~B~
チャンミンは正座した膝に乗せた手を開いたり閉じたりしながら、彼らの話の行く末をじっと待つしかなかった。
(どうしよう...僕が原因の喧嘩だ。
Bさんは僕が男だってわかってる。
やっぱり女の人の目は誤魔化せないな)
そろりと上目遣いで、口論中の2人をのぞき見る。
(そろそろカミングアウトするべきよね。
ユノさんを騙しているのは僕。
もっと早く本性を明かしていればよかった。
『僕は女の子の服を着たいだけで、中身はれっきとした男なんだって。
僕の願望を優先したくて、一時的な嘘ならば大丈夫だって甘く見てた。
ユノさんたちの仲を壊したらいけない!)
チャンミンは覚悟を決めた。
「あの!
僕は...」
ところがチャンミンの覚悟は、ユノによって遮られた。
チャンミンの声が小さ過ぎたせいもあった。
「『正体』も何も、チャンミンちゃんはTの妹だよ。
彼女に失礼なこと言うんじゃない。
素性のしっかりした、いい子だよ」
「ユノ...そういうことを言ってるんじゃないのよ。
マジで分かんないわけ?」
Bから疑う目で見られる理由が、ユノには分からなかった。
「一部屋空いているんだ、提供してやろうよ」
「よろしくお願いします。
迷惑おかけします。
早く仕事を見つけてここを出てゆきます」
チャンミンは頭を下げるものだから、ユノは慌てた。
「いやいやいやいや。
そんなこと言ったらだめだよ。
遠慮しないで」
「でも...」
チャンミンは、この場で正体を明かすことをあきらめた。
ユノとチャンミンのやりとりを眺めながらBの内心にいたずら心が湧いてきた。
(ふ~ん。
チャンミン、って子、ユノに自分の正体って明かしていないのね。
まんまと騙されたままのユノもどうかと思うけど。
あの子が女じゃないって知った時、ユノはどうするのかしら。
面白いわ)
「分かったわ。
お好きにどうぞ」
Bの一声にユノとチャンミンは顔を輝かせたあたり、この場を仕切っていたのは明らかにBだった。
「私の邪魔をしなければ構わないわ。
どうぞ二人でおままごとみたいなことしてらっしゃい」
「おままごと?」
「そんなことより、今日はずいぶんと帰りが遅いじゃないの!
食べるものがなくて、空腹で待ってたのよ?」
Bはチャンミンへの興味を失ったようだ。
「家に居るなんて、珍しいな。
撮影はひと段落ついたんだ」
Bはぎくり、とした。
実のところ、Bのモデル業は開店休業状態だったのだ。
「悪い?
私が邪魔なの?」
「そういう意味で言ったんじゃないよ。
買い物もしてきてないし、ほら、果物とか鶏ささみとか要るだろ?」
「最近は、フルーツは断ってるの。
糖質を制限しているのよ」
「そっか...知らなくて」
「知らなくて当然よ。
話をするのが久しぶりなんだから。
だからって、こういう大事な話を黙っていたんだ?
信じられない。
私を何だと思っているの?
私のことが邪魔なんでしょ。
ひとりでノビノビとやってるんでしょ?
私が居ない方がいいんでしょ?」
とBはまくしたてるから、ユノは「居ない方がいいなんて、思ってないよ」と答えるしかなかった。
本音を吐いてしまったら...つい昨日今日、気づいてしまった本音を漏らしてしまったら、Bは烈火のごとく怒り、その怒りをチャンミンにぶつけそうだった。
それだけは避けたい。
ユノはうつむいてしまったチャンミンの耳元でささやいた。
「チャンミンちゃん、ごめん。
俺がなんとかするから、お風呂に入っておいで」
チャンミンのすがるような眼を見て、ユノはいたたまれなくなった。
不快な思い...不安や緊張与えてしまった自分が不甲斐なかったのだ。
(俺への評価はガタ落ちだ。
なんとかして挽回しないと!)
「はい。
お言葉に甘えて...。
それでは、お先に失礼します」
チャンミンは会釈をすると、貸し与えられた6畳間に避難していった。
(今日は特に、機嫌が悪い。
いい意味で感情豊か、悪い意味で気性が激しいBとの応酬を、刺激的だと新鮮に受け止められたのも過去のことだ)
と俺は思った。
(つづく)
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