(101)NO?

 

 

~チャンミン~

 

「ぶはっ!!」

 

マグカップを揺らしてしまい、

 

「あぢぢぢぃぃぃっ!」

 

火傷しそうに熱い珈琲を太ももにこぼしてしまった。

 

なななななにを突然言い出すんだ、この子は!

 

そうだった!

 

民ちゃんは「こういう子」だったんだ!

 

「チャンミンさん!!

ズボンを脱いで下さい!」

 

と、悲鳴をあげると、民ちゃんは僕のデニムパンツを脱がせようとするから、慌てた僕は彼女の手首をつかむ。

 

「わー!

駄目だって、民ちゃん!」

 

「火傷がひどくなります!」

 

パンツ一丁姿は恥ずかしいし、でも太ももは焼け付くように痛いし、結局民ちゃんの馬鹿力によって脱がされてしまった。

 

「真っ赤ですね。

...痛そうです」

 

水で濡らしたタオルと、よく冷えたジュースの缶で患部を冷やしてくれる。

 

「ちょっとはマシになったよ...」

 

「......」

 

「民ちゃん?」

 

僕の太ももを冷やす民ちゃんの手が、止まっている。

 

「?」

 

民ちゃんの視点が、あの一点に固定されていることに気付いて、僕は民ちゃんからタオルを奪い取った。

 

「民ちゃん!」

 

そうだった、民ちゃんはこういう子だった!

 

「......」

 

民ちゃんは腕を組んで、何やら考え込んでいる。

 

「...民ちゃん?」

 

「以前、『彼氏彼女ごっこ』をしましたよね」

 

「う、うん。

したね」

 

あの時のこっぱずかしい茶番劇を思い出した。

 

記憶喪失になってしまったと勘違いした僕は、何をとち狂ったのか「民ちゃんの彼氏」と嘘をついた。

 

それを信じ切ったふりをした民ちゃんと、『恋人ごっこ』をしたのだ。

 

「チャンミンさんの設定では、

付き合って『2週間以内』に

『真っ昼間』にエッチしたんでしたよね」

 

民ちゃんは、「2週間以内」と「真っ昼間」を強調して言った。

 

「...うん、そんなこと言ったような言ってないような...」

 

あの時の自分の発言は、一字一句はっきりと覚えている。

 

密かに隠していた僕らの本心が、分かりにくい方法で露になった時のことだ。

 

「場所はチャンミンさんのお部屋。

それからそれから、私から迫った設定でしたよね?

...これって、チャンミンさんの願望ですか?」

 

さすが民ちゃん...全部覚えてる。

 

「え...えっと...それは...」

 

民ちゃんの突っ込んだ質問に、僕は頭フル回転で思いついたことを、苦し紛れに回答した。

 

ひそかに思い望んでいたことが、ぽろりと出てしまった瞬間だったのだ。

 

「...そうだったの、かな...?」

 

「チャンミンさんは、2週間後にエッチをする予定なんですね?」

 

「いや...それは、あくまでも仮定の話であって...」

 

「2週間ですか...そうですか...。

早いですね」

 

「だからっ!

実際にそのつもりでいる、っていう意味じゃないから!」

 

そうなんだよなぁ。

 

僕の彼女となった民ちゃんと、いずれは『そういうコト』をするわけでして...。

 

でもなぁ。

 

民ちゃん相手に『そういうコト』をしたら恐れ多いというか、そういう対象で見たらいけないというか...躊躇する気持ちは確かにある。

 

(しょっちゅう民ちゃんを触りまくっていた過去については、脇に置いておく)

 

けれども、まさか今夜中に告白してしまうつもりはなく、さらには即OKをもらえるとは予想もしていなかったから、その後については正直、全然考えていなかった。

 

告白後すぐに、『そういうコト』の心配をしてしまうあたりが、民ちゃんらしいというかなんというか...。

 

「そうですか...。

そうなんですね」

 

民ちゃんは難しい顔をして、腕を組んだままだ。

 

眉をひそめて唇を尖らせて、何やら考え込んでいる。

 

突拍子もない言葉が飛び出すんじゃないかと、ワクワクしていた僕だけど、目の前の民ちゃんが可愛すぎた。

 

脚を2つに折って座った民ちゃんの膝小僧は小さく、最後に会った時より伸びた髪が片目を隠している。

 

僕の手がオートマティックに動いて、民ちゃんの前髪に触れ、そうっと耳にかけていた。

 

とっさの僕の行動に驚いた民ちゃんの、上瞼がふるりと震えて、僕の下腹がきゅっと緊張した。

 

民ちゃんの耳たぶに触れていた僕の手は、欲求に突き動かされて、彼女の髪の中に滑り込む。

 

丸い目がますます大きく丸くなって、民ちゃんの口が「まあ」といった風に開く。

 

金縛りにあったみたいに、かちかちに固まってしまった民ちゃんが可愛らしい。

 

その次の行動もオートマティックだった。

 

斜めに傾けた顔を、民ちゃんに近づけた。

 

「もう一度だけ...」

 

と囁いて、開いたままの民ちゃんの唇を自分のもので覆いかぶせた。

 

びくんと震えた民ちゃんが逃げないように、彼女のうなじにかけた手に力を込めた。

 

どう頑張って見ても男の子にしか見えないし、加えて僕と瓜二つの顔。

 

そんなことに僕は騙されない。

 

民ちゃんの気持ちを知って、ますます女っぽく色っぽく僕の目に映っている。

 

どうしようかな、と一瞬迷い、恐る恐る舌先を出しかけて、やっぱり引っ込めた。

 

『私はピヨピヨのヒヨコなんですよ』と言っていた民ちゃん。

 

驚かせたら可哀想だ。

 

「っ、チャンミンさんっ...!」

 

「!」

 

胸をどんと押されたことで、引きはがされるように僕らの顔同士が離れる。

 

「駄目です...チャンミンさん。

付き合ったその日にもうエッチしちゃうのは、私の理想じゃないです」

 

「いや...そういうつもりじゃ...!」

 

「いーえ!

チャンミンさんはその気満々でした!」

 

「ほんとに違うって!」

 

「チャンミンさんったら...。

パンツ一丁になってるじゃないですか」

 

「これはっ...民ちゃんが脱がしたんであって...」

 

「臨戦態勢じゃないですか。

暴れてるじゃないですか!?」

 

「ええぇぇぇ!?」

 

民ちゃんの目線がついと下がったから、タオルで隠した中を確認してしまうじゃないか。

 

「嘘です」

 

「もぉ~、民ちゃん」

 

いつものごとく民ちゃんにからかわれてばかりだけど、僕はつくづく思う。

 

民ちゃんと一緒にいると、とても楽しい、って。

 

そして、大好きだって。

 

 

(第一章終わり)

(第二章につづく)

 

 

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