(16)オトコの娘LOVEストーリー

 

~B~

 

チャンミンは正座した膝に乗せた手を開いたり閉じたりしながら、彼らの話の行く末をじっと待つしかなかった。

 

(どうしよう...僕が原因の喧嘩だ。

Bさんは僕が男だってわかってる。

やっぱり女の人の目は誤魔化せないな)

 

そろりと上目遣いで、口論中の2人をのぞき見る。

 

(そろそろカミングアウトするべきよね。

ユノさんを騙しているのは僕。

もっと早く本性を明かしていればよかった。

『僕は女の子の服を着たいだけで、中身はれっきとした男なんだって。

僕の願望を優先したくて、一時的な嘘ならば大丈夫だって甘く見てた。

ユノさんたちの仲を壊したらいけない!)

 

チャンミンは覚悟を決めた。

 

「あの!

僕は...」

 

ところがチャンミンの覚悟は、ユノによって遮られた。

チャンミンの声が小さ過ぎたせいもあった。

 

「『正体』も何も、チャンミンちゃんはTの妹だよ。

彼女に失礼なこと言うんじゃない。

素性のしっかりした、いい子だよ」

「ユノ...そういうことを言ってるんじゃないのよ。

マジで分かんないわけ?」

 

Bから疑う目で見られる理由が、ユノには分からなかった。

 

「一部屋空いているんだ、提供してやろうよ」

「よろしくお願いします。

迷惑おかけします。

早く仕事を見つけてここを出てゆきます」

 

チャンミンは頭を下げるものだから、ユノは慌てた。

 

「いやいやいやいや。

そんなこと言ったらだめだよ。

遠慮しないで」

「でも...」

 

チャンミンは、この場で正体を明かすことをあきらめた。

ユノとチャンミンのやりとりを眺めながらBの内心にいたずら心が湧いてきた。

 

(ふ~ん。

チャンミン、って子、ユノに自分の正体って明かしていないのね。

まんまと騙されたままのユノもどうかと思うけど。

あの子が女じゃないって知った時、ユノはどうするのかしら。

面白いわ)

 

「分かったわ。

お好きにどうぞ」

 

Bの一声にユノとチャンミンは顔を輝かせたあたり、この場を仕切っていたのは明らかにBだった。

 

「私の邪魔をしなければ構わないわ。

どうぞ二人でおままごとみたいなことしてらっしゃい」

「おままごと?」

「そんなことより、今日はずいぶんと帰りが遅いじゃないの!

食べるものがなくて、空腹で待ってたのよ?」

 

Bはチャンミンへの興味を失ったようだ。

 

「家に居るなんて、珍しいな。

撮影はひと段落ついたんだ」

 

Bはぎくり、とした。

実のところ、Bのモデル業は開店休業状態だったのだ。

 

「悪い?

私が邪魔なの?」

「そういう意味で言ったんじゃないよ。

買い物もしてきてないし、ほら、果物とか鶏ささみとか要るだろ?」

「最近は、フルーツは断ってるの。

糖質を制限しているのよ」

「そっか...知らなくて」

「知らなくて当然よ。

話をするのが久しぶりなんだから。

だからって、こういう大事な話を黙っていたんだ?

信じられない。

私を何だと思っているの?

私のことが邪魔なんでしょ。

ひとりでノビノビとやってるんでしょ?

私が居ない方がいいんでしょ?」

 

とBはまくしたてるから、ユノは「居ない方がいいなんて、思ってないよ」と答えるしかなかった。

本音を吐いてしまったら...つい昨日今日、気づいてしまった本音を漏らしてしまったら、Bは烈火のごとく怒り、その怒りをチャンミンにぶつけそうだった。

それだけは避けたい。

ユノはうつむいてしまったチャンミンの耳元でささやいた。

 

「チャンミンちゃん、ごめん。

俺がなんとかするから、お風呂に入っておいで」

 

チャンミンのすがるような眼を見て、ユノはいたたまれなくなった。

不快な思い...不安や緊張与えてしまった自分が不甲斐なかったのだ。

 

(俺への評価はガタ落ちだ。

なんとかして挽回しないと!)

 

「はい。

お言葉に甘えて...。

それでは、お先に失礼します」

 

チャンミンは会釈をすると、貸し与えられた6畳間に避難していった。

 

(今日は特に、機嫌が悪い。

いい意味で感情豊か、悪い意味で気性が激しいBとの応酬を、刺激的だと新鮮に受け止められたのも過去のことだ)

 

と俺は思った。

 

(つづく)

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