(7)ハグを邪魔されてーチャンミンの忘れ物ー

 

 

さっきのキスで、火がついていた二人。

 

車内におさまると、高ぶる気持ちが抑えられず、吸い寄せられるようにキスを再開した。

 

初めての深い深いキスにとまどっていたチャンミン。

 

自分の口の中で踊るミミの舌に、ぎこちなくからめていただけだったのが、ミミを味わっているうちに、勢いがついてきた。

 

(ヤバいです。

ミミさんがエロいです)

 

チャンミンはミミに両頬を挟まれたまま、ミミはチャンミンにうなじを引き寄せられて。

 

途中息継ぎをしながら、顔の角度を変えて唇を重ね直す。

 

(ミミさん...

 

僕はどうにかなっちゃいそうです...)

 

チャンミンもミミの口内に、舌を伸ばす。

 

(気持ちが...いいです...)

 

 

「ぷはっ」

 

ミミが、チャンミンから唇を離した。

 

(え?)

 

チャンミンの目はとろんと夢心地なものになっていた。

 

そんな顔がミミには色っぽくみえてしまう。

 

「もっと、もっとキスしたいです」

 

ねだるチャンミンの口調は子供っぽい。

 

ミミを引き寄せようと伸ばすチャンミンの手を、ミミは押しとどめた。

 

「ミミさーん」

 

チャンミンは、頬を膨らませる。

 

「ほらね、こんなところだし!

また見られちゃうかもしれないし」

 

ミミはキョロキョロと辺りを見回してみせて、チャンミンもつられて対岸を確認する。

 

あの中学生たちはいなくなっていて、代わりに祭り太鼓と旗竿を積んだ軽トラックが通り過ぎていっただけだった。

 

山を貫く高速道路の橋げたから、高速で行き交う車の音が山々に反響している。

 

平和な田舎風景。

 

明日はお祭り、町中がうかれていた。

 

 

甘い雰囲気を消すかのように、ミミは

 

「お母さんを手伝わなくっちゃ!」

 

と言った。

 

(危なかった。

こんなキスしてたら、止められなくなる!)

 

ミミは乱れた後ろ髪を整え、火照って紅潮した頬をパシパシと叩いた。

 

「僕も、テツさんを迎えにいかなくちゃ、です」

 

(危なかった!

車の中でいたすには、僕の経験値が圧倒的に不足してます!)

 

チャンミンは、グシャグシャと何度も髪をかき上げた。

 

「今、何時?」

 

チャンミンに強引に引っ張られてきたミミは、手ぶらだった。

 

「えっとですね...1時半です」

 

後ろポケットからスマホを取り出して、時刻を確認した。

 

 

「......」

 

「まだ時間がありますね」

 

「うん...」

 

「......」

 

 

二人の視線が 同じ一点で止まっていた。

 

高速道路のインターチェンジ脇の、ショッキングピンクの建物。

 

 

(『気まぐれバナナ男爵』...。

 

なんて...ストレートな...!)

 

チャンミンの喉がごくりとなった。

 

「......」

 

(行く?

 

あそこに行っちゃう?

 

どうしよう!)

 

 

(初・ラブホですか!?)

 

 

「...ミミさんは、あそこに行ったことあるんですか?」

 

「なっ!

なんてこと言うのよ!

あるわけないでしょ!」

 

「ホントですかぁ?」

 

チャンミンは目を細めて、ニヤニヤする。

 

「もしそうだったら、生々しいですね」

 

ミミの顔が、一気に赤くなる。

 

「馬鹿!」

 

ミミは、チャンミンの耳を引っぱる。

 

「痛いです」

 

ミミの手から逃れようと身をよじるチャンミンに、ミミはのしかかる。

 

「痛い痛い!」

 

短く刈りあげたもみあげから、ぴんと立つ耳が可愛らしくて仕方がないミミ。

 

「ミミさんったら、じゃれつかないでくださいよ!」

 

 

 

「おーい!」

 

 

 

「!」

「!」

 

 

二人は弾かれたように離れた。

 

チャンミンたちの車の脇に、一台の軽トラックが横付けされた。

 

助手席側から、テツが顔を出している。

 

 

「俺は乗せてってもらうから。

迎えはいらんからな」

 

 

テツは、チャンミンの隣に座るミミに気付く。

 

「ミミ!

こいつに手取り足取り教えてやれよ!」

 

「!」

 

ガハハハと笑うと窓から手をひらひらさせ、テツの乗った車は走り去ってしまった。

 

「......」

 

「テツさんにも、バレてるのね」

 

ぼそっとつぶやくと、ミミは肩を落とす。

 

 

(手取り足取りって...。

恥ずかしくて、穴があったら入りたい...)

 

 

「そう...みたいですね」

 

チャンミンはとぼける。

 

(実は、僕からバラしたなんて言ったら、ミミさんに殺される)

 

 

「あのですね、ミミさん」

 

「ん?」

 

「ここじゃ狭いですし、

2時間じゃ足りないんで」

 

 

チャンミンは、キリっと表情を引き締めた。

 

 

「今夜、夜這いにいきます!」

 

 

「!」

 

 

「絶対に行きますから、ミミさん、待っててくださいね」

 

 

「わ、わかった」

 

ミミが頷いたことに満足したチャンミンは、

 

「それじゃあ、おうちに帰りましょう」

 

エンジンをかけて、シフトレバーとクラッチペダルを確認した後、車を発進させた。

 

「シートベルト!」

 

「ごめん!」

 

「ミミさーん。

えっちなことで頭がいっぱいなのは分かります。

しっかりしてくださいよ」

 

「こらっ!」

 

「ぐふふふ。

楽しみですねー」

 

ウキウキと鼻歌を歌いながらハンドルを操作するチャンミンの耳は、また真っ赤になっていた。

 

(チャンミンったら、可愛いんだから)

 

 


 

 

午後4時。

 

台所は戦場だった。

 

ミミ、祖母カツ、母セイコは、煮物の鍋を焦げ付かないよう火加減に神経をつかい、赤飯用の小豆を水に浸し、大量の天ぷらを次々と揚げていた。

 

チャンミンもビールケースの運搬や、広間に座卓を広げ、座布団を並べたりと、率先して手伝った。

 

(楽しい!)

 

チャンミンの心はウキウキ弾んでいた。

 

(みんなが忙しそうで、文化祭の前日みたいだ。

 

それに...それに...

 

ぐふふふ。

 

今夜は...今夜は...!)

 

チャンミンの脳裏に浮かんだイメージ図はあまりにも大胆で、敷いた座布団に突っ伏してこみあげる笑いを閉じ込めた。

 

(そうだ!)

 

チャンミンはむくっと頭を上げると、荷物を置いてある仏間へ向かう。

 

 

 

 

(ない!)

 

リュックサックの中を、逆さにしてみても探しているものは見つからなかった。

 

(ない!)

 

常日頃、持ち物を絞り込めずにバッグをパンパンにしているミミをからかっていたチャンミンだ。

 

絞り込むどころか、一番大事なものを置いてくるなんて。

 

チャンミンの顔色がさーっと青ざめた。

 

(どうしよう...

 

荷物を入れるバッグを、行きがけに取り換えたんだった。

ボストンバッグにするか、リュックサックにするか迷ってて。

多分その時、置き忘れてきたんだ!)

 

わーっと泣き出したい気持ちを抑え「よし!」と声を出すと、台所にいるミミの元へ向かった。

 

 

 

「ミミさん」

 

コンロの前に陣取って、山菜の天ぷらを揚げるミミの耳元でチャンミンはささやく。

 

「何?」

 

額に汗をかきかき、油の匂いに酔ったミミは不機嫌そうだ。

 

「ミミさん!」

 

チャンミンは、ミミの袖を引っぱる。

 

「危ない!

火傷しちゃうじゃない!」

 

「ミミさんに、相談があります」

 

「相談?

聞いてあげるから、どうぞ」

 

「いや...ここではちょっと...」

 

隣に立つチャンミンは、もじもじしている。

 

「ここでは、話せないんです」

 

「えー?」

 

「お願いです、ちょっとだけ」

 

申し訳なさそうに手を合わせるチャンミンを、ミミは放っておけない。

 

「おばあちゃん、ここお願い。

すぐに戻ってくるから」

 

カツに火の番を頼むと、ミミは渋々チャンミンについて台所を離れた。

 

 

 

 

「相談ごとって何?」

 

「ミミさん、そんな怖い顔をしないでください」

 

勝手口まで連れてこられたミミは、なかなか話し出そうとしないチャンミンにイライラする。

 

「ミミさん、

近くに薬局ってあります?」

 

「薬局?

やだ、チャンミン。

お腹が痛いの?

食べ過ぎないで、ってあれほど言ったじゃない」

 

 

空腹だったチャンミンは帰宅するなり、セイコが作り置いたおにぎりを5個も平らげていた。

 

「違いますって」

 

チャンミンはずいとミミに顔を近づけた。

 

「念のため、ミミさんに聞きますが、

ミミさんって、もしかして、もしかしてですよ。

アレって持ってませんよね?」

 

「アレ?」

 

ミミはきょとんとする。

 

「アレです」

 

「アレ?」

 

「そうです、アレです」

 

「アレじゃ分かんないわよ」

 

「そのー、『今夜』使うものです」

 

「......」

 

「持ってませんよね?」

 

チャンミンの言う「アレ」が何だかを、ミミは悟る。

 

「も、持ってるわけないでしょう!」

 

「ですよね。

持ってたら、ちょっと嫌です」

 

チャンミンは腕を組んで、うーんとうなって目をつむる。

 

「困りました。

アレがないと、できません」

 

「相談事って、『そのこと』?」

 

「はい、そうです」

 

「信じられない!

薬局って、『そのこと』?」

 

「はい、そうです。

忘れてきたんです。

ずっと前から用意していたのに、うちに置いてきちゃったみたいです」

 

「信じられない」

 

「悪いですか?」

 

心外だと言わんばかりに、チャンミンは鼻にしわをよせた。

 

「ミミさんのお父さんって、持っていないですよね?」

 

「馬鹿!

チャンミンの馬鹿!」

 

ミミは真っ赤になって、チャンミンの腕をつかんで揺する。

 

「冗談ですってば」

 

「チャンミン!」

 

はははっと笑ったチャンミンは、すぐに真面目な表情になってミミの耳元でささやく。

 

 

「今から、調達してきます。

車を貸してもらえますか?」

 

「チャンミンってば、『そのこと』しか考えていないわけ!?」

 

「はい、そうです。

僕は若くて健康な男ですので」

 

しれっと答えるチャンミン。

 

「アレがないと、今夜できないんですよ?

ミミさんも困るでしょう?」

 

ミミはため息をつくと、額に手をのせてしばらく天井を見上げる。

 

(相談事っていうから、何だろうと思ったら。

まさか、そんなことだとは...。

この子ったら、

予想外なことを言って私を慌てさせるんだから!)

 

「お母さんの車を使ったら?

鍵はついたままだから。

薬局は、ショッピングセンターの裏にあるよ」

 

「助かります」

 

ひゅっと口笛を吹くと、チャンミンはミミの額にキスをした。

 

「すぐに戻ってきますからね」

 

「はいはい、ごゆっくり」

 

勝手口から外へ出たチャンミンが、すぐに戻ってきた。

 

「忘れ物?」

 

「1箱で足りますかね?」

 

「チャンミン!」

 

「冗談ですってば。

いくら若くても、12回は無理です」

 

目を半月型にし、緩んだ口元をこぶしで隠したチャンミンは、可笑しくてたまらないといった風だ。

 

 

(やっぱりチャンミンのペースに振りまわされてる!

年下のくせに!

年下のくせに!)

 

 

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(6)ハグを邪魔されてー初めての深いキスー

 

 

 

「ミミさん、あのですね...」

 

とチャンミンは言いかけたが、その次の言葉は飲み込んだ。

 

テツにくぎを刺されたことを、思い出したからだ。

 

「......」

 

「やっとで、二人きりになれましたね」

 

「ホントにそうだね」

 

(チャンミンが言いかけて止めた内容って、何だろう?)

 

「チャンミン、ごめんね」

 

チャンミンのジャージのファスナーを上げ下げしながら、ミミは言う。

 

「大勢で、うるさくて、ゆっくりできないでしょ?」

 

「ミミさんと二人になれないのは、大いに不満ですが...楽しいですよ」

 

チャンミンは、ミミの髪に頬を埋めた。

 

(ミミさん...いい匂いです)

 

「皆さん、いい人たちですね。

僕はよそ者なのに、気さくで。

ゲンタさんには、何度怒鳴られたことか」

 

くくくっと胸が揺れる。

 

「ミミさんは、こんな家族の中で育ったんだなぁって、知ることができてよかったです」

 

チャンミンが話すたび、ミミの首筋に温かい息がかかった。

 

 

「最初は、嫌でたまらなかったんです。

ミミさんのご家族に会う心の準備ができていませんでしたし、

それも、お祭りに参加するだなんて。

せっかくのお休みは、ミミさんとのんびり過ごしたかったのに、

沢山の知らない人に囲まれるなんて、気が重かったんですよ。

 

でも、

来てよかったと、思っていますよ」

 

「強引に連れてきてごめんね」

 

「僕の方こそ、ごめん、です」

 

 


 

 

『彼氏』ですって、紹介されなかったことにムカついて、

 

ミミさんが言わないのなら、バラしちゃえって、いっぱいふざけました。

 

ミミさんったら、本気で焦るんですから。

 

それを見て、ますます意地悪な気持ちが湧いてきて。

 

でも、テツさんの話を聞いて、僕がいかに軽率だったか知りました。

 

抵抗なく、年下の僕を紹介しづらいミミさんの気持ちが分かったんです。

 

それを受け入れがたい家族の心情を、僕は知らなかったんです。

 

堂々としていないミミさんに、イラついてました。

 

どんなことでも受け止める、って胸をはったけど、実はちょっとだけ自信をなくしたんです。

 

だから、無性にミミさんをハグしたくなったんです。

 

「ごめんなさい」の気持ちと、

 

「僕を信じて」の気持ちと、

 

不安な気持ちを打ち消したくて。

 

ずっとミミさんのことが好きだったけれど、僕はミミさんのことをよく知らないことに気付きました。

 

ミミさんは、あまり自分のことを話さないから。

 

いつも僕だけがペラペラ喋ってて。

 

僕にホントのことを話したら、僕が引くと思ったんですか?

 

そんなに頼りないですかね。

 

それくらいで、僕が引いちゃうって怖かったんですか?

 

年下だからですか?

 

あ!

 

やっぱり僕も、年の差を気にしていたみたいですね。

 

ミミさんが、僕を信用して、打ち明けてくれるのを待ちたいです。

 

あ!

 

やっぱり、待てないかもしれません。

 

嫉妬の気持ちが湧いてきましたから。

 

僕は若くて、人生経験が不足しているから「待てません」

 

ミミさんと僕との間の「壁」を僕がぶち壊していきますよ。

 

覚悟しておいてください。

 

 

 


 

 

「僕は、人生経験が乏しいですけど、心はドーンと広いつもりです。

だから、

どんなことでも受け止めますよ」

 

そうつぶやくと、チャンミンはミミの首筋に唇を押し当てた。

 

温かく湿りを帯びたそこから、じじっと痺れが走る。

 

 


 

 

「受け止めますよ」というチャンミンの言葉。

 

そうか。

 

家族の誰かから、聞いちゃったんだね。

 

気安くバラすような人たちじゃないから、チャンミンを試す意味で彼に教えたんだろうな。

 

私を心配して。

 

打ち明けるのは「今じゃない」、もっと私たちの仲が深まってからって思っていた。

 

お母さんが心配した通りだよ。

 

幻滅されるんじゃないかって、怖かった。

 

私に対して抱いているだろうイメージを壊すのが怖かった。

 

だって、チャンミンは、あまりに若くて、ピカピカな新品なんだもの。

 

自分はなんて汚れているんだろうって、卑屈になっていたみたい。

 

ごめんね、チャンミン。

 

チャンミンの腕が力強くて、固く引き締まっていて、本当にドキドキする。

 

参ったな。

 

からかったり、照れたり、駄々をこねたり。

 

大人っぽく、男らしくされると、困ってしまう。

 

片耳はチャンミンの胸に、もう片方はチャンミンの腕に塞がれているから、川の音は遠い。

 

チャンミンに閉じ込められて、なんて心地よいんだろう。

 

 


 

 

「チャンミンに謝らなくちゃいけないことがあるの」

 

ミミは口を開く。

 

「初めて家族に会わせた時、

『彼氏です』って紹介できなくてごめんね」

 

「その気持ち、今の僕なら理解できますよ」

 

チャンミンは、ミミの首筋に唇をあてたまま喋ると、ふふふと笑った。

 

「チャンミン、くすぐったい」

 

「ミミさん、いい匂いがします」

 

(チャンミンがふざけてくれないと、調子が狂ってしまう)

 

 

ふぅっと一呼吸ついて、ドキドキする気持ちを落ち着かせて、ミミは続ける。

 

「お母さんにとっくの前に、バレてた」

 

「そりゃそうでしょう。

ミミさんは分かりやすいんですから」

 

「チャンミンがバラしたんじゃないの」

 

「大正解です。

いいじゃないですか。

堂々としましょう」

 

「うーん...。

今さら恥ずかしいなあ」

 

「皆にバレてますって。

堂々と『いちゃいちゃ』しましょうね」

 

 


 

あなたの隣を歩くのは、うんと若くて、可愛い子が似合うのは分かってる。

 

でもね、私だってすごいんだから。

 


 

 

「チャンミン」

 

「なんですか?」

 

「キスしていい?」

 

「へ?」

 

突然のミミの台詞にチャンミンは、固まってしまう。

 

 

(ちょっと...聞きました?

 

ミミさんが、「キスしたい」って。

 

聞きましたか?

 

初めてなんですけど!

 

ミミさんがこんなこと言うの、初めてなんですけど!)

 

 

「......」

 

 

光が当たって茶色く透けたミミの瞳に見惚れていると、ミミの片手がチャンミンのあごに添えられた。

 

 

吸い寄せられるように、二人の唇が接近した。

 

軽く触れるだけのキスを、1回、2回、3回。

 

4回目で、二人は深く深く口づけた。

 

 


 

 

ミミさん...。

 

 

気持ちがいいです。

 

 

とろけそうです。

 

 

ゾクゾクします。

 

 

キスが上手すぎます。

 

 

さすが『元・人妻』です。

 

 

『ひとづま』...色っぽい響きですねぇ...。

 

 

こんなエロいキス、『元・夫』としていたんですか?

 

 

おー!

 

 

僕は何を想像しているんですか!

 

悔しいです。

 

僕のジェラシーの炎がメラメラです。

 

 

あ...。

 

 

キスだけで昇天しそうです...。

 

止められません。

 

 

今すぐ、「もっと先」へ進みたくなりました。

 

 

あ...!

 

 

そんな風に、歯ぐきをぐるってやられると...

 

 

き、気持ちいいです。

 

たまりません。

 

 

 

ミミさん。

 

 

大変です。

 

 

僕のが暴れ出しました!

 

 

僕の暴れ馬が、手綱をとらせてくれません。

 

 


 

 

「おい、見ろよ!」

「ひゃあぁ!」

「キスしてるー!」

 

 

 

「!」

「!」

 

 

弾かれるように離れた二人。

 

川向こうの土手沿いを、自転車に乗った中学生がチャンミンたちをはやし立てている。

 

 

「ヒューヒュー!」

 

こちらを指さし、顔を見合わせ、遠くの友人たちを呼びよせている。

 

女子中学生は口を覆って、きゃーきゃー。

 

 

「はあ」

 

チャンミンは、大きくため息をつくと、立ち上がるミミに手を貸し、

 

 

「車に戻りましょう」

 

「う、うん」

 

チャンミンもミミも、リンゴのように真っ赤になっていた。

 

(ゆっくり二人きりになれないんだから...もう...)

 

 

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(5)ハグを邪魔されてー初めてのドライブー

 

 

チャンミンはフードコートで、セイコとラーメンを食べていたミミを見つけた。

 

ショッピングセンターでは、翌日の祭りのために食料品を買い込む家族たちでごった返していた。

 

バーベキュー用の肉や野菜、缶ビールの箱、スナック菓子などを積み上げている買い物カートが行き来している。

 

祭り当日の夜は、どの家庭でも親せきを呼んでの宴会を開く。

 

その間を巧みにすり抜けながら、チャンミンの登場に目を丸くしているミミとセイコの側まで、小走りで近づく。

 

ミミたちも、周囲より頭ひとつ突き出た長身と、頭にタオルを巻いてジャージ姿のチャンミンを、早い段階で見つけていた。

 

(日ごろ意識していない私だけれど、

 

チャンミンは、雑踏の中に混じると、スタイルのよさが際立つんだよね。

 

カッコいいなぁ)

 

「ミミさん!」

 

つかつかと、ミミとセイコのテーブルの前まで来ると、

 

「セイコさん、こんにちは」

 

セイコに挨拶をすると、チャンミンはぽかんと口を開けたミミに、ずいっと顔を近づけた。

 

「僕に見惚れるのは分かりますが、

ミミさん、立ってください!

行きますよ」

 

「へ?

行くって、どこに?

今、ランチ中なのよ」

 

「僕はまだ、お昼を食べていません!」

 

「じゃあ、一緒に食べていく?」

 

「そんな時間はありません」

 

席を詰めようとするミミの手を、チャンミンはギュッと握る。

 

「チャンミン!」

 

隣に座るセイコの視線を意識して、ミミはチャンミンの手を振りほどこうとするが、チャンミンの握る手の力は増した。

 

「離して!」

 

「ミミさんに、用事があるんです!」

 

「こんなところで何してるのよ?

準備は?

テツさんは?」

 

「テツさんは神社です」

 

「買い物の途中なのよ。

チャンミンこそ、放っぽりだしてきていい訳?」

 

「こちらはほとんど終わりましたよ。

みんな、適当にだべってました。

僕ひとりいなくなっても、全然大丈夫です」

 

「用事って何なのよ?」

 

「あーもー!

ミミさんはうるさいですね。

お口にチャックをして、僕についてきてください」

 

見かねたセイコが助け舟を出す。

 

「買い物したものを車まで運んでくれたら、行っていいわよ。

夕方までに戻っておいでね」

 

「お母さん!」

 

「セイコさん、ありがとうございます」

 

ミミの手を握っているのにも関わらず、動じていないセイコに内心チャンミンは驚いていた。

 

(バレてるな、これは)

 

 


 

 

駐車場で車のトランクをバタンと閉めると、チャンミンはセイコに会釈した。

 

「ミミさんをしばらく、お借りします」

 

チャンミンはミミの手を握って、ぐいぐい引っ張っていく。

 

「ちょっ!

チャンミン、どうしたの?」

 

くるっと振り返ったチャンミンの目は鋭かった。

 

「ミミさん!」

 

「?」

 

「とにかくひと気のないところへ行きましょう」

 

「ひと気がないところって...!

チャンミン、落ち着いて!

今は昼間だから!」

 

チャンミンが急に立ち止まったため、その背中にミミが衝突してしまった。

 

「止まんないでよ!」

 

ミミは、チャンミンを睨みつける。

 

「やだなぁ、ミミさん」

 

くるりと振り向いたチャンミンの表情が、ふにゃふにゃと緩んでいた。

 

「何を想像してたんですか?

ひと気のないところで、

何をしようって、想像してたんですかぁ?」

 

「うっ...!」

 

「屋外で 僕らの“初めて”をしようってんですか?

ぐふふふ。

ミミさんも、えっちですねぇ」

 

目を半月型にさせて、チャンミンは肘でミミをつつく。

 

「え、えっちなのは、どっちよ!」

 

ミミは首まで真っ赤になっていた。

 

「ははは!

ミミさんは可愛いですねぇ

僕の可愛い“彼女”ですねぇ」

 

そう言って先を歩くチャンミンの耳も真っ赤になっていて、ミミは吹き出した。

 

(大胆なことを言いながらも、ホントは恥ずかしくて仕方がないくせに)

 

チャンミンの均整のとれた後ろ姿の後を追いながら、ミミはそう思う。

 

(そんなチャンミンが、私は大好き)

 

 


 

 

「やだ、チャンミン...

これに乗ってきたの?」

 

駐車場に停められた軽トラックを見て、ミミは笑った。

 

「はい、そうですよ」

 

チャンミンはミミのために、助手席のドアを開けてやる。

 

(ここまで軽トラックが似合わないとは)

 

長い脚を無理やり押し込んだため、膝小僧はダッシュボードに当たっている。

 

「ドライブしましょうか」

 

シートベルトを締めると、助手席のミミに笑顔を向ける。

 

「テツさんは、乱暴な運転をしているんですね。

クラッチを繋げるのが難しいです」

 

そろそろと発進させると、念入りに左右確認をした後、満車状態の駐車場から国道へ出た。

 

「よく考えれば、プライベートなドライブって初めてですね」

 

「確かにそうね」

 

開けた窓から吹き込む風で、ミミの髪はもみくちゃにされる。

 

準備に大わらわな大人たちや、自転車で走り回る子供たちをあちこちで見かけるのは、祭り前日のせい。

 

「ミミさんを助手席に、何度も乗せましたね。

ミミさんったら、真っ青な顔をしてグリップを握ってましたよね」

 

「そうだったね」

 

ミミは、シフトレバーを握るチャンミンの手の甲を、くるくると撫でた。

 

「くすぐったいです」

 

「チャンミンは上手いのか下手なのかよく分かんない教習生だったなぁ」

 

「運転が下手なふりをしてたの、気づいてましたか?」

 

「やっぱり?

私の時だけ、滅茶苦茶下手なんだもの。

他の先生の時は、すいすい運転しちゃって」

 

「『ミミ先生』を困らせてみたかったんです」

 

「私の教え方が悪いんだろうかって、真剣に悩んだんだよ」

 

「ミミさんを見ていると、つい意地悪したくなるんですよ」

 

「とんだ『不良生徒』だったわよ。

ホント、振りまわされたんだから」

 

「ははは!」

 

「卒業するまで、9か月もかかるなんてね」

 

「少しでも長く、ミミさんに習っていたかったんですよ」

 

窓に肘をつけ頬杖をついたミミは、生真面目な顔で運転をするチャンミンを見つめる。

 

「あまり見られると、緊張します。

ミミ先生、僕の運転はどうですか?

合格ですか?」

 

チャンミンの両耳は真っ赤になっていた。

 

 


 

 

そうだった。

 

ひとつ車内で、何十時間も過ごしたんだった。

 

礼儀正しくて、ユーモアたっぷりな話し方で、ふいにハンドル操作を誤らせるからこちらは冷汗をかいて。

 

こんな風に助手席に座って、真剣な面持ちのチャンミンの横顔を見ていたんだった。

 

この子ったら。

 

本当に綺麗な横顔をしている。

 

私に向けられる澄んだ瞳は、出会った頃から全然変わっていない。

 

やだな、感動する。

 

 


 

 

「この辺がいいですね」

 

河原の土手際の草むらに、車を乗り入れた。

 

ギッとサイドブレーキを引くと、チャンミンは運転席を降り、ぐるっとまわって助手席のドアを開けた。

 

「どうぞ」

 

差し出されたチャンミンの手をとって、ミミは草地に足を下ろした。

 

(スポーティーな車じゃなくて、軽トラックなんだもの)

 

チャンミンの気障な仕草に、ミミはくすくす笑った。

 

コンクリート製の土手に二人は腰をかけた。

 

数メートル下を流れるその川は、上流にあたるため流れは急で、ごろつく岩の間を白いしぶきが散っていた。

 

チャンミンは、ミミの手をとると指を絡めた。

 

(チャンミンったら、何を言い出すんだろう)

 

ふざけた空気がふっと消えたチャンミンの横顔に、ミミはドキドキしながら彼の言葉を待つ。

 

チャンミンは頭に巻いたタオルを外すと、

 

「ミミさん」

 

泣き出しそうな顔でミミを 振り返った。

 

前髪が立ち上がり、形のいい額がむき出しになって、その下の直線的な眉が下がっている。

 

「まずは、ハグさせてください」

 

「へ?

チャ...」

 

しまいまで言わせず、チャンミンはミミの腕を引き寄せ抱きとめた。

 

勢いよく、ミミの頭がチャンミンの固い胸に押し付けられた。

 

「ミミさん...あのですね」

 

 

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(4)ハグを邪魔されてーハグしたいですー

 

 

前夜、練習に参加できなかったチャンミンは、テツから祭事の流れのレクチャーを受けていた。

 

「神さんを山車(だし)に乗せて御旅所(おたびしょ)に運ぶ行列がある。

途中、氏子の家を回るから…そうだな5kmは歩く。

お前さんの役目は、四神旗を掲げて歩くことだ!

重いぞぉ。

そんなひょろっとした身体じゃ、心配だな…」

 

テツは疑わしい目で、チャンミンの身体を舐めまわす。

 

「心配ご無用です!」

 

チャンミンはドンと胸を叩く。

 

「僕はこう見えて鍛えているんですよ。

テツさん、見ます?」

 

テツは、Tシャツの裾をまくろうとするチャンミンの手首を押えた。

 

「馬鹿たれ!

男の裸なんぞ、見たくもない!

お前の女に見せてやれ!」

 

「『女』ですか...」

 

チャンミンは、がっくりと肩を落とした。

 

(見せましたよ。

ミミさんに、僕のすべてを見せましたよ。

のぼせてひっくり返って、恥ずかしい恰好で。

ミミさんだけじゃなく、お母さんにも、お義姉さんにも、

僕の『生まれたままの姿』を見られちゃいましたよ。

丸ごと見られちゃいましたよ。

朝ごはんの時、何でもないふりをするのが大変でしたよ)

 

「どうした?」

 

黙りこくっているチャンミンに気付くテツ。

 

「女はいねぇのか?

そりゃ気の毒だな。

姪っ子を紹介してやりたいが、中学生だしなぁ...」

 

 

ぶっきらぼうで口は悪いが、テツさんは面倒見がよく、人見知りするチャンミンだったにも関わらず、気兼ねなく会話が出来た。

 

煙草をうまそうに吸うテツの方をちらりと見る。

 

(よし!)

 

チャンミンはひざを叩いた。

 

(ミミさんには悪いけれど、暴露しますよ)

 

「実はですね。

僕はミミさんの『かれし』なんですよ」

 

テツの耳元でチャンミンは、ささやいた。

 

「何だって!?」

 

テツの口からぽろりとタバコが転げ落ちた。

 

「そうなんです。

熱愛中なんですよ。

ぐふふふ」

 

「ほほぉぉ」

 

テツはニヤニヤしながら、チャンミンの耳元でささやく。

 

「お前たち...もう男と女の関係か?」

 

「テツさんも好きものですねぇ。

言い方がえっちですねぇ」

 

チャンミンは言葉をいったん切って、こほんと咳ばらいをした。

 

(よし!

これも暴露しちゃおう)

 

「実はですね...まだなんです」

 

「何だってぇ!?

お前の...使いものにならないのか?」

 

テツは視線を下に向ける。

 

「テツさん!

僕のは正常です!

いつでも準備オーケー、臨戦態勢です!

ただ、タイミングというか、いろいろと障害がありまして...」

 

ごにょごにょつぶやくとチャンミンは、頬をふくらませた。

 

「そりゃ、気の毒だなぁ...」

 

テツはチャンミンへ憐れむ眼差しを向けると、ペットボトルのお茶に口をつけた。

 

 

二人は神社の階段に座り込んで、女性陣が配り歩いた茶菓子でひと休憩中だった。

 

強い日差しが境内の巨木の枝に遮られて、そよ風が涼しく、力仕事でかいたチャンミンの汗はひいていった。

 

実は、チャンミンの心の奥底には「あること」がしこりとなって、チャンミンを落ち着かなくさせていた。

 

(初日の夜、

 

ケンタ君とソウタ君とお風呂に入った時、聞き逃せないことを二人は話していた。

 

のぼせて頭が回っていなかったから、深く考える余裕がなかったけれど。

 

ミミさんとゆっくり二人きりになれていないから、ミミさんに問いただすこともできなかった。

 

怖くて聞けないってことも、あるんだけれども...)

 

再び黙り込んだチャンミンに、テツは口を開いた。

 

「ミミはべっぴんだからなぁ。

年は離れているだろうが、大人の女に手ほどきしてもらうのも、男冥利につきるんではないかい?」

 

そこで口を切ると、

 

「ミミを支えてやれよ。

あの子も、苦労したからなぁ...」

 

「...苦労って、ミミさんに何かあったんですか?」

 

チャンミンは身を乗り出す。

 

「うーん。

直接本人の口から、聞くのが一番だと思うんだけどなぁ」

 

「いいえ!

僕は『今』、知りたいです!

 

(これこそが、僕の心のしこりの核心に違いない!)

 

チャンミンはテツの二の腕をつかんだ。

 

「お前、ミミとどれくらいになる?」

 

「4か月と15日です!」

 

「まだそれくらいか?」

 

テツは渋る。

 

「ミミさんを好きになって、2年になります!」

 

「うーん」

 

「僕はミミさんのことが大好きなんです。

どんなことでも、受け止めますよ」

 

テツはチャンミンをじっと見据え、チャンミンも目をそらさない。

 

「わかったよ。

だがな、ミミを問い詰めたりするなよ。

おいおい打ち明けてくれるだろうからな」

 

「はい!」

 

チャンミンは汗でべとつく手のひらを、ジャージのパンツで拭く。

 

テツが口を開こうとした時、

 

「待ってください...」

 

と、チャンミンが制した。

 

「もしかして...、

カンタ君は...、

ミミさんの実の子ってことは...ないですよね?」

 

カンタは、騒がしい弟たちの正反対の性格の持ち主で、大人しくのんびりとしている。

 

(きれいな顔をしているし、目のあたりがものすごく似ていた!)

 

テツは、目を丸くしてチャンミンを見た。

 

「カンタ君を産んだものの、育てられない事情があって、ヒトミさんが代わりに育てているのでは?」

 

「馬鹿たれ!」

 

テツはチャンミンの頭をはたいた。

 

「いでっ!」

 

「なんでそこまで話が飛躍するんだよ!

カンタはヒトミさんのれっきとした、実の子だよ!」

 

「痛いです。

僕の頭は負傷してるんですよぉ。

テツさんが、深刻そうな顔をするからですよ」

 

「馬鹿たれ!

にこにこ笑って話せるわけないだろうが!」

 

チャンミンは、たんこぶに直撃した頭をさすりながら、テツの話を聞いた。

 

 


 

 

(ミミさんに会いたいです!

無性にハグがしたくなりました!)

 

チャンミンは立ち上がると、砂がついたお尻をはたいた。

 

「あっ、こらっ!

どこ行くんだ!」

 

「テツさん、ごめんなさい。

緊急事態が起きました」

 

「馬鹿たれ!

準備の途中だぞ!」

 

「2時間後に戻ってきますから!」

 

そう言うと、チャンミンは駆けていった。

 

 


 

 

「ミミさんはどこですか!」

 

縁側で爪を切っていたゲンタは、突然ふってきた大声にびくりとする。

 

玄関からミミを呼んでも応える声がなかったから、どうやら皆はそれぞれの持ち場に散っているようだった。

 

ミミの実家は高台にあるため、坂道を駆けてきたチャンミンの顔中、汗まみれだった。

 

「指を切っちまうところだったぞ!」

 

チャンミンに驚かされて、ゲンタは仏頂面だ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい...はあはあ」

 

チャンミンはひざに手をついて、荒い息を整える。

 

「ミミさんは...はあはあ、

ミミさんは...どこですか?」

 

「ああん?

ミミは、セイコさんと買い物に行ってるよ」

 

「どこですか!!」

 

ゲンタに教えられたのは、車で20分先にあるショッピングセンターだった。

 

「いつ戻ってくるって言ってましたか!!」

 

「知らん!

そんな大声出されるほど、耳は遠くない!!」

 

「そんなぁ。

あ、でも、もうすぐお昼ですよね。

お昼には戻ってきますよね?」

 

「どうだろうなぁ。

台所に握り飯が用意してあったから、

向こうで昼めしを食ってくるかもしれんぞ?」

 

「わかりました!」

 

チャンミンはゲンタに軽く頭を下げると、踵を返した。

 

(僕は今、ミミさんを抱きしめたくてたまらないんです!)

 

チャンミンは神社まで取って引き返す。

 

境内から子どもたちの声が聞こえ、チャンミンはとっさに身をかがめた。

 

(危なかった)

 

今ここで、ケンタたちに見つかると面倒だ。

 

チャンミンは、わずか1日で子供たちにべったりと懐かれていた。

 

今朝は、鬼3人に追い掛け回されている途中、隙を見て大人気なくも、大人の全速力を発揮して、逃げ出してきたのだ。

 

(逃げるのは僕ひとりで、鬼が10人に増えたら、僕は抜け殻になってしまう!)

 

ぞっとして、チャンミンは両腕をさすった。

 

(そんなことより、ミミさんだ!)

 

 

子どもたちに見つからないよう、手水舎の裏を回って社務所へ向かうと、中で油を売っているテツがいた。

 

「テツさん!」

 

「もう戻ってきたんか?」

 

「いいえ、まだ済んでいません。

テツさん、車を貸してください」

 

「はぁ?

何で車が必要なんだ?」

 

「いいから!

鍵を渡してください」

 

チャンミンの剣幕に押されてテツは、

 

「鍵は付いたままだよ。

...おい!

車を持っていかれて、俺はどうするんだ?」

 

「歩いて帰ってください。

いい運動になりますよ」

 

チャンミンはテツの突き出たお腹を、冷めた目で見ると、ため息をついた。

 

「仕方ないですね。

ここで2~3時間おしゃべりしててください。

後で迎えにきますから。

じゃあ、急いでいるんで!」

 

会釈すると、チャンミンは駆けていった。

 

「なんだい、あいつは...

騒がしい奴だな...」

 

 


 

 

(これだから田舎は物騒なんだから!)

 

神社の駐車場に並ぶ、似たような車の中から記憶にあるナンバーを頼りに、テツの車を見つける。

 

鍵が刺さったままのテツの車に、チャンミンは乗り込む。

 

ハンドルにしたたか膝を打ち付けて、チャンミンは舌打ちをする。

 

「あーもー!」

 

温厚なチャンミンにしては、珍しいことだ。

 

(どうしてこんなに狭いんだ!)

 

テツの車は軽トラックだったため、シートを下げることも、背もたれを倒すこともできず、その狭い空間に長い脚を押し込む。

 

クラッチペダルとシフトレバーを確認すると、チャンミンはそろそろと発車させた。

 

(マニュアル車は久しぶりだから...難しい)

 

途中、何度かノッキングを繰り返していたが、次第にコツをのみこむと、アクセルをふかしてスピードを上げた。

 

目指すはショッピングセンター。

 

午後にはミミに会えるのに、この時のチャンミンはとにかく早くミミに会いたくて仕方なかったのであった。

 

 

 

(つづく)

 

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(3)ハグを邪魔されてーミミの涙ー

 

 

翌朝。

 

1つのテーブルを囲むには11人は多すぎるため、昨夜と同様に、居間のテーブルと台所のテーブルと分かれての朝食風景だった。

 

ミミの祖父ゲンタ、祖母カツ、父ショウタ、母セイコ、ギプス足の兄リョウタ、兄嫁ヒトミ、甥っ子カンタ、ケンタ、ソウタ。

 

そして、ミミとミミの後輩チャンミン(実は彼氏)。

 

早く遊びたくて仕方がないケンタとソウタは、ガツガツとご飯をかきこみ、兄嫁ヒトミに叱られている。

 

弟たちとは正反対に、カンタはのんびりと箸を動かしている。

 

朝の情報番組釘付けなのは、父ショウタと兄リョウタ、祖母カツ。

 

母セイコはチャンミンのお代わりをよそっている。

 

「なんだかお祭りみたいですねー」

 

納豆かけご飯を口いっぱいにほお張ったチャンミンは、明るい声で言う。

 

「ふん、祭りは明日だよ」

 

ずずずっとみそ汁をすすりながら、祖父ゲンタはしゃがれ声で言う。

 

「お前さんは、張り切りすぎなんだ。

うるさいったらありゃしない」

 

寝不足気味のゲンタは不機嫌そうだ。

 

「ゲンタさん、ごめんなさい。

僕は、寝言やいびきがひどいんです。

 

チャンミンとは一緒に寝られないって、よく言われるんです。

ねー、ミミさん?」

 

チャンミンは隣のミミに同意を求める。

 

「ぶはっ」

 

コーヒーを飲んでいたミミは、吹き出す。

 

(この子のことだ。

うっかり口を滑らしたふりをして、暴露しそうな予感がする。

...って内心ヒヤヒヤしていたら、悪い予感は的中しちゃったじゃないの)

 

「やだなぁ、ミミさん、汚いですね」

 

ティッシュをとってミミの顔を拭こうとする。

 

「じ、自分でできるから!」

 

ミミはチャンミンの手を押しのけると、そばにあった台ふきんで口元を拭いた。

 

「ミミさん、

それは雑巾ですよ」

 

「チャンミン、うるさい」

 

「ゆうべは僕がミミさんを寝かさなかったせいですね。

寝不足で頭が回ってないんですね」

 

「なっ!

別々に寝たじゃない!」

 

「結果的には別々でしたけどね。

仕方なく別々でしたけどね」

 

「!」

 

(チャンミンの馬鹿馬鹿!

意味深なことを言わないでよ!

やっぱり、昨夜のことを根に持ってるわね)

 

テーブルの下のチャンミンの脚を蹴る。

 

「痛いです!

会社の『後輩』に暴力をふるったらダメですよ」

 

チャンミンは「後輩」に力を込めて言うと、クロワッサンをちぎって大きな口に放り込んだ。

 

「うるさいわね」

 

チャンミンがミミの脚を蹴った。

 

「痛いなぁ!」

 

ミミはムキになってチャンミンを蹴り返す。

 

『ミミさん!』

 

チャンミンはミミの耳元でささやく。

 

「何よ!」

 

『じゃれつかないでください。

“職場の後輩”設定でしたよね。

バレちゃいますよ』

 

「!」

 

ミミは周囲がしんとしていることに気づいた。

 

「え...っと...」

 

3人の子供を除いた、大人たちが箸を止めてミミとチャンミンを注目しているのだ。

 

「......」

 

 

突然、チャンミンは立ち上がった。

 

「えーっとですね、皆さん」

 

コホンと咳ばらいをした。

 

「ゆうべは、

僕の生まれたままの姿という...、

お見苦しいものをお見せしてしまいまして、あのー、

申し訳なかったです」

 

チャンミンは頭を下げる。

 

「気にすんな!

俺の方が立派だけどな、ハハハっ」

 

「お父さんったら」

 

はやしたショウタの肩を押して、セイコはいさめる。

 

(う...恥ずかしいです。

覚えていない分、恥ずかしいです)

 

 

「おじちゃん!」

「遊ぼ―」

 

食事を終えたケンタとソウタが、チャンミンの背中に飛びついた。

 

「は~や~く~!」

「おじちゃん、のろま~」

 

「ケンタ!ソウタ!」

兄嫁ヒトミの叱責がとぶ。

 

「僕は”おじちゃん”じゃないよ」

 

チャンミンは小さなモンスターたちに、ぐらぐらと背中を揺さぶられる。

 

「”お兄さん”って呼ばないと、遊ばないよ」

 

「やだ~」

 

ソウタがチャンミンの首にかじりついた。

 

「仕方がないですね」

 

「ごちそうさまでした」と言ってチャンミンは席を立つと、ソウタをおんぶし、ケンタの手を引いて部屋を出ていった。

 

真っ赤な顔をしたミミは、下を向いてぼそぼそとトーストをかじっていた。

 

 

(チャンミンの馬鹿!馬鹿!)

 

 


 

 

ミミさん、ごめんなさい。

 

ミミさんをからかうと楽しいです。

 

ちょっとやり過ぎましたかね?

 

いちいちムキになるミミさんが可愛いです。

 

確かに僕は、ミミさんと比べると若いですよ。

 

ミミさんが、年の差を気にしていることは、十分わかっていますよ。

 

僕がその壁を壊してあげますから。

 

でもね、僕も年の差を気にしてるんですよ。

 

年相応にみられない自分がコンプレックスなんですよ。

 

 


 

朝食後は、翌日の準備にとりかかるため、それぞれが持ち場に向かった。

 

からりとよく晴れ、機材をのせた軽トラックが走り回り、祭り旗を揚げる掛け声が遠くから聞こえる。

 

学校が休みの子供たちは、いつもと違う雰囲気に興奮を隠せず、まとわりついては大人たちの邪魔をしている。

 

ミミは母セイコと共に、宴会会場になる広間を掃除していた。

 

ふすまを外して、畳敷きの3部屋をつなげて広々とさせた。

 

縁側の雨戸も開け放ち、空気を入れかえた。

 

「ミミ」

 

座布団を干すため縁側に並べていたミミに、セイコが声をかけた。

 

その固い声に、ミミは「とうとうきたか」と気を引き締めた。

 

「そこに座りなさい」

 

正座をしたセイコの正面に、ミミも座る。

 

(何を言われるか、想像がつく!)

 

緊張のあまり、ミミの手の平はすでに汗ばんでいた。

 

「チャンミン君とは、どういう関係なの?」

 

(やっぱりお母さん、単刀直入にきたか)

 

「単なる『後輩』じゃないでしょ?」

 

「...うん」

 

ミミは観念して、あっさり認めることにした。

 

「お付き合いしてるんでしょ?」

 

「...うん」

 

「いつから?」

 

「4か月くらい前」

 

「彼はいくつなの?」

 

「いくつだっていいじゃない」

 

「彼といくつ年が違うの?」

 

「いくつだっていいじゃない」

 

「彼は、学生?」

 

「『後輩』だって言ったでしょ?

社会人してるって」

 

(まるで尋問みたい!

お母さんが引っかかってるのは、

私とチャンミンとの年齢差、それだけなんだ!)

 

予想はしていたが、やっぱりショックだった。

 

『職場の後輩』設定にしておかないと、セイコにつっこまれる要素を増やすだけになるので、実際のところはぼかしておくことにした。

 

チャンミンは、ミミの『元教習生』だ。

 

ミミが先生でチャンミンが生徒だった。

 

チャンミンが若すぎることに加えて、教え子に手を出したと誤解されてしまうと、頭の固いセイコの拒絶反応を煽ってしまう。

 

実際のところ、チャンミンと個人的な連絡を交わすようになったのは、チャンミンが卒業してから。

 

正式に交際するようになったのは、それからずっと後のことだ。

 

あと一歩のところで奥手な二人だったから、交際4か月になっても軽いキスを交わしただけの関係だ。

 


 

私の前では、気持ちをストレートに表現するチャンミンだけど、実は相当な照れ屋さんだ。

 

そして、人付き合いが得意ではない。

 

いきなり彼女の実家に連れてこられて、彼なりに緊張して、明るく人懐っこくふるまっているに違いない。

 

ごめんね、チャンミン。

 

「彼氏です」って紹介してあげられなくて。

 

チャンミンのことが恥ずかしかったわけじゃないの。

 

自分が恥ずかしかったの。

 

チャンミンと二人きりのときは全然意識していないのに、いざ第三者の目を意識すると、自分が恥ずかしくてたまらないの。

 

自分ってば、まだまだだね。

 

チャンミンの邪気のない澄んだ目に映る自分が、少しでも彼にふさわしい姿でいてあげたい。

 

チャンミンは賢いから、私が教えてあげられることは何もないよね。

 

少しでも若く、綺麗でいられるように努力するからね。

 

 


 

 

「いい年して、若い子に手を出して...」

 

セイコの言葉に、ミミの全身がカッと熱くなった。

 

一番言われたくない台詞だった。

 

「そんな言い方...ひどい!」

 

ミミはたまらず大声を出した。

 

「その通りでしょう?」

 

ミミの目に涙がふくらんできたのが分かる。

 

「若い子にのぼせて、

お母さんは、ミミに泣いてほしくないだけよ。

悪い言い方をして悪かったね。

お母さんはミミが心配なんだよ。

あんなことがあったでしょ?」

 

「......」

 

「チャンミン君は、知ってるの?」

 

ミミは首を振る。

 

「教えたらチャンミン君に逃げられると、思ってるの?」

 

「そんなんじゃないもん。

チャンミンは、そんな人じゃないもん」

 

しゃくりあげるミミをしばらく見つめていたセイコは、ミミの背中をなぜた。

 

「チャンミン君が、ちゃんとした人だってことは、ちゃんと分かってるよ。

少し心配だっただけよ。

お母さんの言い方が悪かったね」

 

セイコは立ち上がると、首にかけていたタオルでミミの涙をぬぐった。

 

「さあさあ、10時のお茶にしようかね。

皆を呼んでおいで」

 

 

 

(つづく)

 

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