(20)オトコの娘LOVEストーリー

 

 

~ユノ~

 

「え...っと。

済みましたか?」

チャンミンは手すりにもたれると、俺を軽くにらんだ。

 

「何が?」

「あのー、そのー。

あれの邪魔をしてしまったから、無事に済んだかどうかって...」

 

暗がりだから確認はできないが、彼女はおそらく真っ赤な顔をしているだろう。

 

「邪魔はしていないよ。

チャンミンちゃんは、全然邪魔なんかしていない」

 

(むしろ、君のおかげで深みにハマってしまうのを助けられた)

 

「Bとは...していないから」

「へ?」

「あんな感じだったけど、ヤッていないから」

「僕...がいたからですか?」

「さっきも言ったけど、チャンミンちゃんは邪魔していないからね。

変なものを見せちゃって、ごめん」

 

彼女はしばらく考え込んでいたが、彼女は「ああ、あれね」と頷いた。

 

「びっくりしちゃって...その。

初めて見たものですから。

ショックで」

 

(そうなんじゃないかと思ったけど。

こんなこと言ったら彼女に怒られるかもしれないけど。

『生娘』ってことか...。

生娘という言い方もどうかと思うが。

そうか...彼女は、経験がないのか...)

 

やばい。

彼女がますます可愛く見えてきた。

俺は身を引いて、手すりにもたれかかる彼女を観察した。

この子につり合う男はいるのだろうか。

彼女より背が高くて、身体も大きくてゴツい奴なら隣を歩いてもつり合うか...。

彼女のキャラクターに負けない男。

メイド服を受け入れてくれる男。

こんなことを考えていること自体が、彼女に対して失礼なことだってことは分かってる。

 

「ああぁ!

どうしよう!」

 

突然、彼女はムンクの叫びのようなポーズをとった。

 

「トラウマになっちゃうかもしれません...

あんなおっきいものを見せられて...」

 

しゃがみこんでしまった彼女に俺は慌てた。

 

「あんなおっきいの、壊れちゃうじゃないですか!

女の人が可哀想です!」

「え?

大きい?

壊れる?」

「衝撃でした!」

「ごめん!

ごめんな!

無理だろうけど、忘れて!」

 

彼女の肩を抱き、顔を覗き込んで何度も謝った。

 

「嘘です」

 

すくっと彼女は立ち上がり、あっけにとられたを俺を見てくすくす笑いだした。

 

「君って凄いこと言うね」

「ふふふ。

僕、下ネタ平気なんです。

好きな方かも、ふふふふ」

 

俺も彼女も手すりにもたれかかり、夜空を見上げた。

昼間の熱をため込んだコンクリート製の床が温かかった。

雲で月は隠れていたけど、いくつかの夏星は見られた。

 

「そんなつもりじゃなかったんだ」

「?」

 

彼女は問いかけるような表情で、俺を見つめている。

彼女の涙の理由は何だったんだろう。

 

「君がいたから、止めたわけじゃないんだ」

 

何を弁解しようとしているのだろう。

 

「Bとはもう...しないから」

 

どうしてこんなことを、彼女に話しているんだろう。

 

 

数日後。

 

「先輩、腰が痛いんっすか?」

「いや、ちょっとね」

 

腰をトントンと叩く俺を見て、後輩Sが心配する。

あの日以来、寝室を締め出された俺はリビングのソファで眠らざるを得ず、柔らかい座面に腰が沈んでしまったのがいけなかったらしい。

そんな夜が数日も続けば、腰を痛める。

 

「先輩も三十路なのに、昨夜頑張っちゃったんですか?」

 

後輩Sの言わんとすることを察した俺は、彼の頭をはたいた。

 

(以前の俺だったら、『ば~か、お前こそどうなんだ?』とか言って、ニヤつけたのに...)

 

「午後から例の打合せがあるんだぞ。

さっさと資料をまとめておけよ」

「へいへい」

 

ぼやきながらデスクに向かう後輩の背中をみながら、俺は今朝の出来事を思い出していた。

 

 

今朝もチャンミンが用意してくれた朝食をお腹におさめた。

ぐちゃぐちゃの卵料理(味付けはグッド)、クリームチーズをたっぷり塗ったベーグルといったメニューだった。

 

「『例の人』といつ会うの?」

 

男を追って都会に出てきたという彼女だ。

俺の質問に、彼女はふにゃふにゃになってしまった。

 

「もうすぐです~」

 

ちょっとだけ胸がちくり、とした。

惚気ている彼女に、ちょっとだけイラついた。

 

「仕事を探すんじゃなかったっけ?」

 

ここに来た本来の目的を思い出させようとして、忠告めいた言い方をしてしまった。

 

「安心してください。

ちゃ~んとスタートしてますよ」

 

彼女はBの席に座っている。

Bは寝室から出てこない。

 

「それなりにあたりをつけているので、一週間もかからないと思います。」

「そうなんだ」

「と言いつつ、面接はこれからなのでどうなるかは分かりません。

でも、出来るだけユノさんに迷惑がかからないよう、早くここを出ていきますからね」

 

彼女に出て行ってもらったら困る。

 

「だーかーらー。

迷惑とか、出て行かなくちゃとか、そういうこと考えるのはよせ、って昨夜言っただろ?」

「でも、一か月って期限を切ってましたよね?

アパートを借りる費用はあります。

仕事が決まったら、部屋を探して契約します」

 

彼女は食べ終えた食器をシンクに運びながら言った。

彼女は頑固な質らしい。

昨夜のベランダで、「ここを出る」と言い張る彼女を、俺はこんこんと説得したのだ。

肌に張り付くほどタイトスカートを履いた彼女のお尻に、釘付けになっていた。

俺もそうだけどお尻が小さい。

 

(ううっ...俺はどこを見ているんだ!)

 

「その言葉、後になって後悔しても知りませんよ。

そのうち居心地がよくなって、ずーっとここに居座るかもしれませんよ」

 

チャンミンがずーっとここにいる。

チャンミンと暮らす。

友人の妹とはいえ、一時的であっても自分のテリトリーに招き入れることは、俺にとってハードルが高い一件だ。

ところが、彼女と出会ったら、そんなハードルを知らぬ間に越えていた。

興味本位プラス、彼女が持つ人柄と邪気のない笑顔の側にいたいと思った。

わずか一週間で。

彼女は可愛い。

彼女がとにかく、可愛いくてたまらないんだ。

 

(つづく)

 

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