~シヅク~
(どうにかなりそう!)
火が出そうに顔が熱い。
私の心臓はバクバク、喉から飛び出しそうだった。
チャンミンのマンションを出た途端、どっと疲れが出た。
涼しい顔を保つのも、ここまでが限界。
あまりに恥ずかしくって、恥ずかしがってるとこを見られたくなくて、平静を装ってみたけど、まぢでキツかった。
私の馬鹿!
あんな醜態をさらすなんて!
自宅への道を、大股で歩いた。
いくら死ぬほど心配だからって、不法侵入した上に、だ、抱きついてしまうなんて!
おまけに、泣くなんて!
いい年した大人が何やってんだ。
しゃがんだ膝に顔を伏せた。
「落ち着け~」
いつの間にか、息が荒くなってた。
興奮してんじゃねーぞー。
自分に正直になろう。
チャンミンの裸をバッチリ見ちゃった。
バッチリ記憶に焼き付いているんだから。
ぐふふふふ。
顔がニヤついてしまう。
でもなぁ、
全裸の男が、魅力的な女性に抱き付かれたりなんかしたらさ、
欲望にボッと火がつき、彼女を押し倒す...
ってのが、普通だろが!
全くそんな気配の、けの字もなかったし...。
って、私は何考えてんだ!
妄想が激しすぎるぞ!
エロい雰囲気になるのを、ぶち壊してたのは私だったし、大泣きしちゃってたからなぁ。
バスルームの床に伸びてるチャンミンを予想してたから、洗面台の前に立っている彼を見てまずビックリ。
さらに、全裸でビックリ。
驚愕過ぎて、一瞬頭の中が真っ白になっているにも関わらず、彼の全身を舐めるように観察してしまったし。
サンキュー、チャンミン。
いやぁ、いいモン見させてもらった。
ひょろっと縦に長いから、薄っぺらくて、なよっとしてるかと思ってたけど、いい意味で予想を裏切ってくれたぞ、チャンミン。
めちゃくちゃ鍛えてるじゃないの。
静的で大人しいのに、ジムに通い詰めてんのかな?
ギャップ萌え。
抱きついたとき、チャンミンの胸、背中、お腹の堅い筋肉具合といったら。
ごちそうさまです、存分に堪能させてもらいました。
欲求不満たっぷりの三十路女の妄想。
おいおい、私は変態か!
ここで、一応言い訳。
チャンミンが無事と分かって、腰が抜けるくらいホッとしたし、
膨らませに膨らませた悪い予想が裏切られて、ケロッとしているチャンミンを見て、彼に対しても、自分に対しても腹が立ったし。
目をまん丸にして、あの驚いた顔があまりにも可愛らしくて。
そんないろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、チャンミンに突進してしまった。
昨夜、チャンミンがずぶ濡れの子犬みたいに弱ってて、私に抵抗できずに結局言いなりになってて。
可愛いんだもの。
日頃のむっつりした彼を見ているから、ギャップ萌えだな、やっぱり。
きっと頭のネジはゆるんで、どこか彼方、宇宙まで飛んでいってしまったに違いない。
私は知らぬ間に、彼にやられてしまったらしい。
私は、チャンミンに「男」を感じてしまった。
まずいなぁ。
今回のハプニングで、うっかり油断してたら、こうなるんだもの。
チャンミンは、単なる...単なる...?
好きなったりしたら、面倒なことになるのに!
リストバンドが、メッセージ着信を震えて知らせる。
送信元は確認しなくても、分かってる。
私は大きく舌打ちをしてつぶやいた。
「このタイミングに、これだもの」
私は、タクシーを呼ぶと、自宅への道をUターンして大通りへ出た。
[maxbutton id=”1″ ]
~チャンミン~
「えっと...」
行き場を失った、僕の両手。
「えーっとね、シヅク?」
僕の背中に回された、シヅクの両手を意識する。
ゆうべのようにひんやりとした手じゃない。
汗ばんで、熱い熱い手だった。
僕の喉はからからだった。
(参ったなぁ)
シヅクは、僕の胸に顔を押し付けたまま、低い声でつぶやいている。
「...心配したんだから」
「あのさ、シヅク?」
「......」
シヅクは僕の胸に頭を押し付けたまま動かない。
シヅクに驚かされて、現状把握できずにいたけど、
この状況は、かなり...かなり...恥ずかしい...。
僕はなんて格好をしてるんだ。
シヅクの涙も止まったみたいだ。
「あのね、シヅク?」
「......」
「あのね」
僕は、出来るだけ優しい声を意識して、シヅクに話しかけた。
「僕...パンツを履いても...いいかな?」
「!」
ぴたっと、シヅクの動きが止まった。
僕は、じっと彼女の動きを見守っていた。
シヅクは、そうっと腕をとき、
小さな声で「失礼しました」と言うと、ロボットのように回れ右をして、バスルームを出て行ったのであった。
(えっ?)
「はぁ...」
僕は、深く深く、ため息をついた。
(びっくりしたー)
今日の僕はため息をついてばっかりだ。
(急展開過ぎて、追いつかないよ...)
湯上りだった身体も、すっかり冷えてしまった。
脇の下にひどく汗をかいていたようだ。
僕は下着をつけ、黒いスウェットパンツとTシャツを身に着けると、シヅクを追った。
シヅクの想像力が、ずいぶんとたくましいことを、ひとつ学習した僕だった。
[maxbutton id=”1″ ]
~チャンミン~
悲鳴は同時だった。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
「うわっ!」
僕は自分でも驚くほどの大声を出していた。
こんな大声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。
目をまん丸にして、尻もちをついているのは...シズクじゃないか!
シヅクの視線が、僕の顔からゆっくり下りていく。
僕はハッと気づいた。
「わっ!」
大急ぎで僕は、タオルで下を隠す。
シヅクは僕に視線をロックオンしたまま、固まっている。
(見えた...よな?)
なんて間抜けな姿してるんだ、僕は。
尻もちをついた姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。
(は、恥ずかしい...!)
ぐんぐんと全身が熱くなってきたのが分かる。
「あっちへ行って...」と言いかけたその時、
ドスンと、僕に突進してぶつかる衝撃。
「!」
シヅクが僕に体当たりするかのように、抱きついてきた。
シヅクは僕の首を絞めんばかりに、腕を強く巻き付けている。
「えっ...」
濡れた僕の体に、シヅクの乾いた洋服が押しつけられているのがわかる。
「あの...」
(困った、困ったぞ...)
さらにぎゅうっと、シヅクの腕の力が増す。
「く...」
息ができない...。
「く、苦しい...」
僕のものを隠していたタオルがポトリと落ちる。
「......」
シヅクは黙ったまま、僕にかじりついたままだ。
「ぼ...」
たまらなくなって、シヅクの両肩を持って、彼女を引きはがした。
「ぼ、僕を締め殺す気か!?」
(え...?)
驚いた。
僕に両肩をつかまれたままの、30センチの距離のシヅクが、泣いていた。
泣きながら、僕を睨んでいる。
「ば、馬鹿者―!」
シヅクが大きな声を出すから、驚いて僕は彼女の肩をつかんだ手を離してしまった。
シズクの充血した目から、ボロボロと大粒の涙が落ちてきた。
「シヅクさんに心配かけさせやがって...」
「めちゃくちゃ、心配したんだぞー!」
「っ!」
今度は、シヅクは僕の胸にしがみついてきた。
(えっ.....?)
「うわーーん」
大泣きしだした。
「ホントに、心配したんだぞ!」
「もう、死んじゃったかと思ったんだぞ!」
「は?」
(僕が、死ぬ...?)
「えっ...と、僕はただ、シャワーを浴びていて」
シヅクが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。
(どこでどう繋がると、僕が死んじゃうことになるんだ?)
シヅクの熱い涙が、僕の胸を濡らしている感触がよくわかる。
次から次へと、流れている。
(一体全体、この状況はなんなんだ?)
「お見舞いに来たのに、チャンミンは出てこないから、
倒れたままなんじゃないかと思って。
昨日、具合が悪かったし。
だから、うちの中探し回ったのに...。
チャンミン、どこにもいないし。
風呂場で死んでるんじゃないかと思って」
(そういうことか...)
ずずーっと鼻をすする音。
きっと僕の胸は、シヅクの涙と鼻水でベタベタだ。
僕の口元に、シズクのショートヘアのてっぺんがさわさわと触れている。
また、シトラスの香りがした。
(参ったなぁ...)
なんだか...もう...たまらない気持ちになった。
[maxbutton id=”1″ ]
~チャンミン~
髪だけ濡らすつもりだったけど、
ついでだからと、シャワーを浴びることにした。
今日2回目のシャワーだ。
シャンプーボトルを手にして、しばし考える僕。
ごくごく普通の、どこででも買える、安価なものだ。
シヅクから香ったシトラスの香りを、思い出す。
(あの香りは...シャンプー?
それとも香水だろうか?
いい匂いだったな...)
僕は、シャンプーをたっぷり泡立てて、頭をごしごし洗った。
僕のシャンプーは、普通の石鹸の香り。
泡だらけの髪をすすいだ後、シャワールームを出た。
湯気で曇った鏡を、手の平で拭くと、鏡に映る自分と目が合う。
髪はびしょ濡れで、上気した頬は熱いシャワーのおかげ。
(眉...目...鼻...口...)
顔のパーツをひとつひとつ、触れながら点検する。
こんなにまじまじと自分の顔を観察するのは、初めてだ。
僕って、こんな顔してたっけ?
僕は29歳。
顔を右、左と向けてみる。
ごくごく普通の、顔。
両手を両頬に当てる。
29歳って、そこそこの年齢だよなぁ。
ん...?...29歳...?
途端、ぐらりと視界が回る奇妙な感覚に襲われた。
「あっ...」
シャンシャンと耳鳴りもする。
立ちくらみか?
視界がぐるりと回る。
洗面台に両手をついて、目をぎゅっと閉じて耐える。
はぁ...びっくりした。
1分後には、元に戻った。
何だったんだ、今のは?
「はぁ...。」
「さてと」
髪を乾かさないと。
寝ぐせがついたら困るから。
壁にかけたドライヤーを手に取りコードをコンセントに刺す。
「ん?」
僕の背後の空気が、すぅっと動く感じがした。
瞬間、
「いやぁぁぁぁぁぁ!!」
大絶叫。
僕は腰を抜かしてしまった。
「うわっ!!」
[maxbutton id=”1″ ]
「非常時だから、許されるハズ」
リストバンドをドアノブ下のプレートに当て、リストバンドとPCをケーブルで繋いだ。
(落ち着け~、落ち着け~)
シヅクは、焦って震える手にイライラしながら、キーボードを打つ。
「よし!」
最後のキーをタップすると、カチッ、と音がして、プレートに灯ったランプの色がグリーンに変わった。
「開いた!」
(今からシヅクさんが、助けに行きますよ!)
シズクはドアノブのレバーを押し下げ、部屋の中にするりと入った。
「チャンミーン!」
シヅクは大声で叫ぶ。
玄関から突き当りのリビングの照明はついている。
ソファの陰に、チャンミンが転がっているかも、と恐る恐るのぞく。
(いない!)
「チャンミーン!」
(隣の部屋か?)
リビングに向かって右手にあるドアが半開きだった。
部屋が暗くて様子がわからないが、どうやら寝室らしい。
「わっ!」
(ベッドの下の、あの長い塊は............チャン・・・ミン?)
(まさか!)
血の気がひくシヅク。
「チャンミン!」
(どうか息がありますように!)
シヅクは、揺さぶろうと勢いよく手を伸ばした。
「チャンミ.....」
「.........ったく、布団かよっ!」
シヅクは、苛立ちのあまり、つかんだ布団を殴り捨てた。
「チャンミンの馬鹿!」
(チャンミン...頼む!生きてて...!)
心配で心配で、シヅクの胸はハラハラドキドキ、苦しかった。
シヅクの顔は、もはや半泣き状態だった。
「チャンミーン!」
(どこで倒れてるんだ、あいつは?)
「かくれんぼしてんじゃねーぞー!」
リビングに戻り、真向いにドアが2つ。
(どちらかが、トイレ)
(トイレで倒れる人って多い、とよく聞く話だよな)
シヅクの頭に、トイレに腰かけたまま、ぐったり壁に寄りかかるチャンミンの姿が浮かぶ。
シズクは、ゆっくりとドアレバーを回し、ドアを引く。
「チャ.....」
「......って、いないじゃんか!」
白いタイルがまぶしい、清潔そうなトイレは、無人。
(ったくもー!びっくりさせやがって!
ほっとするやら、ドキドキするやら!)
かけられた黒色のタオルに、
(おっ!センスいいじゃん
って......感心してる場合じゃない)
「チャンミーン!!」
(残るドアはあと一つ...バスルームだ。
出しっぱなしのシャワーのお湯に打たれて、
床に倒れたチャンミン。
若しくは、
バスタブに浸かった状態で、だらりと手をバスタブから出してて...!)
「チャンミーン!」
(頼む!無事でいて!)
「生きてるかー⁉」
シヅクは、勢いよくドアを引く...。
「ひぃっ」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
シヅクは腹の底から、悲鳴を上げたのだった。
[maxbutton id=”1″ ] [maxbutton id=”2″ ]