(15)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

翌日。

 

チャンミンは場内コースの監視塔に登り、昼食を摂っていた。

 

なぜかというと、受付カウンター越しに教官用事務所は丸見えだからだ。

 

昼休憩中の校内は教習生たちの会話や案内放送、電話の音などで非常に騒がしい。

 

受付カウンターには、教習生や入校希望者がひっきりなしにやってきて、その都度、休憩中のチャンミンと目が合ってしまう。

 

その煩わしさから逃れるために、チャンミンはよほどの悪天候ではないかぎり、ここまで足を運ぶ習慣となっていた。

 

今日のチャンミンのランチメニューは、冷凍食品を適当に詰めただけの手作り弁当だ。

(調子がよい日は、肉巻きアスパラガスやウサギちゃんリンゴなどが登場する)

 

チャンミンは脳内で、昨夜の出来事を何度もプレイバックしていた。

 

大失態と言える事柄がゴロゴロと、いくつも挙げられることに青ざめていた。

 

1.微妙な空気を作ってしまった。

 

2.ユノの差し入れに箸をつけなかった。

 

3.慰みグッズを2つも見られてしまった

(※そのうち1つは、ユノには用途が想像できないポピュラーじゃないもの)

 

4.ユノに押し倒されて、拒んでしまった。

 

5.やけくそでユノに深いキスをしてしまった。

 

「な~んだ、たった5つじゃないか」と、安心しかけたが、特に3については自分にとって心的ダメージが大きいものだった。

 

(あれは非常にマズかった。

でも、ユノはケロっとしていた。

あれはフリではなさそうだ。

ユノって...凄い子だな)

 

チャンミンの箸は機械的に弁当箱と口の間を往復し、米飯やおかずを味わいなくモクモクと淡々と食していた。

 

監視塔とは、数メートル高の鉄骨製の足場の上にプレハブが乗っかっているだけのちゃちな造りのものだ。

 

意識はここにないから、鉄階段の音も振動も、建物の揺れも自身に近づく気配にも、チャンミンは全く気付けなかった。

 

「チャンミンせ~んせ!」

 

突然声をかけられ、チャンミンは飛び上がった。

 

チャンミンはとっさに「ユノさん...!」と答えそうになってしまった。

 

「なんだ...Kかよ」

 

そこにはニヤニヤ顔のKがいた。

 

「『ユノ君』じゃなくて悪かったな」

 

「っ...!」

 

自分のことを『チャンミンせ~んせ』と呼ぶのはユノだけだ。

(その他、『チャンミンせんせ~』や『チャンミンせんせ!』と、イントネーションの違いも含めると、バリエーションは多い)

 

ユノのことを悶々と考えていた最中だったこともあって、勘違いしてしまっても当然なのだが、そのことにチャンミンは大赤面していた。

 

Kはドリンク剤をチャンミンに放り、ベンチに座ると自分用の缶コーヒーの封を開けた。

 

「暗い顔してるぞ」

 

「お前の方こそ、病み上がりのくせに」

(花火大会の日、チャンミンは病欠したKのシフトを代わりに受け持った経緯がある)

 

「今じゃぴんぴん、家族の献身的な看病のおかげさ。

...で、今度は何があった?」

 

「『今度は』って...僕がしょっちゅう問題を抱えているみたいじゃないか?」

 

「その通りだろう?

悩み無き時なんてほとんど無いんじゃないのか?」

 

「僕はそこまで悲観論者じゃないよ」

 

チャンミンは食べかけの弁当を膝から下ろすと、差し入れされたドリンク剤のキャップを開けた。

 

「彼は若い」

 

「若い」

 

チャンミンは正面を向いたまま、Kの言葉を繰り返した。

 

「気になることがあるんだろ?」

 

「ああ」

 

「ノンケの男と付き合ったこと...あるのか?」

 

「...ある。

思いっきりフラれたけど」

 

「辛いな」

 

「昔の話だよ。

もう忘れた」

と、強がってみたけれど、当時のことを思い出すと未だに少しだけ呼吸がしづらくなる。

 

「ユノ

君と付き合い始めたのはいいけれど、チャンミンの経験値が邪魔をしてるんじゃないのか?

チャンミンはおじさん、ユノ君は若者、ア~ンド異性愛者...いわゆるノンケ!」

 

「...おじさんって...そこまではいっていないよ」

 

「おじさん群に片足を突っ込みかけてるじゃないか」

 

「それは否定できない」

 

チャンミンは、ひと口だけ飲んだドリンク剤を手の中でもてあそぶ。

 

「付き合う前は、ユノ君の若さに恐れを成しているだけでよかった。

だって、恋愛対象の性別の壁なんて、ユノ君がどしょっぱつからぶち壊してくれたからな。

...けど、それよりもっと悩ましいことがあるんだろう?

付き合い始めたことで、いよいよ現実味を帯びてきたことが?」

 

「さあね」

とぼけるチャンミンに、Kは話題をずらすことにした。

 

「俺はお前たちのキューピッドなんだぞ」

 

「え?」

 

驚いたチャンミンは、Kの方を勢いよく振り向いた。

 

Kはチャンミンがゲイであることも、チャンミンとユノの関係も知っている。

 

2週間前、チャンミンはユノのバッグをKに託して試験会場に向かった。

 

後日、今日と同様のニヤニヤ顔のKに「もしかして...そうなったのか?」と問われ、「そういうこと」とあっさり認めた

 

「K...。

ユノさんに変なことを吹き込んだんだろう?」と、チャンミンはKを睨みつけた。

 

「酷いなぁ。

バッグと一緒にチャンミンの電話番号と、研修所の場所を教えてあげただけ」

 

「...なんだ」

 

チャンミンは前のめりの半身を戻すと、ベンチの背にもたれかかった。

 

「そうだ...その通りだよ。

Kのおかげだよ。

ユノさんからの電話で、全部が決まったんだ...」

 

「そりゃ光栄です」

 

2人はしばし無言で、揃って窓の向こうの空を眺めていた。

 

場内コースに侵入した大学生の一軍がはしゃぐ声が、下から聞こえてくる。

 

 

「俺は男同士の恋愛がどんなものなのか想像すらできないけど...さ」

 

「僕も女の人と恋愛したことが分からない。

...ふっ。

こんな会話、ずっと前にしたことあるな。

入社したばかりに」

 

「覚えてるよ。

ユノ君は男も女も関係なく、何の抵抗もなく恋愛できてしまってる子なんだな」

 

チャンミンは以前、男と恋愛することとはどういうことなのか、ユノに脅しをかけたことがあった。

 

その時ユノは、『俺は“せんせ”がいいんだ!』と叫んでいた。

 

「あの子自身が、対象の性別にこだわっていないんだ。

...っていうと、バイみたいだけど、その辺はよく分からない」

 

「バイではないような気がする、なんとなく」

 

「じゃあ、俺は先に戻ってる。

俺の教習車、午後から車検に出すんだ」

 

「ああ」

 

「2週間も経っていないのに、な~にウジウジしてるんだ?」と、Kはチャンミンの肩を突いた。

 

「チャンミンの方こそ、経験値を利用してガンガンにリードしてやれよ。

『女より男の方がいいだろ?』精神でさ?」

 

「なっ!」

 

「女に遠慮していないで ガンガンに『男』で攻めていけよ。

じゃあな」

 

「K!」

 

ドアを閉めかけたKを、チャンミンは呼び止めた。

 

「僕...どうしたら?」

 

Kは呆れ顔で答えた。

 

「気になってることを、ユノ君に質問してみればいいじゃないか?

簡単なことだろ?」

 

「いや...だって、こんなちっぽけなことを気にしているなんて、軽蔑されるかも。

器の狭い男だって...」

 

「ユノ君はチャンミンにべた惚れだから、軽蔑するとかってことはあり得ないと思うけど?

とにかく!

チャンミンがひっかかっているものの正体を整理してみな」

 

「わかった」

 

チャンミンはやっと、笑顔を見せた。

 

「あ~あ、全く。

30のおっさんたちが、お昼休みに恋の相談だぞ?

普通するか~?

くくっ...可愛らしいことで」

 

「わ、悪かったな!」

 

「いいさ。

そういう可愛らしいところがチャンミンにある、ってこと。

チャンミンのおかげで俺も若返るわ」

 

Kは笑いながら管理棟を出て行った。

 

「......」

 

Kが去り、ドアが閉まったのを合図に、止まっていた箸を動かし始めた。

 

モヤモヤ気分で弁当を食べる羽目になった原因を、チャンミンはもぐもぐ咀嚼しながら考えた。

 

(僕の心をチクチク刺している最も大きな棘は...嫉妬心だ)

 

(つづく)

 

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