(20)チャンミンせんせとイチゴ飴

今夜のまるちゃんは機嫌がよかった。

廃盤のアニメDVDを、まさかの近所のレンタル店で発見して興奮しているせいだと思われる。

 

「様子を見てみるんだな。

数日経っても態度が変だったら、探りを入れる前に土下座して謝れ。

先生の方から持ち出してきたら、土下座して謝れ。

一時的なもんだったら、スルーしておけばいい」

「結局のところ、成り行き任せってことじゃんか!」

「しょうがないじゃん。

俺は直接先生が『しら~』としたとこを見た訳じゃないから。

その場に居たら、バレてるバレてないを見極められていたけどな!」

 

まるちゃんは威張った風に言うと、ヘッドフォンをはめた。

どうやらレンタルDVD店で口にしていた、『好き』と『好き』の違いについての話を忘れてしまったらしい。

ユノの相談事は一件落着だとみなしたまるちゃんは、DVD編集にとりかかってしまった。

「ここにチャプターを入れて...やっぱ1枚にまとめるのは無理か...」と独り言をしながら、自分の世界に入り込んでしまったようだ。

ユノは今夜のチャンミン宅で感じた微妙な空気の件の他に、重大な懸念事項がもうひとつあった。

ユノは身を乗り出し、まるちゃんの耳からヘッドフォンを取り上げた。

 

「何すんだよ!」

 

至福の時を邪魔されて、まるちゃんはユノをぎりっと睨みつけた(美形なだけに凄みが効いているが、見慣れているユノにはどうってことない)

 

「俺の話はまだ途中なんだよ!」

「まだあったのかよ。

ああ...そっか。

そうだった!」

まるちゃんはユノを見ると、にやりと笑った。

「セックスの話だろ?」

「...っ!」

 

まるちゃんにどストレートに言い当てられ、虚を突かれたユノは言葉を失った。

 

「だろ?」

ユノはカクカクと何度も頷いた。

 

「おいおい、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんじゃないよ(まるちゃんの言葉選びは独特だ)

AVコーナーから出てきて、かつレンタルしてんだから、それしかないじゃん」

「まあ、そうなんだけど...。

どんなもんかなぁ、と思って軽い気持ちでさ、ぶらぶらしてただけ」

「先生んちに行った帰りだったんだろ?」

「お、おう」

 

このときユノは、「まるちゃんは何でもお見通しだな」と感心していたけれど、まるちゃんの推測自体、鋭い洞察力は必要としない。

あのレンタルショップはチャンミン宅の最寄りの店だ。

まるちゃんはユノの手からヘッドフォンを取り上げると、首に引っかけた。

PCを脇に押しやったあたり、ユノとのトークに集中してくれるようだ。

 

「いよいよ、そういう流れになったのか?」

「えっと...まあ...そんなような...感じ?」

 

もぐもぐチャンミンが可愛くて、押し倒してしまった時のことだ。

 

「付き合って2週間くらいだっけ?

今どき遅すぎるくらいじゃね?」

「そういうもん?」

「最後まで?

ユノの“先生”は経験大ありだから、うまいこといったんじゃね?」

まるちゃんの言葉に、ユノは「そうなんだよ、せんせは挿れられる側なんだってよ」心の中でつぶやいた。

 

「...いや」

「不発?」

「いや」

「先っぽだけ?」

「先っぽも何も、素肌にすら触れてない」

「なんだ。

そういう流れになったも何も無いじゃん。

で、うまいこと出来なくて、お勉強するためにあそこを偵察してたわけね」

「そんな単純なものじゃない」

 

まるちゃんは真っ直ぐ自分を見るユノの真剣な表情に、冗談を挟む余地がないと悟る。

 

「俺さ、いろいろ考えてしまったんだ」

 

ユノは万年コタツの天板に身を乗り出し、頬杖をついた。

 

「『態度が変だけど、どうしたの?』って訊けなかったことが発端さ。

...なんだか怖くって。

何でも話し合える仲にはほど遠いし、せんせの近くにいる時はすげぇ楽しいけど、無理をしてるみたいだ。

いい子ぶってるっていうの?」

「付き合いたてってのは、そういうもんじゃねぇの?」とまるちゃんはフォローする。

 

しかし、好きで好きでたまらなくて付き合えるようになり、幸せいっぱいなのだが、実際のところ、思ったほどの盛り上がりに欠けていた。

 

「そこで俺は思ったんだ。

俺たちには決定的な『何か』が必要だ。

何かって、何だろう?

思い出を沢山つくることか?」

「セックスしかないだろ」

「YES。

俺ん中ではそうでも、先生はそのつもりじゃなかったみたいだ。

...思いっきり拒まれた」

 

ユノはその時のことを思い出し、力一杯押しのけられた顎を撫ぜた。

 

「ユノがせっかく仕掛けたロケット弾の火を先生が消しちゃった、ってことだな」

「...ムードが足らなかったから?

いきなり押し倒したからなぁ」と、ユノはぼやく。

「ば~か。

女でもあるまいに...。

男相手にムードなんか関係ないと思うんだけど?」

「そういうもん?

俺、男と付き合ったことねぇから加減が分からないよ」

 

ユノは頭を伏せ、コタツの天板に額を付けた。

 

「お代わりいる?」

 

まるちゃんは立ち上がると、追加でお湯を沸かし始めた。

ユノは目をつむり、レンタルDVD店前で目撃したシーン...泣いて恋人にすがるチャンミン...この恋の出発点であり基準点...を思い起こした。

 

(...同性同士だからって、何も変わらない。

フラれれば泣くし、好きだと言われれば嬉しいものだ。

俺はせんせが好きだ。

せんせと恋愛してる...!)

と、ユノの想いは以前も今も変わらないが、今夜大きくつまずいてしまったのだ。

ユノは天板から頭を起こすと、台所から戻ってきたまるちゃんをびしっと見つめて言った。

 

「せんせにはぜ~ったいに言えないことがあるんだ」

「AVに繋がることだろ?」

ユノは頷いた。

「せんせから拒否られたってこともあるけど...正確に言うと、出来なかったんだ」

「まさか、勃たなかったとか?」

「なんで分かった?」

「もし俺だったら、男相手に勃たないから」

「まるちゃん基準ではかるなよ」と、ユノはぷいっと顔を背けた。

「せんせのことは好きだけど、それとエロとが結びつかないんだ。

だって、憧れの人だったから」

「ふ~ん。

先生に拒まれたから、AVコーナーをうろついた理由はハウツーを求めていたんじゃないってことね」

「まあ...な」

 

ヤカンはしゅんしゅんと湯が沸いたのを知らせ、ユノは立ち上がってガスの火を消した。



(つづく)

 

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