~ユノ~
俺は駅前のモニュメント前でチャンミンを待っていた。
ワイシャツ姿でスーツのジャケットは脱いで腕にかけ、改札口を出る人並に目を凝らす。
(なぜか、わくわくどきどきする)
空気は蒸し暑く、じとりと首も腕も汗ばんでいた。
ポン、と肩を叩かれた。
「おっ!」
顔を上げたら目の前に彼女が立っているものだから、驚きで飛び上がった。
「ユノさん...。
そこまでびっくりしなくても...」
彼女はぼそりとつぶやき、眉を下げた。
分かってはいても不意打ちは心臓に悪い。
彼女の髪色が、明るく変わっていた。
「チャンミンちゃん、髪を染めたんだ」
「はい。
イメージチェンジも兼ねてます」
鼻にしわを寄せて笑う彼女の目元に、長い前髪がはらりとかかった。
どき。
彼女の澄んだ瞳に、俺が映っていた。
そして、とっさに俺は彼女の前髪に指を伸ばしていたのだった。
「ごめん!」
俺は腕をひっこめると、やり場を失ったその手で自分の前髪をかきあげた(彼女の側にいると、こうやって誤魔化すパターンが増えてきた)
(またやってしまった。
つい触れようとしてしまう。
危ない、危ない。
髪を明るくしたせいか、それも鈍色なせいか、中性的な妖しさが加わった気がする)
「ユノさん。
ほら」
彼女はつんつんと俺の腕を突いた。
「!」
肘までまくり上げていた腕に産毛が逆立った。
どき。
「屋上ビアガーデンですって!」
「へぇ」
「いいですねぇ。
行きたいですねぇ」
ラティス格子で囲われたデパートの屋上に、提灯の赤い灯りが連なっている。
伸びやかな首筋。
惜しいことに彼女の喉は、縁がフリルになったハイネックで隠れてしまっている。
デパートの屋上を見上げる彼女の喉から目が離せなかった。
ビールをごくごく飲む彼女を見てみたいと思った。
「なあ、チャンミンちゃん」
突如沸いた素敵な思いつき。
「ビール飲もうか?」
「え?」
「ビアガーデン、行こう」
「今から?」
「もちろん」
「Bさんは?」
彼女に指摘されて、俺は顔をしかめた。
「Bのことは、いいから」
「でも...」
彼女と飲むビールは、美味しいに決まっている。
逡巡する彼女の手をとった。
「え、え、え?」
彼女の手をとるまでは、躊躇する隙のない自然な動きだった。
ところが俺の手の中におさまった彼女の、自分のものより幾分小さく薄い手の平を意識したら、ぼっと身体が熱くなった。
女性の手を握ることに、今さらドギマギするような年じゃない。
でも、彼女相手だと違う。
手を触れたらいけない気にさせられる。
そんなことを思いながらも、ちょくちょくと彼女に触れてしまっているのだけれどね。
・
「行こう行こう」
俺はぐいぐい彼女の手を引っぱって、エレベータに乗り込んだ。
照れ隠しで、必要以上に引っぱった。
操作ボタンを押す時になって、「ああ、ごめん」とクールさを装って手を離した。
手を握ることくらいどうってことないさ、大人の男だから、ってな風に。
「いえ...」
真っ赤な顔をした彼女は、俺に握られていた手を開いたり閉じたりしている。
伏せたまつ毛が、赤らめた頬に影を作っていた。
(ヤバイ...可愛い...)
彼女のTシャツの胸元に目をやって、俺は安堵した。
(よかった...ブラを付けてる)
今朝見たノーブラチャンミンが、ぼわーんと頭に浮かんできてしまって慌てて打ち消した。
バスケットボール選手のように体格はよいけれど、内股気味の膝頭と足先。
メンズサイズのスニーカーなのに、でかい足なのに(チャンミン、ごめん)、可愛らしく見えるのだ。
「ユノさん...大丈夫ですか?」
「え?」
「顔が赤いです。
汗がだらだらです。
具合が悪いのですか?」
じーっと彼女に顔を覗き込まれて、俺の心拍数が急上昇した。
「!」
額に手を当てようとするから、「大丈夫だって」って制しようしたら、つかんだ手首が細くてたまらない気持ちになった。
ポーンという音と共に扉が開いた途端、蒸し暑い空気と軽快な音楽、がやがや楽し気な喧噪に俺たちは包まれた。
さあ、ビールを飲もうか!
(つづく)
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