ウメコめ...。
股間に忍ばされたモノを目にした俺は、心中で呻いた。
旧友ウメコは30余年、真面目に生きたのは大学受験の時だけだと言っても過言ではない。
残りは自分に関わる者達を、面白おかしくからかい続けて年をとってきた。
ウメコの本性を知っているにもかかわらず、呪物の実験台にされては、まんまと騙されて続けてきた俺。
今回も俺はウメコに担がれた。
ついでにチャンミンも担がれた。
真っ赤に塗った唇を歪め、不気味にせせら笑うウメコが目に見える。
しゃんと床に正座した俺に、「ユンホ...さん?」とチャンミンは心配げに訊いた。
「どうしました?」
「.....」
「...もしかして...取れないとか!?」
「見た感じ...」
俺はもう一度、チャンミンの股を覗き込んだ。
「...簡単には取れそうにない」
「そんな~~っ!」
「このままにしておくしか...」
内腿の柔らかな皮膚を、爪先でこすってみた。
「ひゃっ」
「...ない。
放っておけば大丈夫だと思う。
そのうち落ちるよ」
「やだ、ユンホさん。
何ですか?
これって何ですか!?」
チャンミンは身をかがめ、カエル脚になって自身の股ぐらを覗き込んでいる。
「もったいぶらないで、教えてくださいよ」
「チャンミン、何が書かれているのか、本当に知らないのか?」
「やっぱり呪文が書かれているんですね。
ウメコさんに、悩みごとの相談を持ち掛けたからですね」
「相談?」
「ユンホさんとの性交渉についてです」
やっぱり...。
「ユンホさんとベッドインした時、僕はどう振舞えばいいのか分からなくて。
ユンホさんに押し倒されるにはどうしたらいいのか。
あらかじめお尻の用意をした方がいいのか、当日ユンホさんに施してもらった方がいいのか。
僕は処女なのに、受け入れ準備OKなお尻にユンホさんはドン引きするかもしれないって、ぐるぐる心配ごとばかり膨らんで」
「そんなの...BL漫画で勉強してるじゃん」
と、言ったすぐ後、「からかっている風に聞こえなければいいのだが」とヒヤッとしたけれど、チャンミンは気にならなかったようだ。
「そうですけど、いざ本番となった時、勇気がしぼんじゃうと思うんです。
大好きなユンホさんを前に、知識も消えちゃうと思うんです。
ぼ、僕...童貞だし処女ってこともありますし...」
「俺だって...こういうの初めてだし、どうしたらいいか分からないよ」
「初めての夜はロマンチックにしたかったから、百戦錬磨のウメコさんにご教授願ったわけです。
そうしたら、『私に任せて、チャンミンくんが余裕をもって初夜に挑めるよう、力を貸したげる』って。
『私が教えた通りに振舞っていれば問題ない』って」
「そういうことか...。
タトゥーシールみたいだもんな、これ」
「やっぱり...そうだったんですね」
チャンミンの袋から足の付け根にかけて、赤いタトゥーシールが貼られていた(一瞬、本物のタトゥなのかと疑った)
「どうりで。
凸凹していないし、何かが張り付いている感じもしない。
擦ったら効果が発動すると言われていたので、触ることもできない。
ウメコさんの説明だと、ここをコシコシすると、フェロモンがぱぁ~って出るんですって。
ユンホさんのを受け入れられるように、あそこが柔らかくなるんですって」
ウメコの奴め。
俺が聞いた話と真逆じゃないか!
「だから、雄になっちゃうフリをしてすみません」
「わかった。
身体、冷えるぞ。
先に風呂に入っていろよ。
頭を洗ったら追いかけるから」
そうチャンミンに声をかけ、俺は髪を濡らし始めた。
「いえ。
ユンホさんを見ていたいので、ここで待ってます」
「ご自由に」
チャンミンのようにこだわりのない俺は、浴場のリンスインシャンプーで髪を洗った。
腰骨のあたりにちりちり痒みを覚えるのは、チャンミンが俺のをガン見しているせいだ。
チャンミンの行動パターンはとっくに読めているから、別段驚くことではない。
次の台詞も読めていたけど、先を越してみた。
「今度、明るいところで、ゆっくり見せてやるよ」
「!」
「ここじゃ二人きりになれないだろ?
俺はチャンミンを押し倒したい」
「ユンホ...しゃん」
「チャンミンからのメッセージ、確かに受け取ったよ」
チャンミンは、「メッセージ?」と不思議そうな顔をした。
・
転じてここは露天風呂。
「ユンホさんは...僕のどういうところが好きですか?」
ちらつく雪が、露天風呂の控え目な照明に浮かび上がる。
湯面から湯気がもくもくと立ち昇っている。
凍みた空気が火照った肌に気持ちがよい。
この温泉宿は峡谷沿いにあり、近くに人家はない。
長い一日だった...。
「チャンミンの好きなところ?」
「はい。
教えて欲しいです」
「そうだなぁ...」
仕事は完璧、真面目なのにドジっ子。
料理がうまく、ヲタ活趣味を満喫している。
媚薬や呪文に引っかかりやすい。
挙げだしたらキリがなく、心のチャンミン録はまもなく1冊終えそうだ。
俺にしてみたら、チャンミンという人物は不思議な生命体。
俗物に染まらず、純粋さを残したまま、30年以上生きてきた奇跡。
ズバッとひと言で言い表せる言葉はないだろうかと、頭を巡らせてみたけれど見つからなかった。
そうなると、「全部」と答えるしかない。
「...嬉しいです」
両頬を押さえたチャンミンは、俺の肩にこてん、と頭をもたせかけた。
そんな可愛いらしい姿を見せられたら、キスせずにはいられない。
でもそのキスは、チャンミンの人差し指で遮られた。
「お尻の用意はまだ出来ていないので、今夜は勘弁してください」
「当ったり前だ。
社員旅行中はマズいだろ。
俺だって、チャンミンとの初めてはリラックスしてしたい」
「今度、旅行しますよね?
くじ引きで当てたテーマパークへ。
その時、お泊りするホテルでえっちしましょう」
うっわー、はっきり言っちゃうんだ。
照れ屋だったり大胆だったり、非常識だったり石頭だったり、男っぽかったり可愛らしかったり。
「ユンホさんも僕も初めてですから、詳しく調べておきます。
だから心配ご無用です!」
忘れてた。
チャンミンの勘違いにより、俺は童貞設定だった。
「その頃には、エロ呪術のかかったシールは剥がれているでしょうしね」
「呪術に影響されない、素のままの俺たち、ってことだな」
~チャンミン~
「どうだった?」
カウンターに頬杖をついたウメコさんは、僕と乾杯したのちビールをごくごく一息であおった。
この日のユンホさんは出先から未だ戻っておらず、これはいいチャンスとばかりに僕一人でウメコさんのバーに向かったのだ。
「ユンホさん、焦ってました。
なんとかアレを取っちゃおうと、僕のアソコばかり気にしてて。
ウメコさんのアドバイス通り、ユンホさんを押し倒す設定の台詞を散りばめました」
「貴方の望み通りになったでしょう?」
ウメコさんは火をつけようと咥えた煙草を、耳に挟んだ。
金髪のウィッグに濃すぎる化粧、大きく胸元のあいたドレスに、似合わない仕草とビジュアルに、吹き出すのをこらえた。
「そうですけど。
あんなものに頼らなくても、ユンホさんは僕を押し倒すつもりでいたのに、僕が余計なことを言うから、ユンホさん、固まってました。
だからコレ、要らなかったと思うんですけどね」
「そうねぇ、要らなかったかもね」
「!」
「じゃあ、どうして?」
「面白かったから」
「ウメコさん!
ひどいです!」
しれっと言うウメコさんにびっくりだ。
「おほほほほ。
おかげでユノは、あなたの身体を舐め回すように見たでしょ?
あなたって、いい身体してるからねぇ...はぁ」
ここにユンホさんがいたら、「チャンミンをいやらしい目で見るな」と怒ってくれるのになぁ。
「僕らで遊ばないでください!」
ユンホさんもこんな風に、ウメコさんの手の平に転がされてきたんだろうなぁ、と想像できる。
「ねえ、チャンミンくん。
ユノはね、ああ見えて慎重で奥ゆかしいところがあるの。
いつまで経っても、あなたに手を出さないでしょうね。
なぜって、男の人を初めて好きになったことに、未だに驚いているようだったから。
あのシールはただのシールで何の効力もない」
「やっぱり...」
「でも、チャンミンくんの身体に呪物が仕込まれていると知って、あなたとアレする光景が具体的に頭に浮かんだのだと思うわ。
俺は絶対に、ウケにはならないぞ、ってね。
きっかけ作りよ、単なる」
「...それって、媚薬の時と一緒のパターンじゃないですか。
まんまとのせられる僕らって...素直ですね」
「あなたたち、可愛いわねぇ」
「で。
結局、アレに何が書かれていたんですか?
ユンホさん、教えてくれないんです。
その時に応えてあげるよ、って。
それだけしか教えてくれないんです」
「キザな男だこと。
『その時』って、何なの?」
「二人だけで旅行に行くんです。
お泊りですよ。
お泊りであるからには...ぐふふふふ。
そういうことです」
「あらぁ、それなら、その時でいいじゃないのぉ」
「ヤです。
ユンホさんは既に知っているんです。
教えてください!」
「仕方ないわねぇ」
ウメコさんがカウンターの下から取り出したのは、2枚の鏡だった。
「自分の目で確認してらっしゃい」
僕はその2枚の鏡を持って、芳香剤の香りむせかえるトイレに籠った。
ズボンとパンツを下ろした。
鏡に映し出されたのは、真っ赤なハート。
それから...。
「!!!」
ユンホさんへのメッセージ、そのままだよ。
『僕のバージンをあ・げ・る♡』
だってさ。
(おしまい)
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