(37)NO? -第2章-

 

チャンミンとエム女史に背を向けた時点で、民は後悔していた。

子供じみた言動が恥ずかしくてたまらない。

 

(馬っ鹿じゃないの!)

 

自分の頭をポカスカ殴りたかった。

背中を向けた以上、引っ込みがつかなくなって、エレベータへと1歩1歩踏みしめる足取りもフリだった。

 

(チャンミンさん、大人げない私を放っておいてください)

 

民に関しては正常でいられないチャンミンが、彼女を追ってきても仕方がない。

 

「民ちゃん!」

 

親し気に民を呼ぶチャンミンに、エム女史は「友人同士か何かかしら?」程度の関心しかなかった。

まさか二人が恋人同士とは露ほどにも思いつかなかったのは、すべて民のルックスにある。

チャンミンと異常なほど似ている男顔であること、長身で凹凸の少ない体形であること。

 

(兄弟ではないと言っていたけれど...。

それにしても、子供っぽい人ね。

ま、私には関係ないけれど)

 

平凡そうな性格のチャンミンは、分かりやすい女性らしさを好むタイプなのでは?と、エム女史は判断していた。

 

(以前は彼女がいるとかで断られてしまったけれど、噂によると同棲状態を解消して、今は独り暮らしだというから...チャンス到来だわ)

 

だからか、エレベータの扉の前でへの字口になった民を覗き込み、なだめている風のチャンミンの姿を見ても、エム女史の心は一切ざわつかなかった。

ただ、アポイントメントまであと10分を切っていて、話に夢中になっている前方の二人に、そろそろ声をかけるべき時間が迫っていた。

 

 

「民ちゃん、どうしたの?

変だよ?」

「何でもないです。

お仕事中でしょ?

私に構っていないで、あそこの『可愛い人』と打ち合わせかなんだかに行ってくださいよ」

 

民は手を振って、チャンミンを「しっしっ」と追い払うフリをした。

『可愛い人』ワードに動揺しないチャンミンに、「無自覚、鈍感!」と民の機嫌はさらに悪くなった。

 

「何を怒っているの?」

「怒ってません!」

駄々っ子な自分を止められない自分が恥ずかしくて、民は両手で顔を覆った。

 

「顔が怒ってる」

 

チャンミンは民と目を合わせようと、彼女の手首をつかんだ。

 

「イライラしているだけです!」

民はひん曲がった表情を見られまいと、馬鹿力を出してチャンミンに抵抗した。

 

「ユンか!?

ユンに何かされたのか!?」

「ユンさんは関係ありませんよ。

何でもユンさんに結び付けないで下さい!」

 

エム女史に強い嫉妬心を抱いたとは、恥ずかしくて言えない。

それから、小首を傾げてチャンミンを見上げる仕草に媚を感じとったからと、「あの人はチャンミンさんを狙ってます」とも言えない。

民にとって恥ずかしいづくし、初めて抱く強烈な嫉妬心のやり場が分からない。

 

(私はプチパニックです...!)

 

「じゃあ、何を怒ってるの?

気になるじゃないか」

 

(あ~も~、チャンミンさんはしつこいなぁ)

 

「カリカリしてるのはですね...」

チャンミンをひとことで黙らせるワードを思いついた。

「生理前だからです!」

「!!」

「生理前の私はね、怒りの沸点が低くなってですね、どう猛になるんです!」

 

「...そっか、そうだったんだ」

男であるチャンミン、こればっかりは黙るしかない。

 

(...でも、民ちゃんは隠し事をしている)

 

「生...理だけが理由じゃないでしょ?」

「...うっ...」

「今日は定時で帰れるから、その時聞かせて?」

「......」

「やっぱりユンに何かされたんだろ?

これからあいつに会うから、抗議しておく」

「あ~!

それはダメですよ。

...あれ?

メールを読んでいないんですか?」

「メール?」

「はい。

ユンさんに会う前に、必ず読んで下さいよ!」

「分かった」

 

チャンミンの肩ごしに、腕時計をちらちら見るエム女史が見える。

 

(悔しいけれど、可愛らしい人)

 

民は「私は野暮用があるんで...じゃ!」と、この場を立ち去りかけて、気付いた。

チャンミンとエム女史を二人きりにするわけにはいかないことに。

民は二人をオフィスまで案内する体でエレベータの前に立ち、操作ボタンを押そうとした時...。

 

(はっ!

私たちが7階に到着した時、エレベータの前にリアさんが待っていたら...。

チャンミンさんとリアさんを、会わせるわけにはいかない!

二人ともに気まずい思いをさせてしまう!

それからそれから、二人の破局の理由に私も関わっているんだし!

このエレベータを使わせるわけにはいかない!)

 

民は二人を駐車場の外へと誘導しようと、「このエレベータは時間がかかりますから、エントランスの方のを使いましょうか?」と、エレベータの階数表示を指さした。

 

「!!!」

 

するすると地階へと下りていく階数ランプが目に入った。

 

「あら、ちゃんと下りてきたわよ」

エム女史の言葉に、チャンミンは「大丈夫みたいだよ」と民の方を見た。

 

ユンのオフィスとアトリエのある階のみ停止する、オーナーの特権エレベータ。

あっという間に到着し、マットブラックの扉がスライドした。

扉の向こうには民の予想通り、スタイル抜群の美女が立っていた。

 

「ああぁ...」

 

チャンミンとリアの反応が見ていられなくて、民は顔を伏せた。

 

(つづく)