(27)会社員-愛欲の旅-

 

 

『勃起』発言をまともに聞かれてしまったチャンミンは、両手で口を覆い、目を真ん丸にしている。

(今さら口を覆っても、ばっちり発言した後だから無駄な行動だ)

 

俺といる時のチャンミンは、心の赴くままの言動で、俺を慌てさせたり笑わせてくれる。

 

世間向けのチャンミンとは生真面目な常識人だ。

 

俺たちのこっぱずかしいやりとりを目撃され、我に返って真っ赤になるしかない。

(嫉妬でちんちんに熱くなっている時は、周囲が見えなくなってしまうが...)

 

「会場に戻ろうか」

 

チャンミンの両脇に腕をくぐらせ、力任せに引っ張り上げた。

 

しゅんと、うな垂れたチャンミンは、その場に突っ立ったままだ。

(チャンミンの前も大人しくなったようだ)

 

「彼の頭の中は二次元女子だけだ。

『ぼっき』を『勃起』と結び付けたりしてないさ」

 

「そうでしょうか?」

 

「ああ」

 

俺は大きく頷いて、チャンミンの丸まった背中をバシッと叩いた。

 

「ほら、シャキッと!

抱き合ってるところを見られたわけじゃあるまいし」

 

「そうですねそうでしたね。

あ~あ、びっくりしました!」

 

乱れた髪を撫でつけていると、「ユンホさん、髪がボサボサです」と、俺に代わって手ぐしで直してくれた。

 

「あらあらユンホさん、乱れきってます」と俺の正面に立ち帯を締め直すと、「お胸も見えたらいけません」と素早く腕をクロスさせ、俺の首を締めんばかりに襟元を詰めた。

 

「目撃したのが俺たちだったからセーフだったな。

もしあの密会カップルだったら、どうなったんだろう?」

 

「そうですね。

さすがにヲタク君も固まったでしょうね。

...ところでユンホさん、セック...」

 

「しーーーー!」

 

俺はチャンミンの口を塞いだ。

 

風呂上がりの女子大生風のグループとすれ違った。

 

ここの温泉ホテルでは、女性客の浴衣は赤い花柄で、その上にえんじ色の半纏を羽織る。

 

上気した頬はつやつやで、着替えの入った袋や飲み物の缶を手にしている。

 

(いいなぁ、温泉か。

宴会が終わったら、チャンミンとゆっくり湯に浸かろう。

『ユンホさん、お背中流しましょう』

『いいの?』

『タオルじゃなく、手で直接洗いましょうね』

『くすぐったいよ、チャンミン』

『ユンホさんの背中、逞しくて広いですね。

次は前を洗いましょうね。

照れないでその手をどかして下さいな。

やだぁ、ユンホさん。

息子さんがえらいこっちゃになってます』

『だめだよチャンミン、こすったらダメだ。

ああぁぁっ!』

...って、おい!

俺はなにを想像してるんだ!?

 

...その前に!

 

忘れていたけど、風呂場で俺はやるべきことがあったんだった。

 

ウメコに仕込まれたものの回収だ)

 

「公衆の場でエロワードを言う時は気を付けろよなぁ。

『アレしてる』とかさ、言い換えないと。

...いでっ!」

 

お尻をつねられて、俺はとび上がった。

 

「どこ見てるんですか!?」

 

「え...?」

 

背後に青白い嫉妬の炎が揺らめかせ、チャンミンの三白眼が俺をぎりりと睨みつけていた。

 

「女子を見てましたね。

ふり返って、ずーっと見てましたね。

浮気認定しますよ?」

 

「違う、違うって!」

 

チャンミンの嫉妬深さにはうんざりすることもある、と心のチャンミン録にメモをした。

 

嫉妬深さは自身の自信のなさのあらわれか?...と、どこかで聞きかじった情報が頭をよぎったが、チャンミン相手に難しい分析は止しておこうと思った。

 

「行くぞ。

実行委員が不在で、収拾がつかなくなっていそうだな」

 

俺はチャンミンの手を取り、指を絡めた。

 

 

 

 

チャンミンを黙らせるにはこれだ。

 

「ユンホさん...」

 

チャンミンの指に力がこもった。

 

俺はとたんに照れくさくなって、正面を向いたままだった。

 

ちらりと横を窺うと、チャンミンの耳は真っ赤だった。

 

こういうところに俺はぐっときてしまうのだ。

 

「さっき言いかけたことは何だったの?」

 

「あのセックス・カップルは誰だったんでしょうね?」

 

「...チャンミン。

そういうワードはまともに使うなって、言ったばかりだろう?

誰かに聞かれるかもしれないんだ」

 

「そうでしたね、すみません。

『性交』ならどうでしょう?」

 

「...セーフだな。

うちの社員だったら嫌だなぁ」

 

宴会会場のぎりぎり近くまで俺たちは手を繋いでいた。

 

 

(つづく)

 

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