【63】NO?

 

 

~民~

 

 

「結果がどうであれ、この舞台に立てただけで凄いこと」と、チャンミンさんにポロリと本音を漏らした自分に反省した。

 

ステージの上では優勝者に称賛の拍手送っていたAちゃんは控室に戻った号泣した。

 

椅子に座りこんだKさんは無言のまま肩を落としていた。

 

「準優勝だったから、よかったじゃないですか」などと、気休めの言葉なんて一切かけられない空気に、彼らの姿を遠巻きに見ることしかできない。

 

優勝者は、私が「お!」と注目したレインボーカラーの作品で、超越したカラーテクニックと、テーマの解釈が斬新だとの総評をもらっていた。

 

私にはとても理解できないアートの世界だけど、人の心を打つものは理屈や理由は不要なんだと思う。

 

ユンさんの作品もそう。

 

ホテルのフロント前に展示されていた鳳凰の彫刻。

 

荒々しさと繊細さがひとつの作品の中で表現されていて、胸を打ったのだ。

 

「綺麗に作ってあげるから」とユンさんは私に囁いた。

 

自分自身の世界を作り上げるテクも知恵もない私は、誰かの手によって素敵に作ってもらえるのなら、それは素晴らしいことだなぁ、って。

 

今回のカットモデルのお仕事で、そう思った。

 

作品のモデルだなんて恐れ多いし、恥ずかしい気持ちでいっぱいだけれど、少しだけ楽しみになってきた。

 

「次がありますよ」って、AちゃんはKさんを慰めている。

 

更衣室がいっぱいだったので、仕方なくその場で着替えた。

 

背中に手を回してコルセットのホックを外すと、締め付けていた胸が解放されて緊張と共に全身でホッとした。

 

コルセットを外して隙間なく並ぶスタッズを見て、KさんとAちゃんが夜なべをしてひとつひとつ縫い付ける姿が目に浮かぶ。

 

あんなに頑張ったのに...。

 

「ん?」

 

視線を感じて周囲を見回すと、控室中のあちこちで私を見ている。

 

「わっ!」

 

大慌てでコルセットを抱きしめた。

 

男なのか女なのか不明な私はコンテストの間中、興味本位の視線を浴びていたんだった。

 

裸になる度、鏡に映る少年のような自分の身体が嫌いだ。

 

今ので周りの人たちは絶対に、私は男だと確信したに決まっている。

 

泣きそう...。

 

私の様子に気付いたAちゃんが大急ぎでケープを首に巻いてくれて、ショートパンツを脱いでいつものデニム姿に私は戻った。

 

うなだれていたKさんが、むくっと顔を上げ、

 

「もらった賞金で次のコンテストを目指します!」

 

と、宣言した。

 

「Kさん...」

 

「来年もこの大会を目指します!

次はシニア部門になるので、強敵揃いになりますが。

近々の大会は来月にあるので、まずはそれに向けて頑張ります」

 

「え~。

少しは休ませてくださいよぉ」

 

Aちゃんはうんざりした表情だったけど、その目はワクワクに満ちて輝いている。

 

本当に...彼らが羨ましかった。

 

サロンに戻った私はメイクを落とし、カラーリングのし直しと痛んだ髪をトリートメントしてもらった。

 

「民さんのしたいスタイルにしてあげますから、遠慮なく言ってください」

 

疲れているだろうに、Kさんは気を遣ってくれ、お言葉に甘えてフルコースの施術を受けた私。

 

「わぁ...」

 

Kさんにお任せしたら、自分で言うのもなんだけど「いい感じ」になったのだ。

 

私の本質を分かってくれてる、と思った。

 

「Kさん...凄いです...!」

 

変身した私を見て満足そうなKさん。

 

「今までありがとうございました」

 

アルバイト代の入った封筒をうやうやしく受け取った私は、頭を下げた。

 

「民さん!」

 

サロンを出ようとした時、後ろからKさんに呼び止められた。

 

「はい?」

 

「チャンミンさん...民さんのお兄さんみたいな人」

 

「みたいな?」

 

「お兄さんだと最初勘違いしてましたが、本当は違いますね。

間違っていたらすみません」

 

驚いた。

 

「どうして分かったんですか?」

 

「会場にいらっしゃってたでしょう。

お二人が並んでいるところを見て...兄妹じゃないんだな、って思ったんです」

 

「どこでそう思ったんです?」

 

「なんとなく。

お二人の間で流れる空気、というか...。

うまく説明ができなくて申し訳ありませんが、兄妹じゃないな、って。

あ!

意味深な意味で言ってるわけじゃありませんよ」

 

Kさんの観察眼はすごい。

 

双子みたいな私とチャンミンさんを、他人同士だって見抜くなんて。

 

「民さーん」

 

半泣きのAちゃんが私に抱きついてきた。

 

「私を綺麗にしてくれて、ありがとうね」

 

私は身をかがめて身長150センチのAちゃんの背中を撫ぜる。

 

私より若いのにしっかりしていて、夢を追いかけていて、一生懸命な女の子。

 

「Aちゃんは、もしかしてKさんのことが...?」

 

Aちゃんの耳元で囁いたら、ぼっと頬を赤くした。

 

「内緒ですよ!」

 

「もちろん!

お似合いだと思うよ」と、こっそり囁いた。

 

阿吽の呼吸のKさんとAちゃんだもの、きっとうまくいくはず。

 

サロンの外まで見送りに出てくれた二人に手を振って、私は帰路につく。

 

賞品のシャンプーやヘアパック、ドライヤーを片手に、私はチャンミンさんのお家へ向かっている。

 

チャンミンさんのアドバイス通りに、髪を染めてもらいましたよ。

 

ぱっと見は茶色だけど、光があたると深みの赤が感じられる色ですよ。

 

私は幸せで胸いっぱいだった。

 

 

(つづく)

 

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