(11)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

俺は駅前のモニュメント前でチャンミンを待っていた。

ワイシャツ姿でスーツのジャケットは脱いで腕にかけ、改札口を出る人並に目を凝らす。

 

(なぜか、わくわくどきどきする)

 

空気は蒸し暑く、じとりと首も腕も汗ばんでいた。

ポン、と肩を叩かれた。

 

「おっ!」

 

顔を上げたら目の前に彼女が立っているものだから、驚きで飛び上がった。

 

「ユノさん...。

そこまでびっくりしなくても...」

 

彼女はぼそりとつぶやき、眉を下げた。

分かってはいても不意打ちは心臓に悪い。

彼女の髪色が、明るく変わっていた。

 

「チャンミンちゃん、髪を染めたんだ」

「はい。

イメージチェンジも兼ねてます」

 

鼻にしわを寄せて笑う彼女の目元に、長い前髪がはらりとかかった。

どき。

彼女の澄んだ瞳に、俺が映っていた。

そして、とっさに俺は彼女の前髪に指を伸ばしていたのだった。

 

「ごめん!」

 

俺は腕をひっこめると、やり場を失ったその手で自分の前髪をかきあげた(彼女の側にいると、こうやって誤魔化すパターンが増えてきた)

 

(またやってしまった。

つい触れようとしてしまう。

危ない、危ない。

髪を明るくしたせいか、それも鈍色なせいか、中性的な妖しさが加わった気がする)

 

「ユノさん。

ほら」

彼女はつんつんと俺の腕を突いた。

 

「!」

 

肘までまくり上げていた腕に産毛が逆立った。

 

どき。

 

「屋上ビアガーデンですって!」

「へぇ」

「いいですねぇ。

行きたいですねぇ」

 

ラティス格子で囲われたデパートの屋上に、提灯の赤い灯りが連なっている。

伸びやかな首筋。

惜しいことに彼女の喉は、縁がフリルになったハイネックで隠れてしまっている。

デパートの屋上を見上げる彼女の喉から目が離せなかった。

ビールをごくごく飲む彼女を見てみたいと思った。

 

「なあ、チャンミンちゃん」

 

突如沸いた素敵な思いつき。

 

「ビール飲もうか?」

「え?」

「ビアガーデン、行こう」

「今から?」

「もちろん」

「Bさんは?」

 

彼女に指摘されて、俺は顔をしかめた。

 

「Bのことは、いいから」

「でも...」

 

彼女と飲むビールは、美味しいに決まっている。

逡巡する彼女の手をとった。

 

「え、え、え?」

 

彼女の手をとるまでは、躊躇する隙のない自然な動きだった。

ところが俺の手の中におさまった彼女の、自分のものより幾分小さく薄い手の平を意識したら、ぼっと身体が熱くなった。

女性の手を握ることに、今さらドギマギするような年じゃない。

でも、彼女相手だと違う。

手を触れたらいけない気にさせられる。

そんなことを思いながらも、ちょくちょくと彼女に触れてしまっているのだけれどね。

 

 

「行こう行こう」

 

俺はぐいぐい彼女の手を引っぱって、エレベータに乗り込んだ。

照れ隠しで、必要以上に引っぱった。

操作ボタンを押す時になって、「ああ、ごめん」とクールさを装って手を離した。

手を握ることくらいどうってことないさ、大人の男だから、ってな風に。

 

「いえ...」

 

真っ赤な顔をした彼女は、俺に握られていた手を開いたり閉じたりしている。

伏せたまつ毛が、赤らめた頬に影を作っていた。

 

(ヤバイ...可愛い...)

 

彼女のTシャツの胸元に目をやって、俺は安堵した。

 

(よかった...ブラを付けてる)

 

今朝見たノーブラチャンミンが、ぼわーんと頭に浮かんできてしまって慌てて打ち消した。

バスケットボール選手のように体格はよいけれど、内股気味の膝頭と足先。

メンズサイズのスニーカーなのに、でかい足なのに(チャンミン、ごめん)、可愛らしく見えるのだ。

 

「ユノさん...大丈夫ですか?」

「え?」

「顔が赤いです。

汗がだらだらです。

具合が悪いのですか?」

 

じーっと彼女に顔を覗き込まれて、俺の心拍数が急上昇した。

 

「!」

 

額に手を当てようとするから、「大丈夫だって」って制しようしたら、つかんだ手首が細くてたまらない気持ちになった。

ポーンという音と共に扉が開いた途端、蒸し暑い空気と軽快な音楽、がやがや楽し気な喧噪に俺たちは包まれた。

さあ、ビールを飲もうか!

 

(つづく)

 

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