手首をつかむ。
「わー!
駄目だって、民ちゃん!」
「火傷がひどくなります!」
パンツ一丁姿は恥ずかしいし、でも太ももは焼け付くように痛いし、結局民ちゃんの馬鹿力によって脱がされてしまった。
「真っ赤ですね。
...痛そうです」
水で濡らしたタオルと、よく冷えたジュースの缶で患部を冷やしてくれる。
「ちょっとはマシになったよ...」
「......」
「民ちゃん?」
僕の太ももを冷やす民ちゃんの手が、止まっている。
「?」
民ちゃんの視点が、あの一点に固定されていることに気付いて、僕は民ちゃんからタオルを奪い取った。
「民ちゃん!」
そうだった、民ちゃんはこういう子だった!
「......」
民ちゃんは腕を組んで、何やら考え込んでいる。
「...民ちゃん?」
「以前、『彼氏彼女ごっこ』をしましたよね」
「う、うん。
したね」
あの時のこっぱずかしい茶番劇を思い出した。
記憶喪失になってしまったと勘違いした僕は、何をとち狂ったのか「民ちゃんの彼氏」と嘘をついた。
それを信じ切ったふりをした民ちゃんと、『恋人ごっこ』をしたのだ。
「チャンミンさんの設定では、
付き合って『2週間以内』に
『真っ昼間』にエッチしたんでしたよね」
民ちゃんは、「2週間以内」と「真っ昼間」を強調して言った。
「...うん、そんなこと言ったような言ってないような...」
あの時の自分の発言は、一字一句はっきりと覚えている。
密かに隠していた僕らの本心が、分かりにくい方法で露になった時のことだ。
「場所はチャンミンさんのお部屋。
それからそれから、私から迫った設定でしたよね?
...これって、チャンミンさんの願望ですか?」
さすが民ちゃん...全部覚えてる。
「え...えっと...それは...」
民ちゃんの突っ込んだ質問に、僕は頭フル回転で思いついたことを、苦し紛れに回答した。
ひそかに思い望んでいたことが、ぽろりと出てしまった瞬間だったのだ。
「...そうだったの、かな...?」
「チャンミンさんは、2週間後にエッチをする予定なんですね?」
「いや...それは、あくまでも仮定の話であって...」
「2週間ですか...そうですか...。
早いですね」
「だからっ!
実際にそのつもりでいる、っていう意味じゃないから!」
そうなんだよなぁ。
僕の彼女となった民ちゃんと、いずれは『そういうコト』をするわけでして...。
でもなぁ。
民ちゃん相手に『そういうコト』をしたら恐れ多いというか、そういう対象で見たらいけないというか...躊躇する気持ちは確かにある。
(しょっちゅう民ちゃんを触りまくっていた過去については、脇に置いておく)
けれども、まさか今夜中に告白してしまうつもりはなく、さらには即OKをもらえるとは予想もしていなかったから、その後については正直、全然考えていなかった。
告白後すぐに、『そういうコト』の心配をしてしまうあたりが、民ちゃんらしいというかなんというか...。
「そうですか...。
そうなんですね」
民ちゃんは難しい顔をして、腕を組んだままだ。
眉をひそめて唇を尖らせて、何やら考え込んでいる。
突拍子もない言葉が飛び出すんじゃないかと、ワクワクしていた僕だけど、目の前の民ちゃんが可愛すぎた。
脚を2つに折って座った民ちゃんの膝小僧は小さく、最後に会った時より伸びた髪が片目を隠している。
僕の手がオートマティックに動いて、民ちゃんの前髪に触れ、そうっと耳にかけていた。
とっさの僕の行動に驚いた民ちゃんの、上瞼がふるりと震えて、僕の下腹がきゅっと緊張した。
民ちゃんの耳たぶに触れていた僕の手は、欲求に突き動かされて、彼女の髪の中に滑り込む。
丸い目がますます大きく丸くなって、民ちゃんの口が「まあ」といった風に開く。
金縛りにあったみたいに、かちかちに固まってしまった民ちゃんが可愛らしい。
その次の行動もオートマティックだった。
斜めに傾けた顔を、民ちゃんに近づけた。
「もう一度だけ...」
と囁いて、開いたままの民ちゃんの唇を自分のもので覆いかぶせた。
びくんと震えた民ちゃんが逃げないように、彼女のうなじにかけた手に力を込めた。
どう頑張って見ても男の子にしか見えないし、加えて僕と瓜二つの顔。
そんなことに僕は騙されない。
民ちゃんの気持ちを知って、ますます女っぽく色っぽく僕の目に映っている。
どうしようかな、と一瞬迷い、恐る恐る舌先を出しかけて、やっぱり引っ込めた。
『私はピヨピヨのヒヨコなんですよ』と言っていた民ちゃん。
驚かせたら可哀想だ。
「っ、チャンミンさんっ...!」
「!」
胸をどんと押されたことで、引きはがされるように僕らの顔同士が離れる。
「駄目です...チャンミンさん。
付き合ったその日にもうエッチしちゃうのは、私の理想じゃないです」
「いや...そういうつもりじゃ...!」
「いーえ!
チャンミンさんはその気満々でした!」
「ほんとに違うって!」
「チャンミンさんったら...。
パンツ一丁になってるじゃないですか」
「これはっ...民ちゃんが脱がしたんであって...」
「臨戦態勢じゃないですか。
暴れてるじゃないですか!?」
「ええぇぇぇ!?」
民ちゃんの目線がついと下がったから、タオルで隠した中を確認してしまうじゃないか。
「嘘です」
「もぉ~、民ちゃん」
いつものごとく民ちゃんにからかわれてばかりだけど、僕はつくづく思う。
民ちゃんと一緒にいると、とても楽しい、って。
そして、大好きだって。
(第一章終わり)
(第二章につづく)
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