【短編】男と女、30歳と55歳★

 

 

「僕が持ちますよ」

 

片手がふっと軽くなり、隣を見上げるとにっこり笑ったチャンミンと目が合った。

 

「ありがとう」

 

「あなたに重いものを持たせられませんから」

 

チャンミンに取り上げられたその袋には、キャベツがひと玉入っているだけだった。

 

「私を年寄り扱いしないで」

 

彼女は肩でとん、とチャンミンの二の腕をついた。

 

「ふふふ。

事実、年寄りじゃあないですか?」

 

「その通りね」

 

買い物客で賑わう商店街。

 

チャンミンは彼女の背に手を添えて、人混みの中をさりげなくリードしていた。

 

「今夜は僕がご飯を作りますよ」

 

「最初からそのつもりだったでしょう?

買い物かごにラム肉なんて入れるんだから」

 

「ふふふ。

近頃の僕は料理にハマっているんです」

 

「近頃って、いつもでしょ?」

 

「まあね」

 

彼女とチャンミンとの年齢差は親子ほどあった。

 

いくら彼女が実年齢より若く見えるからといっても、チャンミンと並ぶと姉弟に、もっと意地悪な者の目には親子のように映っていたかもしれない。

 

でも二人は、そのことに頓着しなかった。

 

今の二人には互いのことしか見えていなかったし、こんな関係を、チャンミンは満足していたし、彼女は開き直っていたから、人の目などどうでもよくなっていたのだ。

 

食事の後、彼女はソファに寝転がって、チャンミンはソファにもたれて、それぞれが気に入りの本を開いて眠くなるまで過ごす。(寒い季節は、ソファから炬燵へと場所を移す)

 

「若いころの話を聞かせてください」

 

チャンミンは彼女の話を聞くことが好きだった。

 

彼女の口から語られるストーリーは、聞いている者を引き込む言葉選びと、最後のオチへともっていく話運びが巧みなのだ。

 

「もう面白い話は出尽くしたわよ」

 

「面白くなくていいですから。

そうですねぇ...30歳の時の話をしてください」

 

「30歳ねぇ...大昔過ぎる」

 

ページから目を離さずにいる彼女に焦れて、チャンミンは彼女の眼鏡を取り上げた。

 

「それがなくちゃ本が読めないでしょう?」

 

「小話をひとつしてくれたら、返してあげます」

 

渋々といった風に彼女はソファに座りなおし、「30歳の時か...」と遠い記憶を辿る。

 

そして、「30歳と言えば、今のチャンミンと同じ歳なんだ」と、ひやりとした感覚に襲われた。

 

「もっと若かったらねぇ」

 

「あなたが若かったら、僕は相手にしなかったと思います」

 

「私じゃなくて、チャンミンの方が?」

 

「そうです」

 

「年増好きなのね」

 

「ふふふ。

僕は頑張りたくない怠け者なんです。

それから、甘ったれだから。

安心したいんです」

 

背中を向けて眠る彼女を後ろから抱きしめた。

 

「年上の女は、安心するの?」

 

「年上だからいい、っていう意味じゃないです。

あなたといると...のんびりできるんです。

僕は一人でいるのが好きな質ですけど、やっぱり寂しいんです。

あなたといると、一人でいる時と同じくらい楽でいられて、そして寂しくないんです。

最高です。

あなたとは相性がいい、と思っています」

 

「そう...」

 

「例えば、今の僕と同じ30歳だったとしたら...

さっきはあんなことを言いましたが、あなたは僕のことなんか相手にしないと思います」

 

「あら、そうかなぁ?」

 

「そうですよ」

 

「僕は退屈で地味な男ですから」

 

「いつか刺激が欲しくなるんじゃないの?」

 

「刺激?

刺激なんか欲しくありません」

 

「そうは言ってもねぇ...

いつか、スタイル抜群の若い子がよくなるんじゃないの?

ほら、チャンミンがたまに見てるじゃない、裸の女の子がいっぱい載ってる雑誌」

 

「あー!」

 

「すぐ見つかるところに置いておくんだから」

 

「一応、僕も男ですからねぇ。

目の保養です」

 

悪びれずそう言うチャンミンのことが好きだった。

 

以前の彼女は、初老の自分を恥じていたが、今はそう思わなくなっていた。

 

彼女の友人たちは、若すぎる恋人の登場に眉をひそめて、「財産狙いじゃないの?」と忠告した。

 

財産らしい財産なんてないんだし...確かに同世代の平均より多い収入はあったが...。

 

「私より、彼の方がリッチなのよ」と返すと、友人たちは何も言ってこなくなった。

 

「僕が先に死んだら、あなたに全財産を譲りますからね」と、チャンミンは冗談めかしたことをしょっちゅう口にし、

 

彼女が「チャンミンより私の方が先に死ぬ確率の方が高いんじゃないの?」と返すと、

 

「それは困りますから、せいぜいあなたには長生きしてもらいます」と言って笑うのだった。

 

「もし...。

僕が誰か...例えば若い女の人のところに行っちゃったら、あなたはどうしますか?」

 

「どうするも何も、また一人の暮らしに戻るだけ」

 

彼女はチャンミンとの関係に、深すぎる情を注いではいなかった。

 

これが唯一の恋でもあるまいし、今まで経験してきた関係のひとつに過ぎない。

 

激しすぎる感情のぶつかり合いはもう御免だった。

 

勘当、結婚、出産、失業、DV、借金、離婚、嫉妬、不倫、死別...。

 

ジェットコースターのようだった人生からもう、卒業したかったのだ。

 

年齢的に相当早いけれど、気分は隠居生活だった。

 

そこに降って湧いてきたのが、チャンミンという青年。

 

正直、最初のうちはチャンミンの存在は、暮らしを乱す雑音そのものだった。

 

次第に、彼女の中で刻むテンポと求める空気の濃さが、チャンミンのそれと同じであることが判明してきた。

 

彼女の住む一軒家に出入りするようになり、気付けば一緒に暮らしていた。

 

「寂しいことを言うんですね」

 

「『一人に戻る』...そのままでしょ?」

 

「あなたにとって僕は、その程度の男なんですか?」

 

「『その程度の男』だと思われたくなければ、そういう仮定の話はやめましょうね」

 

「ははっ!

そうですね、そうします。

...でも、もし僕に他に好きな人が出来たとします。

その人のところに行ってしまう前に、僕はあなたに毒を盛るかもしれません。

あなたの好きなワインなんかにこっそり入れて」

 

「どうして?」

 

「あなたを一人にしたくないし、一人になったあなたを誰かにとられたくない」

 

「怖い子ね」

 

「そうです。

僕は、怖い男です」

 

「平和そうに見えて、利己的なのね」

 

「そうです。

安心してくださいね。

他の人とどうこう、なんてあり得ませんから」

 

チャンミンの最後の一言を、彼女は疑っていない代わりに、期待もしていなかった。

 

自分はこれまで散々頑張ってきた。

 

これからは人間関係で思い煩うことなく、一人で好きなようにのんびりと暮らしたいだけだ。

 

そこにチャンミンという伴走者があらわれただけのこと。

 

だから、チャンミンと彼女の関係性は恋人というより、『友人同士』に近いものかもしれない。

 

どっちでもいい、と彼女は思っていた。

 

「おやすみなさい」

 

「うん、おやすみ」

 

チャンミンは、彼女の柔らかいお腹の脂肪をふにふにと指先で弄ぶことが好きだった。

 

(もっとしわくちゃになってしまえばいいのに。

誰一人、彼女を異性として相手にしなくなればいいんだ。

そうすれば、僕が独り占めできる)

 

背中にチャンミンの重みを感じながら彼女は、

 

(この子の好きなようにさせておこう。

この子にも過去があったんだろうな。

ぞっとするほど怖い、寂しい表情を見せたことがあったから。

私の帰宅に気付かず 鍋の中身をかき回していたチャンミンの表情がそうだった。

声をかけられる雰囲気ではとてもなく、私は忍び足で玄関へ戻った。

 

そして、いつになく騒々しい音を立てて「ただいま」と帰宅したのだ。

私を出迎えたチャンミンは、いつもの彼の顔になっていて、後ろめたい気持ちになった。

見てはいけないものを見てしまった、と)

 

彼女の下腹を撫ぜているうちに、チャンミンのまぶたは重くなり、じきに寝息が聞こえてくる。

 

 

この二人に肉体関係はなかった。

 

「あなたを押し倒すようなことはしませんけど、それでもいいですか?」

 

付き合って欲しいと彼女に告白した日の、チャンミンの言葉だった。

 

「私が年寄過ぎて、そんな気にもならないってこと?」

 

チャンミンがそういうつもりで言っているのではないことを分かってはいたが、チャンミンを試すような質問で返した。

 

「僕はセックスが嫌いなんです」

 

心底嫌そうに、鼻にしわを寄せてそう言い切った。

 

「裸になって抱き合って、アソコとアソコを繋げることに何の意味がありますか?」

 

そういうことにほとほと嫌気がさしていた彼女は、「同感よ」と頷いた。

 

「溜まらないの?

女の子を見てムラムラしないの?」

 

「そうですねぇ。

ムラムラっとはしますけど、その子とどうこうしたいとは思いませんね。

自分で処理した方が、うんと気持ちがいいですし」

 

「ふぅん。

チャンミンは変わってる子ね」

 

「僕に限らず、そういう人は一定割合でいると思いますよ。

セックスが全てじゃあないですよ」

 

「同感よ」と言って、彼女はチャンミンの方へ片手を差し伸ばした。

 

「僕は...」

 

チャンミンは彼女の手をぎゅっと握った。

 

「これくらいがちょうどいいんです」

 

「同感よ」

 

と、彼女は微笑んだ。

 

 

・・・

 

 

彼女は一度だけ、チャンミンを酷く怒らせたことがあった。

 

交際を始めてまだ日の浅かった頃、彼女は知り合いの娘をチャンミンに紹介したのだ。

 

「チャンミンにぴったりだと思って。

お似合いよ」

 

ちょっと気取った感じのレストランで、案内されたテーブルで彼女に紹介され、チャンミンのワクワクした気持ちが一気にしぼんだ。

 

3人で食事をした後、女の子の家まで送るようにと2人をタクシーに押し込み、チャンミンの手に紙幣を握らせた。

 

タクシーを見送った彼女は、「これでよかったんだ」とつぶやいた。

 

チャンミンと交際するようになってから、足が遠のいていた気に入りのバーで、気に入りの席につく。

 

チャンミンのような溌剌とした若者は、こんな店は似合わない。

 

ヤニで黄ばんだ時代遅れのポスター、薄暗く、何度も書き直されたメニュー、べたべたするテーブル、古くて汚いけれど、美味しいおつまみを出してくれる店。

 

今ここでタバコが吸えたらサマになるのにな。

 

代わりに人参スティックを齧る。

 

「これでよかったんだ」と。

 

当時の彼女が、恐れていたこと。

 

いつ自分を捨てて、若い女の子の元へ行ってしまうのか、と怯える毎日は御免だ。

 

それならば、自分からお膳立てしてやったほうが、うんとマシだ。

 

これでよかったんだ。

 

閉店までグラスを重ねた彼女は、おぼつかない足元で帰宅した。

 

霧のような雨が降っていて、息が白い。

 

「...チャンミン...」

 

門扉にもたれて、両膝を抱えて座る美しい青年、チャンミンがいた。

 

「やだ...。

いつから居たの?」

 

しっとりと濡れた髪も、固く組んだ指も氷のように冷たかった。

 

まだ一緒に暮らしていなかった頃だ。

 

チャンミンは、突き刺すように鋭い眼光で彼女を睨んだ。

 

「二度と、しないでください」

 

押し殺した低い声だった。

 

「......」

 

「ああいうことは、大嫌いなんです」

 

彼女はチャンミンの手を引いて立ち上がらせた。

 

手がかじかんで、なかなか開錠できない。

 

もたつく彼女を見かねて、「貸してください」と、鍵をひったくった。

 

照明をつけ、石油ストーブをつけ、お湯を沸かした。

 

「チャンミンはどうして私に構うの?

チャンミンからしたら、私はおばあちゃんなのよ?」

 

湯気立つ紅茶のマグカップをチャンミンに手渡した。

 

「おばあちゃん、なんて言わないでください。

僕はおばあちゃんと付き合ってるつもりはありません。

...強いて言えば...おばさん、かな?」

 

「その通りね」

 

「あなたは、あのまま僕と別れるつもりだったんでしょう?

僕とあの女の子をくっ付けて」

 

「だって...」と言いかけたが、彼女は口を閉じた。

 

若いこの子に、年老いていく恐怖を語っても何一つ理解できないだろう、と思ったからだ。

 

代わりに「二度としない」と約束した。

 

そこでようやくチャンミンは、笑顔を見せたのだった。

 

 

・・・

 

 

「何の本を読んでいるんですか?」

 

チャンミンと彼女のいつもの日課、夕食後のお楽しみ。

 

「『ヘンリ・ライクロフトの私記』。

架空の人物のエッセイ」

 

「面白いんですか?」

 

「だらだらと、ヘンリが死ぬまでの日々や思いを書き綴った本なの。

身の回りのものひとつひとつを細かく描写していてね。

身近のものごとを、1つ1つ見逃さないで、1つ1つコメントしながら暮らしているのよ、主人公は」

 

「じゃあ、その人の毎日はさぞ楽しいことでしょうねぇ」

 

彼女といてチャンミンが感心すること。

 

それは、彼女が日々漏らすつぶやきが的確で、辛辣なときもあるが、そこに悪意が込められていないこと

 

「そういう生活を送りたいの。

気楽にのんびりと。

大きな事件もなく退屈なんだけど、1日をかみしめるように大事に生きたい」

 

「僕とそういう風に暮らしたらいいじゃないですか?」

 

「暮らしてるじゃない?」

 

「ははは、そうですね」

 

本をナイトテーブルに伏せると、チャンミンは布団にもぐり込んだ。

 

「長生きしてくださいね」

 

やわらかな彼女のお腹に抱きつくと、頬をこすりつけた。

 

「口が悪い子ね。

そこまで年寄じゃないわよ」

 

「僕も早く、おじいさんになりたい」

 

「私の方が先に死んじゃうかもよ?」

 

「どうでしょう?

女の人の方が長生きだと言いますし。

僕らはほぼ同じ時期に、あの世に逝けますよ、きっと」

 

「そうなったら、素敵ね」

 

「あなたが死ぬまで、僕は側にいますからね。

だから、あなたも僕の側にいてください」

 

 

(おしまい)

 

 

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【5】唇がもたらすものー僕を食べてくださいー

 

 

 

「お腹空いたでしょう?」

 

キキは裸足のまま、隅に置かれた真新しい冷蔵庫を閉めると、戻ってきた。

 

マットレスの上でぐったりとしている僕に、よく冷えたミネラル・ウォーターを投げて寄こした。

 

乾ききった喉に、冷たい水を流し込む。

 

「食事に行きましょうか?」

 

ふわりとほほ笑んだ彼女が、胸に染み入るように綺麗だった。

 

洋服を身につけて、建物の外へ出る。

 

初夏の太陽がまぶしくて、目がチカチカした。

 

艶めくボディの車が僕の前に横付けされた。

 

目にも鮮やかなブルーのX5だった。

 

高級車の登場に驚きを隠せない僕に、キキはあごをしゃくって乗るよう合図する。

 

重低音を響かせてドアを閉めると、ブラック・レザーシートに身を沈めた。

 

「汗をかいてる。

暑いでしょ」

 

キキはセンター・コンソールを操作して、設定温度を18℃まで下げた。

 

僕の隣でハンドルを握るのは、名前しか知らない人。

 

そんな彼女に、僕は全身をさらして、身を任せたんだ。

 

涼しいエアコンの風で、徐々に汗は引いていった。

 

サイドウィンドウを流れ過ぎる景色を見るともなく、気だるい頭で眺めていた。

 

全身が重だるかった。

 

わずか2時間の間で、2回も達した僕だった。

 

30分前の自分を反芻していた。

 

 


 

僕とキキの手でイカかされた僕は、キキに命じられた。

 

「チャンミン、服を脱いで」

 

僕は両腕をあげて、Tシャツを脱いだ。

 

これでようやく僕は全裸になった。

 

「綺麗ね。

チャンミン...綺麗...」

 

僕の鼻梁を指でたどると、後ろ髪に手を差し込んだ。

 

間近でキキと僕の目が、ぶつかる。

 

キキの群青色の瞳と澄んだ白目が、くっきりとしたコントラストを作っている。

 

僕は馬鹿みたいに口を半開きにさせていた。

 

キキは僕の胸に頬を寄せ、僕の筋肉がつくるくぼみをひとつひとつなぞった。

 

僕の顔を身体を、舐めるように目で楽しみ、撫ぜて愛でていた。

 

僕はキキのいとおしむような愛撫を受けて、深い愛情を注がれていると錯覚していた。

 

(彼女と心の通い合いはまだ、ない。

でも僕はこんな状況を、受け入れている!)

 

達したばかりなのに、僕のものが再び固くなってきた。

 

「まだ欲しいの?」

 

僕は頷いた。

 

(今は、まだいい。

彼女がどんな人なのか、知るのは後だ。

今は、彼女のいやらしい愛撫を受けたい)

 

キキに手を引っぱり起こされ、僕はマットレスの脇に立たされた。

 

キキは床に膝をつく。

 

ワンピースの裾から、白くて細い足首がのぞいていた。

 

下腹部に付くほど屹立したものの根元をやさしく握って、先端に吸い付いた。

 

「あ...!」

 

腰が震えた。

 

僕の腰骨が、ミミの手で支えられる。

 

キキの大きく開けた口の中へ、僕のものが吸い込まれていった。

 

「ひっ...!」

 

短い悲鳴が上がる。

 

「チャンミン...あなた、

フェラチオは初めてなのね?」

 

その通りだった。

 

キキにされることすべてが、僕にとって初めてだ。

 

つい最近、付き合っていた女の子と別れたばかりだった。

 

憂鬱で投げやりな気持ちで帰省したのも、このせいだった。

 

大人しく奥手だった僕は、彼女をうまくリードすることができず、挿入にいたらなかった。

 

彼女をひどく失望させてしまった僕は、あっさりふられてしまった。

 

そんな僕の太ももの間で、キキの頭が揺れている。

 

信じられない。

 

夢みたいだ。

 

なんて気持ちがいいんだろう。

 

僕の反応を楽しむかのように、時おり卑猥な音をたてた。

 

キキに頬張られて、丹念に舐められ、吸われ、僕は再び快楽の沼へ背中から沈んでいった。

 

(こんな小さな口の中に、こんなに大きくなったものを突っ込まれて)

 

彼女の口内を犯しているような光景に興奮した。

 

「はっ...うっ」

 

たまらず彼女の頭をつかんで、股間に押さえつける。

 

もっと奥へもっと奥へと、彼女の喉を貫きたい。

 

彼女はいったん、僕のものから口から出すと、今度は、チロチロと亀頭を舐め始めた。

 

そうかと思うと、尖らせた舌先で裏筋をやわらかく刺激する。

 

(そこは...弱い...!)

 

僕の全神経が、股間に集中していた。

 

尿道口からあふれ出る、僕のいやらしい粘液を舌ですくい取ると、

 

じゅっと亀頭を浅く咥えて、強く吸う。

 

たまらない。

 

彼女の唇から顎へと、糸をひいたものが垂れていた。

 

僕のものを握ったまま見上げるのは、妖しい光たたえる美しい瞳。

 

たまらない。

 

あんなに激しく僕をしゃぶり続けていたのに、青白い肌色はそのままで、目尻の縁だけ赤くて。

 

もっともっと、欲しい。

 

もっと、僕を舐めてください。

 

 

強過ぎる快感を堪能しようと、僕は目をつむって天井を仰ぐ。

 

彼女の小さな頭を、撫でる。

 

柔らかい髪を指ですく。

 

こんなにも美味しそうに僕を味わう彼女が、愛おしくなってきた。

 

「チャンミン。

気持ちいいか?」

 

「うん。

すごく」

 

僕の答えに満足したのか、キキは根元を強めに握り直すと、ピストン運動を始めた。

 

「あ、あぁ...」

 

同時に、亀頭だけが咥えられ、その中で舌がグネグネと踊った。

 

「あっ」

 

ちゅるりと吸われると、僕の喘ぎ声も大きくなる。

 

喉の奥まで咥えこまれ、強めにスライドされて、強烈な快感が全身を貫いた。

 

彼女の柔らかな髪を両手でかきまわす。

 

僕の両脚の間で、上下に動く彼女の頭を、愛おしく撫でる。

 

腰が自然と前後に動き出した。

 

彼女の頭をつかんで前後に揺らしていた。

 

「あっあっ」

 

彼女を窒息させてしまいはしないか心配になって、途中で突く動きを緩めるが、

 

強烈な快感に支配された僕は、彼女の口を貫こうと、再び腰を揺らしてしまうのだった。

 

僕のものから唇を離すと、

 

「イきそうか?」

 

しごく片手はそのままに、キキは低い声で言った。

 

「う、うん」

 

「我慢しろ」

 

僕は激しく首を振る。

 

「いい子だから」

 

「む、むりっ」

 

このままじゃ、キキの口の中でイってしまう。

 

「イっちゃう」

 

彼女の口の中に、放出したい欲求と、それはいけないという、相反した考えで葛藤した。

 

もう、限界だ。

 

彼女の口から抜こうとしたら、彼女に尻をつかまれる。

 

僕の尻に、彼女の爪がくいこむ。

 

その痛みすら快感だった。

 

僕の理性はふっとんだ。

 

彼女の頭を股間に押さえつけて、がくがくと小刻みに腰を揺らす。

 

ジュボジュボと、淫らな音がしんと静かな工場内に響く。

 

全裸の僕と、膝まずいて股間に顔を埋める着衣の彼女。

 

半分は屋外のような場所で、衣服をまとわず腰を揺らす僕。

 

僕の陰毛に埋もれた彼女の美しい顔。

 

なんて光景だ。

 

僕の尻をつかむキキの指先に、力がこもる。

 

「いっ...くっ...」

 

目もくらむ快感の大波にさらわれた。

 

「くっ...!」

 

彼女の喉の奥に、僕の欲望が放出された。

 

二度、三度と絶頂の震えに襲われた。

 

「は...あぁぁ...」

 

精液を吐ききるまで、彼女は咥えたまま放さなかった。

 

 

こうして僕は彼女の口の中で、達してしまったのだった。

 

マットレスに倒れこむ。

 

まるで全速力の末、ゴールで倒れこんだ陸上選手のようだった。

 

「チャンミンは、いやらしいね。

さっき出したばかりなのに、

こんなに沢山」

 

濡れた彼女の唇から、つーっと精液が滴り落ちていた。

 

「ごめん!

中に出しちゃって、ごめん」

 

彼女の唇を覆った。

 

青臭くえぐみのある味と匂いにまみれても構わず、やみくもに彼女の唇を吸った。

 

「ごめん」

 

自分が出した白濁で、互いの口元が汚れてしまっても、全然構わなかった。

 

僕もキキも一緒に、汚れてしまえばいい。

 

キキを汚してしまった罪の意識と、彼女を征服した満足感がない交ぜになって、何が何だかわからなくなっていた。

 

「チャンミンは、可愛いね」

 

こう言って、キキは僕の頭を撫ぜたのだった。

 

 


 

以上が、30分前の出来事だ。

 

最後の一滴まで絞り取られた僕は、彼女に「食べられた」のだろうか。

 

キキに問いたいことは沢山ある。

 

「食べるって...どういう意味だ?」

 

サングラスをかけたキキは、じっと前方を向いたままだ。

 

僕がいつまでも見つめていると、

 

「アハハハハ」

と、喉をそらして笑った。

 

あまりにも大きな声で、僕はぎょっとする。

 

「そんなに可笑しいことか?」

 

「最初に言ったこと、気になってるわけだ?」

 

真っ黒なサングラスで、キキがこちらに視線を向けているかどうかは分からない。

 

「それも当然でしょうね」

 

キキは、僕の方に顔を向けた。

 

「まだ、食べていないよ」

 

「え...?

それってどういう...意味?」

 

「おいおい教えてあげるから。

チャンミンを傷つけたりはしないから、安心して」

 

キキは車を減速させた。

 

「ここでいいよね?」

 

ファミリーレストランへ車を乗り入れる。

 

巧みなハンドルさばきで狭い駐車場に車をおさめると、エンジンを切った。

 

案内されたテーブルにつくと、キキはサングラスを外す。

 

「私は、チャンミンが気に入ったんだ」

 

そう言ったキキは、まるで整い過ぎた陶人形のようで、揺らめきが一切ない平坦な目をしていた。

 

僕は、気づいてしまった。

 

キキの瞳に浮かぶ色には、「静」と「欲」の2パターンしかないことに。

 

 

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【短編】僕といて幸せだった?★

 

僕はシベリアンハスキー。

 

僕のご主人は、チャンミンという男の人だ。

 

ご主人が20何歳かの時に、子犬だった僕がご主人の元へやってきた。

 

(僕は犬だから、人間の年齢のことはよくわからない。

僕のご主人は、年をとってもずーっとご主人だ)

 

飛びついたり、吠えたり、噛みついたり、めちゃくちゃに走ったり、ものを壊したり、僕はご主人をいっぱい困らせた。

 

僕はワンパクだったからね。

 

でもね、

今は走りたくないんだ。

 

吠える元気もないんだ。

 

白内障、とかで、ご主人の顔もよく見えないんだ。

 

近頃、ご主人が優しすぎて僕は困ってしまう。

 

おしっこを失敗しても怒らないし、

 

僕の大好きなクリームパンを食べさせてくれるんだ。

 

どうしちゃったの?

 

困っちゃうよ。

 

ああ、

眠いなぁ...。

 

全くもって、眠いなぁ。

 

僕の頭を、ご主人が撫ぜてくれる。

 

気持ちいいなぁ。

 

幸せだなぁ...。

 

僕のご主人がチャンミンで、本当によかったなぁ...。

 

 

 

 

...なんて思っていてくれたらいいな。

 

僕は君にぴたりと身体をつけて、君の隣に横たわっていた。

 

毛皮のお腹をかいてやる。

 

お腹がゆっくりと上下している。

 

その動きも、次第に弱々しくなっていくだろう。

 

クリームパンをあげようか?

 

好きだろ?

 

ポテトチップスもピザも、なんでも食べていいんだからな。

 

枯れ草みたいな匂いがする、君の喉元に僕は顔をこすりつけた。

 

君が僕にするみたいに。

 

君が見ている夢の世界に、僕はするりと飛び込んだ。

 

君は僕を後ろに従えて、力強く、気持ちよさそうに走っていた。

 

ピンと尖った耳、シルバー色の艶やかな毛皮。

 

馬鹿力の君だから、めちゃくちゃに引っ張られてつんのめった僕は、転んでしまった。

 

自由を得た君は、散歩紐を引きずって公園内を走り回っていた。

 

「大丈夫ですか?」

 

後に僕の恋人となる人が、駆け寄ってきて立ち上がる僕に手を貸してくれた。

 

君が繋いだ「縁」だよ。

 

恋人のTシャツの上でおしっこをして、僕に怒られた。

 

僕と恋人が眠るベッドに勢いよくダイブしてきて、僕に怒られた。

 

僕が大事にしていたプラモデルのコレクションを、バラバラにぶち壊された時は、僕は泣きそうだった。

 

ヤキモチだったんだろ?

 

大丈夫だよ。

 

君への愛情は減ってないから。

 

君に甘い恋人は、笑うばかり。

 

休日の昼下がり、読書をする僕らの間に陣取って、君は恋人の膝に頭を、僕の膝にはお尻をのっけて、悠々と昼寝をしていた。

 

月に一度のシャンプーが大嫌いだったよな。

 

大暴れする君を、僕と恋人で抱きかかえてやっとのことで、連れていったよな。

 

太りすぎたから、「人間の食べ物」が禁止になって、犬用ビスケットが唯一のおやつだったね。

 

今ならいいよ。

 

アイスクリームでもなんでも、食べていいからな。

 

どうして君は、僕らと一緒に年をとってゆけないんだろう。

 

僕を見上げる瞳は、水色で綺麗だった。

 

僕を頼り切った、疑いのない目。

 

君は絶対に、僕を裏切らない。

 

そう。

 

君は僕がいないと生きていけないんだよな。

 

まぶたは閉じられてしまい、もう白く濁った瞳は見えない。

 

鼻の下に指を当てると、よかった、温かい湿った空気。

 

「チャンミン...。

今夜はそこで寝るんだ」

 

僕の恋人は、君を挟んで横たわり、ふわりとかけた毛布に、僕と君と恋人は包まれた。

 

僕は君と十数年過ごした。

 

君のためにもっとしてあげられたことは、あったのかな。

 

君は幸せだったかい?

 

僕はいい飼い主だったかい?

 

君の尻尾が、パタパタと床を叩く。

 

よしよし、いい子だ。

 

君は最高の犬だったよ。

 

生まれ変わって、僕の元にまた戻っておいで。

 

待ってるからな。

 

 

(おしまい)

 

 

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【短編】くまたん~Honey Funny Bear~★

 

僕の名前はチャンミン。

 

小学生だ。

 

僕のリュックサックには、相棒のくまたんが入っている。

 

くまたんは、むくむくのボア素材でできた茶色の熊のぬいぐるみだ。

 

小学生にもなって、熊のぬいぐるみを肌身離さず持ち歩いているなんて、同級生には内緒だ。

 

赤ちゃんの頃からずっと一緒だったから、革製の肉球は擦り切れ、ボタンの目玉はこれまでに何度も取れちゃった(今の目玉は、透明なプラスチックの中で青い玉が動く)。

 

大好きだったおじいちゃんが僕に贈ってくれたくまたんは、一人っ子の僕の兄弟代わりだし、引っ込み思案な僕の友達なんだ。

 

お父さんとお母さんは、そのことを知っているのに。

 

「小さな子供でもあるまいし、恥ずかしいから捨てなさい」って、僕が小学校に行っている間にゴミ袋に捨ててしまったことがあった。

 

それを知った僕は狂ったように泣いて、翌朝ゴミステーションへ捨てられるのを待つゴミ袋の中身を玄関に全部出して、生ごみにまみれたくまたんを救い出した。

 

普段大人しい僕が初めて見せるパニックぶりに、お父さんもお母さんは沢山謝ってくれて、洗剤を薄めたお湯で洗ってくれた。

 

洗濯ハサミでぶら下がったくまたんを、フクロウとかコウモリとか夜の生き物にさらわれてないか、夜中に何度も起き出して確かめた。

 

くまたんの目がとれかかると、手先が器用なおじいちゃんが付け直してくれた。

 

保育園に連れていけるように、熊のイラストの巾着袋も縫ってくれた。

 

棒みたいに細い脚をからかわれて半泣きで帰宅した日、僕は力いっぱいくまたんを抱きして、くまたんの匂いを胸いっぱい吸い込んだ。

 

僕の匂いと、この前こぼしたケチャップの匂いがする。

 

安心した僕は、眠くなる。

 

くまたんは僕のお守りだ。

 

 

くまたんが年々小さくなっていくのが、僕の悩み事だった。

 

僕の身体は年々大きくなってきたせいもあるけど、ずっと一緒にいる僕でもはっきりと分かるくらい、くまたんが縮んできた。

 

毎日ランドセルの底に押し込められてぺっちゃんこになってたし、僕に撫ぜられ過ぎてふわふわだった生地も擦り切れていたから。

 

お母さんは裁縫が苦手だし、直してくれるおじいちゃんはもういない。

 

僕はくまたんがどんな姿になっても、くまたんがいないと学校にいけないんだ。

 

 

小学4年生になった僕は、同級生の女の子に恋をした。

 

走るのがとても速くて、リコーダーを吹くのが下手くそな子だ。

 

でも、その女の子は僕をいじめなかったし、教室でうっかりくまたんが入った巾着袋を落としてしまった時も、さっと拾い上げてくれた。

 

帰り道が一緒になった時、「見せて」って言われた僕は、「うん」と言えなかった。

 

熊のぬいぐるみと登校してるなんて、とっても恥ずかしいことだとジカクしていたから。

 

「ぜーったいに、笑わないから。

ねぇチャンミン、見せて?」

 

僕はこくん、と頷いて、自販機の後ろに隠れてランドセルからくまたんを出した。

 

そういえば、家族以外にくまたんを見せるのは初めてだった。

 

その子は古いタオルみたいにくったりとしたくまたんを、ひっくり返したり、動く青い目を指で揺らしてみたりした後、

 

「バムセみたい」って言った。

 

「バムセ?」

 

「外国の映画に出てくるの。

バムセっていうぬいぐるみが。

ロッタちゃんっていう女の子が大事にしてるの」

 

「へぇ...。

バムセも熊なの?」

「ううん、バムセは豚だよ」

 

「豚...」

 

「この子の名前は?」

 

「名前はないけど...『くまたん』って呼んでる...」

 

絶対に僕をケーベツするって思った。

 

でもその子は、

 

「ふうん。

くまたんをキーホルダーにしたら?

ぎゅっと小さくして。

それなら、学校へセイセイドードーと持っていけるよ?」

 

いいアイデアだと思った。

 

「どうやってキーホルダーにするの?」

 

「お母さんに頼んでみたら?」

 

「お母さんは、ミシンとか縫うとか嫌いなんだ」

 

「そっかー。

いい方法があると、いいよね~。

やっぱり、ぬいぐるみを学校に持っていくのはマズイわよ」

 

僕はもう10歳だけど、くまたんナシで学校に行くなんて無理だった。

 

くまたんを両手で握ってボールみたいにしてみた。

 

うん、小さく、はなる。

 

これに、キーホルダーの金具をつけたらいいかもしれない。

 

金具ってどこに売ってあるんだろう、と考えているうちに僕は眠くなってしまった。

 

くまたんの匂いを嗅ぐと、僕はすやすやと眠れるんだ。

 

いつもの朝のように、僕の下敷きになっているだろうくまたんを手探りした。

 

くまたんがいなかった。

 

ベッドの下を覗いた、シーツもはがしてみた、クローゼットの中も、ランドセルの中も探した。

 

勝手口のゴミバケツの中もあさってみたけど、くまたんがいない。

 

涙がじわっと出て来たけど、一日中くまたんを探したかったけど、僕はぐっと我慢した。

 

お母さんは『女手一つ』で僕を育てているから、泣いたりしてお母さんを困らせたくなかった。

 

朝ご飯を食べ終えて、僕はのろのろとランドレスを背負った。

 

くまたんが入っていないのに、いつもよりランドセルが重かった。

 

心細い気持ちのまま校門を通った時、肩を叩かれて振り向いたら、その子が「おはよう」って。

 

その子はじぃーって僕のことを見て、しつこいくらいに見るから「なに?」って、ちょっと怒った風にきいたら、

 

「キーホルダーは止めたんだ」って言うから、僕は意味が分からなかった。

 

その子は僕の胸のあたりを、指さした。

 

「アップリケにしたんだ。

いいアイデアだね」

 

僕の紺色のトレーナーの胸に、くまたんがワッペンみたいにくっ付いていた。

 

男子が可愛いクマのアップリケだなんて、余計に恥ずかしいと思った。

 

だから、その日はいつも以上にうつむいて過ごしたし、教科書で胸を隠していた。

 

くまたんを隠すのに一生懸命だったから、ぬいぐるみのくまたんがランドセルにいなくて寂しい気持ちを忘れていた。

 

「安全ピンで取り外しができたらいいね。

そうすれば、違う服にも付けられるし、みんなに見られないところにも付けられるよ」

 

胸にくっついたくまたんは、ぬいぐるみだったくまたんとおなじ茶色で、ふかふかだった。

 

くまたんは恥ずかしいけど、くまたん無しで学校に行くのはやっぱり心細いのだ。

 

紺のトレーナーは洗濯機に入れないようにして、次の日も着て行こうと思った。

 

でも、毎日同じトレーナーを着ていけないし、困ったなぁって思った。

 

翌朝、くまたん付きの紺のトレーナーを着ようとしたら、胸のアップリケが消えていた。

 

どうして?

 

悲しくて泣きそうになりながら、別のトレーナーを着て登校するしかなかった。

 

ランドセルにはぬいぐるみのくまたんはいない、胸にもくまたんがいない。

 

体育の授業で着替えをしているとき、ズボンのボタンの横のあたりにくまたんがいた。

 

トレーナーの裾に隠れていたから、分からなかったんだ。

 

次の日は靴下に、その次の日は膝小僧に、そのまた次の日は下着のパンツに。

 

「今日はどこにいるかな?」って、くまたんを探すのが楽しみになってきた。

 

家ではいなかったのに、学校に着いてから登場する日もあった。

 

その子も毎朝、僕を見ると「今日はどこ?」ってきいてくれた。

 

 

小学6年生になった時、僕はあることに気付いた。

 

その日のくまたんは、僕のセーターの真ん中に直径30センチのアップリケとなって登場した。

 

家を出る時は小さかったのに、学校についてジャンパーを脱いだら大きくなってたんだ。

 

みんなに笑われるから、もう家に帰ろう、って思った。

 

両手で隠していたら、担任の先生から「お腹でも痛いの?」って聞かれた。

 

誰も僕を笑わなかった。

 

不思議に思った僕は、近くにいた同級生に初めて自分から声をかけて、「セーターに何か付いてる?」って質問したんだ。

 

そしたら、「何もついていないけど...?」って答えるんだ。

 

次に、僕の好きなその子を廊下まで連れて行って、同じことを質問した。

 

「今日は大きなくまたんね」って。

 

くまたんは、僕とその子にしか見えないみたいだった。

 

不思議だったけど、当時の僕は子供だったから、「そういうこともあるんだなぁ」、って素直に受け取った。

 

それからもくまたんは日替わりで登場し、くまたん探しが楽しかった僕は休むことなく小学校を卒業した。

 

 

その子は私立の中学校へ進学していき、顔を合わせることもなくなってしまった。

 

暗い子だった僕も、化学や物理の面白さを知り、部活動に夢中になり、3人ばかりの友人ができた。

 

くまたんも、1週間おきに、1か月おきにと出没するペースが少なくなってきて、中学2年に進級する頃には、ほとんど登場しなくなった。

 

くまたんがいなくても、僕は平気になっていた。

 

でも、挫折して悔し涙を流す時、大きなイベント前で緊張した時などに、ほんの短い時間だけ現れる。

 

ぬいぐるみのくまたんでも、キーホルダーのくまたんでもなく、やっぱり胸のアップリケの形をとって。

 

平和で、とぼけた顔のくまたん。

 

僕の左胸で、ファニーな笑い顔のくまたんが、ハイペースな鼓動を鎮めてくれるんだ。

 

 

待ち合わせの改札口に、早歩きで向かう僕の胸にはくまたんがいる。

 

入社試験の時以来だったから...7年ぶりの登場だった。

 

僕の非常事態をくまたんが察してくれたんだ。

 

大の大人が、熊のアップリケだなんて恥ずかしくて仕方がないけれど、くまたんは僕にしか見えない。

 

腕時計に視線を落としていた彼女は、近づく僕に気付いて小さく手を振った。

 

彼女は片手で口元を隠して、くくっと笑った。

 

「くまたんを久しぶりに見た」って。

 

「やっぱり、見える?」

 

「ええ、もちろん」

 

僕も照れ笑いのまま、彼女の背をそっと押した。

 

「行こうか?」

 

僕は今日、彼女に交際を申し込むつもりなんだ。

 

 

(おしまい)

 

 

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【4】見られながらー僕を食べてくださいー

 

 

僕は車を停めると、廃工場に向かって大股に歩く。

 

自宅から徒歩で20分、車だと5分もかからなかった。

 

繁殖力旺盛なつる草が、割れた窓ガラスから工場内に侵入している。

 

1メートルほど開いたシャッターの下を、僕はひざをついてくぐって入った。

 

(自分はどうかしてる。

もの欲し気に、訪れたりして)

 

「キキ!」

 

(でも、自分を抑えられないんだ)

 

僕の声だけが、広い空間に響く。

 

床はコンクリート張りで、鉄骨に吹き付けた際に漏れた塗料が赤く染めている。

 

「キキ!」

 

もう一度大声で叫ぶと、

 

「こっちだよ!」

 

声がした工場の裏手に回る。

 

「おはよう」

 

サングラスをかけたキキが、僕に向かって手を上げた。

 

この日のキキは、長い黒髪をうなじでひとつでまとめ、ひざ丈の赤いワンピースを着ていた。

 

血の気のない肌がワンピースの色のおかげで、心なしか血色があるように見えた。

 

洗濯ロープに、真っ白なシーツがはためいていた。

 

「昨日、チャンミンが汚しちゃったでしょ?」

 

「ごめん」

 

恥ずかしくなってうつむいた。

 

工場の裏手は谷になっていて、下には谷川が涼し気な水音をたてている。

 

風に飛ばされないよう、シーツを洗濯ピンチで止め終えたミミが、僕のそばにゆっくりとした足取りで近づく。

 

「私に会いたかったの?」

 

キキは僕の真ん前に立つと、見上げた。

 

サングラスが瞳の色と、目の下の隈を隠していた。

 

僕は頷いた。

 

キキを前にすると、僕はとたんに無口になってしまう。

 

事実、昨日も喘ぐ声しか漏らしていなかった。

 

僕ののどがごくりと鳴る。

 

これから何が始まるのか期待が膨らんだ。

 

それも、エロティックな期待に。

 

キキは、僕の全身を上から下へと眺めまわすと、腕をすっと持ち上げた。

 

僕の視線は、キキの指先に釘付けだった。

 

キキの指先が、僕の手の甲から二の腕に向かって撫で上げる。

 

腕の産毛だけをかするような、羽のようなタッチで、それだけで僕はぞわっと鳥肌がたち、ため息が出てしまった。

 

僕の胸が大きく上下した。

 

「ここじゃなんだから、中に入りましょうか?」

 

キキは僕の腕から手を離すと、親指を立てて工場裏手のドアの方を指した。

 

「......」

 

明るい外から室内に入ったため視界は暗く、僕は戸口に立って目が慣れるのを待つ。

 

キキは歩調をゆるめることなく、あちこちに放置された鉄骨の間をすり抜けて行った。

 

サングラスを外したキキは、遅れて近づいた僕に対面した。

 

(やっぱり...)

 

気が動転し、欲情に支配されていた昨日は、後回しにしていた疑問。

 

(キキとどこかで会ったことがある)

 

キキに襲われた時、僕の胸をかすめた考えが確信に変わる。

 

(どこで会ったんだろう...?

そんなことより、今は...)

 

これから何が始まるかは、分かりきっている。

 

僕の胸に、欲の炎がともる。

 

身をかがめキキの片頬に手を添えると、唇を重ねた。

 

今日は拒まれなかったことに安心しながら、彼女の唇の柔らかさを楽しんだ。

 

触れた時はひやりとしていた彼女の唇は、何度も顔の向きを変えてキスをしているうちに、温かくなってきた。

 

半分閉じられた彼女の長いまつ毛や、短い前髪の下の形のいい眉毛が間近に迫っている。

 

(美しい人だ)

 

うっすら開けたキキの唇の隙間から、僕は舌を侵入させた。

 

キキの舌を追いかけながら、これも拒まれなかったことに安堵していた。

 

口腔を舌先でくすぐられるたび、僕の下腹に熱い疼きが走る。

 

ねっとりと舌をからめ合い、味わい尽くす。

 

キキとのキスは甘い味がした。

 

キキは僕の首に、腕をまわす。

 

興奮で火照った首筋に、キキの冷たい腕が心地よかった。

 

ふっとあの甘い香りが漂ってきた。

 

その香りを胸いっぱいに吸い込んだ僕の頭に、陶酔の壺に後ろ向きでダイブするイメージが浮かんだ。

 

いつしかキスは激しくなり、僕の全身はますます熱く火照ってきた。

 

キキは耳元に唇をよせ、ささやいた。

 

「こんなに勃たせちゃって」

 

(あ...)

 

僕の股間は、デニムパンツの中で圧迫されてはちきれそうだった。

 

痛いくらい窮屈だった。

 

僕らはキスを再開する。

 

(たまらない)

 

僕らはもつれるように、隅に敷かれた真っ白なマットレスに倒れこんだ。

 

マットレスの上を壁際まで下がった僕に、キキがのしかかる。

 

ねっとりとしたキスと同時進行に、ワンピースの上からキキの胸に手を這わせた。

 

これも拒まれなかった。

 

小ぶりの乳房を、手の平でもんでその柔らかさを楽しむ。

 

ところが、ワンピースの下に手を差し込もうとした時、手首をつかまれ耳の高さに押さえつけられた。

 

男の腕でも、抗えないほどの鋼鉄のような力。

 

もう片方の手も、同じように押さえつけられた。

 

キキは手首から手を離すと、僕のベルトを外し、パンツのファスナーを下げた。

 

キキの拘束から解かれても、僕の両手は万歳のポーズのままだ。

 

パンツを脱がされる。

 

そしてキキは、下着の上から僕の膨張した部分に手を当てた。

 

腰が、かすかにぴくりとする。

 

「今日もこんなに濡らしちゃって」

 

下着の一点が、ジュクジュクに濡れているのが分かる。

 

キキは満足そうに口角を上げると、僕の最後の場所を覆っていた下着を、一気に引き下ろした。

 

のどが鳴る。

 

僕は、上はTシャツを着たまま、下半身はむき出しの裸にされた。

 

こんな恥ずかしい恰好も、僕の興奮を煽った。

 

そして、これからはじまるであろうことを思うと、それだけで猛々しくなってしまう。

 

「脚を広げて」

 

「え?」

 

壁にもたれた状態の僕の両膝を、キキは軽く押す。

 

素直に従い、僕の両腿は大きく開かれた。

 

欲の色が浮かんだキキの瞳は群青色に輝いて、そこから目がそらせなかった。

 

行き止まりまで追いつめられ、あとは襲われるのを覚悟して待つ被捕食者のように。

 

「どこを触ってほしい?」

 

「え...?」

 

「触って欲しいところを教えて」

 

(そんなこと...恥ずかしくて言えないよ)

 

僕は目を反らす。

 

大股を広げた僕の前に、キキは横座りした。

 

陶器のようななめらかな白い頬をゆがませて微笑する。

 

「言えないの?」

 

横座りをしたキキは、僕の睾丸を手のひらにのせると、やさしくもみほぐした。

 

「は...あぁ...」

 

深い吐息を漏らす。

 

やわやわと壊れやすいものを扱うように、その動きは優しい。

 

キキの手が、僕の陰毛を逆立てるように指ですく。

 

キキは身を伏せると、僕のふくらはぎに唇をつけた。

 

そして、膝裏からつつーっと舌を這わせ、脚の付け根に到達すると、内ももに戻る。

 

その道筋から、さざ波のような震えが広がった。

 

膝裏から内ももをたどり、脚の付け根まで舌を這わせると、ふくらはぎに戻る。

 

キキの舌がふくらはぎから膝裏、内もも、脚の付け根に到達すると、再びふくらはぎに戻った。

 

「もっと...」

 

焦らすような動きに、耐えられなくなった僕は口走ってしまった。

 

「もっと...上」

 

「ここ?」

 

「そう、そこを」

 

キキは、そそり立った僕のものに人差し指を当てると、揺らした。

 

指を離した弾みで、バネのように下腹を叩く。

 

「触って」

 

「ふふふ」

 

「あっ...駄目っ」

 

シャワーを浴びていないことに気付いて、自分の股間に顔を近づけたキキを押しとどめた。

 

「汚いから...」

 

「可愛いね」

 

くすっと笑うとキキは僕の先端に、チュッと音をたてて軽いキスをした。

 

「うっ」

 

快感がはじける。

 

昨日から僕が求めていた行為が始まった。

 

キキはゆっくりと、根本から上に向かってゆっくり舌を動かしていった。

 

「は...あっ...」

 

全身が粟立つ。

 

次は、僕の硬さを楽しむようについばむように、唇を動かした。

 

キキはまだ、咥えない。

 

僕の先からは、とめどなく先走りが流れ出る。

 

根元から這ったキキの舌が、先端に戻った。

 

「うっ...」

 

尿道口をちろちろと、舌先で遊ぶ。

 

「あっ...はぁ...」

 

僕の淫らな声が、しんとした工場内に響く。

 

キキの舌先が離れた瞬間、唇から糸がひいて、僕の興奮は増していった。

 

「可愛い...チャンミン、可愛いよ」

 

先走りとキキの唾液で、僕のものはてらてらと光っている。

 

「いやらしい...濡れ過ぎよ」

 

その言葉に煽られて、全身の血流が沸騰しそうだった。

 

(たまらない。

 

僕は...はしたない男だ)

 

ふとキキは顔を上げると、身を起こした。

 

首をそらして喉をみせていた僕は、顔を戻す。

 

途中で止められて、お預けをくった僕は、恨めしそうな表情をしているに違いない。

 

「ここからは、自分でやって」

 

「え...?」

 

「続きはチャンミンがやるの」

 

キキは僕の手をとって、握るよう促した。

 

「私に見せて」

 

(なんて恥ずかしいことを...)

 

 

「オナニーしているところを、私に見せて」

 

(!)

 

キキに射すくめられた僕は、拒めない。

 

おずおずと、熱く硬く脈打つものを握る。

 

僕の先走りとキキの唾液が合わさって、とろとろと滑りが良かった。

 

普段、自分でそうするように上下にしごく。

 

キキは僕の脇ににじり寄ると、耳の穴に舌先を差し込んだ。

 

「あ...」

 

温かい舌の感触と、柔らかく吹き付けられた息に、背筋まで震えが走った。

 

キキは僕の耳たぶを甘噛みした。

 

一瞬噛まれるか、と覚悟したが、今日は違った。

 

ピストン運動の速度が増す。

 

キキは僕の唇を塞いだ。

 

ぴったりと唇が合わさって、僕は息継ぎが出来ず次第に苦しくなってきた。

 

首を振って逃れようとしたが、キキは許さない。

 

目もくらむほどの快感に支配されていた僕は、キキの口の中へ喘ぎ声を注ぐ。

 

(苦しい。

でも、気持ちが良すぎて、狂いそうだ)

 

「うっ...」

 

(快感を生んでいるのは、自分自身の手だということ。

 

自慰の姿が、キキの視線にさらされていること。

 

熱っぽくかすれた、自分自身の甘い喘ぎ声。

 

下半身だけをさらした羞恥の姿。

 

この状況が興奮を呼んで、たまらない)

 

キキは僕のつんと勃った乳首を吸った。

 

「あぅっ」

 

「真っ赤になってる。

昨日はいじめ過ぎて、ごめんなさいね」

 

腫れた左乳首の先を、愛おしそうに舌全体で舐め上げた。

 

亀頭が膨らみ固くなってきた。

 

射精の時は近い。

 

僕はたまらず、キキの手を取ると、自分のものを握らせた。

 

キキの手を覆って、一緒にしごく。

 

「チャンミン...いやらしい子」

 

僕はキキの後頭部を勢いよく引き寄せて、唇を奪う。

 

呼吸もままならなく苦しくなると分かっているのに、自分をもっと極限まで追い込みたい欲求に突き動かされていた。

 

(息が出来ない。

苦しい。

なんて気持ちがいいんだ)

 

頭が真っ白になる。

 

僕の目はうつろで、どこにも視点を結んでいない。

 

「まだイかないで」

 

「無理っ」

 

目をつむって頭を反らす。

 

呼吸が荒くなる。

 

「我慢して」

 

「む...りだ...!」

 

歯をくいしばる。

 

「あっ...」

 

快楽から気をそらせようとしたが、限界だ。

 

「い...くっ...」

 

下腹がびくびくと痙攣した。

 

握ったキキの指の間から、精液が勢いよく飛び出る。

 

「っく!」

 

キキの上腕に、白濁した粘りが跳ね跳んだ。

 

 

僕はまた、キキの手で達してしまったのだった。

 

 

 

下半身だけ露わにして、大股を広げて、胸を大きく上下させて呼吸が荒い。

 

キキは、僕のまぶたにキスをし、汗で張り付いた僕の髪をかき上げると額にキスをした。

 

僕はキキの胸にもたれ、彼女に髪を撫でられるままでいた。

 

虚脱感いちじるしいのに、僕の心は幸福感に包まれていた。

 

 

(美しいこの人にすべてを見られ、

欲望を吐き出し、

受け止められ、

僕は、幸せだ)

 

息が整いつつある僕は、キキの腕の中で問う。

 

「キキ...君は、誰だ?」

 

順序が逆になっていた。

 

キキにすべてを見せる前に知るべきだったこと。

 

キキは、腕の中の僕を覗き込む。

 

「知る必要がある?」

 

その目は墨色で、平坦で固い声だった。

 

 

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