【73】NO?

 

 

~チャンミン~

 

 

足をひきずるように帰宅した時には、午前2時を回っていた。

 

いつものコンビニにもいなかった。

 

近所の目についた飲み屋はひととおり覗いてみた。

 

不要な心配をかけてしまうと分かっていたが、Tへ電話をかけてみた。

 

「民?

いや、来ていないけど。

彼氏んちにでも行ってるんじゃないか?

彼氏がいればの話だが...ハハハハハ。

お前も心配性だなぁ。

兄の俺より心配してどうする?

もう大人なんだし、明日には帰ってくるさ」

 

Tの言う通り、民ちゃんは大人だし、外見もか弱い女の子風とはかけ離れている。

 

しっかりとした性格だし...。

 

それでも無性に心配してしまったのは、民ちゃんの無防備さが危なっかしいから。

 

「彼氏がいればの話だが...」のTの言葉。

 

嫉妬で胸が焦げそうになるけど、『例の彼』と一緒にいるのならまだ安心だ。

 

でも、僕の許可なく無断で外泊しているとしたならば、心穏やかでいられない。

 

民ちゃんは僕の恋人じゃないのだから、僕の許可なんかいらない、本来ならば。

 

身寄りのいない子犬に寝床と食物を与え続けたのに、その愛犬がもっと美味しい食べ物を求めて家を出て行ってしまった...そんな心境。

 

こんな考え...僕は何様だよ。

 

民ちゃんに衣食住を与えていただなんて...。

 

僕と民ちゃんは対等ではなく、民ちゃんは僕を頼らないとダメな子なんだって、そう考えていたかったんだな。

 

民ちゃんの部屋で、三つ折りにした彼女の布団を抱きしめるように、顔を埋めた。

 

民ちゃんの甘い香りがする。

 

我ながら変態じみている。

 

そんなこと、分かってる。

 

民ちゃんは僕にそっくりで、あんなに大きななりをしてるのに、男みたいな顔をしてるのに、どうして女の子なんだよ。

 

僕の分身みたいに瓜二つなところが、身内のような、自分の分身みたいな親しみさを生んだ。

 

もし、血の繋がりがあったとしたら、それこそ近親相姦になってしまうが、全くの他人であることに安心した。

 

この世に存在するという3人のうちの1人と出逢えたことが、非現実的で奇跡みたいで、そんな民ちゃんは貴重な存在。

 

こうやって挙げたことよりも、もっと大きな理由。

 

僕が民ちゃんに惹かれた理由。

 

他の人たちだったら見逃してしまうようなこと、僕とそっくりだからこそ気付けること。

 

それは何だろう、って今あらためて探っていた。

 

待て。

 

今はそれどころじゃない。

 

僕は布団に埋めた顔を上げ、起き上がってリビングに戻った。

 

リアは寝室にいるのか、出かけているのか分からない。

 

確かめる気も起きない。

 

例の小箱はリアが持っていってしまったようで、ここにはもう無かった。

 

アレの精度はどれくらいなのか、中身を確かめたかったから。

 

リアのことも、民ちゃんのことも、2人の女性のことで僕の心はキャパシティを超えそうだ。

 

2本立ての事件で息つく間もない。

 

民ちゃんが帰ってこない。

 

『例の彼』のところにいるんだ、きっと。

 

「あ...!」

 

僕の中にぽっと浮かんだ考え。

 

僕とリアとの会話を聞いてしまって、「リアが妊娠」とか「僕のこども」とかのワードにショックを受けていたとしたら...。

 

誤解を解きたい。

 

そして、誤解してショックを受けて欲しい。

 

僕とリアとのことで嫉妬して欲しい。

 

 

 

 

興奮状態のせいで眠くならない。

 

出勤時間のぎりぎりまで待ってみたけど、帰ってこなかった。

 

電話も通じない。

 

民ちゃん、何してるんだよ。

 

直接仕事に行っているかもしれないと思い至って、忌々しいけれどユンのオフィスへ電話を入れた。

 

「やあ、チャンミンさん。

どうしました?

写真の校正はSさんへ渡しましたよ」

 

どこか面白がるような言い方にイラッとした。

 

「民ちゃ...じゃなくて、民は出社していますか?」

 

妹(または弟?)を案じる兄のような口調で、質問する。

 

「え?

民くんですか?

...それが、出社していないのです」

 

「そんな...」

 

僕の心臓はうるさいくらいに鼓動していた。

 

「どうしたのでしょう、あの子が無断欠勤とは。

あの子らしくないですね、お兄さん?」

 

「...突然、失礼しました」

 

と、電話を切ろうとした。

 

「待ってください。

どうしたのです?」

 

ユンは僕の様子がおかしいと察したようだ。

 

「チャンミンさんは、民くんと一緒に住んでいるのですよね?」

 

「...はい。

昨夜、帰って来なかったものですから」

 

「...そうですか。

昨日は元気よく仕事に来ていましたよ。

友人のところにでも、外泊したのでないですか?」

 

そう考えるのが普通だろうな。

 

「そうかもしれませんね。

無断で仕事を休むなんて...民に代わってお詫びします。

申し訳ありませんが、もし民が出社してきたら僕のところまで連絡をくれるように伝えて下さいませんか?

お願いします。

...では、切ります」

 

僕は目をつむって、焦燥感を落ち着かせようと大きく深呼吸をした。

 

着信がないか何度も確認した。

 

取引先との通話を終えて受話器を握りしめたまま放心している僕に気付いたSも「最近の先輩は変です」と呆れている。

 

プライベートで何があろうと、職場には一切持ち込まなかった僕だったのに。

 

民ちゃんに関することだと、平静でいられない。

 

参った、本当に参ってる。

 

ユンからも民ちゃんからも連絡がない。

 

そして、10何度目かの発信でも、繋がらない。

 

そう。

 

僕を不安に陥れている理由は、受話器から流れる音声。

 

『おかけになった番号は、電源が切られているか電波の届かない場所に...』

 

もの凄く嫌な予感がした。

 

 

(つづく)

 

 

彼女とのHeaven's Day