【BL短編】僕といて幸せだった?

 

 

僕はシベリアンハスキー。

 

僕のご主人は、チャンミンという男の人だ。

 

ご主人が十何歳かの時に、子犬だった僕がご主人の元へやってきた。

 

(僕は犬だから、人間の年齢のことはよくわからない。

僕のご主人は、年をとってもずーっとご主人だ)

 

飛びついたり、吠えたり、噛みついたり、めちゃくちゃに走ったり、ものを壊したり、僕はご主人をいっぱい困らせた。

 

僕はワンパクだったからね。

 

でもね、

 

今は走りたくないんだ。

 

吠える元気もないんだ。

 

白内障、とかで、ご主人の顔もよく見えないんだ。

 

近頃、ご主人が優しすぎて僕は困ってしまう。

 

おしっこを失敗しても怒らないし、

 

僕の大好きなクリームパンを食べさせてくれるんだ。

 

どうしちゃったの?

 

困っちゃうよ。

 

ああ...。

 

眠いなぁ...。

 

全くもって、眠いなぁ。

 

僕の頭を、ご主人が撫ぜてくれる。

 

気持ちいいなぁ。

 

幸せだなぁ...。

 

僕のご主人がチャンミンで、本当によかったなぁ...。

 

 

 

 

...なんて思っていてくれたらいいな。

 

僕は君にぴたりと身体をつけて横たわっていた。

 

ピンクと黒のまだら模様の鼻はカサカサに乾いている。

 

毛皮のお腹をかいてやる。

 

お腹がゆっくりと上下している。

 

その動きも、次第に弱々しくなっていくだろう。

 

クリームパンをあげようか?

 

好きだろ?

 

ポテトチップスもピザも、なんでも食べていいんだからな。

 

枯れ草みたいな匂いがする、君の喉元に僕は顔をこすりつけた。

 

君が僕にするみたいに。

 

君が見ている夢の世界に、僕はするりと飛び込んだ。

 

 

君は僕を後ろに従えて、力強く、気持ちよさそうに走っていた。

 

ピンと尖った耳、シルバー色の艶やかな毛皮。

 

馬鹿力の君にめちゃくちゃに引っ張られて、つんのめった僕は転んでしまった。

 

自由を得た君は、散歩紐を引きずって公園内を走り回っていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

後に僕の恋人となる人...ユノが、駆け寄ってきて立ち上がる僕に手を貸してくれた。

 

君が繋いだ「縁」だよ。

 

ユノのTシャツの上でおしっこをして、僕に怒られた。

 

ユノは大笑いしていた。

 

僕とユノが眠るベッドに勢いよくダイブしてきて、僕に怒られた。

 

大事にしていたプラモデルのコレクションを、バラバラにぶち壊された時は、僕は泣きそうだった。

 

ヤキモチだったんだろ?

 

大丈夫だよ。

 

君への愛情は減ってないから。

 

君に甘いユノは、笑うばかり。

 

休日の昼下がり、読書をする僕らの間に陣取って、

 

君はユノの膝に頭を、僕の膝にはお尻をのっけて、悠々と昼寝をしていた。

 

月に一度のシャンプーが大嫌いだったよな。

 

大暴れする君を、僕とユノで抱きかかえてやっとのことで、連れていったよな。

 

太りすぎたから、「人間の食べ物」が禁止になって、犬用ビスケットが唯一のおやつだったね。

 

今ならいいよ。

 

アイスクリームでもなんでも、食べていいからな。

 

どうして君は、僕らと一緒に年をとってゆけないんだろう。

 

僕を見上げる瞳は、水色で綺麗だった。

 

僕を頼り切った、疑いのない目。

 

君は僕から目を反らさない。

 

君は絶対に、僕を裏切らない。

 

そう。

 

君は僕がいないと生きていけないんだよな。

 

まぶたは閉じられてしまい、もう白く濁った瞳は見えない。

 

鼻の下に指を当てると、よかった、温かい湿った空気。

 

 

「チャンミン...。

今夜もそこで寝るのか?」

 

僕の恋人ユノは、君を挟んで横たわった。

 

ふわりとかけた毛布に、僕と君とユノは包まれた。

 

 

僕は君と十数年過ごした。

 

君のためにもっとしてあげられたことは、あったのかな。

 

君は幸せだったかい?

 

僕はいい飼い主だったかい?

 

君の尻尾が、パタパタと床を叩く。

 

よしよし、いい子だ。

 

君は最高の犬だったよ。

 

生まれ変わって、僕らの元にまた戻っておいで。

 

3人で散歩をしよう。

 

待ってるからな。

 

 

(おしまい)

 

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(後編)交わした契り、四月の雪

 

 

罪の意識が、俺を興奮させ猛々しくさせるのだろうか。

 

女のように尻を突き出すあなたを抱くことは罪なのか。

 

高級な身体に触れるのは、土で汚れひび割れて、硬い俺の手なのだ。

 

 


 

 

あなたの二度目の縁談が決まった夜、俺は荒々しくあなたを抱いた。

「安心しなさい」

あなたは俺をなだめた。

「あなたがいなくなってしまったら、自分はどうかなってしまいます」

最初の結婚の時は、淡い恋心だった。

契りを交わした今となっては、この離別は想像を絶する痛みを伴う。

 

遠い遠い彼の地へあなたは行ってしまう。

「わたくしは、必ず戻ってきますよ」

あなたはそう言うが、果たせない契りだ。

 

「...不可能です...」

「口にしてはいけません」

しーっと、あなたの細指が俺の唇に押し当てられた。

「わたくしは交わした約束を、必ず果たす人間です」

あなたが何を言おうとしているか察した。

「魂...となって?」

「そうですよ、魂なら千里を越えて会いに来られます」

 

寒気が走った。

「菊花の約(ちぎり)ですか?」

「覚えていましたか」

あなたは、くすくすと笑った。

「駄目です!

死んでしまったら意味がないでしょう?

俺が赦しません!」

俺はあなたの肩をつかんで揺すった。

「肉体が足かせとなることもありますでしょう?」

「あなたのために、俺が魂となります」

「それはいけません。

ゆのが死んでしまったら、意味がないでしょう」

 

俺の肩に顔を伏せ、あなたはそう言った。

俺はあなたのために、身も心も捧げたい。

 

​・

 

 

俺たちの恋は、成就することはない。

俺は諦めかけていた。

 

 


 

 

今朝降った、季節外れの雪は溶けてしまった。

擦り切れた畳の寝床を見るのも、これが最後だ。

名残惜しい気持ちはない。

俺の気持ちは固まっていた。

 

 

 

 

皆が寝静まった頃、ガラス戸をコツコツと叩く音がする。

黒い外套を羽織ったあなたが、忍び込んできた。

大きな風呂敷包みを抱えている。

俺はあなたを引き寄せ、唇を吸う。

俺たちの足元に、外套と風呂敷包みが落ちる。

性急にあなたの着物を引きはがす。

白足袋を履いたままのあなたのふくらはぎに、舌を這わせた。

この後、俺の決心を聞いたあなたの返事が怖かった。

不安を打ち消すように俺は、うなじに、肩に、腹部に俺は接吻の道筋をつけた。

 

最後に平らな...肉体労働など縁のない...白い胸に顔を埋めた。

 

そこだけ柔らかな、桜色の小さな膨らみを吸って、噛んだ。

あなたの腰を引き寄せて、指で愛撫する。

俺たちは立ったまま繋がった。

(これが最後です)

 

ガラス張りの空間は、俺の呻きとあなたの甘い悲鳴...湿った破裂音だけ。

あなたは俺のうなじを撫でたかと思うと、ぎゅうっと後ろ髪をつかんだ。

髪がひっぱられる痛みすら、快感だった。

 

のけぞるあなたの喉を吸った。

 

あなたは俺の肩を噛む。

昨夜もそうだったように、俺は涙を流していた。

(もし、あなたに断られたら、

常夏の、天国のようなこの場所で、あなたを抱くのは今夜が最後になります)

 

 

「ハサミを用意してくれましたか?」

ぎりぎりまで燈心を絞った洋燈の灯りに、あなたの真剣な顔が照らされていた。

「渡すことはできません」

あなたはそれで、喉を突くつもりだ。

「いいから渡しなさい!」

「それはできません!」

制止する俺を振り切って、あなたはハサミを手にする。

そして、鷲づかみにした髪を、じゃきじゃきと切り始めた。

一切のためらいもなかった。

切り落とされた黒髪が、束になって床に落ちる。

取り巻くしがらみを、ばっさりと切り捨てるかのように、潔い行動だった。

 

最初の婿入りの時さえハサミを入れなかった、長く美しい黒髪だ。

「出家なさるおつもりですか?」

「まさか!」

あなたは可笑しくてたまらないといった風に、ころころと笑う。

「わたくしは欲深い男です。

禁欲の世界なんぞ、ごめんです」

たまらなくなった俺は、あなたの名前を呼んだ。

「俺と...逃げてください」

「ゆの...」

「俺と、行きましょう。

​ここから出ましょう!」

決心の言葉を叫んだ。

俺の叫びをきくと、あなたは裸のまま立ち上がり、風呂敷包みの結びを解いた。

「ゆのも着替えなさい」

メリヤスの詰襟シャツを頭からかぶり、着物と袴を身に着けた。

白足袋を脱いで紺色のそれに履き替えた。

「兄のものを失敬してきました」

あなたに急かされ、俺も木綿の着物に袖を通す。

「女の格好は、今夜でお終いです」

そして、二人の書生姿が出来上がった。

「あの中に入れてしまいます」

ひと抱えもある陶器の鉢を指さした。

今日の昼間、俺が中身を掘り出したものだ。

あなたの贅沢な着物も、俺の粗末なそれも、あなたが切り落とした髪も全部、この中に放り込んだ。

最後に脇によけておいた土をかけ、植え付けられていた苗木も元に戻した。

「庭を掘り起こしたりしたら、目立ちますでしょう」

泥だらけになった手で、汗を拭ったから、あなたの白い顔が黒く汚れてしまった。

汗が浮かんだ俺の額も、愛しいあなたの手で拭われた。

「わたくしたちの想いは、同じでしたね。

​夜が明けたら、行きましょう」

「夜のうちに、出た方がよいのでは?」

「暗闇では、洋燈の灯りでかえって目立ちます。

​つまずいて怪我をします」

冷静なあなたの判断に、俺は吹き出してしまった。

ざんぎり頭のあなたが美しかった。

贅沢三昧だったあなたが、これからの生活に耐えられないのでは、という不安は一切なかった。

あなたならやり抜く。

「当分の間は、これでしのげるはずです」

あなたは袂に忍ばせていたものを、俺に見せる。

宝石がはめられた髪飾りと真珠の首飾り、そして金時計。

「ふふふ、父の物も失敬してきました」

「あなたときたら...大胆ですね。

あなたのものと比べたら、うんと少ないですが。

俺も貯めてきたんですよ」

あなたは、笑った。

「わたくしは生き抜きますよ。

魂になんてなるものですか」

 

「死んでしまったら意味がない...でしたよね」

 

「その通りです」

「あなたの魂も肉体も、両方必要です」

「わたくしと同じ想いですね」

あなたは俺に頬をよせた。

「居が決まってからも、わたくしは男です。

ゆの、いいですか?

間違っても『坊っちゃん』と呼ばないように。

分かりましたか?」

「では、なんとお呼びすれば?」

「そうですね。

昌珉...そのままで呼びなさい。

それから、ゆの。

敬語は止めなさいね」

 

「はい。

それにしても...あなたは...。

ずいぶんと、

美少年に仕上がりましたね。

もっと深く帽子を被った方がよろしいですよ」

「ゆの、貴方もよく似合っててよ」

「では、行きましょうか」

あなたの手を握ると、立ち上がった。

「男同士が手を繋いでいたら、おかしいですか?」

「まさしく、禁断の恋、そのものですね」

俺たちは顔を見合わせて笑った。

俺たちの恋は、悲劇の物語にはしない。

決して。

 

 

 

(おしまい)

 

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(前編)交わした契り、四月の雪

 

 

 

泣きながらあなたと抱き合った。

ひざに跨ったあなたの胸にしがみついて、俺は泣いた。

口づけを交わしたまま、あなたの帯を解く間ももどかしかった。

見つかるわけにはいかないから、暗闇の中、手探りで愛し合う。

暗闇だからこそ、聴覚と触覚、嗅覚が研ぎ澄まされた。

あなたの香りを、胸いっぱい吸い込んだ。

俺が動くたびに、あなたは淫らな吐息をを漏らす。

俺とあなたはひとつになって陶酔の世界に沈み込む。

あなたに思いのたけを、俺の恋情をぶつけるかのごとく、深く腰を突きあげる。

俺は溺れていた。

二度と浮上できないほど、のめりこんだ恋だった。

 

 


 

 

目に飛び込んできた景色が真っ白だった。

夢みたいで、騙されたみたいで、俺はあっけにとられて惚けていた。

四月も半ばだというのに、雪が降っていた。

贅沢に石炭を焚いたこの空間は、湿気をおびた温かな空気に満ちている。

所狭しと様々な大きさの鉢が並べられ、団扇ほどある丸葉や細く尖った葉の、奇怪な植物たちが植えられている。

鉄格子にはめられたガラス板が、白く曇っていた。

雪景色と、熱帯生まれの植物。

けだるい俺のそばには、俺の愛しい人。

桜が満開だというのに、雪もちらついて。

まるで天国みたいだった。

天国とは、こんな場所をいうんじゃないかな。

永遠に閉じ込められたい。

苔むしたレンガの上に転がっていたあなたの草履を、揃えなおした。

毛布がもぞもぞと動き、あなたも目を覚ます。

黒髪が、肩を滑ってさらさら落ちた。

あなたの長髪を留めていた髪飾りを外したのは、昨夜の俺だ。

俺が持ち込んだごわごわ固い、粗末な毛布からあなたの白い肩がのぞく。

事情を全て知り尽くした、口の堅い女中が間もなくあなたを迎えに来る。

俺が解いた帯を締め、着物を整えるために。

あなた自身では、着つけることのできない、豪奢な絹の着物を。

そして、あなたのつややかな髪を結いに。

あなたは甘くとろけるような顔を、瞬時にきりりと引き締めた。

「ゆの」

身支度をする俺に、あなたは声をかけた。

「今夜までに、あの鉢を空けておいて下さる?」

「空に、ですか?」

ひと抱えほどある、白地に藍色の桔梗を描いた陶器の鉢だ。

そこには、昨年あなたと植えた桜の苗木が植わっている。

年中むせかえるほど暖かいこの空間にあって、この桜は花をつけられずにいる。

「空っぽにしておいて。

​それから、裁ちばさみを用意してください」

「はさみ、ですか?」

「今夜、必要なのです」

「今夜に?」

あなたの意図が分からないまま俺は頷いた。

 

「手紙は全部、燃やしてください」

「はい」

「今夜までに」

あなたは念を押す。

「今夜、ですね」

「今夜も逢いましょう」

淡い笑顔を見せると、女中に急かされて、あなたはガラスの部屋を出ていった。

俺たちの逢引は、今夜が最後になる。

身分違いの逢瀬を繰り返していた。

あなたはここを出る。

意に沿わない婚姻のため。

俺のような身分の者が、決して足を踏み入れることのできない世界へ。

どれだけ背伸びをしようと、千切れるほど手を伸ばしても届かない場所へ、あなたはいってしまう。

 


温室へ続く小道の雪を除け、芝生に散った花びらをかき集めていた。

狂ったように咲き乱れた末、はらはらと散る桜と、水気を含んだ白い雪。

吐く息は白く、熊手を握る指先がかじかむ。

風呂を沸かすかまどで、手紙を焼きながら、あなたとの出会いを思い出していた。

 

​・

 

あの時のあなたは、菫色の矢絣の着物にえんじ色の袴といった女学生のような恰好をしていた。

腰までの髪を、濃紺色のリボンで結んでいた。

俺の傍らに立って、興味深そうに芝生を刈る様を眺めていた。

「ゆの」

命令することに慣れた、勝気そうな声で俺を呼んだ。

「お前は、約束を必ず守る人間ですか?」

「約束...ですか?」

唐突な問いかけに、俺は働く手を休め、屈んでいた腰を上げた。

「想像してください。

自分の肉体が邪魔なゆえ、約束を果たせそうになかった時。

男の方というのは、肉体を捨て、魂となって、恋人の元へたどり着く覚悟はおありなんでしょうか?」

「魂というと、命を落として...ということでしょうか?」

「ええ。

人の姿をした死霊となって、恋人に会いに行くのです。

肉体は何かと制限がありますでしょう?」

子供が語るには、大胆でおどろおどろしい内容だった。

おそらくあなたは、誰かに恋をしていたのだろう。

裏切られるようなことがあったのかもしれない。

「上田秋成ですか?」

「まあ!」

目が見開かれ、丸く開いた柔らかそうな唇から、白い歯がのぞいていた。

すかさず俺は、

「雨月物語」と言うと、

「菊花の約(ちぎり)」と、あなたも応えた。

「俺は男色ではありませんが」

一歩踏み込んで口にしてみる。

世間知らずの子供が、どこまでついてこられるのだろうと、愉快な気持ちだったから。

「お前は美形なのに、男色じゃないのですね」

あなたはころころと笑った。

 

「男色に興味があるのですか?」

 

もっと踏み込んで問うてみる。

 

「...さあ。

どうでしょうか」

 

あなたは意味ありげにほほ笑んだ。

「お前は、本を読むのですか?」

周囲には、読み書きの出来ない者も多かった。

 

活字に飢えていた俺だが、書籍など買う余裕もあるはずなく、焚きつけに使う古新聞を分けてもらっていた。

「肉体を捨てて、身軽な魂になりたいものです」

あなたはつぶやき、俺は応える。

「死んでしまったら、意味がないのではないでしょうか?」

「その通りですね」

「菊花の約」は、「雨月物語」に収録されている、義兄弟の契りを交わした赤穴と左門の悲劇の物語だ。

武士の赤穴は、左門と菊の節句には必ず再会すると約束を交わす。

しかし、捕えられてしまった赤穴は、左門の元へ行くことができなくなってしまった。

そこで赤穴は、約束を果たすため自害し、霊魂となって左門に会いに行く。

この会話を交わした十年後、まさか彼らの悲恋に俺たちの境遇をなぞらえることになるとは。

あなたは、柔らかな懐紙に包んだものを、土に汚れ、皮膚が固くなった俺の手の平に載せた。

「琥珀糖です」

腹を空かせた子供に駄賃を握らせるかのように、俺にくれた。

 

その夜、使用人たちがいびきをかいて雑魚寝する中、俺は頭までかぶった布団の中で、琥珀糖を口に含んだ。

桜葉の砂糖漬けが入った、指の間でほろりと崩れてしまう程の儚げな菓子だった。

俺のような身分の者には、旨さが分からない上品な菓子だった。

あなたは触れることなどとんでもない、遠くて貴い存在だった。

みじめだった。

 

 

 

その日以来、道具小屋の前に風呂敷包みが届けられるようになった。

包みの中身は分厚い本だった。

表紙を汚さないよう手を洗い、ひざに風呂敷を広げた上で本を開く。

あなたの所感がつづられた手紙も添えられていた。

あなたが同封した便箋を使って、俺も返事を書く。

こんなやりとりが1年ほど続いた。

 

 

 

19の春、あなたはこの家を出た。

数年後、出戻って来た。

 

子が出来ないからという理由で離縁されたのだそうだ。

あなたが不在の間中、俺は落ち葉をかき、庭木の剪定をし、池の泥さらいと、身体を動かし続けていた。

それからさらに数年後、旦那様が道楽で温室を建てた。

そこが俺とあなたとの逢引の場所となった。

 

 

 

 

女も知らない俺だった。

抑えることができず、あっという間に達してしまい、あなたの着物を汚してしまった。

「すみません...すみません!」

あなたは何も言わず、それをすくった人差し指を、口に含んだ。

 

そして俺の着物の前に指を滑り込ませた。

「昌珉様!」

 

驚きで引いてしまった腰に、あなたの腕が蛇のように巻き付いて、俺は身動きができなかった。

 

「ここに」

 

あなたは着物の後ろをまくり、白い尻を露わにした。

 

俺の喉がごくりと鳴った。

 

「ここです」

 

あなたに誘導された俺の指は、あなたの割れ目に埋められた。

 

あなたは固く目をつむり、吐息混じりの高いかすれ声を漏らした。

 

 

(つづく)

 

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【BL短編】君は僕の宝物

 

 

ユンホさん...早く帰ってこないかなぁ。

 

僕は毛布を頭からかぶって、カーテンの隙間から道路を見下ろしていた。

 

12月の夜明けは遅いから、外は当然真っ暗。

 

しんしんと雪が降り積もっていて、窓ガラスに押しつけた鼻先が結露で濡れた。

 

電気料金がはね上がっては困るから、極力ストーブはつけないようにしている。

 

でも...もうすぐユンホさんが帰ってくるから、部屋を暖めておこう。

 

 

 

 

僕らは貧しかった。

 

ユンホさんのお給金も多くはない。

 

加えて僕は、身体が虚弱でフルタイムで働くことができない。

 

それならばと、始めたスーパーマーケットのアルバイトも、品出し中に倒れてしまって務まらなかった。

 

僕の薬代が家計を圧迫して、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 

ユンホさんの役に立ちたい。

 

無力な自分が情けなくて泣いていたら、

 

「チャンミンは家で俺を待っていればいい。

図書館で好きなだけ本を読んでいてもいい」

 

と、読書好きな僕のために気遣いの言葉をくれるのだ。

 

「でも...。

ユンホさんだけ働いていて、僕だけ遊んでいて...そんなの駄目です」

 

そう言ったらユンホさんは、

 

「チャンミンが好きなことをして楽しそうにしてくれるだけで、俺は幸せだ」

 

なんて言ってくれるから、僕の涙は止まらない。

 

「チャンミンは泣き虫だなぁ」と、僕の頭を撫ぜてくれる。

 

 

ユンホさんはジャム工場で働いている。

 

少しでもお給金が多い方がいいからと、夜勤シフトで一生懸命働いている。

 

僕は毎晩、布団の中でひとりユンホさんを待っている。

 

僕は夜、ユンホさんは昼に眠るから、布団はひと組で足りるのだ。

 

ユンホさんが帰宅する1時間前には起床して、ユンホさんのためにご飯を作る。

 

朝の5時きっかりに、ユンホさんは玄関ドアをこんこんとノックする。

 

僕は喜び勇んでドアを開け、イチゴジャムの香りを漂わせたユンホさんに抱きつく。

 

ドアをノックして、僕が出迎えるのを待ってるくせに、

「ちゃんと寝ていないと駄目だろう?」って、毎朝ユンホさんに怒られるんだ。

 

ユンホさんに小言を言われて嬉しいだなんて、僕は相当ユンホさんに参っている。

 

 

ユンホさんと暮らすうち、やりくりもうまくなってきて、節約料理のレパートリーも増えた。

 

今日はクリスマス。

 

ユンホさんを喜ばせたくて、特別なことをしてあげたい。

 

プレゼントを買ってあげることは出来ないけどね。

 

だからこの日の為に、僕はコツコツと準備をしてきたのだ。

 

 

 

僕らは駆け落ちした身。

 

誰にも頼れない。

 

でも、ユンホさんがいてくれれば、僕は幸せだ。

 

ぐうぐう眠るユンホさんの寝顔を見ながら、本を読む時間は僕にとっての至福の時。

 

 

 

5:10

ユンホさんが帰ってこない。

 

5:15。

まだ帰ってこない。

 

5:20。

ドアは静かなままだ。

 

5:25。

残業しているのかな。

 

この部屋には電話がないから、連絡のしようがない。

 

おかしい。

 

こんな時間までユンホさんが帰ってこないなんて、おかしい!

 

事故にあったとか!?

 

5:30

 

じっとしていられなくて、オーバーを羽織り、スニーカーをつっかけて外に飛び出した。

 

ぼた雪が頬に落ち、すぐさま解けて僕の顔を冷やしていく。

 

キャンバス地のスニーカーも、べた雪がすぐさま沁みて足先がかじかんだ。

 

「あ...!」

 

坂の向こう。

 

あのシルエットは...。

 

「ユンホさん!」

 

「チャンミン!」

 

ユンホさんに向かって走り出す。

 

足がもつれてつんのめり、転倒する直前にユンホさんに抱きとめられた。

 

「馬鹿野郎!

外に出てくるなんて!」

 

「だって...だって。

なかなか帰ってこないし。

心配で...心配で」

 

 

僕はユンホさんの二の腕に取りすがる。

 

「ごめんな。

忘れ物をしちゃって、引き返したんだ」

 

「そんなの置いていけばいいじゃないか!

どれだけ心配したかっ...!」

 

僕には、ユンホさんしかいないんだ。

 

ユンホさんは着ていたオーバーを脱ぐと、僕に羽織らせる。

 

ふわりとユンホさんの体温と香りに包まれて、凍えた身体が一瞬で温まった。

 

ユンホさんのオーバーコート、安物で着古して裾が擦り切れた、毛玉だらけの...。

 

今年の冬は寒さ厳しいから、「新しいものを買って」と何度もお願いしていたのに。

 

いつになっても古いこれを着続けていて。

 

「そういうわけには行かなくて、さ。

 

ちょっと早いけど...ま、いっか」

 

そう言って、ユンホさんは手にした紙袋をゴソゴソやっていたかと思うと、

 

「あ...」

 

最初は何なのか分からなかった。

 

ふかふかの柔らかなものにあご先まで埋もれて、この温かいものに両手を添えた。

 

「これ...?」

 

「俺からのクリスマスプレゼント」

 

貧乏人の僕でも、これがいいモノだって分かる。

 

「でも...」

 

「これはね、ストールなんだ。

今みたいに首にぐるぐる巻きにしても...」

 

首にかけただけのものを、ぐるりと二重巻きにしてくれた。

 

「うん、可愛い」

 

ユンホさんは身を引いて、僕の全身を見て満足そうに頷いた。

 

「大きいから膝かけにもできる。

本を読むときにいいんじゃないかな?

あの部屋は寒いからね」

 

ユンホさんがどうやって、これを手に入れたのか分かってしまったけど、僕は口に出さない。

 

「僕のものより、自分のオーバーを買ってよ!」だなんて、ユンホさんを責めるみたいなことは言いたくない。

 

満面の笑みを浮かべた「ありがとう」。

 

ユンホさんが欲しいのは、このひと言だって知ってるから。

 

「いいものを貰ってきたんだ。

さあ、早く家に帰ろう」

 

「いいものって?」

 

「帰ってからのお楽しみ」

 

僕らは手をつないで部屋に向かう。

 

 

 

 

ユンホさんがバッグから取り出したのは、大きなガラス瓶。

 

「ジャム...?」

 

「ジャム工場に勤めているのに、一度も持ち帰ったことなかっただろ?」

 

「もらってきて...大丈夫だったの?」

 

ユンホさんはキャップを外し、台所からとってきたカレースプーンを僕に差し出した。

 

「クリスマスだからな。

どうだチャンミン、スプーンですくって食べるか?」

 

「僕らは以心伝心だね」

 

「?」

 

僕も台所に立って、フライパンを持って食卓に置いた。

 

「何を作ったんだ?」

 

空腹のユンホさんの頬がゆるんでいる。

 

「ふふふ」

 

うやうやしく蓋を開けた。

 

「ケーキ?」

 

「うん。

オーブンがないからフライパンで焼いたんだ。

卵もいっぱい使ったから、美味しいはずだよ」

 

「うわぁぁ。

チャンミン、凄いよ!」

 

「クリームは買えなかったけどね。

ユンホさんのジャムがあるから、ちょうどよかった」

 

「ジャムケーキ?

初めて食べるよ」

 

黄金色の生地の上に、ルビー色のものをたっぷりとこぼす。

 

大きく切った一切れを、「あーん」と口を開けたユンホさんに食べさせる。

 

美味しい。

 

幸せだ。

 

ユンホさん...大好きです。

 

 

 

 

「ユンホさんに...プレゼントがあります」

 

僕は押し入れからそれを取り出して、背中に隠した。

 

ユンホさんがさっきしてくれたように、僕も同じことをした。

 

「マフラー?」

 

ユンホさんは首にひと巻きしたそれを、さっき僕がしたみたいに撫ぜた。

 

「うん」

 

「もしかして手編み?」

 

「うん」

 

僕のセーターをほどいて編んだもの。

 

ユンホさんの帰りを待ちながら、編みました。

 

「嬉しいなぁ」

 

ユンホさんの目が、猫みたいに細くなった。

 

「よかった...」

 

ユンホさんの笑顔は真夏の太陽みたいで、僕のハートをとろとろに溶かす。

 

 

12月の日の出は、もう少し後。

 

午前6時。

 

しっとりとした歯触りと濃厚な卵の風味。

 

甘くて酸っぱくて。

 

そして僕らは、イチゴジャム味のキスをした。

 

 

 

(おしまい)

 

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【BL短編】男とか女とかどっちだっていいじゃないか

 

僕とユノは放心して、二人並んで天井を仰いでいた。

 

僕らは全裸で、いわゆる『情事』の後で、ユノの白い胸が、乱れた呼吸に合わせて上下していた。

 

僕らの関係は、やっとでと言うべきか、ここまできた。

 

 


 

 

ユノとは専攻した講義で初めて顔を合わせ、解剖実習では同じグループになった。

 

何人かの学生が、実習内容のあまりのグロさに途中脱退している中、僕は最後まで耐え抜いた。

 

マスクの下の僕の顔色は真っ青だったと思う。

 

ユノは指導通りのメスさばきで、スケッチをとる僕に「ここを」「もっと詳しく」と指示をしていた。

 

マスクの上のユノの眼...黒目がちで、目尻が切れ上がっていて...涼しげなのに根性が据わっているような眼...に吸い寄せられていた。

 

6人いたチームが、実習終了後には3人にまで減っていた。

 

切り離されたものを全てひとつのビニール袋にまとめる際、手袋をはめたユノの手と僕の手が重なって、ドキリと胸が跳ねたんだ。

 

ユノは男だというのに。

 

男だという言い方は、すこし正確じゃない。

 

ユノは、男のように見えるし、女のようにも見える。

 

ユノの髪は漆黒のショートヘアで、スリムな体型をしている。

 

体毛のない白い腕は引き締まっている。

 

小さな尻と、ほっそりとした脚は細身のブラックジーンズに包まれていた。

 

並んで歩くとユノの頭は、僕とほぼ同じ。

 

自分のことを『俺』と言ってたから、男のつもりでいたら、ある日スカートを履いてきて、手にした教科書をバサバサっと落としてしまった。

 

一言で言い現わすと、ユノは『男装の麗人』。

 

フレアスカートを履いた女性らしいファッションも、革ジャンを着た尖ったファッションも、どちらも似合っているからたちが悪い。

 

僕を混乱に陥れるのは、周囲の者たちの見解が見事にバラバラだったから。

 

「ユノ?

男に決まってるだろ。

女といちゃついてんの見たことあるし」

 

とか、

 

「女子に決まってるじゃない。

彼氏らしき人と歩いていたわよ」

 

とか。

 

「お前は男か?それとも女か?」と、面と向かって尋ねられないんだ。

 

だって、ユノを前にすると、ユノの細い首にドキドキし、ユノの骨っぽい指にドキドキし、屈んだ際にチラ見えした黒い下着のラインにドキドキし、スカートからのぞく白い脚にドキドキした。

 

ユノが女だったら、経験のあることだから、これは恋だと素直に喜べる。

 

もし男だったら...僕は禁断の扉をオープンすることになる。

 

自分が抱えているのが恋愛感情だというのは、とっくの前に認識している。

 

ただ、その恋心も複雑だ。

 

ユノが女の子と連れだって歩く姿を見かけると、その女の子に対して嫉妬する。

 

ユノが男子学生にふざけて首にタックルしていたのを目撃した時、ズキリと胸が痛んだ。

 

相手が女だろうが男だろうが、ユノの隣にいる者に僕は嫉妬した。

 

だから僕の心は忙しい。

 

ユノ、お前はどっちだ?

 

ここはもう、自分の目でトイレで確認するしかない。

 

男子トイレか、女子トイレか。

 

ところが、ユノと会うのは2時間ばかりの実習の間くらいで、連れションする機会がなかなか訪れない。

 

ユノと連れだってトイレに行くチャンスが到来した時が一度だけあった。

個室に直行するユノにがっかりした。

 

用を足した後も、個室のドアの向こうの気配を窺っていたが、こんな行動はまさしく「変態」だと気づいた。

 

男子トイレを選択したのは、「付いてる」と判断していいのか?

 

でも、個室を選択したのは、「付いていない」ことを僕に知られたくないからか?

 

ただ単に、「腹を壊していた」だけなのか?

 

ユノ、お前はどっちなんだ?

 

ユノが男だったらいいのか?

 

僕は、男が好きなのか?

 

これまでの恋愛経験では、もちろん相手は女性だ。

 

オナニーで思い浮かべるのは女性だし、セックスの相手は皆女性だった。

 

実は、僕には『その気』があって、ユノと出逢ったことで目覚めたのか?

 

そんなことはどうでもいい。

 

僕にとっての問題は、別のところにあった。

 

僕が悩んでいるのは、この恋愛感情を次のステップに進めるために、とるべく行動のことだ。

 

 


 

 

「チャンミン、どうした?」

 

まじまじと見つめる僕に気付いたユノは、笑って僕の肩を突いた。

 

「ずいぶんと俺をじろじろ見るんだな」

 

街路灯の元、ユノの滑らかな白い頬と、ぽってりと紅い唇。

 

女の子のような色気のある唇。

 

僕の動揺なんて、とっくの前に見透かされているに違いない。

 

強い意志のこもった瞳に。

 

ユノのトップスはいつもゆるっとしたもので、胸のサイズを確認しようがない。

 

その日は、大物の解剖実習だったため、片付けを終えて解剖教室を出た時には夜9時を過ぎていた。

 

深夜まで実験を行っている工学部棟からは、煌々と灯りが漏れている。

 

夜の構内をユノと並んで歩いていた。

 

「焼肉食いにいこうぜ」

 

ユノの誘いは耳を疑うようなもので、先ほどまで内臓やら、肉やら、骨やらをいじくりまわしてきた僕は、「うへぇ」とうめいて、首を横にふった。

 

「お前の神経、太過ぎ。

魚も無理。

今の僕は、野菜スティックしか食えん」

 

「お前の神経が軟弱なんだって」

 

この日のユノは、オーバーサイズのトレーナーにミモレ丈のプリーツスカートを履いていた。(女性のファッションに疎い僕でも、流行にのったお洒落なものだってことはわかる)

 

ユノと2人きりで食事にいける、いいチャンスだったのに、僕の食欲は行方不明だ。

 

「なあ、チャンミン」

 

「ん?」

 

ユノに両頬を包まれ引き寄せられて、あっと驚く間もなくユノの唇が重なっていた。

 

柔らかい唇の感触にゾクッとした。

 

やば...。

 

何度も僕の唇に、柔く重ねなおされているうち、僕もその気になってきた。

 

僕もユノのうなじに手を回して、積極的にキスに応えていた。

 

キスに夢中になっているうちに、反応してしまうのは当然のことで、ユノにばれるんじゃないかとかなり焦った。

 

この日のユノは女の子の恰好をしていたから、焦った。

 

もしユノが男っぽい恰好をしていたら、反応したのか?

 

想像してみた。

 

参ったな。

 

もっと反応していただろう自分が、容易に想像できて焦った。

 

互いの唇が離れた時、

 

「俺んちに遊びに来いよ」とユノは僕を誘った。

 

「気になっているんだろ?

確かめにこいよ」

 

僕が確かめたがっているものが何なのか、ユノにはお見通しだった。

 

 


 

 

さあ、チャンミン、どうする?

 

ユノが女だったとしたら、それはそれでいいと思った。

 

ユノが男だったとしても、僕はユノを抱くだろうし(やり方は分からないけれど)、もしかしたら抱かれる側になるかもしれない。

 

後者の場合、ある程度の知識は必要だろうからと、僕は検索の鬼と化した。

 

検索キーワードは言わずもがな。

 

アイテムも通販する気合の入れように、若干引いた。

 

どちらでも対応できるように、用意はしておかねば。

 

あの時の僕を思い出すと、滑稽極まりない。

 

 


 

 

「気が利くな。

ありがとう」

 

差し入れの買い物袋をユノに手渡すと、靴を脱いでユノの部屋に上がった。

 

胡座をかいて座ると、ユノはビールやスナック菓子を所狭しとテーブルに並べだした。

 

この夜のユノは、オーバーサイズの厚手Tシャツにワイドなチノパン姿だ。

 

ただ、襟ぐりがやたら広いTシャツだったから、下着をつけていない肩が見え隠れしていて、僕はごくりと喉が鳴ってしまう。

 

(どちらなのか、全然分からねぇ...)

 

しかし、白い家具で揃えているあたり、女子の部屋だ。

 

チェストの上に、キャンドルが灯っていてギョッとする。

 

アロマ...キャンドルか...?

 

「なあ、落ち着けって、チャンミン」

 

缶ビールをちびちび飲みながらキョロキョロする僕の肩を、ユノはくくくっと笑いながら叩いた。

 

「はっきりさせたいんだろ?」

 

ユノの顔がずいっと近づいた。

 

僕がやって来る直前に風呂に入ったのか、ユノの髪からシャンプーの香りがする。

 

シャンプーだけじゃない、この部屋全体が甘くていい香りで満ちている。

 

「シャワー使う?」

 

ユノに問われて、僕は無言で首を横に振った。

 

白状するけど、僕ユノの部屋に来る前に、しっかりちゃっかり入浴を済ませてきていた。

 

「チャンミンも風呂に入ってきたんだ、石鹸の匂いがする」

 

ユノは僕の頭や首をくんくんと嗅ぎまわるから、僕の心臓はバックバクだった。

 

「いやっ...その...汗かいたし...今日は暑かったし...」

 

もごもご言っていると、ユノは立ち上がってパチンと照明を消した。

 

キャンドルのゆれる灯りの存在感が増した。

 

ムーディー過ぎて、余計に緊張する。

 

「俺の気持ちをまだ言ってなかったね」

 

胡座をかいた僕の太ももに、ユノがまたがった。

 

「!」

 

「俺は、チャンミンのことが好きだよ」

 

「...ホントに?」

 

かすれ声しか出てこない。

 

「好きじゃなかったら、部屋に呼んだりなんかしないって。

自分のことを『俺』だなんて呼んでるせいで、チャンミンを混乱させてしまっててゴメン。

男か?

女か?

って、首をかしげているチャンミンを見ていたら、可笑しいったら...ぷっ」

 

「あー、笑ったな」

 

ユノの視線が一瞬下にそれた。

 

僕の股間が大変なことになっていた。

 

「えっ...と...」

 

僕はユノの腰を引き寄せて、僕の身体に密着させた。

 

僕の両手が、ユノの小さな骨盤を包んでいる。

 

たるみのない、引き締まった尻の弾力が僕の指をはね返す。

 

「こう見えて、俺はすごく...緊張しているんだ」

 

「...僕も、緊張している」

 

と答えた僕の声が震えていた。

 

「チャンミンは、俺が『男』だったらいいと思ったか?

それとも『女』だったらいいと思ったか?」

 

ユノの声がかすれていた。

 

「チャンミンは、俺のことをどう思っている?」

 

男とか女とか、どっちでも構わない。

 

「僕は、ユノが好きなんだ」

 

ユノが男だろうと女だろうと、今夜の僕らは一歩先へ進むんだ。

 

互いの唇が吸い寄せられるように重なって、ユノの両手は僕の背に回り、僕の手もユノの胸に回った。

 

「あ...」

 

感触でわかった。

 

「がっかりしたか?」

 

僕は首を横に振る。

 

「じゃあ、ここも...」

 

ユノに手首をつかまれ、その場所へ導かれた。

 

「分かった?」

 

僕はゆっくりと頷く。

 

男とか女とかどっちでもいいんだけれど、やっぱり、どっちか分からないと進められないからね。

 

僕の太ももにまたがったまま、ユノは僕のパーカーを脱がせた。

 

僕を見下ろすユノの眼がねっとりと、僕の視線をからみとる。

 

「チャンミン...カチカチじゃん」

 

ユノの尻で圧迫されていて、僕のものははちきれそうになっていた。

 

柔らかいスウェット生地に、くっきりと形が浮き出ているに違いない。

 

爪先でひっかかれて、僕はうめく。

 

「チャンミンをからかいたくて、スカートを履いたりしてさ。

いつになったら俺に注目してくれるかなぁ、と思って」

 

僕を煽るように、ユノは前後に腰を揺らめかす。

 

「んっ...」

 

こすりあげられてじれったく、たまらずユノの腰をつかんだら、パシッとその手をはねのけられた。

 

「...でも、みんな...男って言ったり、女って言ったり...」

 

「みんなに担がれたんだ。

ごめんな、チャンミン」

 

頭の中をクエスチョンだらけになってたのは、僕だけだったってことだ。

 

からかわれていたと分かっても、腹が立たなかったから不思議だ。

 

それはきっと、男なのか女なのか分からなかったおかげで、なにひとつ見逃すまいとユノだけを見つめることができたから。

 

「すね毛を剃ったりしてさ。

スカートを借りたりさ。

今日なんか、キャンドル焚いたりしてさ。

けっこう大変だったんだぜ」

 

ユノは両腕をクロスさせて、Tシャツを脱ぐ。

 

黒々とした腋毛。

 

すべらかな白い肌。

 

華奢だと思っていたが、意外に逞しい胸筋がなだらかなカーブを作っている。

 

僕の鼻先に迫った、露になったユノの胸先にむしゃぶりつこうとしたら、

 

「あっ!」

 

どんと胸をつかれた。

 

仰向けに突き倒されてあっけにとられた僕は、またがったままのユノを見上げる。

 

「待て...」

 

僕の両手首をつかんだユノの力は強く、あっさり頭の上に押しつけられた。

 

「ユノ...待て...」

 

「何を待つのさ...?」

 

ユノは唇の片端だけゆがませて笑った。

 

以前、ユノに対して抱いた印象...男装の麗人のような、性差を越えた妖しい笑い顔。

 

僕がユノを制止したのは、仰向けになった姿勢のこと。

 

ユノに組み敷かれているという、今の体勢だ。

 

もしかして...僕が、『下』なのか?

 

僕の方が『上』になるものだと決めつけていたから、焦った。

 

予定外だけど、予想通りだった。

 

僕の手首を解放すると、ユノは身を伏せて首筋に強く吸い付いた。

 

ぞわりとした感覚が、下腹部まで駆け抜けた。

 

「待てっ...!」

 

ユノの肩に手をかけるが、さすが男、びくともしない。

 

「お前っ...経験あるのか?」

 

「あるわけないだろ」

 

ユノは僕のあごをつかむと、唇を覆いかぶせてきた。

 

肌にくいこむほどの指の力、強引にねじこまれた舌。

 

その荒々しさに、僕は初めて...征服される快感みたいなのを知った。

 

ユノにのしかかられて、僕は興奮していた。

 

「あっ...!」

 

下着ごとスウェットパンツが引き下ろされた。

 

すかさず握られた。

 

「うっ...」

 

「俺のも触ってくれよ」

 

チノパンの厚い生地を押し上げるものを、ボタンを外し、ファスナーを下ろし、解放してやる。

 

男とか女とかどっちでもいい。

 

最終的にはやることは一緒なんだから。

 

男同士だと何かと不自由かもしれない。

 

けれども、僕の手の中の脈打つものは嘘がつけない。

 

ユノは僕を欲しがっている。

 

そのストレートな分かりやすさが、男でよかったと思ったのだった。

 

 

 

(おしまい)

 

 

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