(91)NO?

 

~チャンミン~

 

「民ちゃん...」

 

僕の上に乗った民ちゃんが、前かがみになって僕の両胸に手を当てていた。

 

民ちゃんと繋がっている箇所が...。

 

温かくて締め付けられていて...もの凄くもの凄く...気持ちがいい。

 

僕は民ちゃんのほっそりとした白い身体を見上げていた。

 

少年のように薄い胸と、ピンク色の胸の先端が色っぽくて、僕の欲情を煽った。

 

民ちゃんの細い腰に両手を添えた。

 

「チャンミン...」

 

民ちゃんは僕を見下ろして、唇だけで僕の名前を呼んだ...。

 

「わあっ!!!」

 

飛び起きた僕は、激しく胸を打つ鼓動を収めるまで、しばらくの時間が必要だった。

 

「はあはあはあ...」

 

汗びっしょりで、Tシャツが背中に張り付いている。

 

うなじに触れると、後ろ髪も濡れている。

 

ゴシゴシと顔をこすって、ついでに両頬を叩いた。

 

「まずい...まずいぞ...」

 

がらんとした部屋で、床に直接敷いた布団に僕はいる。

 

僕は民ちゃんとヤッている夢を見ていた。

 

あの気持ちよさは夢にしてはリアルだった。

 

痛いくらいの疼きに、僕は慌てて下半身を確認する。

 

下着の中も確認して、安堵の息を吐く。

 

よかった、濡れてない...。

 

「はあ...」

 

チャンミン...僕は、一体何をしてるんだ?

 

末期症状だ。

 

このままじゃ駄目だ。

 

気持ちの上では我慢してても、とうとう身体の方が耐えきれなくなってきてるぞ。

 

民ちゃんとどうこうしたい、っていう意味じゃない。

 

抑圧していた感情が身体の方にも侵食してきたということだ。

 

しょぼくれていないで、行動に移すんだ。

 

部屋を見回す。

 

必要に迫られて開けた段ボールが、部屋のあちこちに置かれている。

 

カーテンすら買っておらず、急場しのぎに吊るしたシーツが朝日を透かしている。

 

民ちゃんがいなくなって2週間後に、僕はこの部屋に引っ越してきた。

 

投げやりな精神状態で選んだこの1LDKは、以前の部屋の3分の1の賃料で、2駅分職場に近い。

 

自分でも呆れることだけど、実は民ちゃんの部屋から歩いて10分のところにある。

 

無意識に、少しでも民ちゃんの近くにいたいと望んでいた証拠だ。

 

全く、僕という男は...。

 

床に置いた携帯電話が、チカチカと点滅している。

 

リアからの着信だ。

 

僕に何の用事があるのか、まだ打ち明けたい話があるのか、留守番役がいなくなって寂しいのか、頻繁に携帯電話を鳴らすのだ。

 

あれ以来、リアと会話を交わす気になれなかった僕は、顔を合わさないよう帰宅して即6畳間に引っ込んでしまう。

 

夜中に帰宅したリアと同じベッド...かつてリアと選んだ、大きくて寝心地のよいベッド...で眠りたくなかったから。

 

そして6畳間で眠った。

 

民ちゃんの残り香に、胸がうずいた。

 

手の平を返したように、ここまで冷たくなれる自分に驚いた。

 

もっと早くこうしているべきだったんだ。

 

民ちゃんの部屋を探す前に、僕の部屋を先に決めるべきだったんだ。

 

そうしていれば、リアとのいざこざを民ちゃんに見せずに済んだのに。

 

引っ越しの日程は、リアに知らせなかった。

 

あとは一人でなんとかしてくれ、と鍵をキッチンカウンターに置いて、僕は引っ越していった。

 

民ちゃんにも知らせずにいた。

 

電話1本で済むことなのに、第一声の一言が思いつかなくて、ずるずると2か月近く経ってしまった。

 

時間をかけて言葉を選んだメッセージを送るのが、精いっぱいだった。

 

民ちゃんからの返信はない。

 

それでも、僕はメッセージを届け続ける。

 

洗面所の鏡に映る自分と目が合う。

 

鏡を見る度、僕の胸はしくしくと痛むんだ。

 

だって、僕と民ちゃんは瓜二つだから。

 

まるで、民ちゃんと目を合わせているみたいだ。

 

もっとも、寝起きの僕は民ちゃんとかけ離れている。

 

「泥棒さんみたいな顔をしてます」と、頭の中の民ちゃんがぼそりと僕に言う。

 

その声を振り払うように、冷たい水で乱暴に顔を洗った。

 

ついさっきまで見ていた、いやらしい夢の記憶を追い払う。

 

秋の訪れ、蛇口から流れる水も冷たく感じるようになった。

 

時刻を確認すると...まだ午前5時。

 

よし、間に合う。

 

荷ほどきは1割しか済んでいないが、キッチンまわりは充実していて、新調した冷蔵庫の中も色とりどりの食材で満たされている。

 

むなしい気持ちを紛らわすために、料理のレパートリーを増やすことに躍起になっていたから。

 

食べきれなくて、後輩Sの分まで弁当を作って持っていったら、

「先輩...どうしちゃったんすか?

キモいですよ、キモいです」

 

ぶるぶる震えるフリをしながらも、「ありがたく頂戴します」と、昼休憩に男二人並んで弁当を広げているのだ。

 

まっすぐ帰りたくなくて、3日と空けずSを飲みに誘う。

 

「先輩...どうしちゃったんすか?

彼女と別れたからって、僕に迫るのはやめてくださいよ。

そういう趣味はありませんから。

先輩とそういう関係だなんて...キモいですから」

 

おえぇっと吐く真似をしながらも、「奢ってくださいよ」」と夜の街に繰り出すのだ。

 

フライパンの中で、じゅうじゅうと美味しそうに焼けるオムレツに、僕はふふふっと笑った。

 

一人笑いなんて、キモいぞと、自分に突っ込みながら。

 

僕には計画があった。

 

その素敵な思いつきに、笑みがこぼれるのだ。

 

フライパンを揺すりながら、民ちゃんの台詞が頭の中をぐるぐると巡る。

 

『どうしてなのか、チャンミンさんはわかりますか?』

 

...分かったような気がするよ。

 

『顔だけじゃなく、性格も似てますね』

 

...うん、その通りだね。

 

民ちゃんがいなくなって50日目に、僕は動き出す決心をした。

 

我ながら行動が遅い、のろまな男だ。

 

まだ、間に合うよね?

 

(つづく)

 

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