(15)TIME

 

~シヅク~

 

(どうにかなりそう!)

 

火が出そうに顔が熱い。

 

私の心臓はバクバク、喉から飛び出しそうだった。

チャンミンのマンションを出た途端、どっと疲れが出た。

涼しい顔を保つのも、ここまでが限界。

あまりに恥ずかしくって、恥ずかしがってるとこを見られたくなくて、平静を装ってみたけど、まぢでキツかった。

私の馬鹿!

​あんな醜態をさらすなんて!

​自宅への道を、大股で歩いた。

いくら死ぬほど心配だからって、不法侵入した上に、だ、抱きついてしまうなんて!

おまけに、泣くなんて!

いい年した大人が何やってんだ。

しゃがんだ膝に顔を伏せた。

「落ち着け~」

いつの間にか、息が荒くなってた。

興奮してんじゃねーぞー。

自分に正直になろう。

チャンミンの裸をバッチリ見ちゃった。

バッチリ記憶に焼き付いているんだから。

ぐふふふふ。

顔がニヤついてしまう。

でもなぁ、

全裸の男が、魅力的な女性に抱き付かれたりなんかしたらさ、

欲望にボッと火がつき、彼女を押し倒す...

​ってのが、普通だろが!

全くそんな気配の、けの字もなかったし...。

って、私は何考えてんだ!

妄想が激しすぎるぞ!

エロい雰囲気になるのを、ぶち壊してたのは私だったし、大泣きしちゃってたからなぁ。

バスルームの床に伸びてるチャンミンを予想してたから、洗面台の前に立っている彼を見てまずビックリ。

さらに、全裸でビックリ。

驚愕過ぎて、一瞬頭の中が真っ白になっているにも関わらず、彼の全身を舐めるように観察してしまったし。

サンキュー、チャンミン。

いやぁ、いいモン見させてもらった。

ひょろっと縦に長いから、薄っぺらくて、なよっとしてるかと思ってたけど、いい意味で予想を裏切ってくれたぞ、チャンミン。

めちゃくちゃ鍛えてるじゃないの。

静的で大人しいのに、ジムに通い詰めてんのかな?

ギャップ萌え。

抱きついたとき、チャンミンの胸、背中、お腹の堅い筋肉具合といったら。

ごちそうさまです、存分に堪能させてもらいました。

欲求不満たっぷりの三十路女の妄想。

おいおい、私は変態か!

ここで、一応言い訳。

チャンミンが無事と分かって、腰が抜けるくらいホッとしたし、

膨らませに膨らませた悪い予想が裏切られて、ケロッとしているチャンミンを見て、彼に対しても、自分に対しても腹が立ったし。

目をまん丸にして、あの驚いた顔があまりにも可愛らしくて。

そんないろんな感情がぐちゃぐちゃに混ざって、チャンミンに突進してしまった。

昨夜、チャンミンがずぶ濡れの子犬みたいに弱ってて、私に抵抗できずに結局言いなりになってて。

可愛いんだもの。

日頃のむっつりした彼を見ているから、ギャップ萌えだな、やっぱり。

きっと頭のネジはゆるんで、どこか彼方、宇宙まで飛んでいってしまったに違いない。

私は知らぬ間に、彼にやられてしまったらしい。

私は、チャンミンに「男」を感じてしまった。

まずいなぁ。

今回のハプニングで、うっかり油断してたら、こうなるんだもの。

チャンミンは、単なる...単なる...?

好きなったりしたら、面倒なことになるのに!

 

​リストバンドが、メッセージ着信を震えて知らせる。

送信元は確認しなくても、分かってる。

 

私は大きく舌打ちをしてつぶやいた。

「このタイミングに、これだもの」

​私は、タクシーを呼ぶと、自宅への道をUターンして大通りへ出た。

 

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(13)TIME

~チャンミン~

 

 

「えっと...」

行き場を失った、僕の両手。

「えーっとね、シヅク?」

僕の背中に回された、シヅクの両手を意識する。

ゆうべのようにひんやりとした手じゃない。

汗ばんで、熱い熱い手だった。

僕の喉はからからだった。

(参ったなぁ)

シヅクは、僕の胸に顔を押し付けたまま、低い声でつぶやいている。

「...心配したんだから」

「あのさ、シヅク?」

「......」

シヅクは僕の胸に頭を押し付けたまま動かない。

シヅクに驚かされて、現状把握できずにいたけど、

この状況は、かなり...かなり...恥ずかしい...。

僕はなんて格好をしてるんだ。

シヅクの涙も止まったみたいだ。

 

「あのね、シヅク?」

「......」

 

「あのね」

僕は、出来るだけ優しい声を意識して、シヅクに話しかけた。

「僕...パンツを履いても...いいかな?」

「!」

ぴたっと、シヅクの動きが止まった。

僕は、じっと彼女の動きを見守っていた。

シヅクは、そうっと腕をとき、

小さな声で「失礼しました」と言うと、ロボットのように回れ右をして、バスルームを出て行ったのであった。

(えっ?)

「はぁ...」

僕は、深く深く、ため息をついた。

(びっくりしたー)

今日の僕はため息をついてばっかりだ。

​(急展開過ぎて、追いつかないよ...)

湯上りだった身体も、すっかり冷えてしまった。

脇の下にひどく汗をかいていたようだ。

僕は下着をつけ、黒いスウェットパンツとTシャツを身に着けると、シヅクを追った。

シヅクの想像力が、ずいぶんとたくましいことを、ひとつ学習した僕だった。

 

 

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(12)TIME

~チャンミン~

 

 

 

悲鳴は同時だった。

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

「うわっ!」

僕は自分でも驚くほどの大声を出していた。

​こんな大声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。

目をまん丸にして、尻もちをついているのは...シズクじゃないか!

シヅクの視線が、僕の顔からゆっくり下りていく。

僕はハッと気づいた。

「わっ!」

大急ぎで僕は、タオルで下を隠す。

シヅクは僕に視線をロックオンしたまま、固まっている。

(見えた...よな?)

なんて間抜けな姿してるんだ、僕は。

尻もちをついた姿勢から、ゆっくりと立ち上がった。

(は、恥ずかしい...!)

ぐんぐんと全身が熱くなってきたのが分かる。

「あっちへ行って...」と言いかけたその時、

ドスンと、僕に突進してぶつかる衝撃。

「!」

シヅクが僕に体当たりするかのように、抱きついてきた。

シヅクは僕の首を絞めんばかりに、腕を強く巻き付けている。

「えっ...」

濡れた僕の体に、シヅクの乾いた洋服が押しつけられているのがわかる。

「あの...」

(困った、困ったぞ...)

 

さらにぎゅうっと、シヅクの腕の力が増す。

​「く...」

息ができない...。

「く、苦しい...」

僕のものを隠していたタオルがポトリと落ちる。

「......」

シヅクは黙ったまま、僕にかじりついたままだ。

「ぼ...」

たまらなくなって、シヅクの両肩を持って、彼女を引きはがした。

「ぼ、僕を締め殺す気か!?」

(え...?)

驚いた。

僕に両肩をつかまれたままの、30センチの距離のシヅクが、泣いていた。

泣きながら、僕を睨んでいる。

「ば、馬鹿者―!」

シヅクが大きな声を出すから、驚いて僕は彼女の肩をつかんだ手を離してしまった。

シズクの充血した目から、ボロボロと大粒の涙が落ちてきた。

「シヅクさんに心配かけさせやがって...」

「めちゃくちゃ、心配したんだぞー!」

「っ!」

今度は、シヅクは僕の胸にしがみついてきた。

(えっ.....?)

「うわーーん」

大泣きしだした。

「ホントに、心配したんだぞ!」

「もう、死んじゃったかと思ったんだぞ!」

「は?」

(僕が、死ぬ...?)

「えっ...と、僕はただ、シャワーを浴びていて」

シヅクが何を言っているのか、さっぱり理解できなかった。

(どこでどう繋がると、僕が死んじゃうことになるんだ?)

シヅクの熱い涙が、僕の胸を濡らしている感触がよくわかる。

次から次へと、流れている。

(一体全体、この状況はなんなんだ?)

「お見舞いに来たのに、チャンミンは出てこないから、

倒れたままなんじゃないかと思って。

昨日、具合が悪かったし。

だから、うちの中探し回ったのに...。

チャンミン、どこにもいないし。

風呂場で死んでるんじゃないかと思って」

(そういうことか...)

ずずーっと鼻をすする音。

きっと僕の胸は、シヅクの涙と鼻水でベタベタだ。

僕の口元に、シズクのショートヘアのてっぺんがさわさわと触れている。

また、シトラスの香りがした。

​(参ったなぁ...)

なんだか...もう...たまらない気持ちになった。

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(11)TIME

 

~チャンミン~

 

 

髪だけ濡らすつもりだったけど、

ついでだからと、シャワーを浴びることにした。

今日2回目のシャワーだ。

シャンプーボトルを手にして、しばし考える僕。

ごくごく普通の、どこででも買える、安価なものだ。

シヅクから香ったシトラスの香りを、思い出す。

(あの香りは...シャンプー?

それとも香水だろうか?

いい匂いだったな...)

僕は、シャンプーをたっぷり泡立てて、頭をごしごし洗った。

僕のシャンプーは、普通の石鹸の香り。

泡だらけの髪をすすいだ後、シャワールームを出た。

湯気で曇った鏡を、手の平で拭くと、鏡に映る自分と目が合う。

髪はびしょ濡れで、上気した頬は熱いシャワーのおかげ。

(眉...目...鼻...口...)

顔のパーツをひとつひとつ、触れながら点検する。

こんなにまじまじと自分の顔を観察するのは、初めてだ。

​僕って、こんな顔してたっけ?

僕は29歳。

顔を右、左と向けてみる。

ごくごく普通の、顔。

両手を両頬に当てる。

29歳って、そこそこの年齢だよなぁ。

ん...?...29歳...?

途端、ぐらりと視界が回る奇妙な感覚に襲われた。

「あっ...」

シャンシャンと耳鳴りもする。

立ちくらみか?

視界がぐるりと回る。

洗面台に両手をついて、目をぎゅっと閉じて耐える。

はぁ...びっくりした。

1分後には、元に戻った。

何だったんだ、今のは?

​「はぁ...。」

「さてと」

​髪を乾かさないと。

​寝ぐせがついたら困るから。

壁にかけたドライヤーを手に取りコードをコンセントに刺す。

「ん?」

僕の背後の空気が、すぅっと動く感じがした。

瞬間、

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」

大絶叫。

僕は​腰を抜かしてしまった。

​「うわっ!!」

 

 

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(10)TIME

 

「非常時だから、許されるハズ」

リストバンドをドアノブ下のプレートに当て、リストバンドとPCをケーブルで繋いだ。

(落ち着け~、落ち着け~)

シヅクは、焦って震える手​にイライラしながら、キーボードを打つ。

「よし!」

最後のキーをタップすると、カチッ、と音がして、プレートに灯ったランプの色がグリーンに変わった。

「開いた!」

​(今からシヅクさんが、助けに行きますよ!)

シズクはドアノブのレバーを押し下げ、部屋の中にするりと入った。

「チャンミーン!」

シヅクは大声で叫ぶ。

玄関から突き当りのリビングの照明はついている。

ソファの陰に、チャンミンが転がっているかも、と恐る恐るのぞく。

(いない!)

​「チャンミーン!」

(隣の部屋か?)

リビングに向かって右手にあるドアが半開きだった。

部屋が暗くて様子がわからないが、どうやら寝室らしい。

「わっ!」

(ベッドの下の、あの長い塊は............チャン・・・ミン?)

(まさか!)

血の気がひくシヅク。

​「チャンミン!」

(どうか息がありますように!)

シヅクは、揺さぶろうと勢いよく手を伸ばした。

「チャンミ.....」

「.........ったく、布団かよっ!」

シヅクは、苛立ちのあまり、つかんだ布団を殴り捨てた。

「チャンミンの馬鹿!」

(チャンミン...頼む!生きてて...!)

心配で心配で、シヅクの胸はハラハラドキドキ、苦しかった。

シヅクの顔は、もはや半泣き状態だった。

「チャンミーン!」

 

(どこで倒れてるんだ、あいつは?)

「かくれんぼしてんじゃねーぞー!」

リビングに戻り、真向いにドアが2つ。

(どちらかが、トイレ)

(トイレで倒れる人って多い、とよく聞く話だよな)

シヅクの頭に、トイレに腰かけたまま、ぐったり壁に寄りかかるチャンミンの姿が浮かぶ。

シズクは、ゆっくりとドアレバーを回し、ドアを引く。

 

「チャ.....」

「......って、いないじゃんか!」

白いタイルがまぶしい、清潔そうなトイレは、無人。

(ったくもー!びっくりさせやがって!

ほっとするやら、ドキドキするやら!)

かけられた黒色のタオルに、

(おっ!センスいいじゃん

って......感心してる場合じゃない)

「チャンミーン!!」

(残るドアはあと一つ...バスルームだ。

出しっぱなしのシャワーのお湯に打たれて、

床に倒れたチャンミン。

若しくは、

バスタブに浸かった状態で、だらりと手をバスタブから出してて...!)

「チャンミーン!」​

​(頼む!無事でいて!)

「生きてるかー⁉」

シヅクは、勢いよくドアを引く...。

「ひぃっ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

​シヅクは腹の底から、悲鳴を上げたのだった。

 

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