(47)NO? -第2章-

「チャンミンさん、先にお風呂に入ってきてください」

 

「えっ!?

僕が?」

 

調子が狂いっぱなしの(これまで民の隣にいて落ち着いていられた時はあっただろうか?)チャンミンに、今はどんな言葉を投げつけても素っ頓狂な答えしか返ってこない。

 

「はい。

『シャワーを浴びてくるよ』っていう台詞、よく聞きますから」

 

民は立ち上がると、「僕が?」と鼻先を指したままのチャンミンの腕を引っ張り、立ち上がらせた。

 

「あっ!

こういう時って、女の人が先なんでしたっけ?」

 

民は突如浮かんだ疑問に、チャンミンを掴んだ手を離してしまった。

チャンミンは床に尻もちをついてしまう。

 

(今まで、シャワーの順番など考えたこと無いぞ)

細かい手順を気にし始めたら、キスまで到達する頃には夜が明けていそうだ。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて僕が先に入るね。

民ちゃんが先だと、僕を待たせたらいけないって気を遣っちゃうよね?

ゆっくり入りたいでしょ?」

 

「...それはどちらが先でも、同じことでは?」と、民は思ったが、こだわり始めたらキリがないことに気が付き始めていた。

「どうぞどうぞ」とチャンミンの背を押した。

民にとって、どちらが先に入浴するかよりも、入浴の際、全身の要チェックポイントを再確認することの方が重要だったのだ。

 

 

チャンミンが入浴中、民は静寂さに落ち着かず、TVをつけたが騒音にしか聞こえなかった。

ぐるりと室内を見回した。

荷ほどきは大方済んでいるようだが、家具といえばローテーブルひとつ程度で、殺風景極まりない。

チャンミンはリアと同棲していた部屋を出て行く際、家電も家具のほとんどを残していったのだ。

 

(ぷっ。

洗面所の棚から大量のコンドームが出てきたのよね。

あの時のチャンミンさんの慌てた顔といったら!)

 

チャンミンの引っ越し荷造りの手伝いをした日のことを、思い出していた。

 

(彼氏の前カノと面識があるのって...なんだか嫌だなぁ。

しかも、その前カノが上司の今カノ?前カノ?だったりして...。

無視したくても姿を見てしまうから、リアルに想像してしまって...嫌だなぁ...)

...と、民の思考は負の方向へ流れかけたが、「大事なのは、現在進行形の恋だ!」

 

細かいことにこだわるあまり自信を失ってしまいがちな自分...民は十分認識していて、直したい自分のベスト3に入る。

民は室内観察に戻ることにした。

「もし、ここに私も暮らすことになったら...」と、多くの彼氏持ちが1度は抱く妄想に浸り始めた。

ちらっと隣の寝室を覗くと、床に延べられた布団が一式。

 

(あそこで...!?)

 

そして民らしく、例の行為を頭の中で想像し始め、それに伴って数えきれないほどの疑問点、不安点が羅列された。

 

 

15分で入浴を終えたチャンミンは、民とバトンタッチした。

民を待たせたらいけないと、慌ててドライアーを当てた髪は濡れている。

 

「タオルとかシャワーとか、一応説明するね。

このアパート、ちょっと変わった造りになってるから」

と、民を伴って脱衣所へ移動した。

 

「うちにあるタオルは全部、新品だから。

気兼ねなくいっぱい使ってね」

「はい」

 

チャンミンはあのマンションで使用していたリネン類は、このアパートには持ち込んでいないことを暗に伝えていた

 

「水とお湯の切り替えは、そこのコックを押したり引っ張たりするんだ。

ね、変わってるでしょ?

43度のお湯が出る設定になってるんだけど、民ちゃんには熱いかな?」

 

頷く民に、

「40度まで下げておくね。

ぬるかったら、ここのボタンを押して」

 

説明しながらチャンミンは、民と初めて会った日のことを思い出していた。

「ああ、あの時も、こうやって浴室の使い方を説明したなぁ...」と。

 

「シャンプーとリンスは男ものだけど...いいよね?

『いいよね?』っていうのは、民ちゃんが男っぽいっていう意味じゃないよ」

 

自分とほぼ同じ顔をした民。

 

(やばっ)

 

フォローしたつもりが墓穴を掘ってしまったと、焦ったチャンミンだったが...。

振り返ると、チャンミンを見る民は呆れた表情をしていた。

 

「あのですね、チャンミンさん。

そこまで気を遣ってくださらなくても結構です。

慣れてますし、その程度のことで気を悪くしたりしません」

「だって...」

「すぐに拗ねたりしていたのは、半分以上ジョークでしたから」

「え...?

そうだったの?」

 

チャンミンと瓜二つの民は、男っぽい外見がコンプレックスだった。

ぽろりとこぼしてしまった発言で民の機嫌を損ねてしまい、その都度チャンミンは謝ったり、なだめたりしていた。

 

「だって、チャンミンさんが面白くて...っていうのは嘘で、私の機嫌を直そうと一生懸命なチャンミンさんを見ることが好きだったんです。

それに、チャンミンさんの隣にいると、自己肯定感っていうんですか?

こんな私でもいいんだ、って自信がちょこっとだけ持てるようになりました」

「民ちゃん...」

 

「自信が持てた」の言葉に、チャンミンのまぶたの裏が熱くなる。

チャンミンは自身を卑下してばかりの民に自信をもってもらい一心で、彼女を褒め続けていた。

民は抱えていたトートバッグを床に下ろすと、チャンミンの首に両腕を回した。

 

「!」

 

民はチャンミンの耳たぶに触れそうなくらい口元を近づけ、囁いた。

「私。

今夜を境に『女』になります...」

「!」

身体をビクビクッと震わせたチャンミン。

 

「チャンミンさんったら、耳が真っ赤です。

可愛いですね」

 

民はチャンミンの首から腕をほどくと、ケラケラ笑った。

 

「あの...着替えたいのですが?」

「ご、ごめん!」

 

我にかえったチャンミンの耳は、ますます真っ赤になった。

 

「一緒にお風呂に入るのは、私たちにはまだまだ早いです。

覗き見したいのでしょうけど、もうしばらくお待ちください。

ほら、出て行ってください」

と、チャンミンは民に背中を押されて脱衣所を追い出されたのだった。

 

「ごゆっくり~」

 

 

(彼氏宅の初お風呂!)

 

チャンミンの入浴後で、床はまだ温かい。

チャンミンの説明通りにお湯を出し、シャワーで全身を濡らした。

そして、浴室に設置された鏡に自身の身体を映す。

(胸は無いが肌は色白だし、寸胴だが肌はすべすべだ。

大丈夫!)

 

かけ湯を終えた民は、湯船に浸かった。

 

(気持よかぁ...)

 

緊張のあまり強張った首と肩を温かいお湯でほぐす。

次に、絞ったタオルを頭のてっぺんにのせ、湯船の縁にうなじを預けて天井を仰いだ。

「ふぅ...」

 

身体はぬくぬくと温まり、リラックス気分になった民からは、自然と鼻歌が漏れていた。

 

 

一方、チャンミンは壁にもたれ足を投げ出し、ゲーム中だった。

どっきんどっきんどっきん。

今か今かと、風呂上がりのカノジョを待つのはカッコ悪い。

でも意識は浴室にビンビンと向けられているせいで、ゲームに負け続けている。

入浴したばかりというのに、緊張の汗をかいてしまっている。

 

「ん?」

 

浴室からふわふわと漏れ聞こえてきた。

 

(これは...鼻歌だ!)

 

チャンミンは耳をすまし、その鼻歌の正体を探った。

 

(これは...)

 

♪きたかぜ~、小僧のかんたろ~♪

ことし~も まちま~で...♪

とても気持ちがよさそうだ。

♪るるる~、るるる~

 

「ぷっ」

 

(♪るるる、じゃなくて

♪ヒューん♪だよ...)

 

チャンミンの緊張もほぐした民であった。

 

(つづく)