~チャンミン~
モヤモヤと渦巻く不快感で眠れなかった。
理由はもちろん、自分がしでかしてしまった一件だ。
部屋に戻った僕は、飲みたくもないコーヒーを淹れ、飲みたくもないビールを開け、そわそわと落ち着かなかった。
荒れた感情を落ち着かせたかった。
...僕は最低だ。
好きで好きで好きでたまらない子と、念願叶って彼氏と彼女の関係になれた。
それなのに...。
布団に入り携帯電話のディスプレイをじっと睨みつけた。
民ちゃんからのメッセージはない。
僕こそ、例えば「さっきはごめん」の謝罪のメッセージひとつ送っていなかった。
泣いて帰っていった、民ちゃんを追いかけなかった。
もしかしたら民ちゃんは待っていたかもしれないのに。
今夜の民ちゃん発言が相当堪えていた僕は、彼女に意地悪をしたかったのだ...敢えて。
なんと言って、民ちゃんと仲直りしよう。
仲直りもなにも、僕が一方的に腹をたてていた喧嘩だ。
リアと交際していた1年間で、僕は仲直りの方法を忘れていた。
・
民ちゃんが田舎を出る決心をしたのは、ユンと出会い誘われたからだという。
おそらく仕事についても、最初からユンの元で働く約束になっていたに違いない。
とろけた表情で、でも寂しそうに「片思いです」と語っていた。
ぺちゃぱいなのを異常に気にしていて、胸が大きくなるサプリメントはないかと僕に尋ねた。
「裸になる予定でもあるの?」と冗談半分で質問したら、動揺していた。
昨日の昼間、ユンの事務所で「ヌード」の言葉にも、民ちゃんはえらく反応していた。
(ん...?
ヌード!?)
ガバリ、と跳ね起きた。
民ちゃんは過去の恋愛事情を、馬鹿正直に...彼氏には内緒ごとはいけないと...ぶちまけたわけじゃなかったとしたら...。
「相談したいことがある」と言っていた。
聞く耳も持たなかった僕はその言葉を一蹴し、会話を打ち切ってしまった。
「ユン」ワードに強烈な嫉妬心に襲われた僕は、執拗に民ちゃんを責めた。
民ちゃんに好きな人が過去にいようと、今の彼女の気持ちが僕だけに向いていてくれるのなら、それだけで素晴らしいことなのに。
それも、僕と瓜二つの子と、運命とも言える出逢いの人を得たにも関わらず。
民ちゃんの場合は、せいぜい「片想い」だ。
一方の僕はといえば、リアと交際していて同棲までしていた。
片想い程度で取り乱した僕は、民ちゃんを独占したい欲を膨らませていたのだ。
民ちゃんはこれまでにユンのモデルを務めていたらしい。
「そうか...!」
民ちゃんの相談事とは、「ヌードモデル」についてだったんだ!
「このまま続けてもいいですか?」と、僕に許可をもらおうとしたんだ。
ユンの元で働きつづけることなのか、彼氏がいながらヌードモデルを続けることなのか、その辺は民ちゃんに尋ねてみればいい。
呑気に寝ていられなかった。
「しつこいな」と吐き捨てた時の、民ちゃんの傷ついた表情と言ったら!
気遣いのできる男だと実は、自負していた。
ところが、自己中心的で平気で相手を傷つけることができる面を持っていた。
僕はコートを羽織り、外へと飛び出した。
既に時刻は深夜過ぎだったけど、構わなかった。
民ちゃんはすでに眠ってしまっているだろうけど、叩き起こそう。
ああ、やっぱり。
謝罪の言葉を伝えたくて、民ちゃんの眠りを邪魔しようとしている僕。
恋に盲目になった僕は、あきれるほどカッコ悪い男に成り下がってしまうのだ。
民ちゃんの隣にいるとリラックスしている証拠に、気取っていられない。
民ちゃんとはまだ体の関係はない。
ないけれども、心同士は一体に溶け合っていると信じているのは僕だけのようだ。
民ちゃんの方はそうでもなさそうなのが、寂しい。
どこか遠慮がちで、僕に隠し事をしている。
せっかく民ちゃんが、そのひとつを開示してくれたのに、僕の拒絶っぷりときたら...自分でも驚いている。
民ちゃんには偉そうなことを言っておいて、実のところ、彼女のことは何でも知りたい。
不都合なことは知りたくなくて。
自分の中に我儘な子供が存在することに、驚いた日だった。
・
深夜の住宅街は暗く静かで、僕の靴音とはあはあ言う呼吸音だけが耳に響く。
吐く息が白い。
羽織ったコートが暑い。
走れば10分足らずで到着する。
民ちゃんのアパートを見上げた。
さて、これからどうしようか。
チャイムを鳴らし、ドアを叩くわけにはいかない。
まずは電話だ!
「馬鹿か、自分は?」
踵を返し、僕のマンションまで全速力で戻った。
携帯電話をひっつかみ、民ちゃんの元へ引き返した。
「はあはあはあはあ」
両ひざに手をつき、かがんで息を整えた。
アパートの2階を...民ちゃんの部屋のある辺りを見上げた。
「あ...!」
窓から灯りが!
僕は門扉を開けた。
(つづく)
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