(18)チャンミンせんせとイチゴ飴

 

ユノとチャンミンはキスをした。

 

今夜のキスはムードに欠けていて、それ以上先には進めなかった。

 

「......」

「......」

 

どちらからともなく身体を離すと、何事もなかったかのようにリビングに戻ったのだった。

 

晴れたかと思われたぎこちない空気が、再び2人の周囲にたれこめてしまった。

 

遠慮という霞で、互いの姿がクリアに見えない。

 

最終的に、チャンミンへ差し入れた料理はユノの胃袋にほぼおさまってしまった。

 

「食べないのですか?」と勧めても、チャンミンは「お腹の調子が...」と断ったからだ。

 

雑談をはさみながらユノは箸を動かし、チャンミンはビールをすすっていた。

 

 

「俺、帰ります」

 

ユノは立ち上がった。

 

「こんな時間ですか。

そうですね、そうした方がいいですね」と、チャンミンは現在時刻に驚いた風に言った。

 

そしてチャンミンはユノを引き留めることなく、「せんせ、おやすみ」と手を挙げたユノを玄関先で見送った。

 

 

(今夜のせんせは、早く俺に帰って欲しかったのかな)

 

ユノは建物から出ると、駐輪所に停めておいた愛車にまたがった。

 

(この前なんて、帰って欲しくない感じがだだ洩れだったのに)

 

スロープを下りきると、出てきたばかりのエントランスドアを振り返った。

 

(花火大会のこと...俺から『ごめん』って謝った方がよかったんだろうか?

...でも、謝った時点で、悪いことをしていた自覚があったことを認めたことになる。

とっさに隠してしまったのは、そこに女の子がいたからじゃない)

 

ユノは長い脚はペダルにかかっていたが、もう片方は地面についたままだった。

 

考え事にふけっていた。

 

(今年初めての花火大会は、せんせと一緒に行きたかったんだ。

もしせんせも同じことを考えていたら、俺だけが一足早く花火大会に行ってしまったと知った時、がっかりするんじゃないかって...それだけだったのに。

...俺はそのつもりでいても、普通の感覚だとその場に異性がいたかいないかが問題なんだ。

そうなんだよ~!

まるちゃんに叱られるまで、そのことに気付かないなんて!

馬鹿だぁ、俺は!)

 

今夜もチャンミンに会いたくて、バイト帰りの疲れなど何のそのだった。

 

わくわく気分でエレベーターを降り、出迎えたチャンミンの固い表情に「?」となり、ぎこちない空気の中ひとり夕飯を摂り、押し倒してみたら拒まれ、チャンミンの大人の玩具を発見してしまい、アダルトなキスをして...。

 

あらゆる面で自信喪失。

 

ユノはへとへとだった。

 

「ユノさん!」

 

自分の名を呼ぶ声に、(『ユノさん』と呼ぶのはひとりしかいない)振り向くと、ユノを追ってきたチャンミンがいた。

 

「せんせ?

どうしたんすか?」

 

自分を追いかけてきたチャンミンに、ユノは「救われた」と思った。

 

「はあはあ...ユノさん」

 

万年運動不足のチャンミンは両膝に手をついて、息が整うまでに時間を要した。

 

「よかった...はあはあ...間に合って」

 

チャンミンが追いかけてくるとは全く期待していなかったユノは、嬉しさよりも戸惑いの方が大きかった。

 

「忘れ物...しましたっけ?」

 

ユノはスマートフォンでも置き忘れたのかとバッグの中を探りかけたが、チャンミンは部屋の鍵を握りしめているだけだった。

 

 

ユノを見送った後のチャンミンはどうだったか、というと...。

 

チャンミンの目の前で、玄関のドアがカチャリとラッチの音をたてて閉まった。

 

「ふうぅ...」

 

肩の力が抜けた。

 

(ひとりになりたかった。

頭と感情の整理をしたかった)

 

ホッとしたのもつかぬ間突如、猛烈な切迫感に襲われた。

 

それは、「今すぐユノを追いかけないと、僕らは駄目になってしまう!」といった、説明のつかない切羽つまった感情だ。

 

チャンミンはシューズラック上が定位置の鍵をひっつかむと、サンダルを引っかけ部屋を飛び出した。

 

「...ユノを想って部屋を飛び出すパターン...何度目だろう」と思いながら。

 

(自転車だからきっともう、遠くまで走り去ってしまっているだろう。

間に合わないだろうな)

 

半ば諦めていたが、ユノがマンション前でぼんやりしていたおかげで、捕まえることに成功したチャンミンだった。

 

「忘れ物じゃなくて...はあはあ」

 

チャンミンは手を伸ばし、ハンドルを握るユノの手に重ねた。

 

「せんせ?」

 

「ユノさん、明日は何時待ち合わせにしましょうか?」

 

「待ち合わせ?」

 

「会う予定にしていたでしょう?

夜勤明けって言ってましたよね」

 

「はい。

...でも...」

 

今夜のハプニングと意味深なぎこちない空気から予想するに、明日の約束など自然消滅するのでは?と、ユノは諦めていたのだ。

 

「あの約束...有効なんすか?」

 

「当たり前でしょう」

 

チャンミンは微笑すると、ハンドルから引き取ったユノの手と、指を絡めて繋いだ。

 

気まずい雰囲気にしてしまったのは、ストレートに尋ねられなかった自分の臆病さだと、チャンミンはちゃんと分かっていた。

 

(分かっていたけれど、気まずい雰囲気を自ら作ることで、ユノにイジワルをしていたのだ...多分。

僕って、卑怯で弱虫だ)

 

「どこかに連れていってくれるんすか?」

 

「まあ...そんなところです。

映画なり買い物なりして、外でご飯を食べませんか?」

 

「はい!」

 

ユノは電話やメッセージで済むのに、直接伝えようと自分を追いかけてきたチャンミンにじんとした。

 

チャンミンは、デートの誘いに顔を輝かせたユノを見て、自分に向けられる好意はやはり本物だと思ったのだ。

 

2人の間に漂っていた、ぎくしゃくとした空気の靄が再び晴れた。

 

実のところ、「気にするのは止めておこう」と、容器に靄を詰めて蓋をしただけだが...。

 

(せんせは俺に何か言いたいことがあるみたいだ。

でも、それを隠しているのは俺に遠慮しているせいだ。

これだけのことで気まずくなっちゃうなんて...俺たちはまだまだだなぁ)

 

ささいなことで心の距離ができたり、不安定になったり。

 

ささいなことで距離が縮まったり、愛情が深まったり。

 

「せんせ、おやすみ」

 

「ユノさん、気を付けて」

 

2人は手を振り合い、その場で解散したのだった。

 

 

その後。

 

ユノの自転車はアパートの方へ...ではなく、ある場所へと向かっていた。

 

到着したのはレンタルDVD店...チャンミンとの出逢いの場所だ。

 

ユノには目的があった。

 

(つづく)

 

 

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