【5】NO?

 

 

~鏡の中の僕~

 

 

「チャンミンさん!」

 

「......」

 

「チャンミンさん!」

 

「ああ!ごめん!」

 

(昨日から、僕はぼんやりしてばかりだ)

 

「冷めますよ」

 

民の三白眼がチャンミンを軽く睨んでいた。

 

「ごめん!

民ちゃんがせっかく作ってくれたんだから。

では...いただきます」

 

卵料理を口に運ぶチャンミンの様子を、民は固唾をのんで見守っている。

 

「......」

 

「美味しいよ」

 

(見た目はぐちゃぐちゃだけれど、味はいい)

 

「嬉しい、です」

 

口を覆った両手の上に覗く、民の眼がにっこりと三日月形になっている。

 

(可愛いな...って、おい!)

 

チャンミンがこぼした笑みを見て、民は思う。

 

(チャンミンさんの笑顔って素敵だな。

クールなイメージなのに、笑うと可愛いな。

目尻のしわが、大人っぽいな)

 

見た目が全く同じのチャンミンと民。

 

朝食のテーブルをはさんで笑顔を交わす二人は、内心驚いたり、感動したりと忙しくて。

 

その時はまだ、互いが物珍しいから知らず知らずのうちに、観察し合っていたのであった。

 

 

 

 

「仕事に行ってくるよ」

 

食器を洗う民の背中に向かって、チャンミンは声をかけた。

 

「はい、はーい!」

 

濡れた手をTシャツで拭いながら振り向いた民は、チャンミンを見た途端に思わずつぶやいてしまった。

 

「カッコいい...」

 

「え!?」

 

紺色の細身のスーツを身につけたチャンミンを前にして、民はうっとりとした表情をしている。

 

「チャンミンさん...カッコいいです。

大人の男って感じですね...」

 

「あ、ありがとう」

 

民の直球の褒め言葉に、チャンミンの方がどぎまぎして、大いに照れてしまった。

 

靴を履こうとかがめていた腰を起こした時、バチっと互いの視線が間近でぶつかった。

 

「!!」

「!!」

 

民は、チャンミンの靴のサイズを確認しようとしていたらしい。

 

ついと目を反らした民は、ごまかすように前髪を耳にかけた。

 

チャンミンは、心の中で微笑した。

 

(目が合うと、照れて顔を伏せる時もあったかと思えば、まっすぐ食い入るように見つめる時もあったり。

さっきみたいに、憧れ交じりの眼差しを注がれたら...胸がこそばゆい)

 

「そうそう!」

 

チャンミンはポケットから鍵を出すと、民に渡した。

 

「鍵を渡さないとね」

 

「よろしいんですか?」

 

「スペアキーだよ。

今日、荷物が届くんだよね」

 

「はい、そうです。

着替えも今着ているのしかないんです」

 

民がTシャツを指さすと、チャンミンの視線が自然と民の胸の辺りに釘付けになりそうになった。

 

(こら!

僕はどこを見ているんだ!

民ちゃん、お願いだからブラを付けて欲しい。

〇首が透けているから!

目のやり場に困るから!)

 

「手伝って欲しいことがあったら、遠慮なく言うんだよ」

 

「はい」

 

「帰りは19時ころになるよ。

じゃあ、行ってきます」

 

(自分に見送られるなんて、奇妙なものだ...。

民ちゃんは自分みたいだけど、自分じゃないんだよなぁ。

それに加えて、女の子なんだよなぁ...)

 

民のTシャツの胸を思い出してしまったチャンミンは、ブンブンと頭を振って駅までの道を急いだ。

 

(いい加減、リアに民ちゃんのことを言っておかないと。

妹設定は無理があるかなぁ...)

 

 


 

 

(チャンミンさんって、かっこいい人だな。

私も男の人になったら、あんな感じになるのかなぁ)

 

民はチャンミンがマンションエレベーターに消えるまで見送った。

 

「あ」

 

玄関ドアを閉めた民のポケットの中の携帯電話が震えた。

 

発信者の名前を確認して、ふふふと民の頬が緩んだ。

 

『明日13時はどうですか?

家まで来てください』

 

(嬉しい!)

 

『分かりました。

お宅までの地図を送ってください』

 

と返事を送った。

 

リビングのソファに横になって、携帯電話の画面を何度も確認する。

 

「ふふふ」

 

チャンミン宅のソファは大きく、彼と身長がほとんど(3㎝差)変わらない民が脚を伸ばしても、十分余裕がある。

 

(『家へ来てください』...だって。

キャー、どうしよう!

ふふふふ)

 

昨夜、チャンミンとキッチンで別れた後、民はよく眠れずにいたため、うとうとと眠気に襲われてきた。

 

快活でいても、民は民なりに緊張して、気を遣っていたのだ。

 

(びっくりして、びっくりして、びっくりした!

びっくりし過ぎて...疲れたな...)

 

「民ちゃんは、物事に動じないんだな」とチャンミンは思っているようだが、民の心中も彼と同様だった。

 

(眠い....

荷物は午前中に届くはず。

チャイムが起こしてくれるよね。

...眠い)

 

ソファに横向きに寝そべった民のまぶたは閉じて、間もなくすーすーと寝息をたてた。

 

 

 

 

「チャンミ~ン」

 

「!!!」

 

どしんと背中に衝撃を受けて、民の眼がバチっと開く。

 

「チャンミ~ン」

 

(何!何!何!?)

 

横向きに寝た民の後ろから、誰かが抱きついてきた。

 

ふわっと甘い香水の香りがした。

 

民の胸元にまわされたのは、マニキュアを塗った白くてほっそりとした手。

 

(リアさんだ!)

 

民の首筋に吐息がかかる。

 

「ねぇ...ミ~ン」

 

(私はミンだけど!

リアさんの呼ぶ「ミン」じゃないから!)

 

「ねぇ、チャンミ~ン。

起きて」

 

(ひぃぃぃ!)

 

民の首筋に、リアの頬がこすりつけられた。

 

(間違えてるんだ!

私のことをチャンミンさんだって、間違えてるんだ!

チャンミンさんじゃないってことを、説明しなくちゃ!)

 

 


 

 

~リア~

 

 

私は落ち目のモデル。

 

観光フリーペーパーのモデル年間契約も先月で切れた。

 

最近の仕事といえば、ネット通販の着用モデル。

 

誘われて始めたのが、ラウンジ嬢。

 

時給は安いけど、ノルマもないし気楽。

 

同伴やアフターも余程のことがない限りない。

 

夜の仕事をしているなんて、チャンミンは何にも知らない。

 

毎晩帰りが遅いことに、外泊続きであることに、どうして疑惑の念を抱かないのだろう?

 

モデルの仕事で、あちこち飛び回っていると信じ込んでいるのだろうか?

 

飼い主の帰りを待つ大型犬みたいなチャンミン。

 

一途に「モデルのリア」のイメージを持ち続けているチャンミン。

 

純朴で善良過ぎるチャンミンを見ると、無性にイライラする。

 

私の一歩後ろに控えているようなチャンミンは物足りない。

 

それどころか、チャンミンのまっすぐな目を見ると残酷な気持ちになる。

 

どこまで私についてこられるかを確かめたくて、沢山のイライラをぶつけて、きつい言葉で傷つけたくなる。

 

疲れて、虚しくて、むしゃくしゃした時は、チャンミンの穏やかな低い声が聞きたくなるし、温かい腕が欲しくなる。

 

だから、いつまでも私の帰りを待ち続けて欲しいし、憧れ交じりの眼差しを注ぎ続けて欲しい。

 

私は、チャンミンを手放せないし、誰にも渡したくない。

 

身勝手で酷い女だってことは、重々分かってるけれど。

 

 

 

(つづく)

 

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【4】NO?

 

 

 

どうやら民の感情がストレートに現れるのが、眉毛らしい。

 

チャンミンは、上がったり下がったりと忙しい民の眉の動きを、じーっと興味深げに眺めていた。

 

「チャンミンさん?」

 

「ああ!

なんでもないよ、気にしないで。

え~っと...ずっとショートヘアだったの?」

 

「一度だけ伸ばしたことがありますが、似合わないんです。

男顔だからでしょうかねぇ。

短い髪の方がしっくりくるみたいです」

 

「短い方が似合うよ」

 

「ホントですか?

嬉しいです」

 

うつむいて照れる民は、額にはらりと落ちる前髪を耳にかけた。

 

その耳が真っ赤になっていて、チャンミンは無意識に自分の耳に手をやっていた。

 

(熱い...。

...っておい!

僕まで照れてどうするんだよ)

 

「そっか...。

チャンミンさんが似合う髪型は、私も似合うってことですね。

でも...」

 

民はじっとチャンミンを見る。

 

「チャンミンさんみたいに刈り上げたら、ホントに男の子みたいになってしまうから...しません」

 

身長がほとんど変わらないから、民の視線はチャンミンに真っ直ぐ注がれる。

 

(うっ...!)

 

普段、見上げられることに慣れているチャンミンは、その視線をまともに受け止められない。

 

ついと目をそらしてしまった。

 

(この子の眼はマズイ。

 

真っ直ぐで、透き通っていて、こちらの気持ちまで見通してしまうかのような...。

 

僕の眼も、こんな風なんだろうか?

 

...そんなことはないだろうな。

 

世間に揉まれて、さぞかし曇った眼をしているんだろうな)

 

「チャンミンさん」

 

「......」

 

「チャンミンさん」

 

民に腕を揺すられて、

 

「あ!」

 

物思いにふけっていたことに気付いた。

 

「眠いですか?」

 

「え?」

 

「おしゃべりし過ぎましたね。

ごめんなさい。

今、何時ですか?」

 

民に聞かれてチャンミンは、レンジのデジタル時計に目をやる。

 

「えっと...2時」

 

「もう!?

チャンミンさんは明日、お仕事ですよね?

ごめんなさい。

引き止めてしまいました」

 

いつの間にか彼らは、1時間もキッチンに立ちんぼで会話を楽しんでいた。

 

「気にしないで。

民ちゃんも、明日から活動始めるの?」

 

「活動?」

 

「仕事を探すんだろ?」

 

「ああ!

そうなんです」

 

民は胸の前で、パチンと音を立てて手を合わせた。

 

「仕事探しは明後日からなんです。

明日は、実家から荷物が届くんです。

洋服とかこまごましたものを送ったので...。

いいですか?」

 

「僕の許可はいらないって。

近所に何があるか見て回るのもいいと思うよ」

 

「そうします。

迷惑がかからないよう、早く仕事を見つけて、住むところを見つけますから」

 

「慌てなくていいから。

いくらでも居て構わないから」

 

「ありがとうございます」

 

「じゃあ、寝よっか」

 

「はい」

 

照明を消して、2人はキッチンを出る。

 

「おやすみ」と手を上げて、寝室に向かおうとしたチャンミンのTシャツの裾が引っ張られた。

 

「あの...」

 

「ん?」

 

「リアさんとの邪魔をしちゃってごめんなさい」

 

民は寝室のドアを指さす。

 

チャンミンが隣で眠るリアを残して、水を飲みに来たと思っているようだった。

 

実際は、リアはまだ帰宅していない。

 

チャンミンと恋人リアは、すれ違い続きの同棲生活を送っていた。

 

(毎日が独り寝だ)

 

「違っ...」

 

と民の誤解を解こうとしたチャンミンだったが、すでに民は自室のドアを閉めてしまった後だった。

 

 


 

 

T。

 

お前の妹ときたら、何だよ。

 

僕を混乱の渦に引きずり込む。

 

わずか1日で、どうにかなりそうだ。

 

10%は気味が悪い。

 

30%は興味津々、愉快な気持ち。

 

残り60%は...うまく説明ができない。

 

リラックスして会話ができるし、礼儀正しくて表情豊かな子だ。

 

鏡に映るもう一人の僕。

 

血のつながりはない。

 

性別が違う。

 

年齢が違う。

 

性格が違う。

 

僕と生き写しだけれど、自分自身と会話しているかのような錯覚は不思議なことに起きないよ。

 

 


 

 

「おはようございます」

 

コンロに向かっていた民(ミン)は、起床してきたチャンミンの方を振り向いた。

 

「!!」

 

民は、黒Tシャツと昨日と同じ細身のデニム姿だった。

 

「お、おはよう」

 

チャンミンの寝ぼけた頭が、一瞬でしゃきっと目覚めた。

 

(そうだった。

民ちゃんが昨日からうちにいたんだった...)

 

「!!!!」

 

(ミミミミミミミンちゃん!!)

 

目を丸くして、民の着たTシャツに注目しているチャンミンに気付いて、

 

「このTシャツ...変ですか?」

 

と、不安そうに眉を下げる民の様子に、チャンミンは慌てる。

 

「変じゃないよ」

 

(変じゃないけど!

全然変じゃないけど!)

 

チャンミンの顔は真っ赤だった。

 

(民ちゃんは、ブラジャーを付けないのか?

 

乳〇が透けてるじゃないか!

 

そうなんじゃないかと思ってたけど...。

 

民ちゃんって...ペチャパイなんだ...。

 

なんて、本人には絶対に言えないけど...)

 

 

「チャンミンさんって...男の人なんですね」

 

感心したように民はつぶやいた。

 

「え!!!」

 

慌ててチャンミンは、スウェットを履いた下半身に目をやる。

 

(しまった!

油断していつものように起きてきてしまった!

男の朝の生理現象を、見られたか!?)

 

焦ったチャンミンはスウェットパンツをつまんで、腰をかがめる。

 

「いえ。

そこじゃなくて、ヒゲです」

 

「へ?」

 

「泥棒さんみたいな顔になってます」

 

民はくすくす笑った。

 

(そこ?)

 

顎をさするチャンミンに、民は顔を右に左にと見せた。

 

「私には髭は生えてません。

あぁ!

焦げちゃいます」

 

民はフライパンの中身の調理に戻り、チャンミンは洗面所へ向かった。

 

(色白ですべすべの肌だな...。

やっぱり女の子なんだな...)

 

洗面を済ませたチャンミンが戻ると、ダイニングテーブルの上にはすっかり朝食の用意が出来ていた。

 

「オムレツのはずが、炒り卵になっちゃいました」

 

(料理は...下手な方かもしれない)

 

チャンミンは、皿の上に乗った黄色いぐちゃぐちゃを見下ろした。

 

(誰かに朝ごはんを作ってもらうなんて、久しぶりだな...)

 

「あ!

リアさんは?

まだ寝ていらっしゃるんですよね?」

 

寝室の方へ顔を向けた民に、チャンミンは慌てて言う。

 

「明後日まで帰ってこないんだ。

それに、リアは朝ごはんは食べないんだ」

 

「体重管理に命をかけているからな」と、チャンミンは心の中でつぶやいた。

 

今朝、枕もとで点滅する携帯電話に、撮影旅行で3日程留守にする、と簡潔なメールが届いていた。

 

「そうですか...」

 

「リアのことはいいから、食べよう!」

 

「はい」

 

民はリアの席につくと、コンソメスープ(レトルトもの)のカップに口をつけた。

 

1年前までは、チャンミンとリアは毎朝、こんな風にに向かい合って朝食をとっていた。

 

西欧の血が混じった美しい顔と、パーフェクトな身体をもつリアに、見惚れる気持ちをまだ持っていた頃のことだ。

 

(あの頃は、リアの恋人が自分であることが自慢で、幸せだった。

 

彼女の仕事が忙しくなって、帰りが遅くなったり、外泊する日が増えてきて、数日間顔を合わせない日が当たり前になってきた。

 

深夜にベッドに滑り込んできたリアを後ろから抱きしめると、鬱陶しがって僕の腕を跳ねのけられる日もあったっけ。

 

かと思えば、ベッドサイドに置いた僕の携帯電話をチェックしていることもある。

 

褒められた行為じゃなかったとしても、ちゃんと僕のことが気になっているんだと少しだけ嬉しかった。

 

リア以外の女性と浮気なんてあり得ない。

 

リアの方が浮気をしているとか...?

 

リアが、自分以外の男と浮気だなんて絶対にない、と自信があった。

 

どんなに帰りが遅くなろうと外泊が続こうと、リアは必ず僕らの部屋に帰ってきたから。

 

ここは、僕とリア二人の家だ。

 

でも、今はどうなんだろう。

 

これまで僕はリアの帰りを待ち続けてきた。

 

この部屋で一人で過ごす日を積み重ねていくと、それが当たり前になってくる。

 

実は、僕は寂しかったんだろうな。

 

だから、Tからの依頼に渋々な様子を装いながらも、承諾した。

 

「リアが嫌がるのでは?」と一瞬迷ったし、彼女が納得するように何て説明しようか頭を悩ませたけれど、結局は民ちゃんを受け入れた。

 

この停滞した部屋に、新しい風を取り込みたかったのかもしれない)

 

 

(つづく)

 

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【3】NO?

 

 

 

「チャンミンさん」

 

「...」

 

「チャンミンさん」

 

いつの間にか兄Tとの電話を終えた民が、チャンミンの肩を揺らしていた。

 

「あ、ごめん!

ぼーっとしてた、何?」

 

「お風呂を貸してください」

 

「あ、ああ。

どうぞ、自由に使って」

 

チャンミンは民を、バスルームへ案内する。

 

すみずみまで掃除をしたバスルームは、爽やかなレモンの香りがした。

 

「タオルはここ。

シャンプーなんかは、ボトルにシール貼ってあるから。

洗濯機も自由に使っていいよ」

 

「あの...チャンミンさん」

 

「?」

 

「何から何まで、ありがとうございます。

しばらくの間、ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 

深々と頭を下げる民に、チャンミンは慌てて言う。

 

「そんな!

気にしないでいいから。

Tの妹さんなんだから。

いろいろと気付いてやれない時は、遠慮なく言って。

自由になんでも使っていいからな」

 

 


 

 

T。

 

お前の妹には、驚いた。

 

背筋に電流が流れた。

 

鏡の前に立った自分を見ているかのようだった。

 

僕と同じ顔をしていることに唖然とした。

 

それ以上に驚愕したのは、あの子を見て、「美しい」と思ったことなんだ。

 

ナルシシズム?

 

違うって。

 

自分の顔に見惚れているんじゃない。

 

あの子に見惚れているんだ。

 

T、とんでもない子を送り込んできたな。

 

お前の妹だから、うかつなことはできないけれど、あの子を見ていると、妙な気分になるんだ。

 

あの子が女であることが、たまらない気持ちにさせるんだ。

 

 


 

 

喉が渇いて目を覚ました民(ミン)。

 

フローリングに直接敷いた布団のせいで、少し腰が痛かった。

 

民は音を立てないよう引き戸を開けて、リビングをつま先立ちで通り抜けた。

 

(チャンミンさんは何でも自由に使っていい、と言ってくれたから、いいよね)

 

冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出すと、流しに伏せてあったグラスに注いだ。

 

(チャンミンさんの家は、全てのものがあるべきところにあってきちんとしている。

 

お風呂を使わせてもらったときも、私のために新品のボディタオルが用意されていた

し。

大雑把で、声が大きくて、ごついお兄ちゃんの友達だってことが、信じられない)

 

 

民は、冷たい水を飲みながら、キッチンカウンターの上に置かれた電化製品をひとつひとつ見ていく。

 

(置く場所、向きも全部決まってそうだな。

お洒落なデザインだな)

 

使ったグラスをきれいに洗って、食器かごに伏せて置く。

 

(さて、寝直そう)

 

ボトルを元に戻そうと、冷蔵庫の扉を思いきり開いた瞬間、

 

「あでっ!」

「ひゃっ!」

 

ガツンと扉に衝撃が走った。

 

「ああ!

ごめんなさい!」

 

鼻を押さえてうずくまったチャンミンに驚いた民は、おろおろとチャンミンの腕をさすった。

 

「まさか、そこにいらっしゃるとは気づかなくて!」

 

勢いよく開けた冷蔵庫の扉が、チャンミンの鼻に直撃したのだ。

 

「鼻血!?」

 

民はカウンター周りを見回し、目についたものをつかんでチャンミンに手渡した。

 

「ごめんなさい!」

 

「だ、だいじょうぶ...だから」

 

(どうしよう!)

 

「鼻...折れましたか?」

 

チャンミンは、押し当てていた布を鼻から放すと、心配そうに見守る民に見せた。

 

「ほら、鼻血は...出てないよ」

 

「よかったぁ」

 

民は、よろめきながら立ち上がるチャンミンの腕を支えた。

 

「あ」

「あ」

 

2人の視線が真正面からぶつかって、一瞬互いにギョッとする。

 

肉眼で自分の姿を見る経験は、あり得ない。

 

あり得ないが、この2人の場合はあり得ることで、30センチの距離に自分自身がいるとなると、混乱する。

 

(目の前に、僕がいる!)

 

(ドッペルゲンガーを見てしまうって、こんな気持ちになるのかもしれない!)

 

白いTシャツに黒のレギンスを履いた民と、同じく白いTシャツに黒のスウェットパンツを履いたチャンミン。

 

はた目から見れば双子だ。

 

赤の他人同士の彼らは、自身のそっくりさんが目の前にいることに慣れていない。

 

「くくくく」

 

民がとっさに渡したものがオーブンミトンで、そのことがチャンミンは可笑しくてたまらなかった。

 

「何が面白いんですか?」

 

民はムスッとする。

 

(へぇ、僕がむくれると、こんな顔になるんだ)

 

民と同じく、喉が渇いて起き出してきたチャンミンは、グラスに注いだミネラルウオーターをごくごくと飲み干す。

 

「民ちゃんは、身長はいくつあるの?」

 

チャンミンは、キッチンカウンターに並んでもたれる隣の民に尋ねる。

 

レギンスに包まれたほっそりとした、長い脚。

 

小ぶりな膝と細い足首、黒のペディキュア。

 

知らず知らずのうちに、民の姿を観察してしまう。

 

身長に触れられることが嫌なのだろう、鼻にシワをよせた民は消え入りそうな声で答える。

 

「183センチです...多分」

 

(去年受けた健康診断の時より、伸びていなければ183のままのはず!

お願い、もう伸びないで)

 

「高いね」

 

(顔が小さいし細いから、そんなに身長があるとは思わなかった)

 

「でか過ぎですよね、女のくせに。

コンプレックスなんです。

小さい女の子になりたいんです」

 

うつむいて、拗ねた風に話す姿が可愛らしい。

 

「いいんじゃない、そのままで」

 

「ホントですか!

チャンミンさんにそう言ってもらえると、嬉しいです」

 

(照れ笑いが可愛いな...って、おい!)

 

ほっそりとした指で、長い前髪を耳にかける民の仕草に、チャンミンはドキリとする。

 

(自分を見ているかのようなのに、自分そのものなのに、それに見惚れるなんて)

 

優しいカーブを描いた肩から長い首を上に辿ると、うなじの生え際が内巻きになっているのを見つけてしまって、再びドキリとした。

 

「どうしました?」

 

チャンミンのくいいるような視線に気づいた民が、チャンミンの方を向く。

 

「い、いや!」

 

どもるチャンミンに、民は困ったように微笑を浮かべた。

 

「似てますか?」

 

民は自身の後ろ髪を手で撫でつけた後、その手をチャンミンの方へ伸ばした。

 

「ちょっと見せてください」

 

「ひっ!」

 

チャンミンの肩がビクッと震えたのを見て、民は口を尖らせた。

 

「そんなに怯えないでください」

 

(怯えたんじゃないよ。

ゾクッとしちゃったじゃないか)

 

民の指先が、チャンミンのうなじの生え際をまさぐる。

 

「ひぃっ」

 

(くすぐったい、くすぐったい!)

 

「へぇ。

髪の生え方も...一緒ですねぇ。

ほら、私のここを見てください」

 

チャンミンの目の前にさらされた民の首筋に、どきまぎしながら彼女の指さす箇所を見ると...。

 

「ホントだ!」

 

民が人差し指で、耳のうしろをちょんちょんと指した。

 

「ここがね、くるんってはねるのが嫌なんです。

子どもの頃、伸びてくるたびハサミで切ってましたから」

 

顔を近づけたことで、自分と同じシャンプーの香りを吸い込んで、チャンミンは妙な気持ちになった。

 

(見た目も、匂いも一緒だなんて...どうしたらよいか分からなくなる)

 

チャンミンは民のうなじから目が離せない。

 

(今日初めて会ったばかりなのに、こんな風に気楽に会話ができるなんて。

同じ姿形をしているせいなのかなぁ。

それにしても、笑顔が可愛いな...って、おい!)

 

 

 

(つづく)

 

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【2】NO?

 

~君との出逢い(2)~

 

 

「この部屋を使って。

物置に使ってたから、散らかってるけど」

 

フローリング敷きの6畳間の部屋の隅に、衣装ケースと段ボール箱が寄せられている。

 

換気のため開けておいた掃き出し窓からそよぐ風が、無地のカーテンを揺らしていた。

 

「エアコンのリモコンはここ。

悪いんだけど、テレビはないんだ」

 

室内に入ると、民の容姿がよりリアルに目に映るため、どぎまぎしたチャンミンは説明に専念した。

 

「クローゼットも引き出しも空いてるところ、自由に使ってくれていいからな」

 

「いい部屋ですね。

ありがとうございます」

 

細く長い脚を折って正座をした民は、立ったままのチャンミンを見上げてにっこりと笑った。

 

「......」

 

再び、チャンミンの息がぐっと詰まった。

 

「敬語はやめよう。

兄妹設定だから」

 

「了解です」

 

「疲れただろ?

横になってもいいし...。

布団を干したばかりだから、気持ちいいよ」

 

チャンミンは前日のうちに、民を迎え入れるためひと汗かいていた。

 

掃除機をかけ、シーツは洗濯した。

 

同棲する彼女の服や靴、雑誌が堆積していたので、それらをまとめて箱に詰めた。

 

ひと拭きごとに黒くなるタオルを見て、ここに越してきて以来、初めてのガラス拭きであることに気付いた。

 

あの頃のワクワクとした気持ちはもう、思い出せない。

 

『同棲』という甘い響きに憧れていた頃。

 

リアと同じ屋根の下で暮らせる幸せ。

 

スーパーで一緒に買い物すること。

 

リアと同じベッドで眠ること。

 

「おかえり」「ただいま」を言い合うこと。

 

ささいなことが、くすぐったく幸せだったことも、過去の話だ。

 

 

 

 

「お言葉に甘えて、お昼寝します」

 

チャンミンには、『お昼寝』という言葉が微笑ましかった。

 

「夕飯の時間になったら、起こすよ」

 

チャンミンは、シーツを敷く民(ミン)を手伝ってやる。

 

「チャンミンさん、やっと笑いましたね」

 

「え?」

 

「私のことを、お化けでも見るかのような目で見ていたでしょう?」

 

「あ...」

 

民に指摘されて、チャンミンは無遠慮に彼女のことを観察していた自分に気付く。

 

「見慣れました?」

 

小首をかしげて微笑んだ民。

 

柔らかそうな髪から、つんと立った両耳がのぞいている。

 

(に、似てる...)

 

パーツのひとつひとつが酷似していた。

 

「あの...、チャンミンさん?」

 

言いにくそうな民。

 

「ん?」

 

「あの...着替えたいのですが?」

 

「ゴメン!」

 

赤面したチャンミンは、慌てて部屋を出た。

 

(同じ顔をしているから、つい忘れそうになるけど、

この子は女の子だったんだ!)

 

両耳が、カッと熱かった。

 

 

 

 

チャンミンはTに電話をかける。

 

「びっくりしただろ?

民の奴、お前に激似なんだって。

俺も初めて会ったときは、フリーズしたよ。

『チャンミンが妹になるなんて、よしてくれ』って思ったんだ」

 

いたずらをしかけて成功した小学生のように、楽しそうな声のT。

 

「お前の妹としても、弟としても通用するから、

お前の彼女がヤキモチ妬くことはないよ」

 

(ヤキモチなんか妬くもんか。

「同棲している」を連呼してたけど、

実際の僕らは、もう終わっている。

最後にセックスをしたのは、一体いつだったか思い出せない)

 

 

「ああ...分かった...じゃあな」

 

電話を切って顔を上げると、民が戸口の前で突っ立っていた。

 

大きなTシャツの下から、黒のレギンスに包まれた細い脚が突き出ている。

 

「ごめん、起こした?」

 

「いえ、ぐっすり眠れました。

ありがとうございます」

 

チャンミンは、薄いTシャツ越しの民の胸の辺りに目をやってしまう。

 

(何を確認しようとしてるんだよ?)

 

民がチャンミンの側を通り過ぎる時、民の後頭部の髪が何房かはねているのに気付いた。

 

チャンミンは、民の髪に手を伸ばしていた。

 

「どうも」

 

チャンミンの手が頭に触れても動揺することなく、民は頷いただけだった。

 

動揺していたのはチャンミンの方だった。

 

民の髪に手を伸ばした自分の行動が、あまりに自然だったことに動揺していた。

 

(あまりに似ているから、まるで自分の身体のように、彼女に触れてしまった)

 

 

チャンミンと民は、ダイニングテーブルについていた。

 

「できあいのものばかりで悪いんだけど」

 

民の好みが分からないチャンミンは、何種類もの総菜をスーパーで購入してきた。

 

「お皿に移しかえるなんて、チャンミンさんはきちんとされている方なんですね」

 

(リアだったら、こんな小さなこと絶対に気付かない。

民ちゃんが座っている席には、普段はリアがいる。

もっとも、僕らが共に食事をすることはほとんどなくなった。

僕が帰宅する前にリアは出かけてしまい、僕が出かけた後にリアは帰宅する)

 

「リアさんは、お仕事ですか?」

 

「は?」

 

急に同棲相手の話が出て、チャンミンはむせてしまった。

 

「リアさんに申し訳ないです。

彼氏さんと住んでいるところにお邪魔しちゃって」

 

民は眉をひそめる。

 

「あいつは、ほとんど家にいないから、気にするな」

 

チャンミンは、民がしばらくここに寝泊まりする件を、リアに話していなかった。

 

典型的なサラリーマンのチャンミンと、自由業のリアの生活時間帯が重なることがまれだった。

 

すれ違い続きで、滅多に顔を合わせないくせに、嫉妬深いところがあるから、トラブルの種になりそうな今回の件は、伝えづらかった。

 

(兄妹として通すのが、最善かもしれない)

 

「リアさんは、どんなお仕事をされているんですか?」

 

「...モデルをやってる」

 

チャンミンは口ごもった後、渋々答えた。

 

「へぇぇ」

 

目を見開いて驚く民。

 

「モデルさんなんですか。

そうしたら、二人が並んで歩いたら、美男美女で周りは振り向くでしょう?

チャンミンさんも背が高くてかっこいい...」

 

と、民はそこで言葉をきると、苦笑いをした。

 

「チャンミンさんを褒めると、まるで自画自賛しているみたいで恥ずかしいですね」

 

「僕が君を褒めたら、やっぱり自画自賛になるね」

 

チャンミンと民は顔を見合わせて笑った。

 

チャンミンは、民の笑顔から目が離せずにいた。

 

(この子はきっと、素直に育ってきたんだろうな。

笑顔を見れば、そんなことすぐわかる。

それに、感動するくらい目が綺麗だ。)

 

民はチャンミンが用意した夕飯を、きれいに平らげた。

 

「私は居候なんです。

せめてこれくらいさせてください」

 

と、食卓の片づけを買って出た。

 

民がこちらに背を向けているので、チャンミンは遠慮なく彼女を観察していた。

 

長い前髪を耳にかける仕草や、半袖から伸びた腕がしなやかだった。

 

背も高いし、言われなければ男性として通るかもしれない。

 

黒のペディキュアが塗られた裸足の脚に視線を移す。

 

(そうだった、この子は女の子だったんだ。

僕と同じ目鼻立ちをしていて、

これで他人なんだから)

 

テーブルに置かれた携帯電話が震えた。

 

「はいはーい」

 

民は、Tシャツの裾で濡れた手を拭って、電話に出る。

 

「あ~、兄ちゃん?

うん...すごくいい人だよ...そうなの!

びっくりした!」

 

チャンミンとの時と違って、くだけた口調で、高いトーンで会話をする民。

 

まだ初日だから仕方ないが、民とこんな風に言葉を交わせるようになりたいと、チャンミンは思ったのだった。

 

 

 

(つづく)

 

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【1】NO?

 

 ~君との出逢い(1)~

 

 

「悪いな」

 

「一か月だけだぞ」

 

同級生Tに平身低頭で頼まれ、チャンミンはしぶしぶ首を縦に振るしかなかった。

 

「僕だって同棲中なんだぞ」

 

「悪いな。

うちには空いてる部屋がないんだ。

赤ん坊も生まれそうだし」

 

Tの妹が、就職活動のため都会に出てくるとか。

 

ところが、Tには3歳になる三つ子と、さらに臨月のお腹の妻もいて、家の中が戦場状態で、とても妹を迎え入られる状況ではなかった。

 

そこで、2LDKと余裕のある部屋に住むチャンミンに白羽の矢が立ったのだ。

 

「お前に妹がいたなんて初耳なんだけど」

 

「話したことはなかったからな。

母親の再婚相手の連れ子なんだ。

会ったら驚くぜ」

 

「体重100キロだとか?

それとも、超美人だとか?」

 

(だったら、嬉しいな...

いや、それはマズイ。

もめごとの種になる)

 

「そのどちらでもない。

会ってからのお楽しみだ。

これが、妹の電話番号だ。

来週あたりに、来させるから」

 

ニヤニヤ笑うTと駅で別れると、チャンミンはため息をついた。

 

(面倒なことに巻き込まれた。

Tは昔から強引な奴だった)

 

気持ちを重くさせるTからの依頼だったが、わずかながらも好奇心もかきたてられた。

 

(ヒゲが生えてるんじゃないかくらいの、男みたいな女も嫌だな)

 

そして、一週間後、チャンミンは同級生の妹との初顔合わせで、息が止まるほど驚くことになる。

 

 


 

 

待ち合わせの最寄り駅の改札で待ち合わせることにした。

 

電話で聴くTの妹の声は、女性にしては低めで話し方も落ち着いていて、チャンミンは安心した。

 

キャピキャピした子だったら、ますます気が重くなってたところだ。

 

トレーナーにデニム、スニーカーといったラフな格好のチャンミンは、この日は有休をとっていた。

 

Tの妹が、チャンミンの部屋にやってくる日で、一か月は滞在するとなると荷物も多いだろう。

 

平日の昼間とあって、改札口を通る人もまばらだった。

 

改札口を正面から眺められる、駅前のモニュメント前の土台にもたれて待つことにした。

 

(なんだかんだ言いつつも、ちょっと楽しみだったりして)

 

チャンミンが分かっていることは、

 

1.若い女だということ、

2.Tには似ていないこと、

3.肥満体でも美人でもないこと。

 

針のように痩せている、革ジャンを着た刈り上げヘアのあの子か...?

 

男だったか...、違う。

 

赤いキャップをかぶった、厚底スニーカーのあの子か...?

 

可愛いから、違う。

 

電車が到着するたび、改札口に流れてくる人波に目を凝らす。

 

待ち合わせ時間5分前。

 

改札を抜けたその子は、真正面に立つチャンミンが待ち合わせの者だとすぐに分かったようだ。

 

(え!?)

 

グレーのパーカーにデニムパンツ、スニーカー姿だった。

 

(え!?)

 

荷物は、リュックサックひとつだけ。

 

(おいおい)

 

女性にしては背が高かった。

 

(おいおいおい!?)

 

早足でチャンミンの元へ近づく。

 

(おいおいおいおい)

 

チャンミンが驚いたのは、彼女の背の高さでも荷物の少なさでもなかった。

 

ボーイッシュな格好でも、痩せ気味で、髪が短いことでもなかった。

 

意志の強そうな眉と二重瞼。

 

秀でた額と、通った鼻筋。

 

高い頬骨と、頑固そうな顎。

 

(ちょっと待ってくれよ!)

 

彼女は、チャンミンそのものだった。

 

まるで、鏡に自分を映しているかのようだった。

 

唯一違うところは、彼女の場合は真ん中で分けた前髪が、耳にかけられるほど長いところ。

 

チャンミンの正面に立つと、身長差は5センチほどだと分かる。

 

チャンミンの顔をじぃっと眺める。

 

二重瞼の大きな丸い眼。

 

「チャンミンさん、ですね?」

 

電話越しで聴いたとおり、低めの声。

 

「......」

 

「兄が話していた通りですね。

私によく似ています」

 

驚愕のあまり、チャンミンは息が詰まって言葉が出ない。

 

(似ているどころのレベルじゃない。

不気味なほど一緒じゃないか!

“女性版チャンミン”じゃないか!)

 

「名前はチャミ子といいます」

 

「えぇっ!」

 

「冗談です」

 

「えっ?」

 

「民(ミン)です。

兄から聞いていませんでしたか?」

 

(あいつめ。

肝心なことを教えてくれないんだから)

 

よりによって、二人とも似たようなファッションだったため、並んで歩くと“双子感”が増した。

 

チャンミンは、ついつい隣を歩く民に目をやってしまう。

 

長い首も、横顔のラインも、驚くほど同じだった。

 

同じだけれど、よく見ると民はちゃんと女性に見えた。

 

「一卵性双生児みたいですね」

 

「え?」

 

「性別が違うからあり得ませんけど」

 

無言で歩いていた民が、口を開く。

 

「私も驚いてます」

 

淡々と話すから、驚いている風には全然見えない。

 

「実は生き別れの兄妹です、ってことはあり得ませんので、安心してください」

 

「はぁ」

 

「兄と初めて会ったときも、兄はとても驚いていました。

口をぽかんと...開けて。

『チャンミン』って私のことを呼びました」

 

くすくすと彼女は笑った。

 

きりっとした眉が一気に下がって、左右非対称に細められた目。

 

(に、似てる)

 

「だから、一度チャンミンさんを見てみたかったんです。

どれくらい似てるのか...」

 

笑った表情がどんなだか、鏡で確認することは案外ないものだ。

 

写真に撮られた笑顔の自分と民が、あまりに似ていてチャンミンは感動すら覚えていた。

 

民の二重瞼は長いまつ毛に縁どられ、その下の薄茶色の瞳が澄んでいた。

 

青みを帯びた白目には濁りがなくて、チャンミンは見惚れていた。

 

(綺麗だな...って、おいおい!

自分に見惚れてどうするんだよ!)

 

チャンミンは、そんな自分の気持ちを打ち消そうと、首を振った。

 

(この子を見ていると、おかしな気分になる)

 

「チャンミンさんは、彼女さんと暮らしているんですよね」

 

「ああ」

 

「彼女さんの名前は?」

 

「...リア」

 

最初の一言が喉にひっかかってしまった。

 

(リアの名前を口にするのが、こうも気が進まないこととは)

 

「リアさん、ですね。

了解です」

 

そう言った後、民は考え事をしているのか、しばらく無言だった。

 

「これだけ似ていれば、兄妹で通じますね。

リアさんには、兄妹って伝えてます?

それとも従妹ですか?」

 

チャンミンのマンション前に到着し、二人がぴたりと立ち止まった時、民はそう尋ねた。

 

 

 

(つづく)