~チャンミン~
「うわぁ...」
照明が絞られた閉店後の美容院。
タオルハンガーに大量のタオルが干されている中、僕は鏡の前に立っていた。
目にまぶしい白色のコルセットでウエストをしぼり、お尻がぎりぎり見える超ミニのプリーツスカートを身に着けている。
「ファストファッション店で買ってきたものを改造しているんですよ」
Kさんは僕の背後で、Kさんはコルセットに合皮の紐を編み上げながら言った。
「休日は、手芸店や古着屋を回っています。
衣装に使えそうなものを買い集めているんですよ」
コルセットには真っ白なスタッズがびっしりと貼りつけられている。
「地区予選の前の晩、Aちゃんと徹夜をして付けたんです。
延々と」
「すごいですねぇ」
スカートからは棒のような脚が突き出ていて、用意された靴のサイズが合わずに裸足のままだ。
「今年のテーマは『イノセント・フューチャー』です。
純粋無垢なアンドロイドをヘアカラーとスタイリング、衣装の3つで表現するのです。
だから、仮装大会じゃありませんよ」
黒のTシャツにベストを合わせたKさんは、鏡に映る僕と目を合わせて言った。
僕もにっこり笑った。
「Kさーん。
このラメじゃやり過ぎですか?」
椅子に乗って僕のまぶたにアイシャドウを塗っていた女の子が、メイクと衣裳を担当するAちゃんだ。
Kさんの勤めるサロンでは、もう一人ファイナル進出を果たしたスタイリストがいる。
反対側の鏡の前でKさんたちと同じように、モデルを囲んで衣裳合わせをしている。
折れそうに華奢なモデルに、シルバーのフェイクファーのドレスを着せていた。
「チャンミンさんは太ももが細いし、脚の長さを引き立てるような...」
Kさんは僕の下半身をひとしきり眺めたあと、何度も頷いた。
「もうすぐスカートの丈は短い方がいいかもしれません。
Aちゃん、ピンクのパウダー持ってきて」
Aちゃんはメイクボックスから探し出した容器を、Kさんに手渡した。
パウダーをたっぷりとつけたパフを、僕の太ももに叩いた。
くすぐったいのをぐっと我慢した。
「後で拭きとるので、安心してください。
うん、いいね。
タイツなんか履かずに、生足のままがいいね、うん」
「網タイツは無しですか?」
「そうしよっか。
トゥーマッチになってしまう。
チャンミンさんの魅力のひとつは脚ですからね。
アンドロイドなのに、ここだけ血色感があって...っていう風にしたいのです」
僕の脚を前にして、KさんとAちゃんがああでもないこうでもない、と衣裳づくりの相談をしている。
(Kさんは僕のコンプレックスを美点にしてくれる。
嬉しい)
Kさんは僕の正面に立ち、前髪をかきあげたり下ろしたりし始めた。
「お客さんとしてせっかく今の髪色にしたのに申し訳ありませんが、一度リセットさせてもらいます。
3日かけて髪をブリーチします。
もっと真っ白になるまで色を抜きます。
コンテストの前日に、色を入れます」
「ひどいんですよ、Kさんは。
私の頭はKさんの実験台なんですよ」
Aちゃんはダークグリーンの髪を引っ張りながら口を尖らせた。
「チャンミンさんと出会えてよかったです。
もしモデルが見つからなかったら、Aちゃんをモデルにして出場する予定でした」
「私みたいなちびっ子がステージに上がったら、それだけで落選ですよぉ」
「Kさん。
髪型のことですけど...」
僕は前日ユノさんに言われたことで、気がかりなことがあった。
Kさんは僕の心配が何であるかすぐに察したようだった。
「安心してください。
ファイナルステージでは、髪はほとんど切りません。
ヘアはあらかじめ作りこんでおいて、ステージ上ではスタイリングの仕上げを行うだけです。
少しだけハサミを入れますが。
突飛なヘアスタイルとカットテクニックを披露するコンテストじゃありません。
日頃のサロンワークを通して身につけたテクニックとセンスを駆使して、モデルのもつ美をどれだけ引き出せるか...っていう趣旨なんですよ。
衣裳は別にして、髪型はサロンスタイルじゃなくっちゃ駄目なんです。
街中で歩いていてもおかしくない髪型じゃないと。
カット主体のコンテストは、それこそなんでもありですがね。
髪の色はすごいことになると思いますが、コンテストの後に色は戻してあげますから。
安心してください」
目を輝かして語るKさんの話を聞いているうちに、僕の気持ちもワクワクしてきた。
(日々のサロンワークから吸収したものを、ここぞという時に発揮するんだ。
技術だけじゃなくて、アートな才能も必要なんだ。
YUNさんもそうだけど、Kさんもアーティスト。
きっと彼らの頭の中は、目指す色や形がはっきりとあるんだろうな)
ふとした時に、YUNさんが宙を見つめてじっと動かないままでいる時があった。
(きっと、浮かんだイメージを逃さまいと追っているときなんだ)
(つづく)