<ナプキン事件の巻>
チャンミンの両親も妹たちも祖父母も、現存している一族全員、ベータ属だ。
一般的で多数派の、珍しさの欠片もない、ごく普通のベータ一族にオメガが誕生した。
世の人間だれしも過去を辿れば、アルファやオメガのご先祖にいきつく可能性はあるため、ユノだったから、チャンミンだったから特別に、ファンタジーな現象が起こったのではない。
17歳にして突如、本来の属性が顔を出し、変異してしまう現象は、世界各地で報告されている。
ただし、それは非常に稀なケースだが。
・
オメガになって3か月目、チャンミンに初潮が訪れた。
タイミング悪く学校で“その時”が訪れた。
2人は男性であり、生理用品なんて当然持ち合わせていない為、その調達に学校を抜け出すしかなかった。
チャンミンをコンビニエンスストアの前に待たせて数分後、ユノは堂々と目当ての物を手に入れてきた。
茶色の紙袋を抱えている。
(ユノ...すごい勇気と度胸だ。
『姉に頼まれて』とか、言い訳しながら買ったのかな)
「公園のトイレに行こう」
2人揃って個室に籠る不自然さは、コンビニのトイレよりも公園のバリアフリートイレの方がまだマシだ。
ユノはもぞもぞ歩くチャンミンのペースに合わせ、ゆっくり歩いた。
公園には、遊具で遊ぶ子供たちとその親らしき男女、縄跳びをするご老人がいるだけだった。
チャンミンは彼らを遠目に、こう思った。
(あの男...オメガだったりして...。
あの女の人がアルファだったりして...)
現実には、そう簡単にオメガをお目にかかることはない。
(...まさかね)
「チャンミン、早くしろ!」
ユノはチャンミンの襟首をむんずとつかむと、個室へと引きずり込んだ。
「これはふつうの日用で、これが夜用。
へぇ、羽根つきってこういう感じなんだ」
ユノは紙袋から取り出したものを、洗面台の上に次々と並べていった。
パッケージ入りのボクサーパンツもある。
ファンシーな色と柄のオンパレードに、チャンミンはくらりと眩暈を覚えた。
「どれがいいか分からなくて...。
お店の女の子に訊いたんだ」
「ユノ!?
キミって人は!」
「店ん中でぐだぐだ迷って、ウロウロしてる方がハズイだろ。
こういう時は先輩に訊くのが、一番早い」
「う~、そうだけどさ...」
「オメガ用のナプキンは、さすがにコンビニに売っていなかった。
やっぱ専門店じゃないと駄目か...」
「そんなの、コンビニも...ドラッグストアだって同じだ。
そんなの並べたって、買う奴なんていないよ!
オメガなんてちょびっとしかいないんだ」
チャンミンの言う通りだった。
「後で買いに行こうか?
今んとこ、応急処置だ」
「う...ん」
大いに気が進まん、と言った風に渋々、チャンミンはレース模様のものを手に取った。
「タンポンも勧められたんだけど、それじゃあ...」
ユノは、チャンミンの尻をちらっと見ると、「塞いじまう」と言った。
「ユノ!!
なんて無神経な奴なんだよ!」
チャンミンは手にしたナプキンを、ユノに投げつけた。
「僕はこんなの...こんなのしたくない!
僕は男なのに。
男なのに...。
ユノは自分のことじゃないから、平気なんだよ。
僕がどれだけ落ち込んでいるか、分かんないんだよ!
ナプキンナプキンって!」
チャンミンはパッケージからナプキンを取り出すと、次々とユノに投げつけた。
「チャンミン!」
ユノは器用に、そのひとつひとつをキャッチした。
「ナプキンナプキンって!」
その光景は、まるで運動会の玉入れ競争のようだった。
「俺が悪かった!」
「ユノのバカバカ!」
濡れたお尻が気持ち悪かった。
チャンミンは情けなかった。
オメガになるとは...妊娠できる身体になるとは、こういうことか...。
投げつけるモノが無くなると、うな垂れて黙り込んでしまった。
ユノはかける言葉が見つからず、チャンミンを見守るだけだ。
チャンミンはひとつ深呼吸をつくと、ユノが腕に抱えたものからひとつを取った。
覚悟を決めたのだ。
「自分で出来るか?」
「出来る」
「外で待ってるよ」
チャンミンは、個室を出ようとするユノの襟首をひっつかんだ。
「ここに居て!
行かないで。
僕のそばにいて」
「ああ。
ここに居る」
チャンミンはベルトを手早く外し、すとんとスラックスを落とした。
「......」
下のものを全部脱いでしまうと、「新しいパンツ、取って」と手をひらひらさせた。
「おっ、おう」
ユノは慌ててパッケージを破ると、真新しいボクサーパンツを手渡した。
「......」
パンツに足を通し、「それ、取って」と再びユノへ手を伸ばした。
チャンミンの顔は怒っていた。
ぺりぺりと開封した中から現れたものを摘まみ上げ、無言でそれを眺めていた。
「......」
(ああ...ベータだった僕はとうとう、消えてしまった)
「チャンミン...できるか?」
勝手が分かっていない手つきは不器用そのもので、よれたり、折れ曲がったり、2個無駄にした。
「もう!!」
「チャンミン?
俺がやったろか?」
「やだ!」
チャンミンを手伝おうと伸ばしたユノの手は、払いのけられた。
「いくらユノだって、手伝ってもらうわけにはいかないよ」
「わかった...ごめんな」
「...ムカつく。
自分がムカつく。
ムカつくけど、僕はオメガだ。
とっても珍しい人種なんだ。
ぐすっ...負けないもん」
・
「帰ろうか」
ユノはチャンミンの肩を抱いた。
自分のことなど二の次で、チャンミンのことが心配でたまらなくても、ユノはチャンミンの哀しみを代わってあげることは出来ない。
「家に帰ろう」
「学校は?」
「サボる。
チャンミンにアレが来た日に、体育なんてできるかよ」
ユノの隣を歩くチャンミンは、笑顔になっていた。
「う~ん。
体育は辛いね」
(分かる...女子たちの気持ちが今の僕なら分かる)
チャンミンはそっと下腹を押さえた。
朝から悩まされているこの鈍痛は、自身の肉体の奥底で、想像がつかないことが起き始めている徴だ。
「1日目って辛いっていうじゃないか。
だるいとか、腹がいたいとか。
うちの妹も、毎月寝込んでるよ」
「うん...うちの妹も、月に一度、扱いにくい奴になってる」
「俺は、お前の心の痛みとか、身体の変化についてゆけなくてもがいたり...そういうのを真の意味で理解してやることはできない。
でも俺は、お前を全力で守るから。
アルファの名をかけて」
「うん。
僕を守ってね」
ユノはチャンミンの手を取り、指を絡めた。
「今から専用のやつを買いに行く?」
「ううん。
家帰って寝る。
だるいんだよね~。
だって1日目だからさ~」
「あったかいもの飲むか?
腹を温めるといいんだって」
「僕んちに来ても、生理中だからアレできないからね」
「ばっ!
何言ってるんだよ!」
「ふふふ。
冗談だよ~」
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