~チャンミン~
「...チャンミンっ」
リアの肩から手を放し、その場を去ろうとしたら、リアが背中にしがみついていた。
「...っ、放せ」
「いやっ。
行かないで」
「頼るのは、その男にするんだ。
僕は、関係ない」
こんな冷酷な台詞も、これまでの人生で口にしたことはなかった。
僕の胸で固く組んだリアの指を、1本1本ひきはがした。
「...もう君の顔は見たくない。
僕は出ていく。
出来るだけ早く」
スーツ姿から、いつものTシャツとデニムパンツ姿に着替える。
リアと同じ部屋にいることが、今は辛くて仕方がない。
玄関まで行きかけた時、民ちゃんを思い出した。
「あ...!」
そういえば、民ちゃんは帰宅していたんだった。
話を聞かれただろうか?
ヒヤリとした。
民ちゃんには何度も、失態を目撃されている。
いい加減僕のことが嫌になってしまったかもしれない。
誤解を解かないと。
挽回できるだろうか?
僕は大股で民ちゃんの部屋の前まで行き、ドアをノックした。
「民ちゃん?」
返事がない。
「民ちゃん?
...入るよ?」
ドアの向こうは真っ暗だった。
「民ちゃん?」
浴室を覗いてみたが民ちゃんはいなくて、再び部屋に戻った。
窓を開けてバルコニーを見渡したが、いなかった。
「...民ちゃん...」
僕の爪先が何かに当たった。
「あっ!」
蹴飛ばされたそれは、ごとりと倒れた。
ワインのボトル。
水玉模様の透明フィルムでラッピングされていた。
僕のため?
お酒が弱い民ちゃんだったから。
胸の奥で、温かいものがじんとする。
「民ちゃん...」
どこへ行った?
いつの間に、外出していったんだ。
あと1時間で日付が変わる。
携帯電話を素早く操作する。
「出ない...」
何してる?
何度かけても、民ちゃんと繋がらない。
飲み屋街をふらふらとうろついていて、「うちで働かないか?」って、悪い男に誘われてほいほい付いて行っていたらどうしよう。
飲めない酒を飲んで、ベロンベロンになっていたらどうしよう。
男っぽい見かけだから、そっち方面の人にナンパされていったらどうしよう。
だって、民ちゃんはとても綺麗な子だから。
探さないと。
ダイニングテーブルに顔を伏せたリアの後ろを、僕は無言で通り過ぎて玄関へ向かう。
民ちゃんのスニーカーが無くなっていた。
たたきには僕が貸した靴が、きちっと揃えられていた。
マンションを飛び出したのはいいが、どこへ向かえばいいのか分からない。
民ちゃんの行きそうなところは...どこだ?
民ちゃんの交友関係をおさらいする。
兄T、Kさん、それからユン...たった、これだけか。
もう一度、電話をかける。
駄目だった。
「あ...」
今さら思い立ったのが、『例の男』。
会いに行ったのか?
それは困る、と思った。
強い嫉妬心が、僕を襲う。
リアのことなんて、頭から吹っ飛んでしまっていた。
妊娠していたのが、民ちゃんだった方がうんとマシだった。
相手が誰であれ、民ちゃんだったら僕がいくらでも面倒をみたのに。
(つづく)
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