(7)会社員-愛欲の旅7-

 

 

「ウメコ~、何したんだよ?

おまじないか?

毒薬か?」

 

「不正解!

毒薬って...私が捕まっちゃうじゃないの。

そのどちらでもないの」

 

ウメコはカウンターから出ると、「そろそろお店を閉めようっと」とつぶやいて、通りに置いた看板照明を回収に行ってしまった。

 

「はあぁぁ」

 

俺はカウンターに突っ伏した。

 

おかしなものに頼らなくても、抱き合った時に分かると思うのだ...どちらが征服する側になるのか。

 

ウメコの媚薬めいたものに惑わされて、俺たちが本来こうなるべき役割があべこべになってしまっては困るのだ。

 

...いや、待てよ。

 

案外いいかもしれない...。

 

『ユンホさん...可愛いです』

『最初は優しくしてくれよ?』

『ユンホさん...震えてますね。

安心してください、僕がいいところに連れてってあげます』

『チャンミン...怖い』

『怖いなんて言ってるくせに、ユンホさんの大きくなってますよ、ぐふふ』

『あああっ!

いい!

すげぇ、いいっ!』

 

 

駄目だ、駄目駄目!

 

「あなたも手伝って」

 

看板照明を引きずってきたウメコに急かされ、俺も台フキンでカウンターを拭いたり、汚れた食器を洗ったりと手伝う。

 

(お友達価格で飲み食いさせる代わりに、俺をこきつかうのだ)

 

コートを羽織ったウメコは、俺のコートを放って寄こした。

 

「そうねぇ...あなたたちの関係性をゆがめたりしたら駄目よねぇ。

まだ何の作用も起こっていないでしょうから...今なら間に合うわ」

 

「今度のは一体、どんなのなんだよ?」

 

「雄々しくなるの」

 

「頼むよウメコ~。

お前のは毎回、エロに結び付くのばっかだなぁ」

 

「今回のは凄いのよ。

ユノ、あなただけじゃなく、老若男女問わず周りにいる人みんなに効いちゃうの」

 

「はぁ?」

 

俺の脳裏に、目をらんらんとさせたチャンミンが、A子やその他女性社員だけじゃなく、営業部長にまで襲い掛かる光景が浮かんだ。

 

「いでっ!」

 

「違うわよ。

逆よ、逆」

 

俺の想像図を読んだウメコに頭をはたかれた。

 

「フェロモンを発散させるんだから

チャンミン君がモテモテになっちゃうの」

 

ウメコは店の鍵を閉めると、手を振り先にいくよう俺に促した。

 

おんぼろ雑居ビルにあるウメコの店、地上に出るため狭苦しい階段を上る。

 

「俺の恋路を邪魔する気か!」

 

「まさか。

チャンミン君に足りない男のフェロモンを足してやろうと思っただけよ。

モテモテになっちゃうのは、副作用よ、諦めて。

フェロモンMAXなチャンミン君に、あなたがメロメロになって、30うんねん大事に守ってきた秘部をチャンミン君の為に捧げるの」

 

「はうっ!?」

 

ウメコに尻の真ん中をブスリ、と刺されたのだ。

 

「何すんだ!?」

 

背後のウメコを振り向き、怒鳴りつけた。

 

「感度良好」

 

「ふざけんな!」

 

ウメコは100㎏越えの巨漢、俺は太い指で突きをくらったあそこをさすった。

 

「お前はなんとしてでも、俺を襲わせたいんだな」

 

「...と思ってたけど、可哀想だからユノを助けてあげる。

自然な流れでどっちに転ぶのか...あなたたちの相性を魔術で歪めてしまうことに良心がとがめてしまってね...。

あなたはそれを阻止すればいいことよ」

 

深夜近くの飲み屋街、通行人はへべれけの酔客か身を寄せ合った男女くらいと、まばらだった。

 

そういえば2週間ほど前に、俺はチャンミンの腰を抱いてここを歩いたんだよなぁ、と思い出していたりして(あそこの角を曲がった先にある喫茶店で、俺はチャンミンに唇を奪われたのだ)

 

「阻止って...どうやって?

解毒剤、とか?」

 

「今回のは、媚薬でも呪文でもないの」

 

やっとで素の姿でチャンミンと付き合えると思っていた矢先なのだ。

 

チャンミンは素直な男だから、呪術の効き目は抜群なのだ。

 

男の色香ダダ洩れ状態になってしまい、周りの女性たちの注目の的になってもらったりしたら、俺が困る。

 

やっぱり女性には負けるから(チャンミンは元々はストレートだろうから)

 

「じゃあ、何だ?」

 

ウメコは俺の耳の元で囁いた。

 

「...それだけ?」

 

「ええ、そうよ」

 

その阻止法とは、いたって簡単だった。

 

「じゃあ、頑張ってねぇ」

 

ウメコはひらひらと手を振って、お迎えに現れたボーイフレンドと腕を組んだ。

 

ウメコのボーイフレンドは俺を睨みつけると、ウメコを伴って歩き去った。

 

(超絶イケメンの年下のボーイフレンド。俺とウメコの仲を疑った彼に殺されそうになった過去があるのだ)

 

その後ろ姿を見送る俺。

 

どっちがそっち側なんだろう、こういうことは見かけによらないというし...。

 

彼らの行為を想像しかけて、「駄目だ、駄目!」と、その想像図を振り切ろうと俺は首を振った。

 

 

(つづく)

 

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