(13)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「もう一回、乾杯しましょう」

「かんぱーい」

 

俺たちはガチンとビールジョッキを合わせた。

ジョッキを持つ指が細かった。

 

「ユノさん」

「ん?」

 

目尻を赤く染めた彼女が色っぽくて、目をそらす。

 

「安心してくださいね」

「安心って?」

「アレの時は、僕、イヤホンして音楽聴いてますから」

「アレ?」

 

意味が分からず首をかしげていたら、彼女はふんと鼻をならした。

 

「セックスです」

「!!!」

「Bさんとユノさんがセックスするときです。

イヤホンして、大音量で音楽聴いてますから。

僕に遠慮せずに、いつも通りセックスしてくださいね」

「チャンミンちゃん!」

 

...何を言い出すかと思えば。

不意打ちの発言に驚かされて悔しくなった俺は、意地悪をしたくなった。

 

「チャンミンちゃんこそ、つけようね」

「ツケル?」

「ブラ」

「!!!!」

 

彼女は素早く胸を隠した。

 

「俺はいちお、男だから。

目のやり場に困るんだ」

 

彼女は消え入るような声で「はい」と答えた。

 

 

チャンミンちゃん。

俺らはセックスレスなんだよ。

それどころか、この数か月間は、まともに会話すら交わしていないんだ。

俺が誘ったときにBがその気じゃなくて、深夜遅く帰宅したBがベッドに滑り込んだ時、背中から抱きしめたら、腕をはねのけられた。

そんな夜が続けば、「もういいや」って諦めてしまう。

Bと喧嘩をしたことがない。

「仕事が忙しすぎやしないか?」

「もっと早く帰ってこられないのか?」

「たまには一緒にでかけようよ」と言えればよかったんだけど。

Bと衝突したくなかったのが理由だとしたら、俺は臆病者なんだろうな。

同棲を始めた当初の俺はBに夢中で、彼女と共にすること全てが幸せだった。

けれど、今は違う。

B、あの部屋はホテルじゃない。

俺は君と、『生活』がしたかった。

もう『留守番役』は沢山なんだよ。

Bが俺のことをどう思っているのかは、分からない。

そろそろ何かしら決着をつけなければならないなと思っていた時、チャンミンが登場した。

いかにBとの生活がむなしいものだったのかが、はっきりしたよ。

 

 

「お腹いっぱいですね」

 

彼女はテーブルの上に散乱した食器やナプキンを、一か所にかき集め始めた。

 

「帰りましょうか。

Bさんが待ってますよ」

 

スパイシーなおつまみとアルコール、生温かい空気で彼女のおでこが汗で光っている。

 

「うーん...」

 

俺の浮かれた気分がしゅんとしぼんだ。

 

「ピリ辛チキン美味しかったですね。

Bさんにテイクアウトして帰りませんか?」

「いらないって!」

 

彼女は俺の鋭い口調に驚き、肩を震わせた。

 

「ごめんなさい」

 

彼女は目元に落ちた前髪をささっと耳にかけると、リュックサックを背負った。

 

「僕ってば、人との距離の取り方が下手なんです。

馴れ馴れしかったですね。

ごめんなさい...」

 

(しまった!

思わずキツイ言葉を発してしまった)

 

彼女の口から、Bの名前が出ることに苛立っていた。

 

(Bのことに触れて欲しくない。

Bの話題が出ると苦々しい気持ちになる。

今の俺は、Bのことで惚気られない)

 

俺の後ろをとぼとぼと、歩く彼女をふり返った。

 

「俺こそごめんな。

Bは脂っこいものは食べないんだ。

気を遣ってくれてありがとうな」

 

彼女はうつむいたまま、こくんと小さく頷いた。

気まずい雰囲気のまま俺たちはエレベーターに乗り込んだ。

 

「そうですよね。

Bさんは綺麗な人だから...。

スタイルキープが大変なんですね。

僕みたいなオトコオンナと同じように考えちゃダメですよね」

 

小声で話す彼女は、頭上から吹き付ける空調の風が寒いのか、二の腕をさすっている。

鳥肌の立った彼女の腕は、体毛がなくすべすべしていて、肘までシャツをまくり上げた自身の腕と見比べてしまう。

 

「オトコオンナだなんて、そんな言い方するなって。

初めて会ったとき...正直に言ってしまうけど、背も高いし、すらっとしてるし、ボーイッシュな子だなぁ、って思ったんだ。

メイドさんの服にもびっくりしたけど。

あ!

悪い意味じゃないよ。

褒め言葉だよ。

ボーイッシュな子が着るから映えるっていうか...う~ん。

うまく言えなくてごめん」

「ふふ。

“ボーイッシュ”ですか。

うまい言い方をして下さるんですね」

 

俺たちはデパートを出て、自宅へと並んで歩きだした。

 

「チャンミンちゃんは、俺と初めて会ってどう思った?

怖そう、とか、老けてるな、とか」

「まさか!

ユノさんはイケメンだって予備知識があったのです。

兄から聞いてました」

「イケメン?

俺が?」

「そうですよ~」と、彼女は口を尖らせた。

「あまりもかっこよくて、目ん玉ぶっ飛ぶくらいびっくりしました」

「ぷっ...目ん玉って...」

 

と、吹き出した俺は隣を歩く彼女に目を向けた。

 

(綺麗な横顔をしている...)

 

俺は彼女に見惚れてばかりだ。


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