~チャンミン~
「チャンミンさん...ごろーんってして下さい」
「へ?」
「いいからいいから」
先に寝っ転がった民ちゃんに手を引かれて仕方なく僕も横になる。
「あ...」
「ね?」
天窓から、青空が見えていた。
「この下にベッドを置くことに決めました。
星空を眺めながら眠りにつく...素敵です」
ここは都会、あの天窓から星空が見えない可能性が高かったけど、僕は黙っていた。
「天窓とか、バルコニーとか、フローリングとか憧れます。
このお部屋は全部叶えてくれます。
ここがいいです」
しばらく僕らはフローリングの床に寝転がって、無言で想像の星空をあの天窓から眺めていた。
「遊びに来てくださいね」
「え...?」
横を向いたら、民ちゃんの青みを帯びた白目と長いまつ毛に僕は見惚れた。
「僕なんかじゃなくて、例の...彼を呼ぶ方が先じゃないかな?」
心にもないことを口にしていた。
民ちゃんの片想いの相手、X氏についてさりげなく探りを入れるために。
「どうでしょうか...。
来てくれないと思います」
「どうして?」
「『そういう』人じゃないんですよねぇ...庶民的じゃない、というか...」
「そうなの?」
頭を浮かした僕は、民ちゃんを見下ろした。
「暮らしのステージが一段上の方です」
「その彼と...どういったきっかけで知り合ったの?」
「それは...」
民ちゃんは言いかけて、少しの間迷った後、
「私が店員さん、彼がお客さんでした。
私の接客を褒めて下さって...。
...多分、私の片想いで終わってしまうと思います。
私なんかじゃ、太刀打ちできません」
「僕より年上だったっけ?」
「はい」
「そっか」
ルーフバルコニーと天窓の部屋に決めた僕らは、不動産屋へ徒歩で向かっていた。
全くもって、デートみたいだった。
隣を歩く民ちゃんの揺れる右手と手を繋ぎたかった。
「私...ここまでたどり着きました。
仕事を見つけて、一人暮らしのお部屋も決まって...。
チャンミンさん...ありがとうございます」
前を向いたまま話しているのは、照れているからだ。
民ちゃんの顔も耳も赤いのも。
「あなたのおかげでここまで来ました」
僕はぴたりと立ち止まった。
あなた。
その一言が僕の心を甘く切なく痺れさせた。
いつか民ちゃんは、あの部屋にX氏を呼ぶことになるかもしれない。
その前に。
「僕と...一緒に住まないか?」
心の中で僕は、そうつぶやいてみた。
・
契約書を交わす民ちゃんの隣に、僕は保護者然として座っていた。
民ちゃんはリュックサックから厚みのある封筒を取り出すと、その中から契約金を支払った。
「向こうでバイトを掛け持ちして貯めたんです。
だから、お洋服を買う余裕がなくて...。
チャンミンさんが貸してくれて、助かりました」
ふふふっと、恥ずかしそうに笑った。
いつも同じ格好をしている民ちゃんのワードローブの乏しさに納得した。
でも、1着1着大切に着ている民ちゃん。
そっか...民ちゃんはそうまでしてX氏の側に来たかったのか。
僕じゃ太刀打ちできないかもしれない、と自信をなくしそうになる。
「チャンミンさんのお部屋探し、手伝いますよ?」
マンションへの帰り道、僕らはコンビニエンスストアで買ったアイスコーヒーを飲みながら並んで歩く。
(民ちゃんったら、ガムシロップを3個も入れるんだから)
しみじみと、まるでデートみたいだと思った。
「えー。
民ちゃんじゃ頼りない」
汗に濡れる民ちゃんのうなじから目を離せずにいた僕は、慌てて目を反らして民ちゃんの腕を軽く小突いた。
「ひどいですね。
いい空気が流れているかいないかは、分かりますから」
「じゃあ...来週。
僕の部屋探しに...付き合ってくれる?」
「もちろんですよ!」
よかった。
まるで、デートの約束みたいだ。
冷たいコーヒーのミルキィな甘さが、民ちゃんの首筋から漂うミルクみたいな甘い香りと結びついて、僕の胸はやっぱり甘く痺れるのだった。
こうして民ちゃんの引っ越しは来週に決まった。
次は僕だ。
(つづく)
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