(29)会社員-愛欲の旅-

 

 

「宴もたけなわでございますが、そろそろお開きの時間がやって参りました」

 

チャンミンの締めの挨拶が終わるや否や、社員たちはどやどや会場を出て行った。

 

会場の片付けがあった実行委員と俺(チャンミンの恋人だから)は後に残った。

 

と言っても特にすることはなく、くホストたちに派遣費を支払ってしまえば即解散だ。

 

俺たちつんつくりん浴衣2人組は、部屋にむかって歩く。

 

ここは開業数十年の老舗温泉宿で、度重なる増築のせいで複雑な造りをしている。

 

騒がしいキャピっと女子部屋と、若者部屋は別館に割り振られており、俺たちヲタク部屋は重役部屋と同じ本館だった。

 

他の実行委員の部屋を別館に割り振っているあたり、雑用や緊急事態発生で呼び出される頻度を減らそうとしたチャンミンの策士ぶりが垣間見ることができた。

 

チャンミンとゆっくり過ごせる時間がようやく訪れた。

 

ヲタク部屋は雑談に興じることなく、各々の世界に没頭しているだろうから、しんと静かだった。

 

チャンミンと会話をしたくてもぼそぼそ小声はうるさいし、耳をはばかる内容を口走ってしまいそうなチャンミンにヒヤヒヤするのは容易に予想できた。

 

「ここらで休もうか。

風呂も混んでいそうだから」

 

ずんずん先を進むチャンミンの、浴衣の袖を引っ張って引き寄せた。

 

「きゃっ」

 

後ろに引っ張られてチャンミンはよろけてしまい、俺の胸に抱きとめられた。

 

チャンミンをドキッとさせたくて。

 

チャンミンの勢いに任せていると、どうしてもムードに欠けてしまうから。

 

これまでのキスは全て、チャンミン任せの乱暴なものだった。

 

早朝の集合時間から、ドタバタと息つく間のない13時間だった。

 

俺の方だって、交際相手をときめかせる言動のひとつくらい経験はあるのだ。

 

宴会場とフロントを結ぶ途中にあるラウンジで、スポットライトで幻想的にライトアップされた中庭をのぞむことができる。

 

社内恋愛をしている者にとって、社員旅行とはドキドキと、秘密と色気の香りがするイベントだと俺は捉えている。

 

人目を気にしながらのいちゃいちゃや、いかに自然に振舞えるか試し合い、視線の交わし合い、自由行動では敢えての別行動。

 

(これは俺の場合であって、他所のカップルはどうかは知らない。

 

俺とは恋人がいるという状況や関係を深めていく過程を楽しむタイプらしい。

 

ところが、相手がチャンミンの場合、その状況や過程はハラハラドキドキ度が高すぎて、楽しむ域を軽く超えてしまっている。

 

自然と、これらの状況を作り出すチャンミンのキャラクターに注目せざるを得なくなってしまう。

 

チャンミンとの恋は、過去の恋愛体験や俺の恋愛傾向が全く通用しない...と、心のチャンミン録に書き記しておいた)

 

喫茶タイムは終了した時間帯で、ラウンジは照明もムーディに絞られ、辺りは薄暗かった。

 

気がきくチャンミンは、二人分の缶コーヒーを買ってくると、俺に手渡した。

 

「ありがと」

 

「僕は出来る彼氏なんです」

 

「そうだね。

なあ、4等賞って何だ?」

 

俺は浴衣のたもとに入れていた封筒を取り出した。

 

「残念賞がのど飴。

1等が5世代目のゲーム機(最新機種)、2等が腹筋マシーン(5つの筋トレができる)、3等がお米20kg」

 

「豪華だな」

 

「代わりに4等以下をレベルダウンしました。

貰ったら嬉しいものでしょう?」

 

「5等がトイレットペーパー半年分、6等が有料チャンネルの1カ月視聴コード。

で、俺のひいた4等。

...どれどれ」

 

封筒に入っていたのはチケットだった。

 

2枚ある。

 

「...テーマパーク××の招待券」

 

チャンミンのセレクトにしては、典型的な景品で驚いていた。

 

「分かります?」

 

「遠いな」

 

飛行機に乗らないと行けない場所だった。

 

「それもありますが...『ペア』ですよ?

ペアです、ペアですよ?」

 

「あ...!」

 

「ペアですよ?」

 

なるほど。

 

「俺と一緒に行ってくれる?」

 

「...はい」

 

ポッと頬を赤らめ、うつむいてしまったチャンミンが可愛らしかった。

 

 

(つづく)

 

 

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