(1)麗しの下宿人

麗しの下宿人

 

※当作品はオメガバース設定です

 

 

僕の家では下宿屋を営んでいた。

 

祖父の代からあるその建物は、下宿人たちに申し訳がないほどのおんぼろ具合。

 

僕がまだ生まれていなかった頃、下宿部屋は全室埋まっており、朝夕の食事や風呂の用意で母は大わらわだったそうだ。

 

下宿人が半分まで減ったタイミングで、母は下宿屋の仕事の隙間時間にパートタイマーの仕事を開始した。

 

ひとつ、またひとつと空き部屋が増え、最後の一部屋となった時、母はフルタイマーの職に就いた。

 

我が下宿屋を潰さずに存続させたのには、様々な理由があった。

 

たった一部屋分でも収入があれば御の字...これが一番の理由だ。

 

下宿屋を手放そうにも老朽化した建物の価値はゼロ、解体するにも多額の費用がかかる。

 

1階の一部が、我が家の住居スペースになっていて、潰してしまったら僕ら家族の住まいが無くなってしまう。

(土地の有効活用といって、駐車場にしないかという営業があったという)

 

僕に下宿屋の仕事を任せられるようになると、母は仕事に専念できるようになった。

 

これまですべてを担ってきた母からすれば、清掃や朝食の用意といった手伝い程度のものでも、大いに助かるのだ。

 

僕一家のメンバーは母と僕、老人ホームにいる母方の祖父の3人で、母が唯一の稼ぎ頭だった。

 

離婚してこの家を出て行った父には、再婚相手との間に子供が出来たと聞いている。

 

 

最後の下宿人は、ユノという名の近所の大学に通う学生だった。

 

ユノは田舎から都会に出てくるにあたり、アパートでひとり暮らしをするよりも、我が下宿を選んだ。

 

エアコンなしの畳敷き、音がつつぬけの板壁で、住環境は決してよいとはいえないが、朝食付きで、水道光熱費込の家賃で湯船に浸かれる...経済的にお得だと思う。

 

ユノは僕が9歳の時にうちの下宿人となり、かれこれ3年間うちに棲みついていることになる。

 

ユノが何を学んでいたのか、大学が何年生まであるのか、子供の僕には全然分からなかった。

 

ユノは部屋に居ることが多く、大学とは授業がちょっとしかないところなんだなぁと、僕は常々思っていた。

 

僕は学校に行くのが大嫌いだったから、自由なユノが羨ましかった。

 

そんな暇人のユノは、僕をよく自室に招いてくれた。

 

僕の部屋は北向きのジメジメした狭い一室で、日当たりのよいユノの部屋の方が居心地よかった。

 

下校してきた僕が門扉を開ける音(錆びついているから、開閉の度に大きな音がする)を聞きつけて、がらりと2階の部屋の窓が開く。

 

窓から身を乗り出したユノが、僕に向けて「おーい」と手を振る。

 

浮かない表情だった僕は、にっこにこの笑顔になる。

 

木製の欄干に腰掛け、漫画本を読んでいる時もあった。

 

下宿屋に向かっててくてく歩いてくる僕に気づいて、やはり「おーい」と僕を呼ぶのだ。

 

「遊びにおいで」

 

僕はどちらかというと根暗な子供だったけれど、ユノの前だけは別。

 

「うん!」

 

元気よく答えた僕はランドセルを部屋に置き、手洗いとうがいを済ませ、母が用意してくれたおやつをお盆に載せる。

(例えば...お煎餅やおにぎり、ポップコーンや蒸しパン、飲み物は麦茶...そういう簡単で地味なものだ)

 

おやつと宿題のセットを持って、ユノの部屋に入り浸るのだ。

 

 

ユノの部屋は家具が少なく、布団は敷きっぱなしで、大量にあるものと言えば壁際に沿って積み上げられた漫画本だった。

 

母が僕の為に用意したおやつと、ユノが僕の為に買ってきてくれたおやつをつまみながら、僕は宿題をした。

 

ユノの部屋にはデスクの代わりに座卓があり、そこで僕が宿題を広げている間、彼は寝転がって漫画本を読んでいた。

 

オンボロの一室は静まり返り、目覚まし時計のコチコチ音と、僕の鉛筆の音、ユノがページをめくる音だけが耳に心地よく聞こえていた。

 

「ユノちゃんは勉強しなくていいの?」

 

僕はユノのことを『ユノちゃん』と呼んでいた。

 

「テストが近づいたら勉強するよ」

 

「ふぅん。

ちょこっとしか勉強しなくていいなんて、ユノちゃんは頭がいいんだね」

 

「頭のいい悪いは関係ない。

単に、要領がいいのさ」

 

ユノはふふん、と笑った。

 

「ヨウリョウの意味が分かんない」

 

「辞書で調べな」

 

「ケチンボ」

 

日頃、漫画本ばかり読んでいても、試験が近づくと座卓に分厚い本を何冊も広げて、一日中勉強をしている。

 

テスト勉強中は静かにしていることを条件に、僕を邪魔っけにせずいつも通り、部屋に入り浸らせてくれた。

 

いつもの気怠げな空気は消えて、この部屋に緊張の糸がピンと張りつめて、僕の宿題もはかどるのだ。

 

ユノのノートには、外国語や記号、数字が埋め尽くされていて、カッコいいなぁ、と思った。

 

テスト勉強中、ユノはずっと飴を舐めていた。

 

なんでも「脳には甘い物がいる」んだそうだ。

 

(僕も真似をしてみたところ、見事に虫歯になってしまった)

 

飴のせいで、ユノの吐息は葡萄や檸檬の香りがした。

 

「ユノちゃん。

ここ、分かんない」

 

宿題で分からないことを教えてもらうこともしばしばだった。

 

長い脚を伸ばし、壁にもたれて漫画本を読んでいたユノは、身体を起こすと、僕の手元を覗き込む。

 

ユノはとても綺麗な顔をしていた。

 

僕は男で、当時は子供過ぎて、ユノの顔が耳のすぐそばに近づいても平気だった。

 

ユノはプリント用紙の裏に数字や式を書きなぐりながら、「う~ん」と眉間にシワをよせ、唸っている。

 

「うっそだぁ、分かんないの?

大学に受かったんでしょ?

小学生の問題が解けないってどういうこと?」

 

「解けるさ。

簡単に解けるけど、方程式は使っちゃ駄目なんだろ?

これってハンデだよ」

 

「ハンデって、どこが?」

 

「電卓を使えば早いけど、敢えてそろばんを使うのさ。

そろばんだぞ?

ハンデだろ?」

 

「そろばんじゃ時間がかからない?」

 

「それがな、時間をかけたらいけないんだ。

電卓で求めるのとは、全く別のルートを使って、同じ回答を得なきゃいけない。

そのルートを見つけろよ、ってのが問題の趣旨で、それが見つからなくて今悩んでいるわけ」

 

ユノは問題用紙を睨みつけていたが...「あ~も~、面倒くせぇな~」と吐き捨て、頭をガシガシ掻いた。

 

「イラストを描いて教えてやるから理解しろよ」

 

「うん」

 

「ここにおっきなピザがある。

こいつを18等分にした時...」

 

ユノは丸を描き、放射線状に線を引いた。

 

「18切れに分けるの?

ぺらっぺらじゃん」

 

「うるせーな。

これは算数の世界のピザなの。

例えば、の話。

で、18切れしたうち10切れを取った時...」

 

「半分以上も取っちゃうの?

それならば、18切れにしなくてもよかったんじゃないの?」

 

「あのな~、お前にも分かりやすいように説明してんだよ。

ピザを食うか食わないかの話じゃねぇの!」

 

「9等分にしてもよかったんじゃないの?」

 

「なんだよ、俺に訊かなくても理解してるんじゃねぇかよ!」

 

「え?

そうなの?」

 

「チャミは俺よりも断然、頭がいいよ」と、大きな手で頭を撫ぜてくれる。

 

ユノは僕のことを『チャミ』と呼んでいた。

 

「ホントに!?」

 

学校での僕は無口で不愛想だけど、ユノと過ごすと気持ちがほぐれてきて、饒舌になり大声で笑うことができるのだ。

 

 

ユノは何度も僕を助けてくれ、今も色褪せない瑞々しい思い出をプレゼントしてくれた。

 

ユノのおかげで、『大好き』という気持ちを知った。

 

...そして、性的なことはすべて、ユノから学んだ。

 

ユノは子供だった僕には、一切手を出さなかったから安心して欲しい。

 

それは僕が大きくなってからの話だ。

 

 

(つづく)

 

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(4)お仕置きの時間~チャンミンversion~

 

 

「...チャンミン...俺はがっかりだよ。

キスしたんだって!?

信じらんねーよ...」

 

ユノはぺたりとその場に座り込むと、両手で目を覆ってしまった。

 

(ユノ...泣いてるの...?)

 

「んん(ユノ)...」

 

チャンミンは腰を上げ、ダイニングチェアを引きずってユノに近づく。

 

「んん(ユノ)、んんんんんん(泣かないで)」

 

両手を拘束されているチャンミンは、足先でユノの膝をつんつんする。

 

「んっんん、んんん、んんっんー」

 

「何言ってるか、分かんねーよ」

 

ユノは立ち上がり、ずいっと顔を寄せ、至近距離からチャンミンと目を合わせた。

 

「彼女と...ヤッたのか?」

 

チャンミンは真正面からユノの視線を受け止める。

 

「ヤッたのか?」

 

「......」

 

「吐かせてやる!」

 

ユノはTVの音量を上げると、再びどかっとチャンミンの足元に胡坐をかく。

 

女の猫みたいな声と男の荒い吐息が(隣室から苦情が出てもおかしくない程のボリュームで)、リビング中に響く。

 

「うっわー、女のアソコ、丸見えだぞ~?

どうだ、チャンミン?

こら!

目を反らすな!」

 

ユノはバッと立ち上がり、つかつかとチャンミンの背後に回った。

 

「ちゃんと最後まで見るんだ!」

 

「んーーーー!」

 

ユノはチャンミンの両耳を左右に引っ張った。

 

「んーー!!」

 

「あの子と何回した?」

 

「んんんん、んっ!」

 

「何だって?

......100回!?」

 

「んーー!!」

 

ぼろぼろと涙を流して、チャンミンは首を千切れんばかりに横に振る。

 

「エロいよな、この2人。

チャンミン...お前も、こんな風にヤッたわけ?」

 

「んんんーん!」

 

チャンミンは両足を踏み鳴らした。

 

「あの男...」と、ユノはTV画面を顎でしゃくって言った。

 

「見れば見るほど、チャンミンに見えてくる...。

あのなで肩...頭の形...」

 

ユノはバッと、後ろにとびすさり、目を大きく見開いて口を手で覆った。

 

「ま...まさか!

こいつ...お前なのかっ!?

チャンミン...お前、盗撮されてたのに気づかなかったのか!?」

 

「んーーー!!!」

 

チャンミンは、床をドンドン踏み鳴らした。

 

「くそっ...モザイクで形が分からない!

チャンミンなのかどうか、確認がとれねぇ」

 

「んんーー!!」

 

TV画面の二人は無事、フィニッシュを迎えたようだった。

 

ふうふう言う男の荒い吐息と、恍惚の表情を浮かべた女の顔のアップ。

 

「......」

 

「......」

 

ぷつりと映像は切れ、TV画面はブルースクリーンに切りかわった。

 

「......」

 

「......」

 

ユノの眼が三日月形になる。

 

チャンミンの後頭部で固く結んだネクタイを、ユノは外してやった。

 

そして...。

 

「コングラチュレーション、シムチャンミン!」

 

ユノはチャンミンの両頬を包み込み、チュッチュッとキスの雨を降らした。

 

「チャンミンの無実は証明されました」

 

「......」

 

「疑って悪かったな」

 

「......」

 

「あれ?

チャンミン...怒ってる?」

 

「......」

 

「いやあ、チャンミンは凄かった。

あんなエロ動画見せられて、チャンミンのムスコはびくともしないんだ。

女の裸見ても勃たないなんて...すげぇよ」

 

「あったりまえでしょう!

女の人に興味がないってこと、ユノがよーく知ってるでしょう?」

 

「でもさ、あの子と...俺が紹介した子といちゃいちゃしてたらさ...嗜好が変わるかもしれないじゃん」

 

「イチャイチャなんかしていないよ!」

 

「うむ。

そこは信じてやろうではないか」

 

「ユノの馬鹿!」

 

「『僕も挿れてみたいなぁ。女の人とするのって、どんなんだろう』って、興味持つかもしれないじゃないか?」

 

「持たねーよ!」

 

(チャンミンの乱暴な言葉遣い...萌える)

 

「そもそもさ、浮気しろって言い出したのは、ユノでしょう?」

 

「そうだよ。

ジェラシーって、恋の炎をメラメラさせるじゃん?」

 

「あの子を紹介したのはユノでしょう?

『デートしろ』なんて...」

 

「なかなか絶妙なラインをついてきただろう?

絶妙過ぎて、人選誤ったか!...って。

チャンミンが堕ちてしまったんじゃないかって...怖かったよ」

 

「堕ちるかー!」

 

「それにさ...俺たちって付き合いが長いだろ?

俺に飽きてきてもおかしくないだろ?」

 

「ユノは僕のことを、ぜーんぜん分かってないですね。

僕はね、ユノがいいんです」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃないか...」

 

「『浮気ごっこ』なんて...必要ないのに、さ...」

 

「でもさ、1か月も会わなかったのって、初めてだっただろ?

チャンミンのありがたみが、よーく分かったよ。

...ん?

どうしたチャンミン...むすっとした顔しちゃって?」

 

「ユノ...あの動画は、どうやって手に入れたんですか?」

 

「...え?」

 

「男優が僕そっくりで、すごい嫌なんですけど?」

 

「チャンミンにそっくりなのを、探したんだよ」

 

「ってことは、いくつもいくつも、エロ動画を見たってことですよね?」

 

「ああ。

それのどこが、問題なんだよ?」

 

「ユノこそ...女の人に目覚めたんじゃないでしょうね?」

 

「き、気持ち悪いこと言うなよなー!

俺はね、チャンミンがいいの!」

 

「ホントに?

...あれ?

ユノ...顔が怖いよ?」

 

「...チャンミン。

女とキスしたんだって、なあ?

スルーするところだったよ。

どういうことだ?

ああん?

お仕置きしなくっちゃな?」

 

「...嘘に決まってるでしょう」

 

「嘘!?」

 

「うん。

ユノにヤキモチを妬いてもらいたくて、嘘ついてみました」

 

「デートはしたんだろ?」

 

「食事に1度行っただけです」

 

「だけ?」

 

「はい。

ユノとのLOVEライフを惚気てやったんです。

彼女、引いてました」

 

「......」

 

「だーかーら。

僕は真っ白なんです。

ユノ、残念でしたね。

『浮気ごっこ』は失敗です。

ユノったら...ぷぷっ...騙されちゃって、可愛いんですから」

 

「......」

 

「早く、これを解いてください!」

 

「...ちょろいな」

 

「?」

 

「チャンミン...ちょろいんだよ」

 

「?」

 

ユノはびしっと真っ直ぐ腕を掲げ、リモコンをTVに向けた。

 

TV画面に映し出されたもの。

 

「!!!!!!」

 

ユノは目を細め、唇の片端だけでニヤリと笑う。

 

「ジェラシーに苦しみ、怒り狂う俺を見たいからって、

してもない浮気を、したフリなんかしやがって!

浮気が本気になったフリなんかしやがって!

俺を負かしたと得意になってるんだろうがなあ?

ちょろいんだよ、シムチャンミン!」

 

大画面TVに、映し出されたもの。

 

「お仕置きの時間は、まだ終わってないんだよ!」

 

「!!!!」

 

「目をつむるんじゃない!

よーく見るんだ。

チャンミンのイキ顔...エロいなぁ」

 

「い、いつ撮ったんですか!?」

 

「『浮気ごっこ』決行の前の日。

当分出来ないからって...燃えたよなぁ...。

あらら...自分から腰振っちゃって...エロいなぁ」

 

「もう!

消してよ!

恥ずかしいからっ!」

 

「チャンミン...綺麗だよ。

すげぇ、色っぽい」

 

「ユノの...変態...」

 

「変態なのはチャンミンの方だよ。

ほら。

お前のムスコ...凄いことになってるよ」

 

「...だって...ユノが...」

 

「俺のことがよっぽど好きなんだなぁ。

お!

縛って悪かったな。

お仕置きの時間は終わりにしよう」

 

ユノは、チャンミンの手首を締め付けていたネクタイをほどいてやった。

 

「うわっ!?」

 

ユノの手首は「あっ!」という間にチャンミンに捉えられ、ぎりりとねじり上げられた。

 

「ちょろいな」

 

「?」

 

「ちょろいんですよ、ユノ」

 

「!?」

 

「僕を甘く見てたら、火傷しますよ」

 

「こら!

チャンミン!

何すんだ!」

 

「お返しです。

ユノにも『お仕置き』をしてあげないと、ね」

 

 

 

(おしまい)

 

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(3)お仕置きの時間(前編)~チャンミンver.~

 

 

「浮気が本気になってどうする?」

 

ユノはチャンミンの鼻に触れんばかりに顔を寄せて、こう言った。

 

どすのきいた低い声音に、チャンミンの背筋に寒気が走った。

 

ユノとチャンミンは交際15年の恋人同士。

 

15年も一緒にいれば、関係もだれてくる。

 

『浮気ごっこ』をしよう!

 

マンネリを打開するために閃いたのが、これだった。

 

 

 

 

チャンミンのお相手の人選に、ユノは頭を悩ませた。

 

(美人過ぎるのも駄目だ。

チャンミンは美人に弱い。

本気になってもらったら困る。

10人並み以下の容姿で、地味で大人し過ぎる女も駄目だ。

女の方がチャンミンに夢中になってしまう。

かと言って、男をあてがったら危険だ。

『ウケ』同士じゃ繋がろうにも、繋がれなくて、ベッドの上で困り果てるチャンミンが哀れだ。

『タチ』に目覚めてもらっても困る。

『タチ』役をあてがったら...俺だけの穴に俺以外のものがぶち込まれてると想像したら...嫉妬で狂い死んでしまうではないか!

とにかく、男は駄目だ、女じゃないと。

それならばと、派手で美人じゃなく、地味な冴えない女の中間を狙ったのがいけなかったのか...)

 

「誰が交際していい、と許可をした?」

 

チャンミンはユノの質問に答えられない。

 

口はユノのネクタイで塞がれており、「んーんー」と唸ったり、首を振るしかないのだ。

 

チャンミンの両手は後ろ手に、ユノのネクタイで拘束されていた。

 

 

 

ここはユノの部屋。

 

「チャンミンちまで送ってやるよ」

 

疲れた肉体で、満員の終電に揺られることに気が重かったから、ユノの親切にチャンミンは素直に喜んだ。

 

ゲームの最中は、口をきかない、電話もメールも禁止だった。

 

(ユノったら...。

先にギブアップしたのは、ユノだね...うふふふ)

 

勝利の予感にほくそ笑んでいられたのもつかの間。

 

(あ...れ...?)

 

ユノが運転する車が向かった先は、チャンミンの部屋ではなく、ユノの部屋。

 

ユノの黒目がちの眼の中に、真っ赤な炎がゆらめいていて、白い肌が青ざめていた。

 

ユノはダイニングチェアを、リビングの真ん中に引きずってくると、「ここに座れ」とチャンミンに命じた。

 

チャンミンは、ユノの意図が読めないまま、素直に従った。

 

チャンミンの首からネクタイがほどかれ、「ああ、脱がされるんだ」と期待が膨らむ。

 

(ユノとは一か月もご無沙汰だったからな...ドキドキ)

 

...と、呑気にしていられたのもそこまでだった。

 

「あっ!」という間に、チャンミンは猿ぐつわをかまされた。

 

続いてユノは、自身の襟元からネクタイをしゅるりと抜き取った。

 

そして、チャンミンの両手を背もたれの後ろで組ませ、その手首にネクタイをぐるぐる巻きにした。

 

「!!」

 

チャンミンは抗議の意を伝えたくても、口は塞がれているから唸るしかない。

 

「さて、と」

 

チャンミンの真正面には大画面テレビ。

 

ユノはリモコンを手にし、チャンミンの背後に立った。

 

「お仕置きの時間だ」

 

リモコンを操作し、画面に映し出されたものに、チャンミンは目を剥き、即座に顔を背けた。

 

「んーんー!」

 

「おーっと、チャンミン。

前を向いてろ」

 

背けるチャンミンの頭を両手で挟み、正面に向ける。

 

「よく見るんだ」

 

テレビ画面に映し出されたのは、全裸の男女。

 

「んーんー!」

 

「チャンミン...あの二人は、何をしているのかな?」

 

チャンミンはぎゅっと目を閉じる。

 

「おーっとチャンミン。

目をつむったら、『黒』とみなすぞ?」

 

ユノの脅しに、チャンミンは慌てて目を見開く。

 

あんあんと啼く女の高い声。

 

男に乳房と股間をまさぐられて、身をよじる女。

 

「さて、と」

 

ユノはチャンミンの足元に胡坐をかくと、ある一点を凝視し始めた。

 

男の腰の動きに合わせて、ギシギシとマットレスが軋む音。

 

「ズボンが邪魔だ」

 

ユノは映像を一時停止させた。

 

チャンミンのボトムスのウエストを緩め、左右の裾をつかむと、一気に引きはがした。

 

「んーー!!!」

 

勢い余って尻もちをついてしまったユノは、敏捷に起き直った。

 

そして、足をジタバタさせるチャンミンに構わず、最後の1枚も脱がせてしまう。

 

「んー!!」

 

とんでもなく恥ずかしい恰好に、チャンミンの目に涙が浮かんだ。

 

(下だけすっぽんぽんだなんて...!)

 

(チャンミン、許せ。

これは全て、俺たちのためにしていることなんだ)

 

ユノは再生ボタンを押し、チャンミンの両脚の間の観察に戻った。

 

「ムスコを挟むなって!

脚を広げてろ」

 

両膝をぐいっと押し広げた。

 

TVでは、フィニッシュが近い証拠に、女が啼きっぱなしだ。

 

「どうだ、チャンミン?

興奮するか?」

 

ユノはチャンミンのアソコから目を反らさず、問いかける。

 

「......」

 

(そっか、チャンミンは喋れないんだった)

 

「浮気相手と...おっと、言い間違えた...本気になった女と、こんなことしてたのか?」

 

チャンミンはぶんぶんと首を振る。

 

「してないのか?」

 

チャンミンはこくこくと首を振る。

 

「嘘をつくんじゃない。

一か月も付き合っておいて、指一本触れてないなんて、あり得ないよ」

 

ネクタイの下で、もごもごとチャンミンは何か言っている。

 

「ふうん。

じゃあ、手くらいは繋いだか?」

 

一瞬の間を置いた後、チャンミンは軽く頷いた。

 

「それじゃあ、キスくらいはしたか?」

 

「......」

 

「したんだな?」

 

渋々と言った風に、チャンミンは頷いた。

 

「そうか...チャンミンは、俺という恋人がいるのに、女とキスしたってわけか?」

 

ユノは後ずさりをしてチャンミンから離れると、「そっか...」ともう一度、哀し気につぶやいた。

 

 

(つづく)

 

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(2)お仕置きの時間~ユノVersion~

 

 

「...尻尾...?」

 

「うん。

ウサちゃんの尻尾。

チャンミン、付けてみて」

 

「これ...どうやって、付けるの?」

 

「あー、それはね。

おしゃぶりみたいになってるとこを、チャンミンのお口に刺すの」

 

「こう?」

 

(ヤベーーーーーー!

天然過ぎるのも程がある!)

 

「頼むからボケないでくれ!

ホントにしゃぶってどうするんだよ!?

赤ちゃんじゃないんだから!

お口ってのは下の穴のことだよ!」

 

「アソコに!?」

 

「バニーちゃんになってー!」

 

「僕はね、ユノにお仕置きする側なの!

ユノを悦ばせてどうすんのさ?」

 

「...誕生日」

 

「へ?」

 

「俺の誕生日...」

 

「ああっ!!」

 

「ほ~ら、やっぱり!

忘れてただろう!?

浮気に夢中になってて、俺の誕生日忘れてただろう!?

『ユノ、バースデープレゼント何がいいですか?』って、毎年尋ねてきてたくせに。

俺は待ってたんだぞ?

一時休戦して、祝うものだろうが!」

 

「そう言うユノこそ、僕の誕生日をすっぽかしたじゃないか!」

 

「...うっ」

 

「おあいこということで、この件はお互い忘れましょう」

 

「いいや!

チャンミンの方が罪深い」

 

「僕が何をしたって言うのさ!」

 

「...バレンタイン」

 

「あああ!」

 

「チャンミンからのバレンタインプレゼント、楽しみに待ってたのになぁ」

 

「ゲームの途中に、誕生日だのバレンタインだのイベントが目白押しなんだもの。

その都度、中断してたらゲームにならないでしょう?」

 

「...確かに...」

 

「さっきの質問。

結局、今日ってなんの日なの?」

 

「チャンミン...本気で言ってるの?

3月14日と言えば、アレしかないだろう?」

 

「...ホワイトデー」

 

「正解。

ウサちゃん尻尾はホワイトデーのプレゼント。

...愛するチャンミンの為に、もらってもいないバレンタインプレゼントのお返しだ」

 

「よりによって...これ?」

 

「うん。

凄くいいらしいよ。

凸凹がすごいだろう?

でさ、SMの衣裳は誕生日プレゼントだ」

 

大人な小道具を貰ってしまったチャンミンは、ここは喜ぶべきなのか両眉を下げて困惑の様子だ。

 

「こいつらを使って、アツアツな夜を過ごそうぜ。

2人分の誕生日とバレンタインデーとホワイトデー、まとめて楽しもう」

 

「ユノ...誕生日プレゼントあげられずにゴメンね。

それから、バレンタインプレゼントもあげられずにゴメンね」

 

「俺はチャンミンには『あまあま』だから、許してあげるよ。

...あのさ。

ずっと万歳してて肩が痛い。

いい加減外してくれよ?」

 

「ごめん!」

 

チャンミンは鍵を使ってユノの手首を解放してやる。

 

「ふぅ」

 

凝った肩をぐるぐる回しているユノの背後に回ったチャンミンは、彼の首にタックルした。

 

「わっ!」

 

「ちょろいな...」

 

チャンミンはユノの片手首を捉えると、ぎりりとねじり上げて、外したばかりの手錠をカシャンと嵌めた。

 

「チャっ...!」

 

「ちょろいんですよ、チョンユンホ!」

 

そう言い放ったチャンミンは、ユノの両腕を背中に回して、もう片手首に手錠を嵌めようとした...したのだが。

 

全力で抵抗するユノは、それを許してくれない。

 

「僕のお仕置きはっ...まだ...終わって...ない!

ユノ!

お願いだから、じっとしててよ!」

 

「だーかーら!

俺がチャンミンにお仕置きされる言われはないの!」

 

「ないけど...ないけど!

やられっぱなしは面白くない!」

 

ユノの腰を両脚で抱え込み、後ろ手のユノの手首を押さえつけながらの作業は難を極め...。

 

「あっ!」

 

カシャンという音に、チャンミンは自身の手首に目を剥いた。

 

「どうした?」

 

腰に巻き付いたチャンミンの両脚から力が抜け、ユノは後ろを振り返った。

 

ユノの左手とチャンミンの左手がひとつの手錠で繋がっている。

 

「チャンミン...『そういう』プレイでもするつもりなのか?

これじゃあ...」

 

その中途半端に短い鎖に、ユノは手を上げ下げしてみた。

 

「どうやってえっちをするんだ?」

 

ユノの背後にチャンミンがいる恰好で、左手同士が拘束されているのだ。

 

「身体を入れ替えよう。

チャンミン、一旦外そう。

鍵は?」

 

「う、うん...」

 

チャンミンは先ほど使ったばかりの鍵を、探る。

 

「あれ...?」

 

(ベッドの枕元の辺りに置いたはず...いや...ユノを驚かせようとして、ユノが暴れて)

 

「ない!?」

 

ベッドから下りてマットレスの上を丹念にあらためようとしたところ。

 

立ち上がったチャンミンに引っ張られて、ユノはぐらりとバランスを崩してしまった。

 

ユノに押される形で、チャンミンはベッドに背後から転落してしまったのだ。

 

「いってぇ!」

「いたっ!」

 

「チャンミン!

俺と繋がってるのを忘れるな!

鍵は?」

 

「見当たらないんだ!」

 

「はあ!?」

 

「ユノが邪魔で見えない!

ユノ、ベッドの上を見て」

 

「オッケー。

しゃがむぞ」

 

ユノとチャンミンはそろそろと腰を落とす。

 

枕も毛布も取っ払い、マットレスの上を子細に見るが、銀色に光る小さな鍵はない。

 

「ベッドの下か?」

 

急に四つん這いになったユノの背中に、チャンミンの身体がのしかかる。

 

「重い...」

 

「ごめん!

動きについていけないから、もっとゆっくり!」

 

「オッケー。

ベッドの下を覗くからな。

床に寝っ転がるぞ」

 

チャンミンが先に床に腰を下ろし、その上にユノは乗る。

 

傍から見れば、二人羽織りをしているかのような二人。

 

「チャンミン。

これいい幸いだって、俺にぶち込んだりするなよ」

 

「するか!

ふざけたこと言ってる場合じゃないよ!」

 

(チャンミンの乱暴な言葉遣い...萌える)

 

「わざわざ重なる必要はないぞ...こうすればいい」

 

ユノはチャンミンの上から腰を上げ、繋がった手首を軸にくるりと身体の向きを変えた。

 

そして、腹ばいになったユノは、ほこりまみれのベッド下に目をこらす。

 

「きったねぇなぁ...お!

あれ見ろよ」

 

仰向けになったチャンミンから、ユノの言うものは見えない。

 

「鍵、あった?」

 

「ほこりだらけで、わかんねぇ。

でもさ、行方不明になってたアレを発見したぞ。

ほら、チャンミンが身悶えして悦んでたアレだよ。

な~んだ、ベッドの下に転がってたんだ。

う...届かない」

 

ベッド下に目いっぱい右手を伸ばしていたユノは、到底届く距離にないことを悟って諦めた。

 

「チャンミン、手を洗いたい」

 

「うわっ!

きったないなぁ。

掃除していないユノが悪いんだからね。

...で、鍵は見つかった?」

 

「あるかもしれないが、分かんない。

ベッドを動かさないと駄目かもしれない」

 

「もお!」

 

「あのさ...このまま鍵が見つからなかったら、俺たちどうする?」

 

「ねえ、ユノ。

ここはもう、発想の転換だよ」

 

「こんなんじゃ、服も脱げないぞ?

シャツを切り裂くしかない」

 

「明日明後日とお休みでしょ?

僕とユノ、くっついて過ごせるよ?」

 

「そっか!」

 

「それに、こうすれば...」

 

チャンミンは繋がった手首を返し、ユノの前に回った。

 

「とりあえずバックは出来ることが判明した!」

 

「可愛いお尻だ」

 

ユノは革パンに包まれたチャンミンのお尻を撫ぜまわした。

 

「ユノ!

くすぐったい!」

 

「誕生日もバレンタインデーもスルーした俺たちだ。

緊縛プレイか...燃えるねぇ」

 

「変態」

 

「嫌いじゃないくせに。

チャンミンにたっぷりとお仕置きしてあげないとなぁ?」

 

「僕だって、ユノにお仕置きしたいんだから」

 

「ふん。

泣いて止めてって言っても、俺は勘弁してやらないからな」

 

「それは僕の台詞!

僕をあんまりイジめたら、ウサちゃんを付けてやらないよ?」

 

「えー、それは困る」

 

 

 

...そんなこんなで、2人は熱い夜を過ごしたわけですが、後日、鍵が見つかったかどうかは確認がとれていません。

 

 

(おしまい)

 

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