(16)会社員-愛欲の旅-

 

 

チャンミンの巨大スーツケースの中身に、俺の第一声はこれだ。

 

「チャンミン...それだけは止めておけ」

 

「どうしてですか?」

 

スーツケースに押し込まれていたものとは、ビンゴゲームに使うらしいガラポンと景品のあれこれ。

(くじ引きにすれば、ガラポンなんぞ用意しなくても済むのに。より本格的を目指すあたりチャンミンらしい)

 

大問題なのは、スーツケースの半分を占めていたものだ。

 

「止めておけ。

俺からの忠告だ。

絶対に止めろ」

 

「何か問題でも?」

 

「イチゴちゃんだけは駄目だ」

 

「大問題」な品とは、イチゴのかぶりものだった。

 

戦隊ヒーロー風の衣装もある。

 

「宴会は盛り上がった方がいいでしょう?

実行委員なんて初めてでしたから、いいアイデアが浮かばなくて...。

司会進行役は飲んで騒いでいる皆さんから注目を浴びなければなりません。

そこでイチゴちゃんを思いついた次第であります」

 

「チャンミンの普段は、真面目君なんだろ?

ギャップが大き過ぎて、みんながドン引きする。

チャンミンの秘密の楽しみだろ?

だから、イチゴちゃんは止めろ」

(※『情熱の残業編』を参照のこと)

 

「うーん...」

 

チャンミンは眉根にしわをよせ、不服そうだ。

 

「代わりにマジックにしよう!

トランプもシルクハットもあるじゃん」

 

「はい、イチゴちゃんになってマジックをする予定でした」

 

「過剰過ぎだろ。

普通にやればいい」

 

「ええ~、つまんないでしょう」

 

チャンミンはぷぅ、と頬を膨らませた(か、可愛い)

 

「じゃあ、ユンホさんがバニーガールになってくれるんですね?」

 

「俺が!?

『じゃあ』って何だよ?」

 

「交換条件です。

ユンホさんのことだから、イチゴちゃんになる僕を止めてくれるだろうって、予想していたんです。

ユンホさんのことだから、バニーちゃんになってくれるって予想したので、ちゃあんと用意してきたのです」

 

「はあ...」

 

「ユンホさんの恥ずかしい恰好を披露すれば、ユンホさんに懸想した女性たちは幻滅するでしょう...ぐふふふ、ざまあみろです」

 

「お前なぁ、考え過ぎだろ?

それにな!

俺はバニーちゃんなんて、絶対に、い、や、だ!」

 

「そう言わないで...ん?

そうでもないですね...。

あーーーー!!」

 

チャンミンの突然の大声に、俺は耳を塞いだ。

 

「なんていうことでしょう!!

駄目!

禁止です!

ユンホさんはバニーちゃんになったらいけません!

僕ときたら、ここまで考えが及びませんでした」

 

ムンクの叫びポーズをとったチャンミンは、にたにた笑いから一転、青ざめている。

 

バニーちゃんの恰好なんて死んでも嫌だったから、チャンミンの心変わりに胸をなでおろした俺だった。

 

「禁止の訳は?」

 

「バニーちゃんは網タイツを穿くでしょ。

それから、股のところがこ~んな具合に...」

 

チャンミンは両手で、自身の股間からウエストまでにVラインを描いた。

 

「ユンホさんのムスコさんがもっこりです。

立派なイチモツがモロバレです!」

 

「はあぁぁぁ?」

 

「『なんて大きいのかしら...』

『ユンホさんのに、突かれたいわぁ』って、なっちゃうじゃないですか!」

 

「......」

 

チャンミンは部屋をぐるぐると歩き回っていて、落ち着きがない。

 

「それだけじゃないです!

男性たちには『ちっ、俺のものよりデカちんじゃあないか!』と、嫉妬されます。

今後の業務の際、前みたいな妨害行為を受けてしまいます。

ぼ、僕はユンホさんにはにこにことお仕事してもらいたいのです!」

 

「...ありがと。

っていうかさ...チャンミン...。

俺のがデカいってどうしてわかるんだよ?」

 

チャンミンはふふん、と鼻息を漏らしたのち、威張ってこう言う。

 

「トイレットで抱擁した際...じゃなくて後背位の体勢になったとき、僕のお尻に押し付けられた時に分かったんです」

 

「あっそ。

チャンミンの方こそ、デカかったぞ?」

(これは本当だ、社用車で虎になった時に確認済)

 

チャンミンの頬がぼっと赤くなった。

 

「ユンホさんのと比べたら...僕のなんて貧相ですよ。

マツタケとしめじです」

 

「俺のが平均以上だってことはさ、誰のと比較したんだよ?」

 

チャンミンに毎度、突っかかられてばかりが悔しかったのと、うろたえる彼の姿を見てみたかっただけだ。

 

チャンミンはニタリ、と笑った。

 

「...カマかけてみただけです」

 

「へ?」

 

「ふふふふ。

ユンホさん、認めましたね。

ご自身のが『大きい』って。

自覚があるんですね、『俺のは平均以上に、デカい!』って、うふふふ。

...ん?

なんてことでしょう!!!!」

 

再び不意打ちの大声に、俺はとび上がった。

 

「...誰に言われたんですか?」

 

急に声のトーンを落とし、俺を睨みつけるチャンミン。

 

「...えーっと。

学生の時、同級生と比べたことがあって...」

 

本当は違ったけれど、正直に言うわけにはいけない。

 

「ふん、そうですか。

非常に怪しいですが、ひとまず納得してあげましょう。

さささ、ユンホさん。

浴衣に着がえましょう。

洋服じゃノリが悪いですからね」

 

...こんな具合に、宴会までの1時間でチャンミンは何度、感情のアップダウンがあったんだろう。

 

これらすべてに付き合った俺も凄い。

 

惚れた欲目とはこういうことを言うんだな。

 

チャンミンのルックスが極めて優れていることを忘れてしまうのは、癖ありすぎのキャラのせいだろう。

 

 

(つづく)

 

(15)会社員-愛欲の旅-

 

 

「チャンミン...温泉に行こうか?」

 

背筋をぴしっと伸ばしているのに、女子のように足を崩して座るチャンミンを誘った。

 

効能豊かな熱い湯に身を沈め、長時間狭いシートに押し込まれただるさをとりたかった。

 

...それもあるが。

 

チャンミンの裸を見てみたいか...う~ん、どうだろう。

 

男の裸を見たいか見たくないかと問われたら、積極的に見たいとはとても思えない。

 

俺と同じモノをぶらさげていて、どこにも膨らみのない身体だ。

 

チャンミンのことは好きだが、好きな気持ちとエロの欲求が未だに合致していない俺だった。

 

「行こうぜ。

まだ1時間あるんだ。

ちゃっと浸かって、ちゃっと出てくれば夕飯には間に合うぞ?」

 

チャンミンは俺の誘いを無視して、2個目のふかし饅頭(俺の分)をもぐもぐ食べている。

 

俺を焦らす作戦なんだろう、見え見えなのだ。

 

俺にしつこく誘われて、「仕方がないですねぇ」と渋々腰を上げる...って流れにしたいんだろう。

 

お茶を飲んでいる間に、最後まで残って漫画を読んでいた奴も消えていて、この部屋は俺たち二人になっていた。

 

「ほら、みんな行っちゃったぞ?

行こうぜ」

 

チャンミンに仕込まれたモノがどこにあるのか、この目で確認したかったのだ。

 

当たり前だけど、チャンミンは俺のしつこい誘いをピンクな意味にとらえた。

 

「...ユンホさんったらぁ」

 

チャンミンの頬が赤く染まっていた。

 

「ユンホさんはお風呂に入ってから派なんですね?」

 

「?」

 

「お風呂に入る前派だったら...」

 

チャンミンは俺の首元をくんくんしだした。

 

「はぁ...いい匂い」

 

俺の首を舐めんばかりに顔を寄せてくるから、「おい、離れろよ!」と身を引いた(実際は、ぺろっとひと舐めされたんだけど)

 

「ユンホさんの匂いを嗅ぎながら...興奮しちゃいますね。

ユンホさんは、どっち派でした?」

 

(この手にのるもんか)

 

チャンミンは純を装った台詞を吐くが、実は俺の過去の恋愛を探ろうとしているのだ。

 

ジェラシーの導火線に火をつけないよう、喜ばせる言葉を忍ばせて...。

(メモ帳のどこかには、チャンミンの嫉妬は面倒くさいの一文が書かれているはず)

 

チャンミンは俺の言葉の一字一句、漏らさず聞きとる男だからだ。

 

「さあ...。

経験ないからなぁ...どっちだろう」

 

言い終えて俺は「しまった!」と、口を押えた。

 

チャンミンを喜ばせようと張り切るあまり、振り切ったこと...大嘘を口にしてしまった。

 

「ユンホさんったら...」

 

チャンミンは目を真ん丸にし、小指を立てた両手で口を覆った。

 

「ユンホさんったら...!」

 

チャンミンの眼が半月型になっている。

 

がたっと入り口の引き戸が開く音がした。

 

忘れ物をとりにきた同室の1人が戻ってきたんだろう。

 

「ドーテイだったんですね!?」

 

「チャンミンっ!」

 

「うっそだぁ。

経験人数30人くらいいるかと...」

 

「しーっ!」

 

口を塞ごうと、チャンミンに飛び掛かった。

 

「きゃっ」

 

ごてん、と後ろに倒れたチャンミンの上に、俺がのしかかる格好になった。

 

「......」

「......」

 

そいつは驚いた風でもなく、ちら、と見ただけで、財布を取ると俺たちの脇を通り過ぎて部屋を出て行ってしまった。

 

「......」

「......」

 

かあぁぁっと熱くなった。

 

どうか、じゃれてプロレスごっこしていただけだと勘違いしてくれ!

 

「ご安心ください」

 

チャンミンは起き上がりこぼしのように身体を起こすと、俺の肩を叩いた。

 

「?」

 

俺の考えを読んだチャンミンはにっこり笑った。

 

「僕らの部屋は、『根暗部屋』なんです。

噂を広げることもないし、他人よりも二次元にしか興味がないのです!

ここは『ヲタク部屋』でもあるのです!」

 

威張って言うチャンミンはやはり...策士だ。

 

「そっか...さすが実行委員」

 

「未経験だったなんて...意外です」

 

「いやっ...そうじゃなくて」

 

「性交のハウツーにつきましては、僕に任せてください」

 

チャンミンはこくり、と頷いて見せた。

 

「わりと詳しいんです」

 

「ビーエルでか?」の言葉は控えた。

 

チャンミンの崇高な趣味をからかう発言はNGだから。

 

メンズ同士の繋がりについては未経験だから、さっきの俺の発言もあながち嘘じゃないな、と思った。

 

「温泉に行くぞ!」

 

諦めていない俺は、再度チャンミンを誘った。

 

「余興の準備がありますから!」

 

「俺が後で手伝ってやるから、風呂入りに行こう」

 

「それほどまでに僕と裸の付き合いがしたいんですね。

ユンホさんには申し訳ありませんが、夕飯の後まで待って下さいませんか?」

 

「...分かったよ」

 

「くたくたに疲れて帰宅した時...」

 

「?」

 

「お風呂?

ご飯?

それともあたし?

ユンホさんはどれを選びます?」

 

これは難題だ...。

 

答えを間違えないようにしないと...。

 

「あたし」と答えようとした時...チャンミンの人差し指で唇を塞がれた。

 

「答えは『余興の準備』です」

 

「3択じゃなかったのかよ!?」

 

チャンミンは超大型スーツケースを濡れ縁まで運ぶと、蓋を開けた。

 

その中身に俺は絶句することになった。

 

 

(つづく)

 

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(14)会社員-愛欲の旅-

 

 

ホテルに到着するや否や、チャンミンはバスを飛び出していった。

 

実行委員は忙しいのだ。

 

バスを降りると硫黄の匂いに包まれた。

 

山と山との間を切り裂く川の両岸に、へばりつくように旅館やホテルが建ち並んでいる。

 

外の空気は凍り付きそうに冷えていて、確かに山頂は雪で白くなっていた。

 

俺たちより先に到着していたバスは女性社員中心で、ロビーは華やかで賑やかだった。

 

実行委員の特権を乱用したチャンミンは、彼目線の恋のライバルを別のバス1台にまとめたんだとか。

 

確かに...俺たちのバスは男子校のようだった。

 

チャンミンの巨大スーツケースを、トランクルームから彼に代わって引きずり下ろした。

 

一行をロビーに待たせたチャンミンは、フロントで説明を受けたのち鍵を受け取っている。

 

チャンミンの他にいるはずの実行委員3名はどこにいる?

 

「部屋割は一覧表のとおりです」と、事前に制作してきた用紙と鍵を面々に配るチャンミンは、添乗員そのものだ。

 

配られた一覧表によるとチャンミンの予告通り、実行委員の特権を悪用した彼は俺と同じ部屋だ。

 

「実行委員!

製造課長はいびきが酷いんだ。

部屋割りを変えてくれ」

 

ああ、やっぱり、早速苦情の声があがる。

 

(そうなるんじゃないかと予期していた)

 

「おかしいな...いびきがうるさい人たちは『いびき部屋』に固めたのに...。

もうひとりいたのか...」

 

チャンミンはブツブツと眉間にしわを寄せている。

 

「実行委員!

部屋を替えてくれよ」

 

「この旅行は親睦を深めるものです。

申し訳ありませんが、耐えてください」

 

「ベッドの部屋にして欲しいと要望していたのですが?」

 

「う~ん...。

キャピってる女性群は『キャピっと部屋』に。

きっとうるさいでしょうから、別館に隔離しました。

お局さんと同室ですと、大人しい方だと委縮してしまいます。

そこで、各課のお局さんを集めた『お局ルーム』を作りました。

お偉さんだけを集めた『重役部屋』もあります。

ヒラと組ませたら、気を遣うばかりで休めないでしょう?

若者をいっぺんにまとめると、修学旅行のようになって迷惑をかけるので散らしました」

 

「お前の部屋割り...頭使い過ぎだろ?」

 

「どこがです?」

 

俺の指摘にチャンミンは、心外そうに口をへの字をした。

 

「こういうものはなぁ、ランダムに適当に、あみだくじで決めた方がかえって罪がないんだぞ?」

 

ロビーは部屋割りに不服な数十人でうるさく、ホテルスタッフたちは遠巻きに困った表情をしている。

 

チャンミンは一覧表をテーブルに広げ、部屋割りを組み直し始めた。

 

楽しむために来た旅行先でも、勤務中のようなチャンミンが不憫になってきた。

 

(そう簡単にベストな組み合わせはできっこない)

 

「はいはい、皆さん、注目!」

 

俺は声を張り上げ、手を叩いた。

 

「部屋割り表のとおり、ひとまず分かれてください。

夕飯の時間も迫っていますし、温泉に早く入りたいでしょう?

どうしてもこの部屋割りが気に入らなかったら、各々交渉して部屋を替わってもらってください。

解散です!

18:30に『蓮の間』に集合で~す。

はいはい、他のお客さんの迷惑になりますから、解散!」

 

不服そうな面々は、ぞろぞろと部屋へと散っていった。

 

「ああ言っておけば、かえって部屋替えしにくくなる。

部屋を替わる者がいれば、『あたしと同じ部屋が嫌なんだわ』ってさ。

結果的にチャンミンの計画通りになるさ」

 

チャンミンの頭をくしゃくしゃしたかったが、ここは公共の場。

 

「...ユンホさんは」

 

チャンミンは畳んだ部屋割り表をポケットに入れると、立ち上がった。

 

「?」

 

真顔なチャンミン、何を言い出すのかさっぱりだった。

 

「いびきうるさい系ですか?」

 

「さあ...うるさいと苦情を言われたことはないけど?」

 

「...言われたことがない。

ない...!」

 

片手で口を覆ったチャンミンは『ガクガクぶるぶる』の効果音ぴったりに肩を震わせ、目を大きく見開いている。

 

「もしかしてうるさいかもしれない。

そん時はごめんな」

 

「ユンホさん!

いびきがひどくないって、誰の台詞ですか?

ボイスレコーダーでも仕掛けて確かめたんですか?」

 

「へ?」

 

「過去のオンナですか!?」

 

「はあ?」

 

「オンナですか!!」

 

「しーっ!

声がでかい」

 

チャンミンの口を手で覆って、別館へと繋がる廊下まで引きずっていった。

 

「落ち着けチャンミン。

家族や友達に聞いた話だって!」

 

ホントは違ったけれど、火に油を注ぎかねないことは避けるのが賢明だ。

 

「その言葉...信じますからね」

 

チャンミンは、生真面目で責任感が強い。

 

ところが色恋が絡むとそれらを易々と放棄してしまう奴のようだ...分かっていたけどさ。

 

 

 

 

同室メンバーは、社内では大人し地味めばかりの寄せ集めだった。

 

団体行動が苦手な彼らは、広縁に1人、床の間を背にしてゲーム中のが1人、残りの2名は荷物はあるから早々と温泉に出かけたのか。

 

夕飯までの間、荷解きして浴衣に着がえて温泉に浸かろうと思った。

 

着替えのタイミングこそ、ウメコに仕込まれたものを回収するのにうってつけだ。

 

バッグに詰め込んだ下着を取り出していたところ...。

 

「ユンホさん!

さささ、こちらにお座りなさい」

 

振り向くと、座卓についたチャンミンが緑茶を淹れているところだった。

 

「お茶を淹れますから、ふぅっと一服しませんか?」

 

急須の蓋を押さえた手の小指が立っている。

 

つい先ほどまで、実行委員としてドタバタしていて、嫉妬でカリカリしていたのが一転して 落ち着いた様子だ。

 

「お茶菓子はふかし饅頭ですって。

美味しかったらお土産で買ってゆきましょう」

 

茶宅を滑らせた手も、両手で茶碗を持つ手も小指が立っていた。

 

これに深い意味は求めていない、チャンミンの所作の端々に目がいってしまうってだけだ。

 

 

(つづく)

 

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(13)会社員-愛欲の旅-

 

 

「他に空いてるとこはないのかよ?」

 

「確認してみます」と、チャンミンはドア下の隙間を覗こうと身をかがめた。

 

「!」

 

狭い個室...チャンミンの尻が、俺の前に押し付けられているという...由々しき状態になっていることに。

 

「ユンホさん!

もうちょっと後ろに下がって下さい』

 

なんて、尻相撲するみたいに俺を押すから、俺のあそこはスラックス越しのチャンミンの窪みにおさまってしまったではないか。

 

(まさしく、立ちバック...)

 

「下からじゃよく見えません。

上から見てみましょう」

 

身体を起こしたチャンミンは、仕切り壁の上を指さした。

 

「ユンホさん、僕を抱っこして下さい」

 

(抱っこ!?)

 

「やだなぁ。

ユンホさんの...えっち...。

『抱いて』じゃなくて、僕を持ち上げて欲しいのです。

おトイレで初えっちだなんて、僕の理想じゃありません」

 

「チャンミン!」

 

左胸辺りを撫ぜるチャンミンの手を、俺は見逃さなかった。

 

チャンミンから奪い取らなければならない件のものは、あそこだ。

 

「デヘデヘしていないで、僕を持ち上げて下さい!」

 

「お、おう!」

 

チャンミンの腰に腕を巻きつけ抱き上げると、彼は仕切り壁の上辺から外を覗き込んだ。

 

チャンミンはドア向こうの会話を聞いているようだ。

 

「どうだ?」

 

「個室は全部で5部屋。

外のご年配方は、この部屋を狙っている風でもなさそうです」

 

順番待ちをする彼は、例えば奥から2番目の個室しか使わないとかこだわりを持つ人物かなぁと...そうじゃなかったらしい。

 

「じゃあ、なんで?」

 

「焼肉しゃぶしゃぶ食べ放題ツアー客らしいです。

...モツ鍋がどうのこうの、と言ってます。

それから...ビール工場を見学したそうです」

 

「ご年配に脂っこいものはヘヴィだろう。

しこたま食ってビールがぶ飲みじゃあ、腹を壊すだろう」

 

バタン、ガチャとドアを開け閉めする音、水洗のザーザー音。

 

「ここを占拠しているわけにはいかないな...」

 

「強行突破しかありませんね」

 

「そうだな...」

 

俺たちは顔を見合わせ、頷き合った。

個室の一つから二人の男が登場するという不自然さも、切羽詰まった彼らはそれどころじゃない、深い意味に捉えないだろう。

「へい、お待ち!」

鍵にかけた手は、チャンミンによって阻まれた。

「何だよ?」

「もう一回、チューして下さい」

毎度チャンミンに唇を奪われるばかりの俺じゃないのだ。

俺は振り向きざまに、チャンミンの後頭部を引き寄せた。

このキスは俺のリードだ。

唇が重なる前に、待ちきれなかった舌同士が合わさった。

チャンミンの唇を、尖らせた舌先でつつっとたどると、彼の身体から力が抜けてがくんと落ちた。

ウエストをさらって、チャンミンを支える。

「ふっ...うん...」

半眼に落とした上瞼が濡れたように艶めいている。

その下の眼が焦点が合っていないのは、恍惚の世界を覗き込んでいるせいだろう。

くちゅくちゅと粘膜同士が立てる音は、騒がしいここでは気にしなくていい。

俺の首はチャンミンによって、これ以上振り返られない程引き寄せられていた。

ヤル気スイッチが入った俺は、身体を回転させてチャンミンと対面した。

反対側に頬を傾け、唇を重ねなおす。

「...っふ...ふっ...」

こんなエロいキスを交わしていたら、社員旅行中だという現実を忘れてしまいそうだ。

6組延べられた布団、その上でくんずほぐれつ抱き合う俺たちの姿が思い浮かんだ。

見られてはいけない焦りと緊張が、興奮度を加速させる。

欲情を煽られながら、チャンミンの襟元を覗き込んでみても、俺の狙いのものは当然、目視できない。

スイッチが入ったチャンミンは、エロい...そして、キスがうまい...と、心のチャンミン録にメモした。

(上顎を舐められるのが好きらしい...と、追記した)

まずいな...。

キスを止められない!

血流集まる股間の昂ぶり。

「実行委員!」

「!!!」

「!!!」

俺たちは、ハッと唇を離す。

「実行員!」

「チャンミンさ~ん!」

「待ってんだよ!」

腕時計を確認すると、集合時間を10分過ぎていた。

「しまった...!」

ここまでの行程で、集合時間を一度たりとも守らなかった酔いどれたちは、今回に限っては律義に集合したらしい。

俺とチャンミンは、顔を見合わせたままだ。

チャンミンの瞳は思索にくれているのか、揺れている。

「混んでるなぁ」

「いませんね」

「売店にはいなかった」

「じゃあどこにいるんだよ?」

「他のツアーバスに乗っていってしまったとか?」

「そこまで馬鹿じゃないだろう」

「ユンホ先輩もいません」

「綺麗な姉ちゃんを引っかけにいってるとか?」

『綺麗な姉ちゃん』に反応したチャンミンの頬が、ピクリと引きつった。

「どういうことですか!?」

ぎろりと、見事な三白眼で俺を睨みつけている。

「どうもこうも、俺は『今』、チャンミンといるじゃないか!」

「ユンホさんが軟派なキャラだと思われていることが、大問題なんです」

「チャンミン、しっかりしろ!

今はそれどころじゃないだろう!」

小さなことにこだわり出したチャンミンの肩を揺さぶった。

酔っ払いの行動は大胆だ。

塞がった個室のドアひとつひとつ、ノックしかねない。

「置いていくぞ~」

「実行委員を置いていっていいのか?」

「それはそれで、面白いな」

今ここで二人揃って登場したら、いかがわしいことをしていたと誤解される。

(いかがわしいことをしていたのは事実。彼らはキス以上のことを想像するに決まってる!)

チャンミンはこくんと頷き、便座の蓋を開けた。

ここからの行動は素早かった。

「うわっ!」

叫んでしまったのは、背中をドンと突かれ、後頭部を下へと押されたからだ。

「な、なにする...っ!」

チャンミンは水洗ボタンを押すと、がちゃん、と派手な音を立ててドアを開けた。

「!!」

「ユンホさん!」

丸めた俺の背を撫ぜて「困った人ですねぇ」と、ボリューム高く言うと、俺の耳元で、

「具合悪くしててください」と囁いた。

「えっえっ?」

「よく噛んで食べましょう、と注意したでしょう」

チャンミンの作戦が読めた俺は、げーげーいうふりをした。

「実行委員!

そこにいたんだ」

「すみません。

ユンホさんが気持ち悪いと言い出しまして...」

おえおえっと、えずいてもみせた。

「なんだ...そうだったのか」

「はい。

ずっとこんな調子です」

俺はうつむいたまま胃の辺りをさすり、はあはあと肩で息をしてみせた。

「ピーナッツを一袋全部食べちゃうなんて...。

困った人ですねぇ」

ピーナッツを一袋平らげたのは、チャンミンの方だろう?

心の中で呆れ、窮地を脱したと安堵のため息をついた。

(つづく)

 

(12)会社員-愛欲の旅12-

 

 

「集合時間は16時30分です。

6時じゃないですよ、4時です!

時間が押してます。

時間厳守でお願いします」

 

運転席後ろのマイクを取り、チャンミンは「時間厳守」を繰り返した。

 

「夕飯がありますから、買い食いは控えて下さい!」

 

酔っ払った彼らの耳には当然、入っていない。

 

彼らは通路をふらつき歩き、どやどやとバスを降りてゆき、車内に俺たち二人残された。

 

「チュー」のタイミングは今かな?と、顔を寄せたらチャンミンの張り手を食らってしまった。

 

「痛いよ」

 

ムッとした俺は頬をさすっていると、

 

「運転手さんがいるでしょう?」

 

俺の唇はチャンミンの人差し指で塞がれた。

 

「確かに」

 

「それでは、チューをしに行きましょう」

 

「はいはい」

 

シートベルトを慌てて外し、差し出されたチャンミンの手をとった。

 

「はいはい、だなんて、面倒くさそうな返事が気に入りませんが、許します。

僕はユンホさんにはアマアマですから。

ユンホさんが照れ屋さんだってことは、とっくの前にお見通しでしたから」

 

「バレてた?」

 

「ふふふ。

ユンホさんは分かり易い男です」

 

繋いだ手を離し、乗降口のステップを子供みたいにジャンプして下りた。

 

そうかもしれない。

 

俺の言うこと成すことに即座に反応する(と言っても、数秒~十数秒のタイムラグがある)、ど天然のチャンミンよりも、実は俺の方が照れ屋だ。

 

「チャンミンは分かりにくいからなぁ?」

 

「はい。

ミステリアスな男を目指しているので」

 

チャンミンは威張った風に答えた。

 

平日とあって空車が目立つサービスエリア。

 

とは言え、建物周辺はそれなりに混雑していた。

 

人目を気にせず「チュー」できる場所と言えば、あそこしかない。

 

ムードなんて一切無視だ。

 

実のところ、チャンミンと居て、アレしたいとかコレしたいとかいう欲求はほとんどなかった。

 

チャンミンが変わり者過ぎてそういうムードになりにくかった、というのもある。

 

それ以上に大きいのは、大袈裟に言うと俺には『ミッション』があった。

 

ウメコに仕込まれたものを、チャンミンが使用する前にくすねるというミッションが。

 

俺とム~ンな雰囲気になって、「今こそ使いどころだ!」と、チャンミンがその呪術の威力を発動させる前に回収しないといけないのだ。

 

相性は自然に任せないと!

 

呪術でゆがめられてたまるか!

(ウメコの趣味に合わせてたまるか!)

 

手を握ったり、軽いキスくらいならしたいなぁ...今はそんな程度だ。

 

社員旅行の場で、チャンミンとベタベタねちょねちょの関係になるのは気がすすまない。

 

出来ないことはないけれど、人目と時間を気にしながら行為にふけるのは、俺の理想ではないのだ。

 

だからこそ、チャンミンからアレを取り上げないといけないのだ。

 

「チャンミン!」

 

競歩のスピードで遠ざかっていくチャンミンを、走って追いかける。

 

「遅い!」

 

個室のひとつから顔を出し、俺を手招きする。

 

幸いなことに、利用客たちは「小」で、「大」ルームに注意を払っていない。

 

その通り、ここはトイレット。

 

個室に身を滑り込ませるや否や、ガチャンと鍵がかけられた。

 

直後、俺の頬はばちんとチャンミンの両手に挟まれ、マッチョな腕に引き寄せられた。

 

「チャっ...!」

 

ぶちゅりと俺の唇は奪われた。

 

「ん、んん~!」

 

この荒らしさに、「まさか!アレをもう使ったのか!?」とドキンとしたが、「それはない」と思い直した。

 

なぜなら、繁殖期の雄のようにフェロモンを発散していたのなら、密閉されたバスの中、酔いどれたちはチャンミンに吸い寄せられて、えらいことになってるはずだから。

 

俺たちのファーストキスは喫茶店のトイレット。

 

その次のキスも、会社のトイレット。

 

そして、今のキスも、サービスエリアのトイレット。

 

レモンの芳香剤香る、ムードなんてクソくらえなキッスだ。

 

「ふう、ふう...」

 

俺の顎はチャンミンの指に捉えられ、強引にこじ開けられて、彼の熱く分厚い舌が差し込まれた。

 

「...んっ...んぐっ」

 

俺の上顎をチャンミンにべろべろと舐められ、くくっと股ぐらが重ったるくしびれた。

 

チャンミンにのしかかられ、壁と両手をつっぱって上半身を支えた。

 

膝裏に便器が当たっていて、これ以上後退できない。

 

おかげで後ろにひっくり返らずに済んでいたからいいものの...。

 

くっ...純朴チャンミンのキス...やたらと上手いじゃないか!

 

「はあはあ...ぶちゅっ...んっ...はあ」

 

水洗ボタンを押した。

 

チャンミンの喘ぎ声が、なかなかの声量なのだ。

 

顔を右に左と傾け、重ね合わす。

 

俺の欲に火がついた。

 

チャンミンの頬を挟み、今度は俺の方が彼にのしかかる。

 

「んっ...んっ...」

 

チャンミンの下唇を食んで、吸い上げた。

 

俺の背にチャンミンのまっちょな両腕がまわり、俺たちの上半身は密着している。

 

力任せな性急なキス...女性相手では味わうことのできない激しいキス。

 

「...ユンホさん...チュッ...んっ」

 

そういえば...吹雪に閉じ込められた俺たちは、商用バンの中でもキスしたんだった。

 

もっともその時は、ウメコの呪文で虎になったチャンミンに襲われる格好で、唇をむさぼられた。

 

(恐らくチャンミンは記憶にないだろう)

 

日頃、色っぽい雰囲気になれずにいる俺たちは、なんだかんだ言って、キスだけは数回は交わしているではないか。

 

唇を離し、至近距離からチャンミンと目を合わせた。

 

潤んだ目、ぽかんと開いた口、きつく吸われたせいで赤くなった唇。

 

天然で変わり者のチャンミンが、うっとりと雌の顔になっている。

 

「...んっ」

 

ぐりりと押しつけられた2本...視線を落とすと、チャンミンのスリムパンツのファスナーが盛り上がっていた。

 

俺の方も同様だ。

 

「...ユンホさん...好きです」

 

とろとろの顔して、愛の言葉をささやかれたら、熱い吐息を拭きかけられたりなんかしたら(ピーナッツの匂いがする)...もう。

 

「俺も...」

 

「俺も?

はっきり言ってください」

 

「好きだよ」

 

「.................................................................................................................................................................」

 

そろそろみぞおちにパンチが飛んでくる頃だ。

 

ぐっと下腹に力を込めた...時。

 

どやどやと外が賑やかになっていた。

 

「!!」

「!!!」

 

ドア下の隙間には、年配男性らしき靴。

 

老人会だかツアーだかのトイレ休憩だ!

 

俺とチャンミンは顔を見合わせた。

 

「順番待ちしてるぞ!」

 

「『大』がしたいんだ」

 

「どうする?」

 

「どうしましょう...!」

 

 

(つづく)

 

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