~チャンミン~
「民ちゃん...」
僕の上に乗った民ちゃんが、前かがみになって僕の両胸に手を当てていた。
民ちゃんと繋がっている箇所が...。
温かくて締め付けられていて...もの凄くもの凄く...気持ちがいい。
僕は民ちゃんのほっそりとした白い身体を見上げていた。
少年のように薄い胸と、ピンク色の胸の先端が色っぽくて、僕の欲情を煽った。
民ちゃんの細い腰に両手を添えた。
「チャンミン...」
民ちゃんは僕を見下ろして、唇だけで僕の名前を呼んだ...。
「わあっ!!!」
飛び起きた僕は、激しく胸を打つ鼓動を収めるまで、しばらくの時間が必要だった。
「はあはあはあ...」
汗びっしょりで、Tシャツが背中に張り付いている。
うなじに触れると、後ろ髪も濡れている。
ゴシゴシと顔をこすって、ついでに両頬を叩いた。
「まずい...まずいぞ...」
がらんとした部屋で、床に直接敷いた布団に僕はいる。
僕は民ちゃんとヤッている夢を見ていた。
あの気持ちよさは夢にしてはリアルだった。
痛いくらいの疼きに、僕は慌てて下半身を確認する。
下着の中も確認して、安堵の息を吐く。
よかった、濡れてない...。
「はあ...」
チャンミン...僕は、一体何をしてるんだ?
末期症状だ。
このままじゃ駄目だ。
気持ちの上では我慢してても、とうとう身体の方が耐えきれなくなってきてるぞ。
民ちゃんとどうこうしたい、っていう意味じゃない。
抑圧していた感情が身体の方にも侵食してきたということだ。
しょぼくれていないで、行動に移すんだ。
部屋を見回す。
必要に迫られて開けた段ボールが、部屋のあちこちに置かれている。
カーテンすら買っておらず、急場しのぎに吊るしたシーツが朝日を透かしている。
民ちゃんがいなくなって2週間後に、僕はこの部屋に引っ越してきた。
投げやりな精神状態で選んだこの1LDKは、以前の部屋の3分の1の賃料で、2駅分職場に近い。
自分でも呆れることだけど、実は民ちゃんの部屋から歩いて10分のところにある。
無意識に、少しでも民ちゃんの近くにいたいと望んでいた証拠だ。
全く、僕という男は...。
床に置いた携帯電話が、チカチカと点滅している。
リアからの着信だ。
僕に何の用事があるのか、まだ打ち明けたい話があるのか、留守番役がいなくなって寂しいのか、頻繁に携帯電話を鳴らすのだ。
あれ以来、リアと会話を交わす気になれなかった僕は、顔を合わさないよう帰宅して即6畳間に引っ込んでしまう。
夜中に帰宅したリアと同じベッド...かつてリアと選んだ、大きくて寝心地のよいベッド...で眠りたくなかったから。
そして6畳間で眠った。
民ちゃんの残り香に、胸がうずいた。
手の平を返したように、ここまで冷たくなれる自分に驚いた。
もっと早くこうしているべきだったんだ。
民ちゃんの部屋を探す前に、僕の部屋を先に決めるべきだったんだ。
そうしていれば、リアとのいざこざを民ちゃんに見せずに済んだのに。
引っ越しの日程は、リアに知らせなかった。
あとは一人でなんとかしてくれ、と鍵をキッチンカウンターに置いて、僕は引っ越していった。
民ちゃんにも知らせずにいた。
電話1本で済むことなのに、第一声の一言が思いつかなくて、ずるずると2か月近く経ってしまった。
時間をかけて言葉を選んだメッセージを送るのが、精いっぱいだった。
民ちゃんからの返信はない。
それでも、僕はメッセージを届け続ける。
洗面所の鏡に映る自分と目が合う。
鏡を見る度、僕の胸はしくしくと痛むんだ。
だって、僕と民ちゃんは瓜二つだから。
まるで、民ちゃんと目を合わせているみたいだ。
もっとも、寝起きの僕は民ちゃんとかけ離れている。
「泥棒さんみたいな顔をしてます」と、頭の中の民ちゃんがぼそりと僕に言う。
その声を振り払うように、冷たい水で乱暴に顔を洗った。
ついさっきまで見ていた、いやらしい夢の記憶を追い払う。
秋の訪れ、蛇口から流れる水も冷たく感じるようになった。
時刻を確認すると...まだ午前5時。
よし、間に合う。
荷ほどきは1割しか済んでいないが、キッチンまわりは充実していて、新調した冷蔵庫の中も色とりどりの食材で満たされている。
むなしい気持ちを紛らわすために、料理のレパートリーを増やすことに躍起になっていたから。
食べきれなくて、後輩Sの分まで弁当を作って持っていったら、
「先輩...どうしちゃったんすか?
キモいですよ、キモいです」
ぶるぶる震えるフリをしながらも、「ありがたく頂戴します」と、昼休憩に男二人並んで弁当を広げているのだ。
まっすぐ帰りたくなくて、3日と空けずSを飲みに誘う。
「先輩...どうしちゃったんすか?
彼女と別れたからって、僕に迫るのはやめてくださいよ。
そういう趣味はありませんから。
先輩とそういう関係だなんて...キモいですから」
おえぇっと吐く真似をしながらも、「奢ってくださいよ」」と夜の街に繰り出すのだ。
フライパンの中で、じゅうじゅうと美味しそうに焼けるオムレツに、僕はふふふっと笑った。
一人笑いなんて、キモいぞと、自分に突っ込みながら。
僕には計画があった。
その素敵な思いつきに、笑みがこぼれるのだ。
フライパンを揺すりながら、民ちゃんの台詞が頭の中をぐるぐると巡る。
『どうしてなのか、チャンミンさんはわかりますか?』
...分かったような気がするよ。
『顔だけじゃなく、性格も似てますね』
...うん、その通りだね。
民ちゃんがいなくなって50日目に、僕は動き出す決心をした。
我ながら行動が遅い、のろまな男だ。
まだ、間に合うよね?
(つづく)
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