【55】NO?-君をぎゅっとしたい-

 

~チャンミン~

 

建物の中とはいえ、季節は秋。

 

寒くて仕方がなくて、立ったり座ったり、廊下を行ったり来たりして、民ちゃんを待っていた。

 

民ちゃんが現れるのを今か今かと、突き当りの階段に注意を払っていた。

 

待ちきれなくてアパートの門扉の前まで移動した。

 

街灯の灯りが邪魔をして、見上げた空に瞬いているはずの星々は霞んでいる。

 

あれから30分も経つのに、到着しない民ちゃんが心配になって、ポケットから携帯電話を取り出した。

 

「うわっ!!!」

 

どすんと背中に衝撃が走った。

 

弾みでよろめいたけど、転ばずに済んだのは、民ちゃんに後ろから抱きしめられていたから。

 

振り返ったおでこに民ちゃんの頭がぶつかった。

 

そう、民ちゃんは僕と同じくらい背が高いのだ。

 

「民ちゃん...」

 

僕の胸の前で、民ちゃんの手がクロスしている。

 

ぎゅっと僕のコートを握りしめていた。

 

「チャンミンさん...」

 

民ちゃんの温かい息が、僕の耳裏を湿らせる。

 

冷え切った身体が一瞬で、湯上りみたいに温かくなった。

 

そして、民ちゃんを愛おしく想う心が溢れそうになった。

 

好きだ、って。

 

僕は民ちゃんが大好きだ、って。

 

初めて顔を合わせた時のことを、息が止まるほど感動した感情まで僕を満たした。

 

「チャンミンさんの...馬鹿」

 

「ごめん」

 

「『ごめん』って、何に対して謝ってるんですか?」

 

「え?

民ちゃんをほったらかしにしてたから」

 

「チャンミンさんったら、ホンット―にお馬鹿さんですね!」

 

民ちゃんは、『ホンット―に』に力を込めて言った。

 

「そうだよ。

僕はお馬鹿だ」

 

うまく立ち回ることのできなかった、自分の不器用さに呆れていたし、先回りの心配ばかりしていて、大事なことを大事な人に伝えられずにいた僕は大馬鹿ものだ。

 

「私がどうして怒っているのか、ちっとも分かっていないみたいですね!

ホンット―に...ムカついてます」

 

「何をそんなに腹を立ててるの?」

 

民ちゃんに後ろから抱きつかれたまま、僕は民ちゃんの話を聞く。

 

中途半端に宙に浮かせていた手で、民ちゃんの骨ばった手の甲を包んだ。

 

僕のものより、一回り小さい手なんだ。

 

「...リアさんのことです」

 

「!」

 

「どうして話してくれなかったんですか?」

 

「...私、チャンミンさんはリアさんと結婚するものだと、思い込んでいたんですよ?」

 

「け、結婚!?」

 

「赤ちゃんができたと聞いたら、イコール『結婚』でしょう?」

 

「...確かに」

 

「『リアとは半年以上やってない』とか愚痴ってたくせに、リアさんが妊娠するなんておかしいじゃないですか!

赤ちゃんができてどうのこうのって、リアさんと言い争いしてましたよね?」

 

「うん」

 

「私が聞いてしまっていたことにも気づいていましたよね」

 

「うん」

 

「リアさんに会いました」

 

「リアに!?」

 

「私...チャンミンさんに会いに行ったんです」

 

「え!?

いつ!?」

 

「さっきです!

そこで、チャンミンさんは引っ越していったって、リアさんに聞きました」

 

「...そっか」

 

「どうして、『リアが妊娠しているのは、僕の子供じゃないんだ』って教えてくれなかったんです?」

 

「......」

 

民ちゃんが指摘するように、リアの妊娠騒ぎは僕にはあずかり知らない一件だったと、民ちゃんに知らせるべきだった。

 

でも、それが出来なかったのは...。

 

「どーせチャンミンさんのことです。

同棲中の彼女にいつのまにか浮気されてて、それにずーっと気付いていなかった。

『そんなカッコ悪い姿を、民ちゃんに見せたくないよ』、って思ってたんでしょ?

カッコつけたがり屋なんですよ」

 

正解。

 

僕の台詞の部分だけ、口真似をするから可笑しくって小さく吹き出してしまった。

 

僕の子じゃないんだからと、薄情にもリアを置いて出て行ってしまう行動を咎められたくなかった。

 

『チャンミンさんは冷たい人ですね。リアさんを支えてあげないといけないでしょう?』って、咎められたくなかった。

 

「チャンミンさんのだんまりのせいで、どれだけ私が悲しい想いをしたか!」

 

民ちゃんが腹を立てているのは、この部分だ。

 

「...ごめん」

 

「チャンミンさんにはリアさんがいるから ...私っ...我慢してたんです。

...っく...私っ...好きな人がいるのに、それなのに、チャンミンさんにはリアさんとキスとかして欲しくなかったんです」

 

民ちゃんの言葉が嗚咽交じりのものになってきた。

 

「うんうん」と僕は頷きながら、後ろ手に民ちゃんの頭を撫ぜた。

 

「チャンミンさんは優しくしてくるし...っく...私には好きな人がいるし...。

チャンミンさんはスケベなことをしてくるし...!」

 

「スケベなこと?」

 

「いっぱいキスしてきたじゃないですか...2回ですけど。

抱きついてきたときもあったじゃないですか!」

 

「あー」

 

「私はパニックですよ。

チャンミンさんみたいに経験者じゃないんです。

私は、ピヨピヨのヒヨコなんですよ?」

 

「ごめん」

 

僕はさっきから、謝ってばかりだ。

 

「怪我は?」

 

「...治りましたよ、とっくの昔に!」

 

「よかった。

髪の毛も、伸びたみたいだね」

 

「チャンミンさんって、やっぱりお馬鹿さんですね」

 

ぼそりと低い民ちゃんの声に、何かおかしなことを言ったっけ?と首をひねる。

 

「今、大事なことを話しているのに、私のハゲの話は後にしてください!」

 

ぴしゃりと民ちゃんに叱られ、僕は「ごめん」と謝る。

 

「チャンミンさんの家を出て...寂しかったです。

もの凄く...っ...うっ...寂しかった、です」

 

僕は片手で民ちゃんの頭を撫ぜ、もう片方でぎゅっと民ちゃんの手を握った。

 

「うっうっ...んっく...」

 

「うん。

僕も寂しかった。

ちゃんと説明をできなかった自分が情けなかった。

あの時、全部話してしまえばよかったのに、って後悔してたよ」

 

民ちゃんは、一か月以上、会いにこなかった僕を責めなかった。

 

僕からのメールを無視し続け、電話もかけてこない民ちゃんを責める気持ちはなかった。

 

民ちゃんは、僕の気持ちに気付いている。

 

僕も、民ちゃんの気持ちに気付いた。

 

僕たちは性別は違うけど、双子以上に顔が似ている。

 

僕とは違う箇所探しに夢中になっていて、盲点となっていたところ...。

 

それは、恋愛に関しては臆病で、慎重で、鈍感なところ。

 

そっくりなんだ。

 

だから、相手への想いに気付いてからの行動が亀みたいにのろまなんだ。

 

時間がかかることを知っているから、相手を責めないんだ。

 

「民ちゃんがいなくて、とても寂しかった」

 

民ちゃんの頬と僕の頬が、火照った肌同士がぴったりくっ付いている。

 

民ちゃんは力持ちだから、力いっぱい抱きしめられて苦しいくらいだ。

 

「民ちゃんに...会いたかった」

 

「チャンミンさん...泣かないでください」

 

「...泣いてないよ」

 

「泣いてます」

 

「民ちゃんの涙だって」

 

「私のじゃありません」

 

「じゃあ、泣いてるのかもね」

 

「悲しいんですか?」

 

「嬉し泣きだよ」

 

「私と会えて、泣くほど嬉しいんですか?」

 

「ああ」

 

「私のこと...」

 

僕への質問を言い出す前に、民ちゃんの腕の中でくるりと身体の向きを変えた。

 

民ちゃんの質問に答える恰好で想いを伝えてたまるか、と思ったから。

 

そして、正面からぎゅうっと民ちゃんを抱きしめた。

 

 

 

僕の名前で君を呼ぶ

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