(7)僕の失恋日記

 

ー15年前の3月某日ー

 

【11:00】

駅まで妹を迎えに行く。

駅ビルのレストランで昼食を一緒にとる。

僕の部屋に荷物を置いてから、買い物に行くという。

「2晩とも友人宅に泊まるから、部屋は好きに使っていい。

ただし、男を連れ込むのだけはダメだ」と言っておく。

 

 

前日のうちに、CCグッズの片づけを済ませておいた。

(人の押し入れの中を漁るような子じゃないけれど、万が一に備えたのだ)

ゴミ袋5袋まで減らしていたけれど、押入れに隠せる容積も、ユノの部屋に避難できる量も限られている。

CCグッズの精査に取り掛かった。

CCへの情熱は明らかに減っていた。

目に見える形で、物理的にCCへの想いを削除しようと思った。

 

【捨てたもの】

・雑誌・・・2冊

(ベスト3まで絞ったもの。残りは11月の廃品回収に出してしまった)

・写真集・・・9冊

(指紋が付くのが嫌で、布手袋をはめてめくっていた)

・自作雑誌切り抜きファイル・・・6冊

・カレンダー・・・12冊

(使用用と保管用と2冊ずつあった)

・CCキーホルダー・・・いっぱい

・CDアルバム・・・4枚

・DVD・・・2枚

(いずれも、残しておいたベスト盤だ。それ以外の物は10月のうちに割ってしまった)

・CCポスター・・・3枚

(これも、お気に入りの中のお気に入りだったもの。他は10月に破り捨ててしまった)

・書籍・・・4冊

(CCが面白いと評した本。持っているだけで満足、読んでいない)

・CCタオル・・・いっぱい

・CCTシャツ、CCトレーナー、CCパーカー・・・いっぱい

・CCうちわ・・・いっぱい

・CCピンバッジ、缶バッジ・・・いっぱい

・CCキャップ・・・5個

(いずれもコンサート会場で買い求めたもの)

・CC法被(はっぴ)・・・1着

・CCポップコーンケース・・・6個(色違い)

・CC枕カバー・・・1枚

・CCオーデコロン・・・2本

(いずれも香りが好みじゃない)

・CCスカーフ・・・1枚

・CCフェイスパック・・・1個

(使用期限切れ)

・CCスリッパ・・・1足

・CCジャージ・・・上下1セット

・CCコンドーム・・・1箱

(これが出た時、驚いた。即完売した)

・CC歯磨きセット・・・色違い4個

・CCカチューシャ・・・1個

・CC紅茶・・・3缶

・CC目覚まし時計・・・1個

(電池すら入れていない)

・CCシャワーカーテン・・・1枚

・CCルービックキューブ・・・1個

(開封したくなくて遊んだことはない)

・CC靴下・・・3足

・CCナイトスタンド・・・1個

・CCマグカップ・・・19個

・CCトートバッグ・・・6個

・CC折りたたみ傘・・・1個

・CCポーチ・・・9個

・CC湯たんぽ・・・1個

・CCクリアファイル・・・37枚

・CCスニーカー・・・1足

(女性ものなので、僕の足には合わない)

・CCオルゴール・・・1個

・CCペーパーウェイト・・・1個

・CCチョコレートボックス・・・1箱

(賞味期限は2年前に切れている。勿体なくて食べられなかったのだ)

・CCプリントの入った空きペットボトル・・・2本

・CC文房具・・・色鉛筆、ボールペン、ノート、定規、消しゴム等々

・CC砂時計・・・1個

・CC20分の1フィギュア・・・1体

(パンツ一丁だという大胆なデザイン)

 

【残したもの】

・CCぬいぐるみ・・・1体

(名前をCiCiに改名して可愛がることにする)

・CDシングル・・・30枚

(握手会のために買ったもの。CCへの執念の証だ)

・雑誌・・・1冊

(この時のCCは美しかった)

・CCネックレス・・・1個

・CCポーチ・・・1個

(この年のコンサートグッズは奇跡的にセンスがよかった)

・CC弁当箱

(将来、イタイ自分を笑うため)

・CCボックスティッシュ・・・3箱

(勿体ないから使う)

 

夜中3時まで、燃やせるゴミ、燃やせないゴミ、資源ゴミに分ける作業をした。

後半は頭が麻痺してきて、機械的になってきた。

不思議と涙は出なかった。

CCを惜しむ感情にいい加減、疲れていたんだと思う。

 

【14:00】

ユノの部屋に行くのは初めて。

ユノと3日間、一緒に過ごすのも初めて。

夕飯(奮発してデパ地下のお惣菜)とドリンク各種、レンタルDVDを持参する。

約束の時間は16:00。

早く家を出過ぎたから、図書館で時間をつぶしている。

とても胸がドキドキする。

 

 

【15:30】

ユノの部屋に向かう時間だ。

続きは明後日書く。

 

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(6)僕の失恋日記

 

ー15年前の2月某日ー

 

使い道のなかったバイト代で、パソコンを購入することにした。

同じくバイトが休みだったユノを誘って、大型電化店××に行く。

予算に余裕があったから、プリンターも購入。

家具店に寄って、PCデスクとキャスター付きチェアを購入。

これで環境づくりはばっちりだ。

僕はこれから小説を書く。

恋愛小説を書く。

 

(※BLを書くようになったのは、CCの失恋がきっかけだ。

男女の恋愛であってもよかったのに、BLを選択した理由は単純だ。

男女のエロシーンの描写がうまくできなかっただけだ。

女性のあそこの構造がイマイチわからない)

 

 

付き合ってくれたお礼に、ランチを御馳走した。

ユノの元気がないのが気になった。

「どうかしたの?」と尋ねたら、「そういうバイオリズムなんだ」とはぐらかされてしまった。

 


 

―15年前の3月某日―

 

ぽかぽか陽気。

冬ものコートの出番も終わりか。

 

【覚え書き】

慌ててクリーニング屋に預けないこと。

(急に冷え込む日があるから)

 

薄手のジャンパーを引っ張り出す。

袖口にほつれがあった。

左胸のあたりにシミがあった。

(食べ物の汁をつけたまま、しみ抜きせずに放置していたせいだ)

 

これを着ると、CCの結婚報道があった頃を思い出す。

あの日僕はこれを羽織って、朦朧とした頭で電車に乗って帰宅したんだ。

新しいジャンパーを買ってもいいかもしれない。

 

 

明日から、妹が2泊3日で僕の部屋に泊まりにくる。

ここで2つの問題が持ち上がった。

(引き受けた時、CCのことで脳みそがかかりっきりになっていた)

1.布団が一組しかないこと。

2.CCグッズの隠し場所。

(※僕がCCに溺れていたことを、家族は知らない)

ユノに電話して、2泊の宿とCCグッズの避難場所の提供をお願いした。

ユノは快くOKしてくれた。

でも、声が沈んでいるようだったから気になった。

 


 

どんなに塞ぎこんでいても、自堕落な生活をしていようと、

いつまでもはらはらと涙をこぼしていても、

CCが僕の肩を抱いて慰めてくれることは永遠にない。

CCは僕の存在を知らないんだ。

ファンという集合体の点々のひとつに過ぎない。

CCは巧妙に計算された末の姿しか、僕らに見せない。

CCのプライベートを目にすることは永遠に訪れない。

ここで、ユノのたとえ話を思い出す。

「CCが禿げ頭でも好きでいられるか?」

CCのプライベートに近づけない僕は、CCの人生に責任を持つ必要はないんだ。

増毛(育毛?植毛?)サロンへの送り迎えをしなくてもいいし、

「娘さんをください」と挨拶にきた娘の彼氏が30歳年上バツ3男だったりして、絶句しなくていいし、

大豆の先物取引に失敗して全財産を失って、共に路頭に迷うこともない。

(ユノのことだから、無茶苦茶なたとえ話を用意したはずだ)

このことにようやく身をもって気付き始めたようだ。

そして、外の景色に目がゆくようになった頃だった。

 


 

商店街の喫茶店、閉店時間は18時だ。

窓ガラスの外、アーケード街は買い物客で混雑している。

この席に3時間は居座っている。

店内は僕以外に3人しか客がおらず、嫌な顔はされない。

(それでも気を遣って、コーヒーを2回おかわりし、サンドイッチを注文した)

 

ユノの家に初めて行ったのは3月だったのか。

寒かった記憶しかなくて、2月頃かなと思い込んでいた。

 

 

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(5)僕の失恋日記

 

「ふぅ...」

 

ため息をついた。

 

凝り固まった首と肩をぐるりと回した。

 

入口ドアの向こうが、アーケード屋根から降り注ぐ日光ではなく、電灯の灯りに変わっていた。

 

夕飯の材料を買って帰宅すべき時間が迫っているけれど、僕はこの失恋日記を最後まで読み終えたいのだ。

 

今夜の予定は外食に変更だ。

 

気が楽になって、テーブルに開いた大学ノートに視線を戻した。

 

15年前の僕が苦しんでいる。

 

過ぎ去ったことであっても、結末を知ってはいても、ページをめくるのに緊張する。

 

感情のディテールは覚えていなくても、とても重苦しい時期...重苦しさが喉にひっかかった不快さがつきまとっていた...だったと、身体が覚えているのだ。

 

自問自答とユノとの会話を通して、自分なりの落としどころを見つけようとあがいている。

 

そりゃあね、人生、恋が全てではない。

 

気楽な大学生ではあったけれど、恋を第一優先にできるほど暇じゃなかった。

 

15年後の今の僕には伴侶がいて、その伴侶とはユノだ。

 

この『失恋日記』はハッピーエンドだって、僕は知っている。

 

 


 

―15年前の2月某日―

 

CCの結婚式から2週間が経った。

春休み。

今年はCCのコンサートは開催しないそうだ。

(結婚という重大なイベントがあったんだ、コンサートの準備なんてできないだろう)

ぽっかりと予定が空いている。

欲しいモノも行きたい所もないから、バイトのシフトを増やした。

暇な時間があると、CCを想って涙が出てくるから、忙しくしていたいのだ。

僕は独身のCCが好きなのだ。

CCは別のステージへ行ってしまって、僕は追いつけない。

 

 

ユノとは3日前に、バイト先で顔を合わせたきり。

何か口実を作って、ユノと会えないか?

そんなことを考えるようになっていた。

でも、ユノには恋人がいる。

面と向かって尋ねたことはないけれど、ユノの恋人は男だ。

クリスマスプレゼントだといって買った腕時計が男ものだったから。

僕が男性アイドルCCに夢中になっていたことを知っても、ユノは驚いたそぶりを一切見せなかった。

「チャンミンは男が好きなのか?」と面と向かって、訊かれたことはない。

ユノの恋人が男であって欲しい!

そう願う自分がいるのはなぜだろう。

 

(※答えを出すことに躊躇しているようだ)

 

 


 

―15年前の2月某日―

 

【ファンクラブから会誌が届く】

・女性向け雑誌『××』

特集

『成熟した男たち~その色香に酔いしれる~』

CCがアラサー女性が選ぶ、セクシー大人男子20人に選ばれたのだそう。

この雑誌を買ってね、という意味だ。

しばし迷う。

CCのインタビューページを読んでみたい。

何を語っているんだろう?

結婚について触れているだろうな。

見たいような見たくないような。

 

 

僕は、CCから卒業すべきかとどまるべきか迷っている。

結婚という決定打を示されても、僕は彼から目が離せない。

雲隠れしていた数か月後、雑誌のグラビアを通して久方ぶりに姿を現した。

この情報だけで、僕の胸はドキドキしている。

 

 

【バイトの帰り道、ユノとの会話】

 

ユノ「楽になったか?」

 

僕「たまにぎゅうって激痛が走るけど、数秒後にはおさまる。

でも、常に心に靄がかかっている感じだ」

 

ユノ「卒業する、という道もあるんだぞ?

苦しいんだろ?」

 

ユノの言葉に、「卒業」の選択肢があることに、あらためて気づいた。

 

ユノ「俺は俳優や歌手を好きになったことがないから、チャンミンの気持ちはよく分からん。

前にも話したけど、彼らは...特にアイドルはファンたちに恋愛をさせるのが商売なんだ。

この恋愛ってのは、リアル恋愛よりも夢見心地であるべきだろ?

だから、楽しいことが大前提だ。

そりゃそうだろう?

理想の姿しか目にしないで済んでいるんだから」

 

僕「そんなこと...分かってるよ」

 

ユノ「つまりだな。

彼らの仕事は、理想の姿を見せることなんだ。

その理想の姿ってのは、有料なんだ。

アイドルとファンとの間で結ばれている契約みたいなものなんだ。

冷たい言い方かもしれんが、商品に瑕疵があればクレームを付けて当然だ。

クレームのつけ先がないから、チャンミンは苦しんでるんじゃないのか?」

 

ユノの言いたいことはよく分かってる。

 

ユノ「ファンたちは楽しさを買っているんだ。

わざわざ金を払ってまでして、苦しみが欲しいか?」

 

僕「いらない」

 

ユノ「だろう?

離れることを選択肢に入れておくだけでも、楽になれるんじゃないかなぁ?

チャンミンが本気で苦しんでるのは分かってる。

でもなぁ...見てらんないんだよ。

好きな奴のことを想像した時、そいつに対して、好き...ハート付きの好きな気持ち...よりも、

不快感が大きくなるようなら、その恋愛は辞め時なんだろうなぁ。

これは、俺の自論。

不快感っていう言い方はちょっとキツかったね。

嫉妬も不快だろうけど、嫉妬心は辞める理由にならないんだよなぁ...。

う~んと...そうそう!

恐怖心だ。

いよいよ卒業せねばあかんネタが上がってくるのが怖いんだ。

これは、チャンミンを見ていて、思ったことなんだけどさ。

怯えるドキドキが出て来たら...よくないと思うよ」

 

ユノは僕を思って話してくれたんだって、頭では理解していた。

でも、僕の心の答えは揺らいでいない。

卒業する気なんて、さらさらないんだ。

迷ってるフリをしているだけなんだ。

しがみついているから辛いってことは、重々承知なのだ。

 

 

僕を構ってくれてありがとう、とユノにお礼を言った。

ユノは「お互い様だ」と笑っていた。

「お互い様だなんて、僕は何もしてやっていない」と言ったら、

「いつか、世話をして欲しい時がくるかもしれんから、そん時にな」と、ユノは答えた。

 

 

ユノとは親友になりかけているような気もするけれど、

何でも話せるほどの仲までには至っていない。

「恋人はどんな人?」と近いうちに尋ねてみようと思った。

 


僕は気づいた。

僕は暇なんだ。

CCに費やしていた時間がぽっかりと空いたのだ。

CCに向けていた心のやり場を失っていて、その心のエネルギーが余計なことを考えさせていたんだと思う。

よし、小説を書こう、と思い立った。

 

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(4)僕の失恋日記

 

真剣に読みふけるあまり、サンドイッチはひと口齧っただけで忘れられている。

 

いちファンの立場でしかなかった15年前の僕。

 

心情の変化を事細かにノートに記録している。

 

99.999%あり得ないけれど、もしかしたら...もしかしたらCCから贈られた指輪を付けて、CCの隣で人生を歩む日が訪れるかもしれない。

 

無理だって分かってはいても、0.001%の可能性にすがって、二次元の彼の姿を追い続けるのがファンなのだ。

 

「もしかしたら...」の思わせが0%だったら、僕は彼を追いかけてはいやしない。

 

 

15年前の2月14日。

 

19歳の僕の恋は、決定的に壊滅的に終わりを遂げた。

 

「もしかしたら、CCが離婚するかもしれないぞ?

そん時はチャンミンにチャンス到来だ」

 

ユノが言いそうな台詞だけど、彼は言わなかった。

 

ぐずぐずしている僕を見守りながら、露骨に急かすようなことはせず、前へ進むようさりげなく僕の背中を押していた。

 

たまに強く押すもんだから、つんのめって転ぶときもあって、喧嘩になったなぁ(今もそうだけど)

 

 


 

ー15年前の2月某日ー

 

3,4日、この日記が書けなかった。

僕は廃人になっていた。

実際は、ご飯はちゃんと食べていたし、大学にもバイトにも行っていた。

だから、「廃人のような心境で」が正確だ。

 

(※自分だけの日記なのに、細かい言い訳が多い。

未来の僕がこの日記を読むかもしれない、と予感していたのだろうか?)

 

時折、胸がきしみ、その痛みに顔をしかめる。

駄目だなぁ、まだ時間が必要みたいだ。

 

 

・妹から電話

(春休み、買い物目当てに街へ出てくるから泊めてくれ。

「いいけど」と答えた)

 

・同級生から電話

(××女子大の子らとコンパをするから、メンツ合わせに協力しろ。

「気が進まない」と答えた。

「座っているだけでいいから」としつこく説得され、渋々頷いた)

 

・フロアリーダーから電話

(シフトに入っていた子が風邪で来られなくなった。

夕方から出勤してくれないか?とのこと。

「行きます」と答えた)

 

【昼食】

・ラーメン

(茹でたホウレンソウと焼きハムを添えたもの)

「いざ食べようか」と箸を取った時、電話が鳴った。

墓地のセールス電話だった。

『奥さまいらっしゃいますか?』と訊かれたので、

僕は家政婦になったつもりで、

「奥さまは留守です」と答えた。

次に『旦那さまは?』と訊かれたので、

「旦那さまも留守です」と答えた。

 

今日の僕は、人気者だ。

 


 

ー15年前の2月某日ー

 

CCは独身じゃなくなってしまった。

男の僕が言うのもなんだけど、CCをお嫁にやったような心境だった。

僕らファンの手からすり抜けてしまったような...いい男に育ててきたファンの元から、巣立ってしまったような。

 

(※浸ってるなぁ。

19歳...いや、もう20歳になってるな...の僕は自分に言い聞かせることで辛さを紛らわせているのだろうな)

 

 

アイドルや俳優たちの電撃結婚ニュースを知ったとき、「ファンの人たちは気の毒だなぁ」と他人事に同情していた。

まさか、自分がその立場になるなんて。

アイドルの...推しの結婚式の日...まさしくXデーだ。

ファンを辞めるか辞めないかの瀬戸際の日なのだ。

ショックのあまり、極端な行動に走ってしまったファンもいるかもしれない。

Xデーと言い表しても、決して大袈裟ではないと思う。

 

 

ユノへ電話をかけたが留守だった。

近いうちに食事に行こうと、誘いのメッセージを留守電にいれる。

14日以降、僕はユノに懐いてしまった。

 

 

仕上げたレポートの提出のため、大学へ。

これで全ての単位が揃った。

明日から春休み。

予定なし。

 


 

ー15年前の2月某日ー

 

ユノとファミレスに行く。

 

【ユノと結婚について語り合う】

 

ユノ「チャンミンを苦しめているのは、嫉妬だね」

 

僕「うん。

CCから結婚を申し込まれたんだよ。

それに、CCのすぐ近くにいられるんだよ。

すごく...羨ましい」

 

ユノ「そうだね。

羨ましいだろうね。

あ~んないい男、独り占めだもんね」

 

僕「うん」

 

ユノ「チャンミンはCCと結婚したかったのか?」

 

僕「そんなっ...こと、あり得ないよ。

そこまでは望んでいない。

ただね、CCにはオンリーワンを見つけて欲しくなかったんだ。

僕らのCCでいて欲しかった」

 

ユノ「こんなこと言ったら、チャンミンを怒らせてしまうけどさ。

チャンミンの恋は、見たいものだけしか見ていない恋だったんだ。

『見せてもらえなかった』ってのが現実だろうね。

CCは見せたいものしか見せないんだ。

それが彼の商売なんだ。

CCは生身の人間だけど、二次元みたいなものなんだよ。

想像してみ?

チャンミンはCCがトイレでウンコしてるとこ、見たいか?」

 

僕「僕はトイレをのぞく趣味なんてないよ」

 

ユノ「そんなチャンミン、俺だってイヤだよ。

例えば...CCは超がつくケチンボだったらどうする?

お金持ちなのに、1桁単位まで割り勘にするケチンボ。

豪邸なのに、最安のトイレットペーパーを使ってるんだ。

ゴワゴワペラッペラな、シングルのトイレットペーパーなんだ」

 

(※ユノは柔らかタッチのダブル派)

 

僕「...う~ん」

 

ユノ「寝起きの息が臭すぎでさ。

貧乏ゆすりが酷くってさ。

怒りの沸点が低いから、気を遣うぞ〜。

それから、超がつくヤキモチ妬き。

それから...裸(ら)族でさ、チャンミンにも強要するの。

...どう?」

 

僕「どう?...って、どういう意味だよ?」

 

ユノ「そんな奴でも好きでいられるか、っていう話」

 

僕「ユノのたとえ話は極端すぎないかな?」

 

ユノ「そういうもんだよ。

結婚しなくたって、彼氏彼女の関係であっても、そういうとこが見えてくるんだ。

付き合いたて、結婚したては見えていなかったものが、少しずつ露わになってくるんだ。

そこで幻滅するかしないか、だね」

 

僕「げんめつ...」

 

ユノ「CCはヅラかもしれないぞ?

増毛してるかもしれないぞ?

CCが禿げ頭でも、好きでいられるか?」

 

僕「CCは地毛だよ!」

 

ユノ「ホントにそう言い切れるか?

最近の技術はすごいらしいぞ?」

 

僕「CCは違うよ!」

 

ユノ「いやいや。

超優秀で凄腕の増毛師...いや植毛師かな?...が担当しているから、みんな騙されてるんだ。

CCと結婚したら、サロンへの送り迎えをしてやらないといけないんだ。

チャンミン、果たして君にできるかね?」

 

僕「ユノ!!」

 

(※この後の記述はないけれど、二人はしばらく会話を楽しんだんじゃないかな。

会話調に書き残しているあたり、この日記を楽しんでいるようだ)

 


 

(※ユノと過ごす時間が増えてきたようだ。

もうそろそろだね、僕とユノが...。

僕とユノが初めて寝た日。

僕はなんて書いているかな...楽しみだ。

ぽかぽかと温かい布団の中で、僕らはパンツを穿いていなかった。

お尻の谷間をコソコソと、くすぐられていた感触、

乾いた肌と肌とがさらさらと、触れ合った感触が生々しく記憶にある。

どっちが布団から出てストーブをつけるか、じゃんけんをしても勝負がつかず、おしくらまんじゅうしたんだ)

 

 

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(3)僕の失恋日記

 

 

長居し過ぎたかな?

 

店員さんに合図して、コーヒーのお代わりと、サンドイッチを頼んだ。

 

今夜はお惣菜を買って帰ろう。

 

(ユノは何でも喜んで食べてくれる。

できた旦那さんだ)

 

「...?」

 

そこだけかさばったところまでページを繰ると、そこにはCCのプロマイド写真が貼られていた。

 

コメントは何もない。

 

ケジメをつけようと、さよならのつもりで貼ったのだろうか?

 

やっぱり好きだよ、のつもりなのか。

 

僕と言う男は。

 

たかが推しの結婚に、4か月が経っても取り乱したままでいる。

 

当時の心境は、残念ながら思い出すことができない。

 

 


 

 

ー15年前の2月某日ー

 

 

結婚したアイドルなんて需要はないと思う。

そうだ、CCはアイドルを捨てたんだ。

アイドルの座を捨ててまで、CCはその恋人と一緒になりたかったんだ。

そうだ、その通りだ。

 

(※怒りが再燃してきたようだ)

 

 

世の中は、バレンタインまであと何日だって、浮ついている。

去年の僕は、CCのファンクラブ宛にチョコレートとマフラーを送ったけれど、今年の僕はあげたい相手はいない。

でも。

バイト先のバレンタインコーナーはきらびやかでカラフルで、眺めていると気分が上がる。

何かにワクワクする気持ちは久しぶりだ。

 

 

【今日買ったもの】

・チョコレート

(8粒しか入っていないのに、びっくりするくらいの値段。

・牛肉500g

・刺身盛り合わせ

・野菜いろいろ

・調味料

・ワイン

バイト代が入ったばかりだから、贅沢した。

レトルトじゃないものを買ったのは、久しぶりだ。

 

 

僕の部屋で焼き肉をしようとユノを誘ったが、先約あるとのこと。

「申し訳ない」と何度も謝っていた。

突然誘った僕が悪かったのに。

「恋人とデート?」と尋ねたら、「違う」とのこと。

 

 


 

ー15年前の2月某日ー

 

CCのものを捨てられずにいる。

ゴミ袋に入ったまま、押し入れの中に仕舞われている。

未練まみれで捨てられないのだろうか。

意気地なしな自分が情けない。

 

(※捨てられなかったんだよねぇ。

ポスターをやぶったり、CDを割ったり、大胆なことをしていたくせにね。

実家の屋根裏に隠してあったものが、その一部だ。

費やした金額を考えて、勿体なくて捨てられなかったんじゃないんだ。

CCを追っていた日々を否定したくなかったんだろうな)

 


 

(※CCについての記述が、日に日に減ってきていることが嬉しい。

少しずつ元気になっているようだ)

 


 

 

ー15年前の2月某日ー

 

CCは3日後に結婚する。

カウントダウンの日々を送るのに疲れてきた。

僕は疲れ切っている。

 

(※この一文に僕はびっくりだ。

15年前の僕はどのタイミングでこの情報を得たのだろう?

読み返してみたけれど、そんな記述はどこにもない。

そうか。

CCの結婚がいよいよ決定的になる日を知ったんだ。

この日記には、失恋した者が抱く感情を、バリエーション豊かに記録されている。

結婚式の日程を知り、もう一度、落ち込むところからスタートすることになり、それを記すのが辛くなったのだろう)

 

 

ユノに、CCのことを教えてあげた。

今さら教えてあげる必要はなかった。

ユノの差し入れで生き延びていた4か月前、床にずらり並べられたCCの物や、どこかで見知ったCCの婚約の報道から、簡単に分かることだ。

悲しいのは、アイドル歌手CCにガチ恋していたこと、ガチ失恋していることを、僕自身が恥だと思っていることだ。

アイドル相手に真剣に恋をしてしまう、ヤバい僕が恥ずかしくて言いにくかった。

でも、ユノと大っぴらに、恋愛について語り合いたかった。

 

(※僕は恋バナが好きなのだ。

女子っぽいって?

いいんだ、僕はこういう男なのだ)

 

ユノ「そうか。

CCかぁ...いい男だものなぁ。

いい男過ぎるからなぁ...。

そうそう簡単に諦めきれないよなぁ」

 

僕「そうなんだよねぇ」

 

ユノ「CCの結婚式っていつなの?」

 

僕「3日後」

 

ユノ、目を真ん丸にして驚く。

 

ユノ「バレンタインデーじゃないか!?

サイアクだなぁ。

CCはよりによってどうして、この日を選ぶんだよ」

 

サイアクだサイアクだ、とうるさい。

僕の代わりに、ユノが怒ってくれる。

 

 


 

ー15年前の2月13日ー

 

18:00

ユノ、大荷物でやってくる。

 

【ユノが持ってきたもの】

・豚肉、鶏肉、麺、お菓子、缶ビール。

・レンタルDVD(ホラー映画)

 

(※ユノは怖がりなのに、ホラー映画を観るのが好きだ。

一人では観られないけれど、誰かにくっついて、大騒ぎしながら観るのが好きなんだとか。

ユノは昔から変わっていない)

 

部屋の中をキョロキョロ見回していた。

僕の部屋からCCのものが消えていたからだ。

 

 

お腹がはち切れそうになるまで食べた。

ユノは今、お風呂に入っている。

「チャンミンを1人にしておけない」からと、僕んちにお泊りする用意もしてきたのだ。

「美味いものを食って、映画を観ながら徹夜しようぜ」だってさ。

ユノは優しい。

今頃、CCは何をしているのだろうか。

翌日の挙式に備えて、ベッドに入っているのかな。

それとも、バチェラーパーティで大騒ぎしているのかな。

パーティを途中で抜け出して、婚約者に『早く寝なよ』って電話をかけていそうだ。

 

 


 

ー15年前の2月14日ー

 

CCの結婚式

晴れ。

3本目の映画の途中で眠ってしまった。

床で寝たから背中が痛い。

 

 

【前夜のこと】

ユノが借りてきたDVDを3本続けて観た。

ユノはずっと僕の背中にしがみついていた。

ぐらぐら揺さぶるし、僕の耳元で、「ぎゃあ~~!」って叫ぶし、映画の内容が入ってこない。

苦手なのに、なぜホラー映画ばかり借りてきたのか、謎である。

 

 

昨夜食べ過ぎたせいで食欲なし。

CCが既婚者になってしまう日だと意識すると、胸が詰まったみたいに苦しくなる。

今頃、CCは何をしているだろうか?

着替えを済ませたころだろうか?

『僕は今、何をしている?』

そう自分に問いかけると、重苦しさが少し遠のくことに気づいた。

CCに意識を乗っ取られないようにしないと!

 

僕は今、

ニュース番組を見ながら、ユノとジャムパンを食べている。

ユノ、ボサボサの頭をしている。

眠くて仕方ないみたいで、半分しか眼が開いていない。

 

 

ユノにチョコレートを渡した。

きょとん、とするユノに、「バレンタイン」と教えてあげた。

「男からバレンタインチョコもらうなんて、気色悪い」と言わなかった。

ニコニコと嬉しそうだった。

「これは義理チョコだから、気にしないでね」と念を押した。

 

ユノ「義理チョコにしちゃあ、豪華なチョコだなぁ、悪いなぁ」

僕「給料日だったし、CCのために使うはずだったお金が余ってたし」

 

 

「チャンミンを1人にしておけないから」と言って、夕方まで一緒にいてくれた。

ユノは優しい。

 

(※以下は、当時の会話を再現してみたものだ。

おそらく、こんなことを話していたんじゃないかなぁ、って)

 

僕「恋人はいいの?

バレンタインだよ?」

 

ユノ「俺のことは心配せんでもいい。

しっかし、CCすげぇなぁ」

 

僕「うん。

CCはすごい男なんだ」

 

ユノ「キャーキャー言われてなんぼのアイドルが、結婚!?

俺には理解できんなぁ。

チャレンジャーだなぁ」

 

僕「そうなんだ。

ただ者じゃないんだよ」

ユノ

「辛いか?」

 

僕「うん。

これっぽっちも、『おめでとう』っていう気持ちが湧いてこないんだ。

CCのことはとても好きなのに...。

ファン失格だよ」

 

ユノ「冷静に考えてみろ。

好きな奴が、どこぞの人物と結婚してしまうんだぞ?

祝福できるわけないだろ?

チャンミンみたいな可愛い男子をほっぽって、

どこぞの人物と結婚してしまうなんてなぁ」

 

僕「CCと会ったことないもん。

僕の存在なんて知らないよ」

 

ユノ「そうだな、知らないな。

知らないから、どこぞの人物と結婚してしまうんだ。

もしCCがチャンミンと出会っていたら、チャンミンに惚れてしまうかもよ?」

 

 

(※...ここまでが、僕の想像。

15年も前のことで、具体的な会話なんて思い出せないし、日記にも書かれていない。

今の僕は、ユノが言いそうなことはだいたいわかるから、きっと上記のようなことを想像できるのだ。

そして以下が、

15年前の2月14日の最後に書かれていた、実際の文だ)

 

 

ユノが優しくて、僕は泣いてしまった。

「CCは今、誰の隣に立っているのか?」にばかり、意識がいっていた。

僕は恋がしたい。

 

 

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