チャンミンは壁のスイッチに飛びつき、部屋の照明を消した。
そして、近くの布団に飛び込んだ。
そのすばしっこい動きといったら!
「馬鹿!
どうして隠れる!?」
「ユンホさん!
早く!」
にゅうっと伸びた手に、浴衣の裾を掴まれた。
「離せ!」
前がすっかりはだけてしまっている俺の浴衣、下から引っ張られて今にも脱げそうだ。
「チャンミン!
いい加減にしろ!」
「早く!」
チャンミンと浴衣の引っ張りっこしている間も、客室のドアは不規則な音を立てている。
ノックをしているのとは違う...体当たりのような...鍵は開いているのに。
廊下で何してるんだ?
照明を付けようとスイッチに手を伸ばした直後...。
「おふっ!」
布団の上だったからいいものの、顔面から派手に転んでしまった。
その衝撃でずしん、と室内が揺れた。
「何するんだ!?」
チャンミンに足首を掴まれたのだ。
(地中から生えてきたゾンビの手に足首を掴まれて...みたいな)
「ユンホさん!
早く!」
いててて、と顎をさすっていると、チャンミンに布団の中へと引きずり込まれてしまった。
「おい!」
(塹壕から飛び出してきたのは衛生兵。
負傷した味方兵に肩を貸すと、銃撃の隙をついて塹壕へ戻る。
訓練されたその動きといったら...みたいな?)
「隠れたりなんかしたら、余計に面倒なことに...」
「し~」
照明を点けられたら、布団の中に隠れる男二人、簡単に見つかってしまう。
今さら布団から出て、トランプ遊びに興じるフリは出来ないのなら、せめて早々と就寝中のフリはできたのに...。
俺とチャンミンはひとつの布団の中で、息をひそめてじっとしていた。
廊下からの灯りが、室内へと長く伸びた。
「ここなら...」
「誰か戻ってきたら?」
女性の声!?
「中から鍵をかけよう」
「あ、駄目...あっ」
片方は男の声!
二人とも酷く酔っ払っているようだ。
あの不審なドアの音は、貪りあうキスをする彼らの身体が、ドアにぶつかり押し付けられたからだったんだ。
よりによってひとつの布団に隠れた俺たち。
俺たちは揃ってうつ伏せになり、布団の隙間から両目だけ出していた。
部屋に忍び込んできたカップル(内緒の関係か?)
「!」
衣擦れの音と、二人分のふうふういう鼻息、リップ音。
(これは...!!)
雰囲気的に彼らはコトを始めようとしている!
俺たちが潜む布団の2メートル先で!
・
盛り上がっている彼らは、布団の中に潜む男たちに当然気付かない。
(気付いてもらっても困る)
布団の中から抜け出せなくなってしまった。
俺はともかく、実行委員チャンミンは速やかに宴会会場に戻らなければならない。
こっそり抜け出すのも不可能だ。
いくら互いの身体を貪りあうのに夢中になっていても、第3者がすぐそばを通りかかれば分かるだろう。
「!」
いよいよ男の方が、女性を押し倒したらしい。
「最後までやっちゃうつもりなんでしょうか?(ヒソヒソ声)」
「それは困る。
でも、そんな感じだよな(ひそひそ声)」
彼らは本当に始めてしまったようだ。
時間的に余裕のない彼らは、時短で済ませるようだ。
耳に毒だから、頭のてっぺんまで布団の中にもぐりこんだ。
暑い。
食事とアルコールで体温が上がった大柄な男二人。
冬用布団の中に頭までもぐりこみ、さらに身体を密着させていたら暑くて当然だ。
「誰と誰でしょうか?
うちの社員でしょうかね(ヒソヒソ声)」
「さあ...」
「広報部のGさんかな...それとも、製造部のKさんかな?(ヒソヒソ声)」
「さあ...」
「うちの会社の者じゃない可能性もありますよね。
ほら、よくあるでしょう。
部屋を間違えちゃった、っていうやつが(ヒソヒソ声)」
「そうなの?(ひそひそ声)」
彼らの正体は、絶対に知りたくない。
よその客であって欲しいと願った。
知人友人、同僚上司、ご近所さん、最悪なのが両親と兄弟姉妹。
彼らの濡れ場(言い方が古臭いが)を目撃してしまうことだけは、絶対に避けたかった。
ところがチャンミンは、カップルの正体を知りたくて仕方がないようだ。
情事の声をよく聞きとろうとしてか、布団から頭が出てしまっている。
「チャンミン!(ひそひそ声)」
俺はチャンミンの腰帯をつかんで、引き戻した。
「後学のためにと...(ヒソヒソ声)」
何言ってんだか...と頭を抱えていると、「ユンホさん」と耳元でささやかれた。
「ん?」
「大きくなってますか(ヒソヒソ声)」
『大きく』の意味がすぐにはわからなかった。
「アソコのことです(ヒソヒソ声)」
「......」
自分の身体の一部、どうなっているか触れてみなくても明らかだ。
動画で見るのとは臨場感がまるで違う。
まさしくアレが間近で行われているのだから。
(つづく)
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