~ユノ~
「もう一回、乾杯しましょう」
「かんぱーい」
俺たちはガチンとビールジョッキを合わせた。
ジョッキを持つ指が細かった。
「ユノさん」
「ん?」
目尻を赤く染めた彼女が色っぽくて、目をそらす。
「安心してくださいね」
「安心って?」
「アレの時は、僕、イヤホンして音楽聴いてますから」
「アレ?」
意味が分からず首をかしげていたら、彼女はふんと鼻をならした。
「セックスです」
「!!!」
「Bさんとユノさんがセックスするときです。
イヤホンして、大音量で音楽聴いてますから。
僕に遠慮せずに、いつも通りセックスしてくださいね」
「チャンミンちゃん!」
...何を言い出すかと思えば。
不意打ちの発言に驚かされて悔しくなった俺は、意地悪をしたくなった。
「チャンミンちゃんこそ、つけようね」
「ツケル?」
「ブラ」
「!!!!」
彼女は素早く胸を隠した。
「俺はいちお、男だから。
目のやり場に困るんだ」
彼女は消え入るような声で「はい」と答えた。
・
チャンミンちゃん。
俺らはセックスレスなんだよ。
それどころか、この数か月間は、まともに会話すら交わしていないんだ。
俺が誘ったときにBがその気じゃなくて、深夜遅く帰宅したBがベッドに滑り込んだ時、背中から抱きしめたら、腕をはねのけられた。
そんな夜が続けば、「もういいや」って諦めてしまう。
Bと喧嘩をしたことがない。
「仕事が忙しすぎやしないか?」
「もっと早く帰ってこられないのか?」
「たまには一緒にでかけようよ」と言えればよかったんだけど。
Bと衝突したくなかったのが理由だとしたら、俺は臆病者なんだろうな。
同棲を始めた当初の俺はBに夢中で、彼女と共にすること全てが幸せだった。
けれど、今は違う。
B、あの部屋はホテルじゃない。
俺は君と、『生活』がしたかった。
もう『留守番役』は沢山なんだよ。
Bが俺のことをどう思っているのかは、分からない。
そろそろ何かしら決着をつけなければならないなと思っていた時、チャンミンが登場した。
いかにBとの生活がむなしいものだったのかが、はっきりしたよ。
・
「お腹いっぱいですね」
彼女はテーブルの上に散乱した食器やナプキンを、一か所にかき集め始めた。
「帰りましょうか。
Bさんが待ってますよ」
スパイシーなおつまみとアルコール、生温かい空気で彼女のおでこが汗で光っている。
「うーん...」
俺の浮かれた気分がしゅんとしぼんだ。
「ピリ辛チキン美味しかったですね。
Bさんにテイクアウトして帰りませんか?」
「いらないって!」
彼女は俺の鋭い口調に驚き、肩を震わせた。
「ごめんなさい」
彼女は目元に落ちた前髪をささっと耳にかけると、リュックサックを背負った。
「僕ってば、人との距離の取り方が下手なんです。
馴れ馴れしかったですね。
ごめんなさい...」
(しまった!
思わずキツイ言葉を発してしまった)
彼女の口から、Bの名前が出ることに苛立っていた。
(Bのことに触れて欲しくない。
Bの話題が出ると苦々しい気持ちになる。
今の俺は、Bのことで惚気られない)
俺の後ろをとぼとぼと、歩く彼女をふり返った。
「俺こそごめんな。
Bは脂っこいものは食べないんだ。
気を遣ってくれてありがとうな」
彼女はうつむいたまま、こくんと小さく頷いた。
気まずい雰囲気のまま俺たちはエレベーターに乗り込んだ。
「そうですよね。
Bさんは綺麗な人だから...。
スタイルキープが大変なんですね。
僕みたいなオトコオンナと同じように考えちゃダメですよね」
小声で話す彼女は、頭上から吹き付ける空調の風が寒いのか、二の腕をさすっている。
鳥肌の立った彼女の腕は、体毛がなくすべすべしていて、肘までシャツをまくり上げた自身の腕と見比べてしまう。
「オトコオンナだなんて、そんな言い方するなって。
初めて会ったとき...正直に言ってしまうけど、背も高いし、すらっとしてるし、ボーイッシュな子だなぁ、って思ったんだ。
メイドさんの服にもびっくりしたけど。
あ!
悪い意味じゃないよ。
褒め言葉だよ。
ボーイッシュな子が着るから映えるっていうか...う~ん。
うまく言えなくてごめん」
「ふふ。
“ボーイッシュ”ですか。
うまい言い方をして下さるんですね」
俺たちはデパートを出て、自宅へと並んで歩きだした。
「チャンミンちゃんは、俺と初めて会ってどう思った?
怖そう、とか、老けてるな、とか」
「まさか!
ユノさんはイケメンだって予備知識があったのです。
兄から聞いてました」
「イケメン?
俺が?」
「そうですよ~」と、彼女は口を尖らせた。
「あまりもかっこよくて、目ん玉ぶっ飛ぶくらいびっくりしました」
「ぷっ...目ん玉って...」
と、吹き出した俺は隣を歩く彼女に目を向けた。
(綺麗な横顔をしている...)
俺は彼女に見惚れてばかりだ。