(4)ハグを邪魔されてーハグしたいですー

 

 

前夜、練習に参加できなかったチャンミンは、テツから祭事の流れのレクチャーを受けていた。

 

「神さんを山車(だし)に乗せて御旅所(おたびしょ)に運ぶ行列がある。

途中、氏子の家を回るから…そうだな5kmは歩く。

お前さんの役目は、四神旗を掲げて歩くことだ!

重いぞぉ。

そんなひょろっとした身体じゃ、心配だな…」

 

テツは疑わしい目で、チャンミンの身体を舐めまわす。

 

「心配ご無用です!」

 

チャンミンはドンと胸を叩く。

 

「僕はこう見えて鍛えているんですよ。

テツさん、見ます?」

 

テツは、Tシャツの裾をまくろうとするチャンミンの手首を押えた。

 

「馬鹿たれ!

男の裸なんぞ、見たくもない!

お前の女に見せてやれ!」

 

「『女』ですか...」

 

チャンミンは、がっくりと肩を落とした。

 

(見せましたよ。

ミミさんに、僕のすべてを見せましたよ。

のぼせてひっくり返って、恥ずかしい恰好で。

ミミさんだけじゃなく、お母さんにも、お義姉さんにも、

僕の『生まれたままの姿』を見られちゃいましたよ。

丸ごと見られちゃいましたよ。

朝ごはんの時、何でもないふりをするのが大変でしたよ)

 

「どうした?」

 

黙りこくっているチャンミンに気付くテツ。

 

「女はいねぇのか?

そりゃ気の毒だな。

姪っ子を紹介してやりたいが、中学生だしなぁ...」

 

 

ぶっきらぼうで口は悪いが、テツさんは面倒見がよく、人見知りするチャンミンだったにも関わらず、気兼ねなく会話が出来た。

 

煙草をうまそうに吸うテツの方をちらりと見る。

 

(よし!)

 

チャンミンはひざを叩いた。

 

(ミミさんには悪いけれど、暴露しますよ)

 

「実はですね。

僕はミミさんの『かれし』なんですよ」

 

テツの耳元でチャンミンは、ささやいた。

 

「何だって!?」

 

テツの口からぽろりとタバコが転げ落ちた。

 

「そうなんです。

熱愛中なんですよ。

ぐふふふ」

 

「ほほぉぉ」

 

テツはニヤニヤしながら、チャンミンの耳元でささやく。

 

「お前たち...もう男と女の関係か?」

 

「テツさんも好きものですねぇ。

言い方がえっちですねぇ」

 

チャンミンは言葉をいったん切って、こほんと咳ばらいをした。

 

(よし!

これも暴露しちゃおう)

 

「実はですね...まだなんです」

 

「何だってぇ!?

お前の...使いものにならないのか?」

 

テツは視線を下に向ける。

 

「テツさん!

僕のは正常です!

いつでも準備オーケー、臨戦態勢です!

ただ、タイミングというか、いろいろと障害がありまして...」

 

ごにょごにょつぶやくとチャンミンは、頬をふくらませた。

 

「そりゃ、気の毒だなぁ...」

 

テツはチャンミンへ憐れむ眼差しを向けると、ペットボトルのお茶に口をつけた。

 

 

二人は神社の階段に座り込んで、女性陣が配り歩いた茶菓子でひと休憩中だった。

 

強い日差しが境内の巨木の枝に遮られて、そよ風が涼しく、力仕事でかいたチャンミンの汗はひいていった。

 

実は、チャンミンの心の奥底には「あること」がしこりとなって、チャンミンを落ち着かなくさせていた。

 

(初日の夜、

 

ケンタ君とソウタ君とお風呂に入った時、聞き逃せないことを二人は話していた。

 

のぼせて頭が回っていなかったから、深く考える余裕がなかったけれど。

 

ミミさんとゆっくり二人きりになれていないから、ミミさんに問いただすこともできなかった。

 

怖くて聞けないってことも、あるんだけれども...)

 

再び黙り込んだチャンミンに、テツは口を開いた。

 

「ミミはべっぴんだからなぁ。

年は離れているだろうが、大人の女に手ほどきしてもらうのも、男冥利につきるんではないかい?」

 

そこで口を切ると、

 

「ミミを支えてやれよ。

あの子も、苦労したからなぁ...」

 

「...苦労って、ミミさんに何かあったんですか?」

 

チャンミンは身を乗り出す。

 

「うーん。

直接本人の口から、聞くのが一番だと思うんだけどなぁ」

 

「いいえ!

僕は『今』、知りたいです!

 

(これこそが、僕の心のしこりの核心に違いない!)

 

チャンミンはテツの二の腕をつかんだ。

 

「お前、ミミとどれくらいになる?」

 

「4か月と15日です!」

 

「まだそれくらいか?」

 

テツは渋る。

 

「ミミさんを好きになって、2年になります!」

 

「うーん」

 

「僕はミミさんのことが大好きなんです。

どんなことでも、受け止めますよ」

 

テツはチャンミンをじっと見据え、チャンミンも目をそらさない。

 

「わかったよ。

だがな、ミミを問い詰めたりするなよ。

おいおい打ち明けてくれるだろうからな」

 

「はい!」

 

チャンミンは汗でべとつく手のひらを、ジャージのパンツで拭く。

 

テツが口を開こうとした時、

 

「待ってください...」

 

と、チャンミンが制した。

 

「もしかして...、

カンタ君は...、

ミミさんの実の子ってことは...ないですよね?」

 

カンタは、騒がしい弟たちの正反対の性格の持ち主で、大人しくのんびりとしている。

 

(きれいな顔をしているし、目のあたりがものすごく似ていた!)

 

テツは、目を丸くしてチャンミンを見た。

 

「カンタ君を産んだものの、育てられない事情があって、ヒトミさんが代わりに育てているのでは?」

 

「馬鹿たれ!」

 

テツはチャンミンの頭をはたいた。

 

「いでっ!」

 

「なんでそこまで話が飛躍するんだよ!

カンタはヒトミさんのれっきとした、実の子だよ!」

 

「痛いです。

僕の頭は負傷してるんですよぉ。

テツさんが、深刻そうな顔をするからですよ」

 

「馬鹿たれ!

にこにこ笑って話せるわけないだろうが!」

 

チャンミンは、たんこぶに直撃した頭をさすりながら、テツの話を聞いた。

 

 


 

 

(ミミさんに会いたいです!

無性にハグがしたくなりました!)

 

チャンミンは立ち上がると、砂がついたお尻をはたいた。

 

「あっ、こらっ!

どこ行くんだ!」

 

「テツさん、ごめんなさい。

緊急事態が起きました」

 

「馬鹿たれ!

準備の途中だぞ!」

 

「2時間後に戻ってきますから!」

 

そう言うと、チャンミンは駆けていった。

 

 


 

 

「ミミさんはどこですか!」

 

縁側で爪を切っていたゲンタは、突然ふってきた大声にびくりとする。

 

玄関からミミを呼んでも応える声がなかったから、どうやら皆はそれぞれの持ち場に散っているようだった。

 

ミミの実家は高台にあるため、坂道を駆けてきたチャンミンの顔中、汗まみれだった。

 

「指を切っちまうところだったぞ!」

 

チャンミンに驚かされて、ゲンタは仏頂面だ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい...はあはあ」

 

チャンミンはひざに手をついて、荒い息を整える。

 

「ミミさんは...はあはあ、

ミミさんは...どこですか?」

 

「ああん?

ミミは、セイコさんと買い物に行ってるよ」

 

「どこですか!!」

 

ゲンタに教えられたのは、車で20分先にあるショッピングセンターだった。

 

「いつ戻ってくるって言ってましたか!!」

 

「知らん!

そんな大声出されるほど、耳は遠くない!!」

 

「そんなぁ。

あ、でも、もうすぐお昼ですよね。

お昼には戻ってきますよね?」

 

「どうだろうなぁ。

台所に握り飯が用意してあったから、

向こうで昼めしを食ってくるかもしれんぞ?」

 

「わかりました!」

 

チャンミンはゲンタに軽く頭を下げると、踵を返した。

 

(僕は今、ミミさんを抱きしめたくてたまらないんです!)

 

チャンミンは神社まで取って引き返す。

 

境内から子どもたちの声が聞こえ、チャンミンはとっさに身をかがめた。

 

(危なかった)

 

今ここで、ケンタたちに見つかると面倒だ。

 

チャンミンは、わずか1日で子供たちにべったりと懐かれていた。

 

今朝は、鬼3人に追い掛け回されている途中、隙を見て大人気なくも、大人の全速力を発揮して、逃げ出してきたのだ。

 

(逃げるのは僕ひとりで、鬼が10人に増えたら、僕は抜け殻になってしまう!)

 

ぞっとして、チャンミンは両腕をさすった。

 

(そんなことより、ミミさんだ!)

 

 

子どもたちに見つからないよう、手水舎の裏を回って社務所へ向かうと、中で油を売っているテツがいた。

 

「テツさん!」

 

「もう戻ってきたんか?」

 

「いいえ、まだ済んでいません。

テツさん、車を貸してください」

 

「はぁ?

何で車が必要なんだ?」

 

「いいから!

鍵を渡してください」

 

チャンミンの剣幕に押されてテツは、

 

「鍵は付いたままだよ。

...おい!

車を持っていかれて、俺はどうするんだ?」

 

「歩いて帰ってください。

いい運動になりますよ」

 

チャンミンはテツの突き出たお腹を、冷めた目で見ると、ため息をついた。

 

「仕方ないですね。

ここで2~3時間おしゃべりしててください。

後で迎えにきますから。

じゃあ、急いでいるんで!」

 

会釈すると、チャンミンは駆けていった。

 

「なんだい、あいつは...

騒がしい奴だな...」

 

 


 

 

(これだから田舎は物騒なんだから!)

 

神社の駐車場に並ぶ、似たような車の中から記憶にあるナンバーを頼りに、テツの車を見つける。

 

鍵が刺さったままのテツの車に、チャンミンは乗り込む。

 

ハンドルにしたたか膝を打ち付けて、チャンミンは舌打ちをする。

 

「あーもー!」

 

温厚なチャンミンにしては、珍しいことだ。

 

(どうしてこんなに狭いんだ!)

 

テツの車は軽トラックだったため、シートを下げることも、背もたれを倒すこともできず、その狭い空間に長い脚を押し込む。

 

クラッチペダルとシフトレバーを確認すると、チャンミンはそろそろと発車させた。

 

(マニュアル車は久しぶりだから...難しい)

 

途中、何度かノッキングを繰り返していたが、次第にコツをのみこむと、アクセルをふかしてスピードを上げた。

 

目指すはショッピングセンター。

 

午後にはミミに会えるのに、この時のチャンミンはとにかく早くミミに会いたくて仕方なかったのであった。

 

 

 

(つづく)

 

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(3)ハグを邪魔されてーミミの涙ー

 

 

翌朝。

 

1つのテーブルを囲むには11人は多すぎるため、昨夜と同様に、居間のテーブルと台所のテーブルと分かれての朝食風景だった。

 

ミミの祖父ゲンタ、祖母カツ、父ショウタ、母セイコ、ギプス足の兄リョウタ、兄嫁ヒトミ、甥っ子カンタ、ケンタ、ソウタ。

 

そして、ミミとミミの後輩チャンミン(実は彼氏)。

 

早く遊びたくて仕方がないケンタとソウタは、ガツガツとご飯をかきこみ、兄嫁ヒトミに叱られている。

 

弟たちとは正反対に、カンタはのんびりと箸を動かしている。

 

朝の情報番組釘付けなのは、父ショウタと兄リョウタ、祖母カツ。

 

母セイコはチャンミンのお代わりをよそっている。

 

「なんだかお祭りみたいですねー」

 

納豆かけご飯を口いっぱいにほお張ったチャンミンは、明るい声で言う。

 

「ふん、祭りは明日だよ」

 

ずずずっとみそ汁をすすりながら、祖父ゲンタはしゃがれ声で言う。

 

「お前さんは、張り切りすぎなんだ。

うるさいったらありゃしない」

 

寝不足気味のゲンタは不機嫌そうだ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい。

僕は、寝言やいびきがひどいんです。

 

チャンミンとは一緒に寝られないって、よく言われるんです。

ねー、ミミさん?」

 

チャンミンは隣のミミに同意を求める。

 

「ぶはっ」

 

コーヒーを飲んでいたミミは、吹き出す。

 

(この子のことだ。

うっかり口を滑らしたふりをして、暴露しそうな予感がする。

...って内心ヒヤヒヤしていたら、悪い予感は的中しちゃったじゃないの)

 

「やだなぁ、ミミさん、汚いですね」

 

ティッシュをとってミミの顔を拭こうとする。

 

「じ、自分でできるから!」

 

ミミはチャンミンの手を押しのけると、そばにあった台ふきんで口元を拭いた。

 

「ミミさん、

それは雑巾ですよ」

 

「チャンミン、うるさい」

 

「ゆうべは僕がミミさんを寝かさなかったせいですね。

寝不足で頭が回ってないんですね」

 

「なっ!

別々に寝たじゃない!」

 

「結果的には別々でしたけどね。

仕方なく別々でしたけどね」

 

「!」

 

(チャンミンの馬鹿馬鹿!

意味深なことを言わないでよ!

やっぱり、昨夜のことを根に持ってるわね)

 

テーブルの下のチャンミンの脚を蹴る。

 

「痛いです!

会社の『後輩』に暴力をふるったらダメですよ」

 

チャンミンは「後輩」に力を込めて言うと、クロワッサンをちぎって大きな口に放り込んだ。

 

「うるさいわね」

 

チャンミンがミミの脚を蹴った。

 

「痛いなぁ!」

 

ミミはムキになってチャンミンを蹴り返す。

 

『ミミさん!』

 

チャンミンはミミの耳元でささやく。

 

「何よ!」

 

『じゃれつかないでください。

“職場の後輩”設定でしたよね。

バレちゃいますよ』

 

「!」

 

ミミは周囲がしんとしていることに気づいた。

 

「え...っと...」

 

3人の子供を除いた、大人たちが箸を止めてミミとチャンミンを注目しているのだ。

 

「......」

 

 

突然、チャンミンは立ち上がった。

 

「えーっとですね、皆さん」

 

コホンと咳ばらいをした。

 

「ゆうべは、

僕の生まれたままの姿という...、

お見苦しいものをお見せしてしまいまして、あのー、

申し訳なかったです」

 

チャンミンは頭を下げる。

 

「気にすんな!

俺の方が立派だけどな、ハハハっ」

 

「お父さんったら」

 

はやしたショウタの肩を押して、セイコはいさめる。

 

(う...恥ずかしいです。

覚えていない分、恥ずかしいです)

 

 

「おじちゃん!」

「遊ぼ―」

 

食事を終えたケンタとソウタが、チャンミンの背中に飛びついた。

 

「は~や~く~!」

「おじちゃん、のろま~」

 

「ケンタ!ソウタ!」

兄嫁ヒトミの叱責がとぶ。

 

「僕は”おじちゃん”じゃないよ」

 

チャンミンは小さなモンスターたちに、ぐらぐらと背中を揺さぶられる。

 

「”お兄さん”って呼ばないと、遊ばないよ」

 

「やだ~」

 

ソウタがチャンミンの首にかじりついた。

 

「仕方がないですね」

 

「ごちそうさまでした」と言ってチャンミンは席を立つと、ソウタをおんぶし、ケンタの手を引いて部屋を出ていった。

 

真っ赤な顔をしたミミは、下を向いてぼそぼそとトーストをかじっていた。

 

 

(チャンミンの馬鹿!馬鹿!)

 

 


 

 

ミミさん、ごめんなさい。

 

ミミさんをからかうと楽しいです。

 

ちょっとやり過ぎましたかね?

 

いちいちムキになるミミさんが可愛いです。

 

確かに僕は、ミミさんと比べると若いですよ。

 

ミミさんが、年の差を気にしていることは、十分わかっていますよ。

 

僕がその壁を壊してあげますから。

 

でもね、僕も年の差を気にしてるんですよ。

 

年相応にみられない自分がコンプレックスなんですよ。

 

 


 

朝食後は、翌日の準備にとりかかるため、それぞれが持ち場に向かった。

 

からりとよく晴れ、機材をのせた軽トラックが走り回り、祭り旗を揚げる掛け声が遠くから聞こえる。

 

学校が休みの子供たちは、いつもと違う雰囲気に興奮を隠せず、まとわりついては大人たちの邪魔をしている。

 

ミミは母セイコと共に、宴会会場になる広間を掃除していた。

 

ふすまを外して、畳敷きの3部屋をつなげて広々とさせた。

 

縁側の雨戸も開け放ち、空気を入れかえた。

 

「ミミ」

 

座布団を干すため縁側に並べていたミミに、セイコが声をかけた。

 

その固い声に、ミミは「とうとうきたか」と気を引き締めた。

 

「そこに座りなさい」

 

正座をしたセイコの正面に、ミミも座る。

 

(何を言われるか、想像がつく!)

 

緊張のあまり、ミミの手の平はすでに汗ばんでいた。

 

「チャンミン君とは、どういう関係なの?」

 

(やっぱりお母さん、単刀直入にきたか)

 

「単なる『後輩』じゃないでしょ?」

 

「...うん」

 

ミミは観念して、あっさり認めることにした。

 

「お付き合いしてるんでしょ?」

 

「...うん」

 

「いつから?」

 

「4か月くらい前」

 

「彼はいくつなの?」

 

「いくつだっていいじゃない」

 

「彼といくつ年が違うの?」

 

「いくつだっていいじゃない」

 

「彼は、学生?」

 

「『後輩』だって言ったでしょ?

社会人してるって」

 

(まるで尋問みたい!

お母さんが引っかかってるのは、

私とチャンミンとの年齢差、それだけなんだ!)

 

予想はしていたが、やっぱりショックだった。

 

『職場の後輩』設定にしておかないと、セイコにつっこまれる要素を増やすだけになるので、実際のところはぼかしておくことにした。

 

チャンミンは、ミミの『元教習生』だ。

 

ミミが先生でチャンミンが生徒だった。

 

チャンミンが若すぎることに加えて、教え子に手を出したと誤解されてしまうと、頭の固いセイコの拒絶反応を煽ってしまう。

 

実際のところ、チャンミンと個人的な連絡を交わすようになったのは、チャンミンが卒業してから。

 

正式に交際するようになったのは、それからずっと後のことだ。

 

あと一歩のところで奥手な二人だったから、交際4か月になっても軽いキスを交わしただけの関係だ。

 


 

私の前では、気持ちをストレートに表現するチャンミンだけど、実は相当な照れ屋さんだ。

 

そして、人付き合いが得意ではない。

 

いきなり彼女の実家に連れてこられて、彼なりに緊張して、明るく人懐っこくふるまっているに違いない。

 

ごめんね、チャンミン。

 

「彼氏です」って紹介してあげられなくて。

 

チャンミンのことが恥ずかしかったわけじゃないの。

 

自分が恥ずかしかったの。

 

チャンミンと二人きりのときは全然意識していないのに、いざ第三者の目を意識すると、自分が恥ずかしくてたまらないの。

 

自分ってば、まだまだだね。

 

チャンミンの邪気のない澄んだ目に映る自分が、少しでも彼にふさわしい姿でいてあげたい。

 

チャンミンは賢いから、私が教えてあげられることは何もないよね。

 

少しでも若く、綺麗でいられるように努力するからね。

 

 


 

 

「いい年して、若い子に手を出して...」

 

セイコの言葉に、ミミの全身がカッと熱くなった。

 

一番言われたくない台詞だった。

 

「そんな言い方...ひどい!」

 

ミミはたまらず大声を出した。

 

「その通りでしょう?」

 

ミミの目に涙がふくらんできたのが分かる。

 

「若い子にのぼせて、

お母さんは、ミミに泣いてほしくないだけよ。

悪い言い方をして悪かったね。

お母さんはミミが心配なんだよ。

あんなことがあったでしょ?」

 

「......」

 

「チャンミン君は、知ってるの?」

 

ミミは首を振る。

 

「教えたらチャンミン君に逃げられると、思ってるの?」

 

「そんなんじゃないもん。

チャンミンは、そんな人じゃないもん」

 

しゃくりあげるミミをしばらく見つめていたセイコは、ミミの背中をなぜた。

 

「チャンミン君が、ちゃんとした人だってことは、ちゃんと分かってるよ。

少し心配だっただけよ。

お母さんの言い方が悪かったね」

 

セイコは立ち上がると、首にかけていたタオルでミミの涙をぬぐった。

 

「さあさあ、10時のお茶にしようかね。

皆を呼んでおいで」

 

 

 

(つづく)

 

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(2)ハグを邪魔されてーミミの夜這いー

 

 

「頭をぶつけるなよ!」

 

チャンミンは素っ裸のまま、ミミの父ショウタ、母セイコ、祖父ゲンタ、兄嫁ヒトミに抱えられていた。

 

おろおろしたミミは、彼らの後をついていく。

 

「えらく大きい奴やな」

 

チャンミンの両脇を抱えた父ショウタは苦しげだ。

 

「丸太を運んでるみたいやぜ」

 

と、チャンミンの両足首をもった祖父ゲンタ。

 

「今どきの子は、大きいんやって」

 

チャンミンの生尻を下から抱え込んだセイコが答える。

 

「ピーポーピーポー!」

「救急車!」

 

甥っ子ケンタ、ソウタは、大人たちの周囲を面白がって駆けまわっていた。

 

二人の兄カンタは、金打ちの練習で留守にしている。

 

「あんたたちがずっと遊んでいるから、お兄さんはのぼせちゃったのよ!」

 

兄嫁ヒトミは、子供二人を叱りつけた。

 

ミミは股間に載せただけのタオルが、落ちやしまいかと冷や冷やしていた。

 

(まさかこんな形で、チャンミンの裸を見ることになるなんて!)

 

初対面のミミの家族に、醜態をさらしてしまったチャンミンを気の毒に思う。

 

「お、おっ!滑る!」

 

「お父さん!」

 

「あともうちょっと!」

 

「む、無理だ!」

 

チャンミンの脇が汗でぬるついているせいで、ショウタの指が脇から滑ってしまった。

 

「きゃぁぁっ!」

 

どたーんと音をたてて、チャンミンを頭から落としてしまった。

 

「チャンミン!」

 

「す、すまん!」

 

「頭を打ったか!?」

 

「お父さんったら、もう!」

 

憤慨したミミは、チャンミンの頭を膝に乗せた。

 

「大丈夫?」

 

「ううぅぅ...」

 

うめき声をあげて、チャンミンが目を開ける。

 

「星が...星が飛んでます...」

 

(よかった)

 

「ここは...天国ですか?」

 

「!」

 

わずかに隠していたタオルが落ちたはずみでずり落ちて、総勢7人の面々にさらされていることにミミは気づく。

 

「タオル!」

 

母セイコが素早くタオルで隠す。

 

「おじちゃん、毛がぼーぼー」

 

大喜びのケンタとソウタ。

 

ミミは額に手を当て、大きくため息をついた。

 

(チャンミンったら、可哀そうに)

 

 


 

 

その夜。

 

ミミは忍び足で廊下を歩いていた。

 

築50年を超す田舎家だったから、足を踏み出す度きしむ音にヒヤリとし、周囲に耳をそばだてた。

 

(私が夜這いをかけてどうするのよ!)

 

チャンミンは仏間に寝かされている。

 

(一番の難所は、おじいちゃんたちの部屋)

 

祖父母の枕元を通らないと、仏間へは行けない。

 

すーっと障子を開ける。

 

ミミは息を止めて、抜き足差し足で彼らの布団の脇を通り過ぎる。

 

途中、寝返りを打った祖父にビクリとしたが、熟睡しているようでミミは胸をなでおろした。

 

建付けの悪いふすまを小刻みに開けると、常夜灯だけの薄暗い部屋で、仏壇の前に延べた布団が真正面に見えた。

 

「ふうっ」

 

息を止めていたミミは、ここでようやく息をつくことが出来た。

 

(あれ?

チャンミンが寝ているはずの掛け布団が、平らなような気が...?)

 

『チャンミン?』

 

そろそろと、布団に近づき、掛け布団をめくろうとしたら...。

 

「ひゃっ!」

 

突然、ミミの肩が叩かれた。

 

『くくくく...』

 

ふりむくと、チャンミンが口を押えて笑いをこらえている。

 

『ちょっと!』

 

ミミは、きっとチャンミンを睨みつける。

 

(心臓が止まるかと思ったじゃないの!)

 

どうやらチャンミンは、ミミを驚かそうと、ふすまの陰に隠れていたらしい。

 

(やることなすこと、子供みたいなんだから!)

 

隣室で、「なんだ、今の悲鳴は?」という声とともに、ごそごそと祖父母が起き出す物音がする。

 

「!」

「!」

 

「お父さん、もしかして...?」

「泥棒か?」

 

がたがたっとふすまが開いて、祖父ゲンタが部屋に飛び込んできた。

 

「こんばんは...です」

 

ゲンタの目前には、正座をしたチャンミンが。

 

「僕です。

チャンミンです。

ゲンタさん、そんな物騒なものは下げて下さいな」

 

「なんだ、チャンミン君か...」

 

ゲンタは振り上げた竹刀を下すと、仏間を見回す。

 

ゲンタの背後から、祖母カツが首をのぞかせている。

 

「さっきの声はなんだ?」

 

「すみません。

祭りの掛け声の練習をしていました」

 

「練習?」

 

「はい。

僕の役目は重要です」

 

「熱心なのは感心するが、真夜中だぞ。

明日一日あるんだ、昼間にやりなさい!」

 

ゲンタは吐き捨てると、竹刀を引きずりながら仏間を出て行った。

 

チャンミンの布団にもぐり込んだミミは、チャンミンとゲンタのやりとりをびくびくしながら聞いていた。

 

ゲンタたちが寝入るまでたっぷりと待ってから、チャンミンは布団をめくる。

 

『ミミさん、大丈夫ですよ』

 

できるだけ平らになるよう、ミミはうつぶせで大の字になっていた。

 

『危なかったねー』

 

すると、チャンミンが布団の中に滑り込んできた。

 

『チャンミン!』

 

『ミミさ~ん』

 

チャンミンの腕が伸びて、ミミの腰に巻きついた。

 

『ずっとこうしたかったです...』

 

ミミは、自分の胸に頬をこすりつけるチャンミンの頭をなでる。

 

『...ミミさん』

 

『なあに?』

 

『我慢できなかったんですね?

だから、夜這いに来ちゃったんですね?』

 

『違うわよ!

チャンミンが心配だったから、様子を見に来ただけ。

ほら、頭を2回も打ったでしょ?」

 

『嘘ですね』

 

『う、嘘じゃないわよ』

 

『ミミさんの胸...ドキドキしてますよ』

 

『!』

 

(だって、だって。

チャンミンの脚が私の脚にからまっているんだもの。

こんなに密着するのは初めてだし)

 

ミミの身体はぐんぐん火照ってくる。

 

『興奮してるんですね?』

 

『馬鹿!』

 

チャンミンの脚を蹴飛ばした。

 

『痛いなぁ』

 

『この脚をどかしなさい!』

 

『嫌です。

ぎゅー』

 

チャンミンは、ミミの背中にまわした腕に力を込めた。

 

『痛い痛い!』

 

(ミミさん...辛いです)

 

ミミの柔らかい身体を抱いているうちに湧いた、抜き差しならぬ欲求とチャンミンは闘っていたのであった。

 

 

ヤバいです!

 

ミミさん、ヤバいです!

 

僕のが暴発しそうです!

 

止められません!

 

でも、止めなきゃです。

 

せっかくのチャンスなのに!

 

ここがお仏壇のある部屋じゃなければ、とっくにミミさんを襲っているのに!

 

場所が悪すぎます!

 

 

『うっ、うっ...』

 

 

(やだ。

もしかして...泣いてるの?)

 

 

胸にしがみついたチャンミンの頭を引きはがして、ミミはチャンミンの顔を覗き見る。

 

『ミミさ~ん』

 

薄闇の中で、潤んだチャンミンの目が光っていた。

 

『たんこぶ、できたでしょ?』

 

ミミは、チャンミンの前髪をかきあげてやる。

 

チャンミンは昨日、鴨居に一度、床に一度、頭をしたたか打ち付けている。

 

『たんこぶが2個できてます』

 

『可哀そうにね』

 

ミミは、腫れた箇所に触れないよう、チャンミンの頭をなぜてやった。

 

『ミミさん...キスしたいです』

 

ミミの手が止まる。

 

『......』

 

すがるようなまなざしで胸元から見上げるチャンミンに、ミミの胸がキュンとなる。

 

(参ったなぁ。

そんな可愛い顔をしないでよ)

 

『軽くね、1回だけだよ』

 

『えー。

ディープがいいです』

 

もぞもぞと下から這い上がってきたチャンミンは、ミミの頬を捉えると一気に唇を重ねてきた。

 

男っぽい強引さに、ミミはくらくらする。

 

ミミもチャンミンの両ほほをはさんで、キスに応える。

 

(止められない!)

 

勢いづいたチャンミンの手が、ミミの胸に回った。

 

『チャンミン!』

 

驚いたミミは、チャンミンの頭をはたいた。

 

「いでっ!」

 

ミミの打ち下ろした手が、チャンミンのたんこぶに直撃してしまったのだ。

 

 

「うるせぇ!」

 

ガタっとふすまが開いた。

 

「!」

「!」

 

とっさにミミは布団にもぐりこむ。

 

「練習は、昼間にやれって言っただろうが!」

 

チャンミンは、今しがた起きたといった風を装って、目をこすりながら、

 

「...ゲンタさん...ですか?

僕は寝言がすごいんです」

 

と言って、大あくびをしてみせた。

 

「起こしちゃいましたね。

申し訳ないです」

 

「ったく。

騒がしい奴だ」

 

ぶつぶつ言いながら、ゲンタはふすまをぴしゃりと閉めた。

 

 

ふすまの向こうに耳をそばだてて、ゲンタのいびきを確認する。

 

『それじゃあ、部屋に戻るね』

 

布団から出ようとするミミの手首を、チャンミンが捕まえた。

 

『ここで寝てください』

 

『駄目ったら駄目!

チャンミンを刺激しちゃうから、駄目!』

 

『あうぅ』

 

チャンミンの手を手首から引き離すと、ミミは部屋を出て行ってしまった。

 

「はぁ...」

 

チャンミンは、キスの余韻に浸りながら枕を抱きしめ、布団の上を右へ左へと寝返りを打った。

 

(拷問です!

若くて健康な男にとって、これは拷問です!)

 

 

(全く、私たちったら高校生みたいなことしてるんだから!)

 

一方、ミミは暗い廊下を忍び足で歩きながら、高校時代を懐かしく思い出したりしていたのだった。

 

 

(つづく)

 

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(1)ハグを邪魔されて ー年下のくせにー

 

 

ひっきりなしに浴びせられるお湯に、チャンミンは閉口していた。

 

のぼせて頭がくらくらしていた。

 

湯船に潜水していたケンタが、にゅうっと水中から頭を出した。

 

「おじちゃん、どうして毛が生えてるの?」

 

「えっ!?」

 

「僕んのは、つるつるなのに」

 

ケンタが大股を開いて、腰を振る。

 

(勘弁してよ)

 

チャンミンは、やれやれといった風に首を振った。

 

「おじちゃんも結婚してるの?」

 

「してないよ」

 

「じゃあ、なんで毛が生えてるの?」

 

「えっ?」

 

(ミミさん...この子らは意味不明なことを言って僕を困らせるんです)

 

洗い場で髪を洗っていたソウタも、チャンミンの方へお尻を見せて振る。

 

(ったく、小学生男子ときたら)

 

「お父さんも毛が生えてるだろ?」

 

「おじちゃん、知らないのー?」

 

ケンタとソウタはゲラゲラ笑った。

 

「結婚すると毛が生えるんだぜ」

 

「はあ?」

 

「とぅっ!」

 

盛大な水しぶきをあげて、ソウタが飛び込んできた。

 

いったん底まで沈んだソウタが、湯船の底を蹴ってばねのようにジャンプする。

 

大揺れしたお湯が縁から、ざざーっと洗い場に流れ落ちた。

 

(結婚したら毛が生える?

小学生男子の会話は、理解不能だ)

 

「おじちゃん、ミミちゃんと一緒に風呂入ったことある?」

 

「はぁ?」

 

(ないですよ。

悲しいことに、ないですよ。

お風呂どころか...お風呂どころか...)

 

チャンミンは、ぶくぶくと鼻まで湯につかった。

 

大家族の湯舟は十分広かったが、背の高いチャンミンの曲げた膝は突き出ている。

 

「俺、入ったことあるもんね」

 

「いいなぁ」

 

小学生相手に、心底羨ましがるチャンミンだった。

 

ケンタとソウタは得意そうだ。

 

「ミミちゃんも毛が生えてるんだよ」

 

「!」

 

チャンミンはすぐさま想像してしまって、赤くなる。

 

(ううっ...刺激が強いです。

僕はまだ、見たことがないです)

 

「結婚したから、毛が生えたんだぜ」

 

チャンミンの視界が霞んできた。

 

(ミミさん...頭がぐらぐらします...)

 

「ソウタ!ケンタ!

いつまで入ってるのー!」

 

浴室ドアの曇りガラスに人影が写り、がらりと開いてミミが顔を出す。

 

「お兄さんを困らせてるんじゃないでしょうね?」

 

「ミミちゃーん!」

 

ソウタとケンタは、タオルを広げたミミに突進していった。

 

「ちゃんと身体拭いてってよー!」

 

ミミの制止むなしく、びしょ濡れのまま彼らは駆けていってしまった。

 

湯船にひとり残されたチャンミンの顔は、茹でだこのように真っ赤だ。

 

「ごめんね、ゆっくりできなかったでしょ?」

 

チャンミンは前も隠さず、ざぶりと立ち上がった。

 

「!」

 

「ごめんなさい...ギブアップです」

 

そうつぶやいたチャンミンは、ミミの膝めがけてどうっと倒れこんだのだった。

 

意識を失う直前、チャンミンの頭にちらっと違和感がかすめていた。

 


 

チャンミンは、ミミの故郷に来ていた。

 

実家を継いだミミの兄家族、両親、祖父母の9人の大家族。

 

ミミには妹が一人いるが、彼女は近所の家に嫁いでいた。

 

ミミの甥っ子にあたる、カンタ、ソウタ、ケンタは、訪れたチャンミンを見ていい遊び相手ができたと目を輝かせた。

 

チャンミンを『おじちゃん』と呼んで、射的の的にし、

小学生とはいえ3人まとめて背中にしがみつき、

かくれんぼでは3人の鬼になって追いかけまわし、

初日で既にチャンミンは疲労困憊だった。

 

「僕は若い男ですよ。

おじちゃんじゃないです!」

 

チャンミンは、煎餅をかじりながらぷりぷり腹をたてていた。

 

行儀よく正座をして、座卓が低すぎて猫背気味になっている姿が、なんとも可愛らしいのだ。

 

「あの子らは、僕をおもちゃにするんですよ!」

 

三人にさんざん髪をひっぱられて、ボサボサ頭になっている。

 

頭をよしよしとなぜたい衝動を抑えて、ミミはチャンミンをなだめる。

 

「まあまあ、チャンミン。

子供相手にムキにならないで、ね?」

 

「仕方ありませんね。

ミミさんに免じて許します」

 

すると、チャンミンの顔がふにゃふにゃと緩んだ。

 

「ケンタ君たちのおもちゃになるのは勘弁ですけど、

ミミさんのおもちゃには喜んでなりますよ」

 

「チャンミンが言うと、いやらしく聞こえるんですけど...?」

 

「ぐふふふ。

ミミさんも、エッチですぇ。

何を想像していたんですか?」

 

「こらっ!」

 

「ぐふふふ」

 

「こらー!」

 

赤くなったミミはチャンミンをくすぐろうと飛びつこうとし、チャンミンはそれから逃れようと後ろに身をひいた。

 

ミミは、寝っ転がったチャンミンの脇をくすぐった。

 

「あははは。

くすぐったいです」

 

「これはどうだ!」

 

身をよじるチャンミンを、もっとくすぐってやろうとミミは、チャンミンの腕を押さえつけていたら...。

 

「夕飯が出来た...」

 

ふすまが開いて、ミミの母親セイコが顔を出した。

 

「わっ!」

 

はじかれたように、離れる2人。

 

「みんな待ってるから、早く居間に来なさい」

 

コホンと咳ばらいをしたセイコは、ぴしゃりとふすまを閉めて客間を出て行ってしまった。

 

「......」

 

 


 

チャンミンがミミの実家まで連れてこられたのは、チャンミンが「ある役」に抜擢されていたからだった。

 

ミミの故郷では、この季節になるとお祭りが執り行われる。

 

過疎化が進む田舎町にありがちな人員不足の影響で、御旅(祭り行列)へは全員参加だ。

 

各家で、山車、闘鶏楽、ひょっとこ、鬼、巫女さん、稚児さん、太鼓、雅楽隊、旗持ち、獅子...など、役が割り振られている。

 

ところが、ミミの兄リョウタが祭りの2週間前に、修繕のため登っていた屋根から転落し、足を骨折してしまったのだ。

 

地区の中で余っている成人男性はいない。

 

町中の神社でいっせいに祭りが執り行われるため、他地区に住む親せきに応援を頼めない状況だった。

 

そこで、実家から

「ミミ!

お前の彼氏でも男友達でも誰でもいい!

連れてこい!

日当は出してやるから」

 

そんな無茶な要請を受け、ミミはチャンミンを連れて馳せそんじることになったわけである。

 


 

「絶対に嫌です!」

 

「アルバイト代を払ってくれるって」

 

はっきり、きっぱり断ったのに、ミミさんの手を合わせての「お願いポーズ」にやられてしまった。

 

「ほら、この前の旅行のやり直しだと思って、ね?」

 

「おー」

 

初めての旅行では、熱を出してしまって、観光することも、ミミさんと熱い夜を過ごすこともできなかった。

 

そんなわけで、僕はミミさんの甘い誘いにのってしまった。

 

僕はとことん、ミミさんに弱いのだ。

 

ミミさんも僕には甘いから、いい勝負。

 

僕とミミさんは似たもの同士だから、仲良しなんです。

 


 

「ひとつだけ条件があります」

 

チャンミンは、ぴんと人差し指を立てた。

 

「どんなお願いか、怖いんですけど...?」

 

「ミミさんのお父さんと同じ部屋で寝るなんて、嫌ですからね。

ミミさんと、同じ部屋で寝ること!

 

これが条件です!」

 

チャンミンの子供っぽい要求に、ミミはチャンミンの頭を抱き寄せて、よしよししたくなった。

 

(なんて、可愛い子なの、この子は?)

 

ところが、家族にチャンミンを引き合わせた時、

 

「ミミ...お前、

高校生なんか連れてきて...」

 

と、チャンミンを一目見て絶句してしまった。

 

チャンミンが実年齢より若く見えることは承知の上だったが、まさか高校生と間違われるとは。

 

「違うって、彼は大人だから。

彼は職場の後輩なの」

 

苦し紛れなことを口に出してしまったミミ。

 

(ミミさん!)

 

隣に立つチャンミンは、ミミのブラウスを引っ張る。

 

(チャンミンは黙ってて!)

 

ミミは、チャンミンの手を払う。

 

目を丸くした彼らに、「お付き合いしている人です」とミミは言い出せなくなってしまった。

 

(知らない人から見れば、やっぱり私たちは、ちぐはぐなんだ)

 

若すぎるチャンミンと自分との年齢差に、ますますミミは自信をなくしてしまった。

 

ミミの部屋に入った途端、それまで愛想笑いを浮かべていたチャンミンが、険しい目をしてミミに詰め寄る。

 

「どうして『彼氏です』って紹介してくれないんですか?」

 

「ごめんね、チャンミン」

 

納得がいかないといった風のチャンミンは、ミミを睨みつける。

 

「会社の後輩って、どういうことですか!」

 

「チャンミンが若すぎて、お父さんもお母さんもびっくりしてたから...」

 

ミミはチャンミンに背を向けて、バッグから荷物を取り出して、チェストに収める。

 

「それに、約束が違うじゃないですか!

どうして僕は、ミミさんのお祖父ちゃんと同じ部屋なんですか?」

 

「お父さん、いびきがひどいのよ」

 

「そういう問題じゃありません!」

 

チャンミンは、ふんと鼻をならす。

 

「分かりました。

夜這いをかけることにします」

 

「チャンミン!」

 

「ドアが“ふすま”なところが、不安要素ですねぇ。

声を聞かれちゃいますね」

 

「なんてこと言うのよ!」

 

「だって、ミミさん、

可愛い下着持ってきてくれたんでしょ?

見えましたよ」

 

バババッとミミの顔が赤くなる。

 

(しまった!

彼の目は超高性能レーダーだったことを忘れていた!

無防備にバッグの中身を見せてしまった)

 

「安心して下さい。

絶対に夜這いに来てあげますから。

待っててくださいね」

 

チャンミンは、目を半月型にしてにやにやしている。

 

「チャンミンったら...もう」

 

階下からミミたちを呼ぶ声が聞こえた。

 

「衣装合わせするって。

ほら、下に行こうか」

 


 

仏間横の部屋の鴨居に、長着と袴が吊るされ、たとう紙に包まれた長襦袢が畳の上に広げられていた。

 

「あぅっ!」

「チャンミン!」

 

鴨居に頭を派手に打ち付けたチャンミンはうずくまった。

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫じゃないです...。

星が飛んでます」

 

「おい!

とっとと、衣装合わせするぞ!」

 

床の間を背にしてあぐらをかいた初老の男が、手招きをした。

 

祭礼の役を務める彼はテツといって、ミミの妹の義父だ。

 

「お前は『旗持ち』だ」

 

「ええ?

旗を持って歩くだけですか?」

 

チャンミンは祭りの役名を知ると、不服そうな顔をした。

 

「地味ですね」

 

「馬鹿たれ!

神さんの名を染めぬいた大事な旗なんだぞ。

罰当たりなことを言うんじゃない!」

 

「どうせやるなら、獅子がいいです」

 

「馬鹿たれ!

1日2日の練習で獅子を舞えたら、40年やってる俺らはどうなるってんだい!

第一、お前みたいなでかい奴が履ける股引きなんぞない!」

 

テツはチャンミンの頭をはたいて叱りとばした。

 

「え?

僕の脚が長いってことですか?」

 

(チャンミンったら...)

 

呆れたミミは、ため息をつく。

 

「チャンミン、ほら、ね?

神官姿になれるんだよ?」

 

「着流し姿の方がよかったです」

 

ご機嫌斜めのチャンミンは、小さなわがままを言う。

 

(家族に「彼氏」だと紹介されなかったことを、根にもってるのね)

 

「今夜、練習だからな」

 

ひと言言い終えて、テツは帰っていった。

 

ミミの母親セイコに、長着と袴を合わせてもらううち、チャンミンの気分は上がってきた。

 

「ミミさん!

似合いますか?」

 

ミミの前で、くるりとまわって見せる。

 

「似合う似合う!」

 

ミミは手を叩いて、チャンミンを褒める。

 

(チャンミンの母親のようだわ、これじゃあ)

 

袴が若干短すぎるが、腰を落として着付ければごまかせるだろう。

 

「僕に惚れなおしましたか?」

 

衣装合わせを終え、着物を脱いだチャンミンは、小首をかしげてにっこりと笑う。

 

「はいはい」

 

ミミは、チャンミンから顔をそむけて渋々答えた。

 

「早く服を着て!」

 

「ミミさん、もしかして照れてます?」

 

チャンミンの言う通り、ミミは彼の下着姿にドギマギしていた。

 

Tシャツを脱いだ上半身をまともに見られない。

 

 

この子ったら、

 

この子ったら。

 

痩せてるから細いだけかと思っていたら...。

 

なんなの!?

 

可愛い顔して、鍛えちゃってるじゃないの!

 

いい意味で期待を裏切ってくれちゃって。

 

 

「ミミさん、

そんなに飢えた目で僕を見ないでください」

 

「チャンミン!」

 

「今夜、全部見せてあげますから...楽しみにしていてくださいね」

 

「こら!」

 

ミミはチャンミンの洋服を投げつけると、部屋を出ていったのだった。

 

(年下のくせに!

 

年下のくせに!

 

私は、からかわれてばっかりなんだから!)

 

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保護中: ハグを邪魔されて

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