以前勤めていた会社では、社員旅行はあるにはあったが自由参加だった。
気をつかう者たちと2日ないし3日も行動を共にしなければならない煩わしさから、非参加の者もいる中、普段交流のない支社の者と交流ができる機会だと、俺は積極的に参加していた。
チャンミンのキャラクターから予想すると、彼は不参加組だろう(「オフィスを出たところで交友を深める必要がどこにあります?」と言いそうだ)
幸いなことに、転職先であるこの会社は半強制スタイルだ。
俺の場合は、自由参加だろうが強制だろうが、参加するんだけどね。
・
集合時間は午前7時。
時間厳守できない奴は置き捨てていくルールではなく、メンバー全員が揃うまで、バスは発車しない。
遅刻して、白い目を一斉に浴びながらバスに乗り込むなんてことは避けたい。
早起きできるか不安だったが、俺にはチャンミンという目覚まし時計がいたから、心配無用だった。
チャンミン目覚まし時計は、スヌーズ機能付き。
寝ぼけ声で電話に出て、「あと5分...」と二度寝してしまう俺を見越したチャンミン。
しゃきっと電話に出るまでしつこいのなんのって!
身支度を済ませ、靴を履いている時にも着信があり、「もう家を出るところだよ!」と答えたら、やっとで安心してくれた。
玄関ドアを開けてびっくり。
チャンミンがぬっと立っていた。
「おはようございます」
「あ、ああ。
おはよう」
どもってしまったのには訳がある。
スーツを着ていないチャンミン...私服姿のチャンミンを見たのは初めてだったから。
(風邪をひいた俺を看病しようと我が家に泊まった翌日は休日だった。
結局、チャンミンは朝までぐっすり。
パジャマは持参してきても着替えを忘れてくるドジっ子で、スーツを着て帰宅していったのだ)
挨拶を交わした後、俺たちはしばし無言だった。
チャンミンはお祈りポーズに手を組み、大きく見開いた眼をきらっきらに輝かせている。
「ユンホさん...素敵...素敵です...」
そう言うチャンミンのとろけた表情が、俺の目に眩しい。
後光が射しているように見えたのは、顔を出したばかりの朝日が逆光になっていたからだ。
「そう?
別に...普段通りだよ」
照れくさくて謙遜したわけじゃなく、俺の服装はいたって普通。
パーカーにデニムパンツ、上にコートを羽織って、以上だ。
「もぉ!」
「んぐっ!」
みぞおちにチャンミンのパンチが飛んでくるという予測不能のリアクションに、彼の出で立ちにドキっとする間もない。
(チャンミンは胸キュンするあまり、その相手に暴力をふるうこともある、とチャンミン録にメモをする。
同じような項目を過去にメモしたことがあったような...とページをめくったら、その通りだった)
「ユンホさんったら...僕を何度惚れさせようとするんですか?
罪なオトコですね」
顔を赤らめるチャンミンは乙女のように身をくねらせているが、仕草と恰好がミスマッチだ。
・
オフィシャルなチャンミンしか見たことがない者は、私服もとんでもなくダサいだろう、と想像するだろう。
オフィスでこっそりやってみたことがある。
コピー機の前で小難しい顔をして立っているチャンミンを、俺は自身のデスクから眺めていた。
見惚れていた、のではなく、観察していた。
七三分けした頭を、片手をかざして隠してみる。
ダサく見えてしまうのは、ヘアスタイルだけが問題なんだろうか?と思っていたからだ。
そして首から下を観察する。
手足が長い痩せ気味の長身の男。
緩くもなくきつすぎず、肉付きに合ったスーツを着ている。
そのスーツも膝が出ているとか、安っぽいテカリもないから、もしかしたらオーダーメイドなのかもしれない。
それなのに...ダサい。
なぜだ?
紙つまりを起こしたのか、トナー交換なのか、チャンミンはコピー機のカバーを外して悪銭苦闘している。
手伝ってやりたいが、チャンミンの観察を続行することにした。
どうしてこんな単純なことに気付かなかったんだろう。
スラックスの丈が短いのだ。
お洒落上級者なら着こなせる、あえて丈短のボトムス。
ばりばりのビジネススーツで、アンクル丈か...チャレンジャーだ。
チャンミンの場合、靴下がいわゆるビジネスソックスだから、余計にミスマッチ感がアップする。
スーツを仕立てた後に、脚が伸びたのか?
(まさか!三十路にもなって成長期なんてあり得ないだろ)
スーツの袖の長さはぴったりサイズだから、首を傾げてしまう。
答えが見つかり満足した俺は、コピー機の前で手を真っ黒にさせたチャンミンを助けに行ったのだ。
・
そうなのだ。
スーツを脱いだチャンミン...滅茶苦茶、カッコよかった。
ダッフルコートに細身のボトムス、ショートブーツ。
凝ったものを着ているわけじゃなく、普通のものを普通に着ているだけなんだろう。
でも、それがよかった。
昨年までの社員旅行でも、チャンミンはこうだったのだろうか?
社内でのチャンミンの評判は、「ダサい」「細かい」「くそ真面目」「ヲタクっぽい」「アイドルの追っかけをしていそう(大正解)」「恋人は二次元」「融通がきかない」「とっつきにくい」「でも、仕事は正確、迅速」
ところが、今みたいな格好で、社員旅行に参加したりなんかしたら、女子たちは色めき立つ。
スーツを脱いだチャンミンは、実はイケメンだった。
このギャップに、チャンミンの評価がぐんと上がっていてもよさそうなものなのに、そうはなっていない。
...なぜだ?
カジュアルな服装に七三分けなのがいけないのかなぁ...。
最寄り駅までチャンミンと肩を並べて歩きながら、以上のことを考えていた。
俺のことを「罪な男」と言うチャンミンこそ、罪な男だよ。
朝いちばん、俺を出迎えた私服チャンミンに、俺の胸はときめいた。
・
「ねえ、ユンホさん。
僕たち、朝帰りみたいですねぇ...。
まるでユンホさんのお家にお泊りしたみたいですねぇ」
「そうかなぁ?」
「僕ら二人とも寝不足みたいな顔をしていたら。
皆さん、『あの二人...昨夜は激しかったのね』
『大人しい顔してチャンミンさんは、激しいのね』、って思うかもしれませんね。
ぐふふふ」
やっぱり...。
チャンミンは、俺を押し倒す役のつもりでいる...。
この流れをこの旅行中に変えないと。
2泊3日の社員旅行に、7泊8日サイズのスーツケースを転がしているチャンミン。
「荷物多すぎやしないか?
何が入ってるんだよ?」
「僕は実行委員ですので、余興用とか用意するものがいろいろありまして...」
「大変だな。
俺が持ってやるから、貸せよ」
チャンミンのリュックサックを代わりに背負ってやる。
そして、昨夜見た夢に俺が出てきたと語るチャンミンの話に、「へぇ」とか「そうなんだ」と相づちを打ったのだった。
(つづく)
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