~嵐の予感~
~チャンミン~
血の気がささーっと下がった。
民ちゃんに妊娠の可能性が...ある!?
「......」
待てよ。
民ちゃんは『未経験』じゃなかったっけ?
いや、本人の口から直接確かめたわけじゃない。
僕がそう勝手に思い込んでいただけだ。
民ちゃんが...妊娠...!?
民ちゃんがこっちに来て3週間くらいだから...田舎にいるうちにってことか!?
X氏と?
片想いだって言ってたけど、すでに「関係」はあったんだ。
X氏は民ちゃんをホテルに誘うかなんかしたんだ。
押しに弱い民ちゃんだから、ほいほいついて行って、それで...!?
X氏は行きずりのつもりだったけど、単純な民ちゃんは本気で好きになってしまって、それで追いかけて来たんだ!
事態は意外と深刻だ...。
ずりずりっと僕は、滑り落ちるように床にへたり込んでしまった。
僕は大パニックだった。
開封済で揺するとカタカタと音がする。
ってことは?
「触んないで!」
手の中のものを勢いよく取り上げられて、見上げるとリアが怖い形相で僕を睨み下ろしていた。
「え...?」
リアの様子に、僕は自分の誤解に気付いた。
ってことは...。
リアが...妊娠...の恐れがある、ってことか!?
この箱を見つけて真っ先に、民ちゃんの妊娠を疑った自分の早とちりに驚くし、本当の持ち主がリアだと知って、もっと驚いた。
「リア...?」
リアは無言で僕を睨みつけて、僕から奪い取った箱を背中に隠した。
「......」
リアが妊娠...の恐れがある。
「相手」は誰だ?
僕、か?
自然な流れだと、そうなるはずだ。
しかし、リアと『そういうこと』をしなくなって、半年以上は経つ。
待てよ...そう言い切れるか?
酔っぱらって帰宅した夜なんか、記憶がないだけでもしかしたら、リアを押し倒していたかもしれない。
身体が火照る。
「リア...どういうことだ?」
リアの美しい顔が、みるみるうちに歪んだ。
「チャンミンに関係ないでしょ」
「相手は、僕か?
それとも...?」
「チャンミンに責任をとってもらおうだなんて、思ってないから。
私と別れたいんでしょ?
もう好きじゃないんでしょ?
迷惑なんかかけられないじゃないの。
私ひとりでなんとかするから」
リアの言葉に、僕の周囲から一切の音が消えて、思考もフリーズしてしまった。
ふんふんと調子っぱずれな鼻唄を歌いながら、民は帰路についていた。
気分がよくて、上機嫌だった民はデパートに寄って、ちょっとお高いワインを奮発した。
(チャンミンさんと飲もう。
私は多分、グラス1杯でダウンしちゃうから、お酒の強いチャンミンさんに全部飲んでもらおう)
背中のリュックサックには、ワインの他に果実酢のボトルも入っている。
部屋の主の一人であるリアにも、手土産が必要だろうと民は考えたのだ。
この日、たっぷり4時間ユンのモデルを務めた民は、肩の凝りをほぐすようにぐるぐると腕を回す。
「今日はこれまで、だ。
よく頑張ったね」
と、頭を撫ぜた手、ポーズの角度を調整するために肩に置かれた手の感触を思い出す度、民の鼓動は早くなる。
(ユンさんったら、ささっと描いちゃうんだもの、凄い人だ)
必要最低限の線と、指でこすって陰影をつけただけのラフなものであっても、民の特徴をとらえていた。
「1枚下さい」とおずおずと頼んだ民に、ユンは「はははっ」と笑ってスケッチブックから1枚を破り取って民に渡した。
ゆるくひと巻きしたスケッチは、つぶれないよう民の手にある。
(チャンミンさんに見せてあげたいけど...そうしたらユンさんのモデルをしてることがバレちゃうし...)
エントランス・ドアを解錠しエレベーターを待つ間、民は大きく深呼吸をして気持ちを切り替えた。
(このことは当分、内緒だ。
チャンミンさんは、絶対にいい顔しないだろうから)
(つづく)
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