『勃起』発言をまともに聞かれてしまったチャンミンは、両手で口を覆い、目を真ん丸にしている。
(今さら口を覆っても、ばっちり発言した後だから無駄な行動だ)
俺といる時のチャンミンは、心の赴くままの言動で、俺を慌てさせたり笑わせてくれる。
世間向けのチャンミンとは生真面目な常識人だ。
俺たちのこっぱずかしいやりとりを目撃され、我に返って真っ赤になるしかない。
(嫉妬でちんちんに熱くなっている時は、周囲が見えなくなってしまうが...)
「会場に戻ろうか」
チャンミンの両脇に腕をくぐらせ、力任せに引っ張り上げた。
しゅんと、うな垂れたチャンミンは、その場に突っ立ったままだ。
(チャンミンの前も大人しくなったようだ)
「彼の頭の中は二次元女子だけだ。
『ぼっき』を『勃起』と結び付けたりしてないさ」
「そうでしょうか?」
「ああ」
俺は大きく頷いて、チャンミンの丸まった背中をバシッと叩いた。
「ほら、シャキッと!
抱き合ってるところを見られたわけじゃあるまいし」
「そうですねそうでしたね。
あ~あ、びっくりしました!」
乱れた髪を撫でつけていると、「ユンホさん、髪がボサボサです」と、俺に代わって手ぐしで直してくれた。
「あらあらユンホさん、乱れきってます」と俺の正面に立ち帯を締め直すと、「お胸も見えたらいけません」と素早く腕をクロスさせ、俺の首を締めんばかりに襟元を詰めた。
「目撃したのが俺たちだったからセーフだったな。
もしあの密会カップルだったら、どうなったんだろう?」
「そうですね。
さすがにヲタク君も固まったでしょうね。
...ところでユンホさん、セック...」
「しーーーー!」
俺はチャンミンの口を塞いだ。
風呂上がりの女子大生風のグループとすれ違った。
ここの温泉ホテルでは、女性客の浴衣は赤い花柄で、その上にえんじ色の半纏を羽織る。
上気した頬はつやつやで、着替えの入った袋や飲み物の缶を手にしている。
(いいなぁ、温泉か。
宴会が終わったら、チャンミンとゆっくり湯に浸かろう。
『ユンホさん、お背中流しましょう』
『いいの?』
『タオルじゃなく、手で直接洗いましょうね』
『くすぐったいよ、チャンミン』
『ユンホさんの背中、逞しくて広いですね。
次は前を洗いましょうね。
照れないでその手をどかして下さいな。
やだぁ、ユンホさん。
息子さんがえらいこっちゃになってます』
『だめだよチャンミン、こすったらダメだ。
ああぁぁっ!』
...って、おい!
俺はなにを想像してるんだ!?
...その前に!
忘れていたけど、風呂場で俺はやるべきことがあったんだった。
ウメコに仕込まれたものの回収だ)
「公衆の場でエロワードを言う時は気を付けろよなぁ。
『アレしてる』とかさ、言い換えないと。
...いでっ!」
お尻をつねられて、俺はとび上がった。
「どこ見てるんですか!?」
「え...?」
背後に青白い嫉妬の炎が揺らめかせ、チャンミンの三白眼が俺をぎりりと睨みつけていた。
「女子を見てましたね。
ふり返って、ずーっと見てましたね。
浮気認定しますよ?」
「違う、違うって!」
チャンミンの嫉妬深さにはうんざりすることもある、と心のチャンミン録にメモをした。
嫉妬深さは自身の自信のなさのあらわれか?...と、どこかで聞きかじった情報が頭をよぎったが、チャンミン相手に難しい分析は止しておこうと思った。
「行くぞ。
実行委員が不在で、収拾がつかなくなっていそうだな」
俺はチャンミンの手を取り、指を絡めた。
チャンミンを黙らせるにはこれだ。
「ユンホさん...」
チャンミンの指に力がこもった。
俺はとたんに照れくさくなって、正面を向いたままだった。
ちらりと横を窺うと、チャンミンの耳は真っ赤だった。
こういうところに俺はぐっときてしまうのだ。
「さっき言いかけたことは何だったの?」
「あのセックス・カップルは誰だったんでしょうね?」
「...チャンミン。
そういうワードはまともに使うなって、言ったばかりだろう?
誰かに聞かれるかもしれないんだ」
「そうでしたね、すみません。
『性交』ならどうでしょう?」
「...セーフだな。
うちの社員だったら嫌だなぁ」
宴会会場のぎりぎり近くまで俺たちは手を繋いでいた。
(つづく)
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