(14)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「さっきからジロジロ見てしまって、ごめんな。

視線を感じるだろ?」

「いいえ。

そうだったんですか?」

 

横を向いた彼女と目が、バチっと合った。

一瞬目をそらした俺の片頬に、彼女の視線が放たれていた。

俺たちの身長はほぼ同じなため、目線はお互い真正面からぶつかることになる。

 

「減るものじゃないので、ジロジロ見てても構いませんよ。

その代わり、僕も遠慮なくユノさんのことをジロジロ見させていただきます。

ふふふ」

「?」

 

彼女の視線が俺を通り越したところに注がれていて、チャンミンは横を向く。

ショーウィンドウにディスプレイされた夏物が気になっているらしい。

ノースリーブのサマーニットに、ペールイエローのフレアスカート。

 

「こんなに可愛い洋服...僕には似合いません。

女装しているみたいになります。

第一、サイズがありません」

「チャンミンちゃん...」

 

高すぎる身長、平らな胸に小さなお尻、太め眉の男顔。

 

「さっきの話の続き。

昨日、チャンミンちゃんをジロジロ見ていた時に、思ったことなんだけど」

生温かい風が吹いて、俺は彼女の左目を隠した前髪を人差し指を伸ばして耳にかけてやった。

驚いた彼女の瞳がかすかに揺れて、俺は胸が詰まった。

 

「俺の目には...君はファッションを楽しんでて、幸せそうに見えてるよ。

昨日の服も、部屋着も、今のワンピースも似合ってる。

自分が好きなものをよく分かってる」

「...ホントですか?」

 

彼女の表情がみるみるうちに輝いてきた。

 

「褒めてもらえたの、今日で2回目です」

「へえ」

 

俺は彼女の知り合いがこの街にいたことを意外に思った。

 

「美容師さんです。

僕の髪を染めてくれた人です」

「よかったね」

「実は僕、もう1着凄いワンピースを持っているんですよ。

もっともっと本格的なやつ。

それを着て出かけたことは、未だありません」

「例の好きな人とのデートで着ていったらどう?」

「そんな日が来るといいですね」

 

気付けば俺は、ふふふと目を細めて笑う彼女の頭を撫ぜていた。

俺の手の平に感じる彼女の柔らかい髪。

「僕、子供みたい」と照れる彼女の赤い頬。

 

(今日の俺は、彼女に触り過ぎているな...。

セクハラだな、これは)

 

「実はもう一個、びっくりすることがあったんです」

「へぇ。

どんなこと?」

「今はまだ内緒です」

「気になるなぁ」

「ふふふ」

 

 

彼女には“気になる人”がいる。

彼女の肩をつかみグラグラゆすって、“気になる人はどんな奴?”と問いただしたくて仕方がなかった。

実のところ、驚くことに、彼女の告白にショックを受けていたのだ。

余裕かました大人の男のフリに保つことで、ショックを受けた理由についての自問自答は後にしようと思った。

『内緒ごと』も気になる。

気になるが、彼女の私生活にどれだけ踏み込んでいいのか、線引きが難しい。

親友の妹。

近くて遠い、近づき過ぎてはいけない存在だ。

 

 

俺たちはマンションのエントランスでエレベーターを待っていた。

俺は舌打ちをした。

Bからの不在着信が入っていたのだ。

 

「どうしました?」

「いや、何でもないよ」

 

着信時刻を確認すると、チャンミンとビールを飲んでいた頃だ。

昼間チャンミンの通話後、Bへ電話をかけたがBは出ず、午後3時にBから着信があったが、打ち合わせ中で出られなかった。

駅前でチャンミンを待つ間にBへ折り返した時も、Bは出なかった。

そこでチャンミンと連れだって帰宅する前に、簡単な説明だけはしておこうとメール文を打ちかけた。

かなりの長文になってしまったことと、『大事な話をメールで済ませるってどういうこと?』とBを不機嫌にしてしまう予感がしたので、言い回しに気を遣ったメール本文を削除してしまった。

 

(すれ違いばかりじゃないか)

 

結局、何の操作もせずスマートフォンをポケットにおさめた。

 

「緊張しますね。

ドキドキします」

 

マンションのエレベーターの中で、彼女は胸をさすっている。

 

「僕のこと、上手に紹介してしてくださいね?」

「任せておいて」

 

...と自信たっぷりに請け負ってみたものの。

 

(つづく)


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