~民~
(ん...?)
まぶたを開けて最初に目に飛び込んできたのは、真っ白い天井。
ゆっくりと視線を左右に向けると、薄ピンク色のカーテン。
カーテンを吊るすレールの曲線をたどり、液体の入ったプラスチックバッグ。
(点滴...?)
チューブをたどると、自身の左腕に繋がっている。
(!!)
「いたっ!」
飛び起きようとしたら、後頭部を襲う激痛に顔をしかめて、やむなく頭を枕に沈めた。
ここは...病院だ。
この風景、匂い、電子音...間違いない、病院だ。
でも、なぜ?
「民!」
真上から見下ろす顔。
「......」
状況把握ができずに、答えを導き出すまでに数秒ほどかかってしまった。
「お兄ちゃん...」
「よかった...」
安堵したお兄ちゃんは、傍らの折りたたみ椅子にどかっと腰を下ろした。
先日生まれたばかりの赤ん坊の夜泣きと、3人の3歳児の世話で疲労がにじんでいた。
「引ったくり、だってな。
目撃者がいたらしい。
その人が、救急車を呼んでくれたんだ」
「引ったくり...」
そういえば、そうだった!
早く手を離せばよかったのに、抵抗したせいで振り飛ばされて、それから...。
痛む頭を動かさないように、自分の身体を点検する。
カーテンと同じ色の病衣を着ていて、そっと頭に触れるとガーゼを固定しているネットに触れた。
「石頭でよかったな。
お前の取り柄は頑丈な身体だ」
両手の平には、擦り傷がある。
ひったくり犯に引きずられた際、リュックサックの肩ひもでできたのだろう。
自分が今、病院にいる事情が分かりかけてきた。
「バッグ...は?」
「中身だけ抜かれて、どっかに捨てられてるだろうな。
病院に運び込んだものの、携帯電話もない、財布もない」
「そう...だよね」
財布にはそれほど入っていなかったし、他は着替えと洗面用具の入ったポーチ程度だ。
被害は少ない。
「ズボンのポケットにパスケース入れてただろ?
それのおかげで、身元が分かった」
「ああ...!」
万が一、財布を落とした時のために、交通カードと運転免許証だけは別にして持ち歩いていたのだった。
よかった、お父さんのアドバイス通りにしていて。
「実家に連絡がいって、母さんから俺に連絡があって」
「うそっ!
お義母さん!」
思わず跳ね起きようとしてしまい、頭がずきんと痛んで、再びベッドに沈み込む羽目になる。
「駆けつける、って言ってたのを止めたよ。
まずは俺が様子を見にいくからって。
俺が来てすぐに、意識を取り戻したから、大丈夫そうだって連絡しておいた。
最初の時は覚えてないか...ぼーっとしてたからな」
「どうしよう...」
両手で顔を覆って呻いた。
事件に遭って、怪我をして...。
都会で暮らすなんて民には無理だ、って反対されるかもしれない。
お兄ちゃんは、そんな私の心配事を察したのか、
「大丈夫だ。
俺が味方してやるからな」
と言ってくれて、私はホッとした。
「今、何時?」
「えーっと、18時だ。
お前が運ばれたのが、真夜中だったから...半日以上は経っているか」
「...そんなに?」
「なんでまた、あんなところをほっつき歩いていたんだ?」
「え...っと、それは...」
チャンミンさんちに居られなくて、ホテルにお泊りしようと思い立って。
リアさんがチャンミンさんの赤ちゃんを妊娠しちゃって。
とてもビックリしてしまって...頭を冷やしたくて沢山歩いた。
どこまで自分が来てしまったのかも、分からなかった。
「ま、いいさ。
落ち着いたらでいいが、警察の人がお前と話がしたいそうだ」
「お兄ちゃん...ごめんね」
「いいさ。
脳震盪だけで済んで。
検査をした結果、何も異状なしだ。
打った拍子に裂傷になったみたいで、何針か縫ってるけどな」
なるほど、それでガーゼが当てられていたのか。
「そうだ!
職場に連絡しなくていいのか?」
「あああ!
そうだった」
ユンさんの顔が浮かんだ。
当然だけど連絡をしていないから、無断欠勤状態だ。
「ここじゃ携帯電話使えないから、俺から連絡を入れておくよ」
「うん、お願い」
以前、携帯電話が手元になかった時、番号が分からず困った経験から、ユンさんの電話番号は空で言える。
私が怪我をした、と聞いたら、ユンさんは心配してくれるかな?
お見舞いに来てくれるかな?
「お兄ちゃん。
私は、いつまでここに?」
「意識も戻ったし、念のための検査をもう一回したら出られるんじゃないかな。
ま、今夜はここで一泊だ」
「一泊...」
「明日出られるとしたら...。
迎えにくるよ」
「お兄ちゃんは仕事でしょ?
一人で大丈夫。
タクシーで帰るから」
「大丈夫か?」
「うん」
「よし。
じゃあ、俺は帰るわ。
そうそう...もう少ししたら、チャンミンが来ると思う」
「!!」
(つづく)
[maxbutton id=”27″ ]