(21)オトコの娘LOVEストーリー

 

~ユノ~

 

「俺のところでよければ、ずっと居てもいいんだからね」

思わず出た言葉だった。

「へ?」

コーヒーのお代わりを俺のカップに注ぎながら、チャンミンはきょとんとしている。

「家賃が浮くだろ?

この辺りは高いからね。

あの部屋をずっと使ってもらって構わないからさ」

「ユノさん...」

彼女の口がへの字になって、眉毛も思いっきり下がった。

何か変なことを言ったかな、と不安になっていたら、

「ユノさん、大好きです!」

そう言って、彼女が俺に抱きついてきた。

「!!」

「ホントは、すごく心細かったんです。

人がいっぱいいて、地下鉄の乗り方もよく分からなかったし、お兄ちゃんにも頼れないし。

昨夜、泣いちゃったんです。

ユノさんが優しい人でよかったです!

ユノさん、大好きです!」

彼女の腕が、俺の首にぎゅうっと巻き付いている。

「え、えっと...」

チャンミンちゃんからいい匂いがして(あのシャンプーの香りかな?)、肉付きの薄い体つきなのに胸がドキドキした。

彼女が口にした『大好き』に、恋愛感情が込められていないことは分かっていたけど、すごく嬉しかった。

俺は宙に浮いた手を彼女の背中にまわそうとした。

「朝っぱらから何やってんの?」

まわしかけた手が止まった。

顔を上げると、冷めた顔をしたBがリビングに突っ立っていた。

「あなたには、Bと言う『彼女』がいるのよ?」

「...B」

「Bさん、おはようございます」

屈託なく挨拶をするチャンミンを無視したBは、そのまま浴室に行ってしまった。

「......」

「ユノさんの申し出はありがたいです。

でも、Bさんとの邪魔はできません」

俺の首から腕をほどくと、チャンミンは食べ終わった俺のお皿を片付け始めた。

「チャンミンちゃん...」

俺は彼女の手首をつかんでいた。

「俺はBとは別れるつもりだ」

「え...?」

彼女は俺に手首をつかまれたままフリーズしている。

そして、俺の顔を真っ直ぐな眼差しで見つめていた。

「別れる...?」

「うん。

あ!

誤解しないで。

チャンミンちゃんが来たからが理由じゃない」

彼女は、驚くほど透明な目で俺を見返していた。

何の思惑も隠していないその瞳が、俺の決心を揺るぎないものにした。

ぐずぐずと決心できずにいたこと。

Bにぶつけられた言葉が決定的にしたのは確かだ。

それ以上に、チャンミンに居心地の良い環境を作ってあげたくて仕方がない気持ちを優先させたかったんだ。

彼女は俺に手首を握られたまま、すとんと椅子に座った。

「お二人のことに口は出せませんけど、

ユノさんは、そう決めたんですね...。

僕でよければ、相談にのりますね。

頼りないかもしれませんが、一生懸命考えますから」

そう言いながら彼女は、俺の手の甲をさわさわと撫でるから、くすぐったくて仕方がなかった。

 


 

~チャンミン~

 

「この辺り、かな」

携帯電話に表示された地図を頼りに、電車で15分の距離のオフィス街をうろついていた。

約束の13時まであと15分。

(僕は遅刻するわけにはいかないんですよ。

あ!

ここだ)

目的地は白いタイル張りの地上10階建てのビルが、目的地だった。

案内された通り、地下駐車場へのスロープを下りる。

車20台分はある駐車スペースに、見覚えのある黒い外車が停めてあった。

(この車に乗せてもらったんだな)

ショーウィンドウのガラスを利用して、身だしなみをチェックする。

ドレープのきいた白のブラウス。

透け感があるので、中に黒のタンクトップを着ている。

黒のセンタープレスパンツとローファー。

僕は男だから腰の丸みがない。

(ユノさん、ありがとうございます)

パンツも靴も彼からの借り物なのだ。

 


 

~ユノ~

 

今朝のことだ。

「ユノさん。

今日、お仕事の面接があるんです」

「え?

もう?」

俺は驚いた。

ここにやって来て数日しか経っていないのに、いつの間にか就職活動をしていたようだ。

のほほんとしているが、やるべきことはやる子なのだろう。

「僕...何を着ていいか分からなくて...。

メイドさんはダメ...ですよね?」

下を向いてもじもじする彼女の頭を撫ぜたくなる衝動を抑えて、「ちょっと待っててね」と声をかけるとクローゼットの扉を開けた。

寝室のクローゼットはBに占領されているため、俺の洋服類は玄関からリビングをつなぐ廊下の収納スペースを使用していた。

浴室からはBが浴びるシャワーの音がする。

「これなんかは、どうかな?

俺のパンツなんだけど。

チャンミンちゃんは背が高いし、俺のサイズに合うと思うんだ...」

ハンガーにかかった一着を、彼女の腰に当てた。

俺の予想通り、彼女の脚の長さは俺と同じだった。

「うん、これがいいよ。

シンプルだし、細身だから無駄にダボつかないと思う」

「お借りします」

彼女はハッとした表情を見せた。

「あ、あの!

靴はどうしたらいいですか?

僕、厚底ヒールとスニーカーと、サンダルしか持ってないんです!」

「そうなの?

う~ん...どれも面接には向かないなぁ」

「何も考えてなくてごめんなさい」

「いいや。

初日は地味な方がいいと思うだけだよ。

白のシャツは持ってる?」

「白のブラウスがあります」

「いいんじゃないかな。

それに合わせる靴は...っと」

俺はシューズラックから一足を選び、彼女を玄関まで手招きした。

黒のローファーだ。

手入れの行き届いたその靴は、彼女の足にぴったりだった。

「今日のコーディネイトは髪の色によく似合ってるよ」

(アルコールが入っていなくても、すらすらと彼女を褒められるようになったぞ)

「ユノさんって、お洒落が好きなんですか?」

「うーん。

好きな方に入るのかなぁ。」

(実際は、Bの隣を歩くにはそれなりの恰好をしていないと散々文句を言われてた。

Tシャツやトレーナー、パーカーなんて言語道断だった)

彼女はシューズラックの鏡に足元を映して満足そうだ。

「いい感じです。

ありがとうございます」

ユノさんこそ大人の男って感じです...」

と目をキラキラさせて褒められるものだから、照れくさくて仕方がない。

(でも、全然、悪い気はしない)

「今日もカッコいいですよ。

お仕事、頑張ってください」

「チャンミンちゃんも、頑張りすぎないように頑張ってね」

「は~い。

ユノさん、いってらっしゃーい」

といった風に、俺は彼女に見送られて出勤していったのであった。

 

(つづく)

 

 

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