「あの...。
チャンミンさんは、ここに居ていいんですか?」
民は探りをいれる。
リアの側にいないといけないのに、民に会いに来ているチャンミンに。
それだけじゃなく、「彼氏」の振りをしているチャンミンに。
「それは...」
リアの顔が一瞬浮かんだチャンミンは、首を振ってその像を打ち消した。
「居ていいに決まってるよ。
民ちゃんは僕の大事な人だから、僕はいくらだってここに居るよ。
いい加減に帰れ、って看護師さんに怒られるまで」
(大事な人...)
民の胸はじーん、と温かいもので満たされる。
(奇妙なシチュエーションで聞かされた言葉だけど...嬉しい。
うん、とっても嬉しい。
この言葉が欲しかったんだ)
民は手を伸ばすと、おずおずとチャンミンの人差し指を握った。
(あ...。
一度だけ、「チャンミンさん、大好きです」って首にかじりついたことがあったっけ。
あの時は、なんの抵抗もなく甘えられたのに。
今の私は、指1本触ることが恥ずかしくてたまらない)
人差し指が民の手で包み込まれ、チャンミンの心はドキンと跳ねた。
(よかった。
民ちゃんに近づけた)
チャンミンは民の手を握りなおすと、ホッと安堵の息を吐いた。
・
「チャンミンさん...いいんですか?」
「ん?」
「私でいいんですか?」
「いいに決まってるじゃないか」
「私って...女じゃないんです」
「へ?」
「私...男なんですよ?
いいんですか?」
「えぇーっ!」
(待て。
ここは女子部屋だ)
数秒後には、民の冗談だと気付いたチャンミンは、彼女の額を突いてしまい、ゆがめた表情に「ごめん!」と謝った。
(いつもの民ちゃんだ。
よかった、調子が戻ってきたみたいだ)
「ボーイッシュなだけで、民ちゃんは十分、女の子だよ」
「女の子...ですか」
民の目が左右非対称に細められて、チャンミンは「よかった、喜んでいる」とホッとした。
この子は本当に可愛い、とチャンミンはしみじみ思った。
「あの...どちらから告白したんですか?
私たち...?」
(うっ...そこを突いてきたか)
「えーっと...、民ちゃん、の方かな?」
(こらー!
僕の願望を言ってどうする!)
(私の方からですか!?
チャンミンさんの方からじゃないんですね。
チャンミンさん...難しい展開にしないでくださいよ)
「そうだったんですね、私の方からですか...。
覚えてないです」
(そりゃそうよ。
だって、チャンミンさんに『告白』だなんて、これまでしようとも思わなかったし、そういう気持ちなんてなかったし。
もしその通りならば、私だったら絶対に、自分の方から言えなさそう。
男の人に告白だなんて、恥ずかしいし、自信がないし...。
経験上、どうせ断られるに決まってるから)
(まずい...信じちゃったかな)
「私、なんて告白しましたか?
好きです、って言ったんですか?
チャンミンさんのことが、好きですって」
面白くなってきた民は、チャンミンの回答が聞きたくて具体的な質問をする。
(告白の言葉!
民ちゃんだったら、何て言うかなぁ)
「内緒。
大切にしたい言葉だからね。
胸に仕舞ってあるんだ。
いずれ民ちゃんが思い出すよ」
(思いつかなかった。
現実の話じゃないから、僕の貧弱な想像力じゃ思いつかない)
「ケチンボですね」
(民ちゃんから、「好きだ」と言われたら、飛び上がるくらい嬉しいだろうなぁ)
「あの...つかぬことをお聞きしますが?」
「何?」
「私たちはいつ性交渉をもったのでしょうか?」
「セイコウショウ?」
チャンミンが首を傾げていると、民は握ったチャンミンの手を上下に振った。
「とぼけないでくださいよ。
エッチのことです。
私たちはいつ頃セックスをしたか?と聞いています」
(ミミミミミミミンちゃん!
答えにくいことをいきなり!)
「え、え...と」
(民ちゃんはやっぱり、民ちゃんだ。
民ちゃんがしそうな質問だ。
『まだ』と言うべきか、どうしよう)
「さ、3週間前くらい...かな」
「付き合って『すぐ』じゃないですかぁ!?」
(しまったーーー!
計算を間違えた)
「そうですか...。
じゃあ、私の初めてはチャンミンさんに捧げたんですね」
「うっ...」
(想像通り、民ちゃんは『経験ナシ』だった。
よかった......っておい!
なに喜んでるんだよ!)
「『どこ』で、やりましたか?」
「!!」
(民ちゃん、お願いだ。
あまり具体的に聞かないで欲しい。
嘘をつき慣れてない僕には、こういう類の話は苦手なんだ)
「え...っと...。
僕の部屋で...」
(リアル過ぎたか?)
「昼間?
夜?」
「え...っと、昼間」
「ひるまぁ!?
昼下がりの情事ですか...そうですか...。
で、どちらから誘ったんです?」
「...民ちゃんから...」
「!!」
(私からですか!?
チャンミンさん...もっと私のキャラを考えてくださいよー)
「ふーん、そうだったんですね。
私は大胆ですねぇ」
「その通り、民ちゃんは大胆なんだ」
(本当にマズイ!
民ちゃんは本当に、信じ込んでしまったようだ。
民ちゃんを連れて家に帰ったら、リアがいるし。
リアのことをどう説明しようか...。
今さらだけど、『嘘でした』と打ち明けようか。
『フリ』はもう辛い)
「はあ...」
どっと疲れが出て、チャンミンは大きく息を吐いた。
民はしどろもどろのチャンミンが可笑しくてたまらない。
(チャンミンさんをからかうと面白い。
よーし、からかいついでに...)
「チャンミンさん、キスして下さい」
「!!!」
驚きのあまりチャンミンは、椅子から滑り落ちそうになる。
ガタガタっと大きな音ををたててしまい、隣のベッドの患者が咳払いをした。
(つづく)
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