(25)オトコの娘LOVEストーリー

 

~YUN~

 

顔のパーツがしっかりしている。

額の形がいい。

全身のバランスもとれている。

痩せた身体がいい。

中性的で儚げなところが特にいい。

小さな膝小僧が内股気味だ。

それに、あの子は男だ。

ますます、いい。

履歴書の性別欄は未記入だった。

迷いがそこに表れているって訳ね。

ガチガチに身体を固くしたチャンミンの周りを一周した。

そんなに緊張して、可愛い子だ。

顔を近づけると身体をこわばらせるから、ますます可愛い。

男慣れしていないな、あの様子じゃ。

ローテーブルに置いたスマートフォンが、通話着信を鳴らした。

ディスプレイに表示された発信者名を見て、俺は舌打ちした。

通話ボタンを2度押しした。

 


 

~ユノ~

 

Bとのすれ違いの生活は相変わらずだった。

Bが帰宅するのは深夜遅くで、夢うつつの中マットレスの反対側が沈み込むのを感じる。

俺にすり寄ってくることはもう、なかった。

安堵したけれど、かすかな寂しさも心をかすって、Bへの気持ちがまだ残っているのでは?とうろたえる。

Bに別れを告げられるだろうか。

気持ちは固まったのに、Bの反応を想像すると身がすくんだ。

罵りの言葉、非難の言葉をたっぷりと浴びせられるだろう。

...大丈夫、耐えられる。

これまでの生活を清算したいんだ。

Bのドレスをクリーニングに預け、Bの下着を洗濯し、Bが必要とする栄養素を含んだ食材で冷蔵庫を満たした。

トイレットペーパーを買い置きし、加湿器の水を補充し、髪の毛が散らばる洗面所を掃除した。

家の中をきちんと整えることは、俺の性に合ってるから苦じゃない。

気紛れに求められた時、セックスの相手をした。

ムラムラした時にたまたま近くにいたのが俺だった、みたいに。

ムシャクシャした気持ちをぶつけるためのセックス。

先日、Bに押し倒されたときに、気付いた。

俺にも心がある。

俺は恋人なんだよ。

Bのハウスキーパーじゃない。

この部屋に暮らし始めた当初、俺とBとの間で確かに燃えていた恋の炎は、数か月で勢いを失い、さらに数か月を経た現在は消える一歩手前。

2人仲良く穏やかな暮らしをしたかったのは、俺だけだったんだ。

俺は二人で共にする行為の中から幸せを見つけるタイプの人間だ。

ところが、Bはそうじゃないらしい。

彼女にとって、あくびが出るほど退屈な生活だったんだろう。

俺たちは相性がよくなかっただけのこと。

俺はBを責められない。

とっくの前に、Bの生活から俺の存在は閉め出されていた。

俺から同棲解消を切り出されても、あっさりと首を縦に振ってくれると思った。

 

 

俺とチャンミンとの生活は順調だった。

料理の腕は上達の兆しゼロで、オムレツという名のスクランブルエッグを毎朝食べた。

パセリが入っていたりチーズを混ぜていたりと、バリエーションを意識している姿が、微笑ましかった。

チャンミンの就職が決まった日の夜、外で飲むのを止めて宅配ピザを頼んで自宅飲みした。

Bは仕事に行ったのか不在だった。

「お仕事、頑張りますね」

俺たちはソファにもたれて、ローテーブルに2枚並べたLサイズピザをつまみにしていた。

ウキウキ浮かれた彼女は終始笑顔で、左右非対称に目を細めていた。

 

「どんな会社なの?」

「うーんと、その人が一人でやってるところです」

「仕事内容は?」

「アシスタントです」

「何をアシストする仕事なの?」

「実はー、よく分かんないです」

「そんなんで大丈夫なの?

怪しい仕事じゃないよね?」

「ご心配なく。

ちゃーんとした人ですから」

ほろ酔いチャンミンは、口をとがらせて俺の肩を押す。

 

「チャンミンちゃん!」

彼女の力が強くて、俺は手にしたビールを傾けてしまった。

体格がよいからか、力強い。

 

「もー」

「ごめんなさい...」

「仕事始めはいつから?」

「来月からです。

お義姉さんの出産日がもうすぐですし、カット・コンテストのバイトもあるので、それまでは週に3日、時短でいいって融通してもらいました」

「カット・コンテスト?」

 

彼女は「しまった」とばかりに両手で口を覆っていた。

初耳だった。

 

「内緒にするつもりが...!」

「どうして内緒にする必要があるの?」

「恥ずかしかったからです」

 

カット・モデルに採用された経緯を説明してもらった。

 

「それのどこが恥ずかしいの?」

「だって...僕は...僕は...」

彼女は立てた両膝に顔を伏せてしまった。

「『僕は』...何?」

「......」

 

待っていたが、その続きは聞けなかった。

「なんでもないです」

「そっか。

...で、コンテストはいつなの?

応援に行きたい」

「再来週です。

でも...平日なんです」

「そっかー。

残念」

「写真を見せてあげますね」

 

彼女のくせ毛の襟足や細くて長い首。

無防備に俺の目前にさらされたそれに色気を感じて、体温が1度上がったような気がした。

膝を立てて座る彼女に倣って、伸ばしていた両膝を曲げた。

 

「今日はお洋服を貸してくださって、ありがとうございました。

心強かったです」

 

恥ずかしくなった俺は、テーブルから新しい缶ビールを取ってぐびりと飲んだ。

 

「靴もありがとうございました。

ブラシをかけておきました」

「いいよ、そんなの...」

 

座高が一緒だから、彼女の横顔は俺の頬のすぐ脇にある。

彼女の頬からミルクのような甘い匂いがした。

 

「ユノさんにくっついていると、安心します。

不思議です」

 

彼女といる時に襲われる不思議な感覚の正体は何なのか、答えを見つけようと俺の頭はフル回転だ。

この感覚の分析は後日と言うことで...。

 

「こんなにあっという間に仕事が決まっちゃうとはね」

「とんとん拍子でした」

 

こんなことを言ったら彼女に失礼だけど、「就職活動が苦戦するのでは」と予想していた。

不採用の通知の際に、かけてやる慰めの言葉を考えていたくらいだ。

どこか世間知らずで呑気そうな彼女が、世知辛い都会でちゃんとやっていけるのかと心配していた。

俺が守ってあげないと。

純朴な彼女を騙したり、泣かしたりするような奴から守ってあげないと。

彼女は俺の妹じゃないし、彼女にはホンモノの兄がいるけれど、

身近で見守ってあげるのは俺が適任だと、不思議な使命感を抱いているんだ。

なぜだろう。

 

(つづく)

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