義弟(49)

 

 

~チャンミン17歳~

 

 

「いずれユンホ君の耳に入るだろうね?」

 

X氏はジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めた。

 

「僕はっ...高校生なんですよ?

Xさんのしていることは、犯罪です!」

 

「おやおや...。

じゃあ、ユンホ君はどうなんだね?」

 

「!」

 

「ユンホ君も犯罪者だねぇ。

チャンミン君みたいな子供に手を出して...捕まっちゃうねぇ」

 

目の前が真っ暗になった。

 

やれやれと言った風にX氏は首を振り、どかっとソファに腰掛けた。

 

「即、離婚だろうねぇ。

奥さんは、チャンミン君のお姉さんなんだろう?

こりゃ修羅場になるねぇ」

 

「...っ」

 

喉が詰まって、呼吸が難しい。

 

「ユンホ君の功績に傷がつくだろうねぇ。

仕事も減るだろうねぇ。

いいのかなぁ?」

 

自分が楽になりたいことばかり、考えていた。

 

義兄さんがどうなるかまで、頭が回っていなかった。

 

X氏を拒絶することで、墓穴を掘ってしまったみたいだ。

 

僕と義兄さんがしていることを、僕の口から認める機会を作ってしまった。

 

X氏だって、僕と義兄さんのことを怪しいと勘づいていたけど、現場を押さえたわけじゃなかったのが、決定的になってしまった。

 

どうしよう...どうしたらいいんだ!

 

 


 

 

~ユノ34歳~

 

 

チャンミンはどこまで遊びにいったのやら。

 

この地は旧所名跡が多い城下町だ。

 

勉強熱心な子だから、目にするもの全てを興味深げに、丁寧に見て回っているのだろう。

 

リュックサックを背負って、周囲を見渡し、説明書きの看板や石碑に目を通している。

 

そんなチャンミンの姿が想像できて、くすりと笑みが浮かんでしまう。

 

昨夜は相当無理をさせてしまったから、観光に支障がなければいいのだが...。

 

非日常的な環境に、タガが外れた俺はチャンミンを攻めに攻めてしまった。

 

終わり間近では、全身を痙攣させたチャンミンは膝の力が抜けてしまって、支えてやらないと立っていられなかった。

 

俺の腰に足を絡めしがみついたチャンミンを、そのまま抱えてベッドに寝かせた。

 

色に酔ったうつろな顔をしていたのが、シャワーを浴び直して戻ってみたら、すーすーと寝息をたてて眠ってしまっていた。

 

ベッドに腰掛け、眠るチャンミンの額の髪を指の背で梳く。

 

きりっと直線的な眉と長いまつ毛。

 

気持ちが通じ合っていると信じたい。

 

なあチャンミン。

 

チャンミンは綺麗だ。

 

初対面で感じた時の俺の印象では、自身の美貌を味方につけて人の気持ちを振り回すような、そんな残酷なところがあると思っていた。

 

じとりと湿った陰気な眼...そうであっても美しい目元。

 

肌寒いアトリエで、「温めてください」と囁いて俺を見上げた時のチャンミンの眼。

 

『裸のマハ』のポーズをとって、鑑賞する者を誘う色気のある眼。

 

大人の男たちを知らず知らずのうちに惹きつけてしまうのだ。

 

俺の勘に過ぎないが、チャンミンには他に誰かいる。

 

誰だか知らないが、想像すると苦しむだけだから、意識の外に置いてある。

 

「俺だけにしろ」と言える資格は俺にはないからだ。

 

俺たちの立場は全然、フェアじゃない。

 

フェアに近づけるよう、俺の身辺は少しずつ整理していくから。

 

俺たちには、未来があると信じたい。

 

 

会期もあと2日を残すところまでこぎつけていた。

 

最終日のセレモニーでは、全作品を中央に向けて円を描くように設置するのだとか。

 

閉館後、その大掛かりな作業が開始され、雇い入れた作業員たちに、細かい指示をするため、俺や他の作家たちも集合していた。

 

急ピッチで作業は進み、夜10時には解放されるだろう。

 

チャンミンはホテルに帰っているのか、電話をかけても留守電アナウンスが流れるばかりで、メッセージを送っても既読のサインがつかない。

 

小さな子供でもあるまいに、迷子になっているとは考えにくいが心配だった。

 

「ユンホさん!」

 

スタッフの一人に呼び止められた。

 

「今日中に、Dさんの作品が到着する予定なのに、未だなんです」

 

このイベントで展示されているもののほとんどは、オーナーたちの好意でかき集められた作品がほとんどだった。

 

主役であるアーティストたちは運営委員も兼ねていて、俺もプログラムの進行に常に気を配っていなければならなかった。

 

会期の最終日のハイライトとして、D氏の作品がはるばる遠方から到着する予定だった。

 

天井から吊り下げる立体作品で、作業員たちが到着を今か今かと待っているのだ。

 

確か、X氏が買い付けたものだったはず...。

 

「それが、Xさんなんですが...午後から連絡がとれないんですよ」

 

「え!?」

 

「作業の人たちも帰したいですし...どうしましょう?」

 

チャンミンだ。

 

なぜか、チャンミンの顔が浮かんだ。

 

スマホを取り出して、X氏の番号に発信してみたが、スタッフの言う通り3コール目で留守電に切りかわってしまった。

 

俺は会場を見渡して、割り振られた作業をほぼ終えて、談笑する者や帰り支度をする者たちを確認する。

 

「探してくるよ」

 

手にしたボードを、スタッフに押しつけた。

 

「えっ!?

今から!?

ユンホさんがいなくなったら...」

 

「俺がいなくても、もう大丈夫だ。

何かあったら連絡して。

Xさんのことだ...飲みにいってるか、ホテルで寝てるか...」

 

「でも...」

 

困惑顔のスタッフを残して、俺は駆けだしていた。

 

X氏は今、チャンミンといる。

 

これは確信だった。

 

 


 

~チャンミン17歳~

 

 

これは脅しだ。

 

脅せば僕が言うことをきくと思って、わざと怖いこと言っているんだ。

 

僕の方こそ、X氏を脅した。

 

僕とX氏との繋がりを周囲にバラすと脅かせば、彼は大人しくなるって予想していたのに...。

 

大変なことになる。

 

義兄さんが困った立場に立たされる。

 

僕とX氏のことは、僕の口から義兄さんに知らせたい。

 

X氏のことだ、義兄さんの動揺する顔を見たくて、それと分かるように匂わせたことを、耳打ちしそうだった。

 

その前に...。

 

「...もし、断ったら...どうなります?」

 

「どうなるも何も。

私との付き合いを解消したいんだろう?

了解したんだ。

最後にいい思いをしたいと言っているだけだ」

 

「それだけですよね?

おかしなことしませんよね?」

 

「もちろん。

思い出にしたいんだ。

君みたいな綺麗な子は滅多にいないから」

 

「...」

 

「ほら、こっちおいで」

 

両手をひらひらさせて、僕を手招きする。

 

拒絶感で足が動かない。

 

今までよくもこんなオヤジに身体を許していたものだ。

 

「緊張しているのか?

...これを飲みなさい。

リラックスできるよ」

 

テーブルに置いたグラスを、僕に差し出した。

 

僕は迷わずそれを受け取って、琥珀色の液体を口に含んだ。

 

口の中がかぁっと熱くなって、ぴりぴりと舌を刺激する。

 

「威勢がいいねぇ。

ほら、もう一杯」

 

お酒を飲むのは初めてだったけど、頭を朦朧とさせれば、この嫌悪感が和らぐと思ったのだ。

 

2杯目はもっと濃くて、僕は顔をしかめて一気に喉に流し込んだ。

 

「あっ...!」

 

X氏の両手に捉えられ、引き寄せられて彼の膝の上に乗っていた。

 

X氏の膝から飛び降りようとしたけれど、彼の力は強い。

 

僕も男で、身長もあるからと油断していた。

 

X氏は二回り以上大きな身体をしている。

 

顎をつかまれ、X氏の方へ強引に振り向かされた。

 

「やっ...それは、ダメ!」

 

唇を寄せてきたX氏の顎を力いっぱい押しのけた。

 

「君は相変わらずだねぇ。

キスは禁止なのに、下の口は平気なんだ?」

 

「...っ...!」

 

前を寛げたX氏に、僕は目を反らした。

 

「そうそう!」と、突然何かを思い出して、スラックスのポケットから取り出したスマホを操作し出した。

 

「チャンミン君の写真を消さないとね」

 

「!」

 

さーっと血の気が下がった。

 

「動画もあったよねぇ。

こんなものが出回ったら、大変だ!」

 

おどけて言うX氏。

 

「...Xさんも困るんじゃないですか?」

 

「もともと素行の悪い私だ。

今さらひとつやふたつ加わっても、誰も驚かない」

 

「奥さんも子供もいるんでしょう?」

 

「別居状態だよ。

おやおや。

私ばかり咎めるなんて、不公平だよ。

ユンホ君にも奥さんがいるよねぇ?」

 

「...っ...」

 

ここを突かれると、何も言えなくなる。

 

僕が子供過ぎたせいで、義兄さんに迷惑をかけてしまってる。

 

「終わったらちゃ~んと消去するからね。

安心しなさい」

 

「...絶対ですよ?」

 

「最後だから、君を滅茶苦茶にしてしまうかもしれない」

 

「...そんな」

 

一度だけだ、今だけ我慢すれば...。

 

これが最後だ。

 

アルコールが回って、全身がふわふわした。

 

「私に任せていれば、大丈夫だよ。

私のがどれだけイイか...君が一番よく知っているよね?」

 

「......」

 

X氏とのことはそもそも、僕が始めたことだ。

 

それに、義兄さんと関係を持ったのも、僕が誘ったようなものだったんだ。

 

義兄さんの目の前で服を脱いで、煽って、「キスをして」とねだって...。

 

始めたのは僕なんだ。

 

 


 

 

~ユノ34歳~

 

コンベンションセンターとホテルは隣り合っている。

 

外に出る時間が惜しく、地下駐車場の連絡通路を走った。

 

X氏が実際、チャンミンに手を出すと決まったわけじゃないが、昨日、彼らが並んで立っているのを見た時、むわぁっと嫌な気持ちになったのだ。

 

チャンミンを見るX氏の眼に...眼だけじゃなく全身から下心が漂っていた。

 

チャンミンとそういう関係にある俺だから、察せられたのだと思う。

 

つまり、男であるチャンミンを女性にするように抱くことが出来る俺だったから、チャンミンに向ける性的な視線が分かるのだ。

 

それから...X氏を見るチャンミンの怯えた眼も気になっていた。

 

未だ何も起こっていないにしては、チャンミンの怯え方は異常だった。

 

あれは、X氏が抱く下心に気付いている眼だった。

 

これから何が始まるのか知っているかのような...。

 

まさか...。

 

既にことは始まっていたとしたら?

 

チャンミンにそれらしい素振りは、あったのか?

 

ああ、ダメだ。

 

俺たちが会うのは週に一度。

 

どちらかに用があって、2週、3週空くこともあった。

 

チャンミンの日常を知らず仕舞いだった。

 

チャンミンをモデルに絵を描き、残りの約1時間は互いの肉体を貪り合った。

 

どちらが主目的なのか、分からなくしていたのは俺自身じゃないか。

 

チャンミンに溺れていた。

 

でも...贈り物を貰って見せた表情は、心底嬉しそうだった。

 

あの喜びはホンモノだったはず...。

 

チャンミンはすすんで自分のことを話す子ではなく、質問すればぽつりぽつり、端的な答えが返ってくる程度だ。

 

X氏から嫌な目にあっていても、それを俺に気取られないように装っていたとしたら?

 

俺の他に『誰かいる』と察していた、その『誰か』とはX氏だったのでは?

 

俺は馬鹿か、なぜ気付かなかったんだろう。

 

重いスチールドアを開け、殺風景な階段を1段飛ばしに駆け上がる。

 

エントランスロビーで足を緩めた。

 

肩で息する俺を、すれ違う客たちが不審そうな眼で見るからだ。

 

ネクタイを緩め、息を整えた。

 

俺は単に、大袈裟に考えているだけかもしれない。

 

X氏のチャンミンを見る目が厭らしかったことを理由に、2人は既に関係があるのでは?とまで、考えが飛躍してしまったんだ。

 

不安が不安を呼んでしまっただけだと、自分に言い聞かせようとした。

 

X氏は関係ない、と。

 

そうじゃないことを、今すぐこの目で確かめないと。

 

エレベータの階数ランプをイライラしながら見上げた。

 

ポケットの中でスマホが震え、「チャンミンからか!?」と発信者を確認もせず通話ボタンを押した。

 

『私』

 

Bだった。

 

(つづく)

 

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義弟(48)

 

 

~チャンミン~

 

「ふう...」

 

手の平にかいた汗を、デニムパンツの太ももにこすりつけた。

 

溶けて角が丸くなった氷だとか、表面に浮いた水滴だとか、アイスコーヒーのグラスを意味もなく眺めていた。

 

夕方前のラウンジは客はまばらで、カジュアルな服装の自分は浮いているみたいに思えてきて、居たたまれなかったからだ。

 

予定では午前中には済ませているはずだった。

 

今日中に僕はクリーンになる。

 

義兄さんを見送った後、送ったメッセージの返信は早かったから、意気込んでいるうちに会って話して、ケリをつけて、それで解決...のはずだった。

 

観光でも、と義兄さんはすすめてくれたけれど、無事課題を終えるまでは落ち着かない。

 

もやもやと不安と緊張を抱えた僕は、この時間までホテルの部屋で過ごした。

 

問題集を開いてみたり、湯船に浸かってみたり、見たくもない映画を流してみたり、コンビニエンスストアで買ってきたサンドイッチを食べたりした。

 

無駄に時間をつぶした僕は、約束の時間まで30分前に下りていって、コーヒーラウンジの柔らかすぎるソファにこうして座っているのだった。

 

「ふぅ...」

 

深呼吸を3回したところで、肩を叩かれ、振り向くとX氏が立っていた。

 

いよいよだ。

 

 

 

一向に座る素振りを見せないX氏。

 

負けてしまった僕は腰を上げるしかなく、X氏はそんな僕に満足げな笑みを浮かべた。

 

X氏は僕を後ろに従え、ゆったりとした足運びでエレベーターホールに向かう。

 

密室で二人きりになりたくない。

 

でも、僕の気持ちを伝えて、そして踵を返して部屋を立ち去ればいい。

 

僕は男だし、X氏も大人だ。

 

乱暴なことはしないはずだ。

 

そんな僕の予測がいかに甘かったものだったか...。

 

 

 

この地に来る前日、僕はMと会っていた。

 

Mと会う時は大抵、X氏のカフェを使っていた僕らだったけど、彼に関係するものに怖気が走るようになっていて足が遠のいていた。

 

ファストフード店を待ち合わせ場所に、時間ぴったりに現れたMに僕は全部をぶちまけた。

 

X氏と1年以上に渡って関係を持っていること、行為の最中の写真を撮られたこと、そしていい加減関係を絶ちたいこと。

 

Mの耳に入れるべきことじゃない情報だ。

 

でも、僕の脱童貞の相手はMだったし、X氏を紹介したのもMだった。

 

そして、僕と義兄さんが関係を持っていることと、僕とX氏が関係を持ったことも知っている唯一の人だったから。

 

Mを責めたい気持ちは全くなくて、重苦しい思いを共有してくれる人が欲しかったのだ。

 

Mのことだから、X氏を紹介したことに罪悪感を持つかもしれない。

 

関係を断ち切る時の知恵が欲しかったこと、叱咤激励して欲しかった。

 

「ユノさんのことは、きれいさっぱり諦めた。

チャンミン...難しい関係でしょうけど、頑張って」

 

と、最後に会話を交わしたのは、先月頃だ(現在のMの異性関係がどうなっているのか知らない)

 

僕の話を全部聞き終えて、Mは目を見開き、丸く開けた口を片手で覆った。

 

「...ごめんなさい...私のせいね。

こんなの言い訳に聞こえるかもしれないけど。

Xさんって割り切った付き合いをする人で、面倒な人じゃないから...」

 

「...もしかしてMちゃんも?

Xさんと?」

 

「...一度だけだよ。

Xさん...よっぽどチャンミンが気に入ったんだね。

どうしよう...。

チャンミン...ごめんなさい!」

 

テーブルに額がくっ付くくらい頭を下げるMを、僕は止める。

 

「今すぐXさんを呼び出す。

止めてくれ、って言いに行く!」

 

「駄目だ!」

 

立ち上がるMの手首をつかんで制した。

 

「そんなことしなくていい。

Mちゃんになんとかしてもらおうと思って、話したわけじゃないんだ。

ただ...話を聞いてもらいたかっただけなんだ...」

 

「...チャンミン...」

 

Mはすとんと、椅子に腰を落とした。

 

「Xさんって...話して分かってくれる人かな?」

 

「チャンミンにXさんを紹介したのはね。

同じようにXさんと関係を持った知り合いの男の子がいたのよ。

テクも凄いし、欲しい時だけ会えばいい割り切った関係だし、おこずかいをくれたり...って。

...だから、チャンミンも大丈夫だと...そう判断した私が悪い」

 

「Mちゃんは悪くない。

僕が悪いんだ。

もうお仕舞いにする」

 

「...ユノさんは...知ってるの?」

 

「まさか!」

 

「そうよね。

ユノさんが知ったら...ショックを受けるでしょうね。

大変なことになるね、きっと...」

 

「大変なこと...?」

 

「ユノさんは...チャンミンのこと好きなんだよ、とても。

不倫はよく聞く話だけど、その相手が男子で、奥さんの弟だなんて、よっぽど好きじゃなければ付き合えないわよ」

 

「もし、知っちゃたら...義兄さん、どう思うかな?」

 

「ユノさんをよく知ってるわけじゃないけど...。

チャンミンのことを...嫌になっちゃうかもしれない。

曲がったことを許せない人。

あ!

ユノさん自身が奥さんを裏切っているわけだから...そうでもないか...。

曲がったことが嫌いなのに、それでもチャンミンと付き合ってるってことだから、やっぱり、チャンミンのことがすごく好きなんだよ。

うん、そうよ」

 

義兄さんは大人で、優しい。

 

曲がったことが嫌いなのに、1年以上も僕と会ってくれた。

 

Mは義兄さんのことを良く知らないから、僕のことを嫌になってしまうって予想してたけど。

 

僕が知っている義兄さんなら、僕の過ちを知ってしまっても...許してくれる。

 

そうであって欲しい。

 

 

 

「あらたまって話って何だい?

...何か飲む?」

 

「要りません」

 

拒絶の意志を込めて、僕はきっぱり断った。

 

計画外にも、僕はX氏の部屋にいた。

 

応接セットのソファに腰掛けていた。

 

義兄さんの部屋と同様、広くて高級そうな調度で整えられている。

 

「ふぅ...」

 

緊張をほぐそうと、X氏に気付かれないように深呼吸した。

 

グラスを2つ手にしたX氏は、僕の隣に腰掛けたりするから、僕はお尻ひとつぶん横にずれた。

 

僕の仕草に、X氏は大きな声で笑った。

 

グラスのひとつを勧められ、それがウィスキーか何かのアルコールだって察して、首を振った。

 

「僕は未成年です」

 

「...ユンホ君も」

 

義兄さんの名前を突如聞かされて、僕はX氏の方を振り向いた。

 

「そんなに驚いて...ユンホ君がどうしたんだ?」

 

僕の様子に、X氏はぎょろ目をもっと大きくさせて、驚き顔がわざとらしかった。

 

「...デキてるんだろう?」

 

ズバリ、言い当てられた。

 

「......」

 

「で...私とのお遊戯をお仕舞いにしたくなったんだね?」

 

「...はい」

 

「仕方がない」

 

X氏は、グラスの中身を一気に飲み干した。

 

「最後に一度、しようか?」

 

予想通りのX氏の答え。

 

でも、拒絶の姿勢を貫いて、ここを立ち去ればいいことだ。

 

「嫌です」

 

「これっきりにするから」

 

『最後』の言葉を、僕はこれっぽちも信じていない。

 

「嫌です!

もうお仕舞いです!」

 

「愉しんだよねぇ。

...何度も何度も」

 

愉しんだかどうかは...そうじゃないと言いきれないのが悔しい。

 

嫌なのに、すごく嫌でたまらなかったのに、X氏に征服された僕は、最中は我を忘れてしまっていた。

 

脇に垂らした手を、ぎゅっと握りしめた。

 

手の平に汗をかいている。

 

「......」

 

「ほんの子供だった君が、ずいぶんとまあ、大胆になってしまって。

おじさんは困ってしまったよ」

 

「...皆にバラしますよ?」

 

X氏を攻撃する言葉が、これくらいしか思いつけない自分が悔しい。

 

「そんなことして...いいのかなぁ?」

 

「...え?」

 

X氏は、にやりと笑った。

 

(つづく)

 

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義弟(47)R18

 

~チャンミン17歳~

 

 

僕はもちろん義兄さんも、一糸まとわぬ姿になることはほとんどない。

アトリエで抱き合う時は、限りある1,2時間を惜しんで、下を脱いだだけの...義兄さんなんて前を出しただけの...繋がるだけが目的のものだった。

あそことあそこさえ露わにすれば事足りるんだから。

時間を気にしなくてもいい今、僕らは全身の肌と肌が密着し合う感触を愉しんだ。

体毛が掠るくすっぐたさ、汗とともに発散させる匂い。

義兄さんは着やせする。

盛り上がった大胸筋や、脇腹に斜めに走る筋肉の凸凹に、僕の呼吸は荒くなるのだ。

ああ、この人に組み敷かれたい...そう望む僕は、男らしくない精神の持ち主なのかもしれない。

頑丈そうな腰骨や、Ⅴ字の茂みから屹立するものを前にしたら、もう...たまらない。

細いのに強靭な腰、僕のものよりぷくりと柔らかそうな胸の先端、すべてが神々しく僕の目に映っている。

 

 

マットレスに肩を落とし、お尻を高く突き出した僕。

僕の腰に食い込む義兄さんの指。

義兄さんは僕を欲している。

義兄さんの低い唸り声、いいところに当たるとそれにため息が加わる。

僕はそれを聞いて、『感じて』しまうのだ。

打ちつけられる義兄さんの腰の動きに合わせて、僕は女の子みたいな声をあげている。

深々と突き立てたまま、小刻みに揺らして僕が弱いところばかり攻める義兄さんはずるい。

 

「跨って」

 

仰向けになった義兄さんの身体を挟むように、言われたように膝立ちした。

義兄さんの手が伸びてくるかと思ったら、その手を頭の後ろに組んでしまった。

 

「?」

 

「自分で下りておいで」

 

「...え?

恥ずかしい...」

 

「ふぅん。

じゃあ、夕方の時みたいな恰好がいい?」

 

「...それは」

 

数時間前の性急なセックスで、オムツを交換する時みたいな恰好をさせられたのだ。

あの体位は恥ずかしすぎる...。

今日の義兄さんは、とてもいやらしい。

付いていた膝を立てしゃがんだ姿勢になり、義兄さんの胸に両手を当てて身体を支えた。

またがり直した僕の入口を、義兄さんったら、手を添えたそれで焦らすようにくすぐるんだもの。

ゆっくりと沈め、僕のお尻が義兄さんの腰に着地した直後、真上に突き上げられた。

 

「...んあっ!」

 

その衝撃と、脳天まで貫いた痛いくらいの痺れに、とんでもない大声をあげてしまった。

 

「...そんなっ...奥...ダメ...おくっはっ...!」

 

怖くなって膝を閉じようとしたら、

 

「チャンミン、ダメだよ。

脚を広げて?」

 

義兄さんの言う通りにしたら、バランスを崩して倒れてしまう。

僕は前のめりになって、義兄さんの肩に身を伏せた。

 

「ひっ...無理っ...やっ...あ...!」

 

自ら腰を振る余裕なんかなくなって、義兄さんに支えてもらうのだ。

僕の腰は引き落とされたまま、大きなスライドで叩きつけられた。

 

「...チャンミンっ」

 

呼ばれて僕は、「義兄さん」と答える。

 

「義兄さん...じゃなくて、名前を呼んで?」

 

「...そんな...無理っ...あ、そこは...ダメ」

 

1年以上前。

義兄さんに絵のモデルを頼まれた日。

僕は自室で、義兄さんの名前をつぶやいたんだった。

『ユノ』と呼んで生意気だと思われたいと...それから、発した音の響きに、甘やかな気持ちになったんだった。

 

「ほら...呼んで?」

 

義兄さんは僕の義理のお兄さん。

 

「恥ずかしがらないで、呼んで?

呼ばないと、こうするよ?」

 

「...んあっ!」

 

『ユノ』のひと言が口に出来なくて...恐れ多くて、口ごもっていると義兄さんは、ひっくり返るくらいの勢いで僕を揺するんだ。

観念して、ぽそり、とつぶやいた。

 

「...ユノ」

 

「いいね。

今度から二人でいる時は、そう呼んで?」

 

義兄さんはそう言ってくれたけど、それは出来そうにないと思った。

義兄さんは、僕にとってずっと『義兄さん』で...でも『兄さん』ではないんだ。

黙りこくってしまった僕に、義兄さんは謝った。

 

「今は無理だよな...ごめん。

『義兄さん』じゃなくなるよう、準備するから」

 

指の背で唇をやさしく撫ぜられた。

姉さんと別れないでと頼んだのは、僕だった。

義兄さんは同意してくれたけど、僕の真意を見抜いてくれたんだろうか。

義兄と義弟の関係性に頼らない、強固な繋がりを僕らは結べるだろうか。

義兄さんに値する男になれるだろうか。

僕に足りないのは、自信なのだ。

 

「え...?

あっ...ダメっ...それ...!」

 

全身がびくびくと痙攣する。

リズミカルだった喘ぎ声も、次第に声をあげっぱなしになってしまい、終わる頃には掠れ声になっていた。

 

「好き...好き、好き」

 

狂ったように「好き」を連発して、義兄さんの肩にかぶりついた。

頬を濡らす熱いものは僕の涙?

酸素を求めてぱくぱくする口は、義兄さんの唇でぴたりと塞がれる。

前を刺激しなくても、僕はいくらでも絶頂を迎えられる。

何度でも。

 

 

貫かれたばかりだから、義兄さんの指を容易に飲み込む。

バスタブの縁に手をついて、高くお尻を突き出した格好になっていた。

義兄さんの2本の指で押し開かれ、僕の入り口はきっと、ぽっかりと口を開けている。

水圧の強いシャワーを注がれたそこは、じんじんと熱を帯びている。

 

「...いいよ、いきんで」

 

「汚いから...嫌です」

 

恥ずかしくて我慢しても、結局は耐えきれなくなってしまうのだけど。

 

「綺麗になったかな?」

 

ぐりりと固く敏感な箇所を、こすられてのけぞってしまう。

 

「あ...っは」

 

かと思ったら、熱くぬるついたもの...義兄さんの舌...が、僕の入口で遊びだした。

 

「...やっ...ダメ...ダメ...!」

 

「ダメ」や「やめて」は義兄さんを煽る言葉。

 

バスタブに腰掛けた義兄さんの上に、後ろ向きに重なる。

 

「せっかく洗ったのに...」

 

真っ白な床に、血色のよくなった僕らの肢体が生々しかった。

シャワーを浴びたばかりなのに、舐めた義兄さんの肌がしょっぱい。

ちゃぷちゃぷと肌同士がを大理石張りの浴室に響く。

明日の夜もこうやって、義兄さんと重なりたい。

しこりとなっている物事を片付けて、晴れ晴れとした気持ちで。

 

 

閉じたまぶたの向こうが白く透けて、そうっと目を開けた。

お尻にシーツが直接触れるから、僕は何も身につけていないみたいだ。

浴室でも繋がって、腰がたたなくなってしまった僕を義兄さんはベッドまで運んでくれたんだっけ?

喉はひりひりするし、全身がだるい。

これは風邪をひいたわけじゃなくて、つまり、昨夜の名残なのだ。

閉めたカーテンの隙間から、外の景色を覗く義兄さんの背中。

布団から目だけを出して、上半身裸でベッドの前を横切った義兄さんを目で追った。

TVをつけて慌てて音量を下げている(眠る僕を起こさないように)、ごくごくと水を飲んでいる(喉が渇いているんだね、僕も喉がからからだ)、シャツに腕を通している(糊のよくきいたシャツ。もう出かけるのかな)

急に寂しくなって、薄目で義兄さんを観察していられなくなって、僕は勢いよく起き上がった。

 

「...いた!」

 

腰も股関節もギシギシと音がしそうだった。

僕のうめき声に気付いて、義兄さんは「起きた?」と、僕に手を貸してくれる。

引っ張り起こされて、「義兄さんのせいですよ」と恨みがましく言ってみた。

義兄さんはベッドに腰掛けて、「おはよう」って僕の頬を撫ぜた。

揃って朝を迎えたのは...初めてだった。

義兄さんのシャツにしわを付けるわけにはいかないから、押し倒すことはできない。

映画で観たことがあるシーン...お昼過ぎまでぐずぐずといつまでもベッドの中で過ごす恋人たち...こんな感じなのかな。

僕たちは...恋人同士なのだろうか。

 

...そうとも言えるし、そうじゃないとも言える、曖昧な関係だ。

 

 

今日の義兄さんは、夜までびっしりと予定が入っているのだそう。

「観光しておいで」と義兄さんは言ってくれたけど、僕にはやることがあった。

今夜、義兄さんとこの部屋で合流したら、彼に渡したいものもある。

ドアが閉まる音を確かめて、バッグからスマホを取り出した。

 

『今日、会えますか?

話があります』

 

メッセージを送信した。

 

 

(つづく)

義弟(46)

 

 

 

~ユノ34歳~

 

 

「俺とこんな関係になってしまって...不安か?」

 

チャンミンはぶんぶんと首を横に振った。

 

「逆の立場だったら、俺だったら、不安で不安で苦しくて仕方がないだろうなぁ。

だから、少しでもチャンミンに安心してもらいたくて、ね」

 

「...僕は...平気です」

 

普段、飄々とした風のチャンミンだけど、強がっているだけだ。

 

「不安で苦しい訳はね、先が見えないからなんだ。

俺は結婚しているし、チャンミンはまだ高校生だ。

それから...俺たちは、ちょっとばかし...いやかなり、年が離れすぎている」

 

「......」

 

「だから、俺はね。

チャンミンが誕生日を迎える度、ホッとするんだ。

チャンミンが少しずつ、大人に近づくと安心する」

 

「僕が年をとろうと、年の差は変わらないままですよ?」

 

「ははっ、そうだけどね。

...やっぱり、俺はチャンミンに対して悪いことをしているみたいな気持ちになってしまう」

 

「...っそんな、義兄さんは悪いこと何もしていません」

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ。

悪いことしているなぁ、ってのは、俺が勝手に思っていること。

チャンミンは気にしなくてもいいんだよ」

 

「気にしてしまいますよ」

 

俺はチャンミンの肩を抱く。

 

俺の腕の中で、びくりと震えて固くなっていたのが、ほどけていった。

 

「誕生日おめでとう」

 

そう口にした直後、俺の肩に預けられていたチャンミンの頭が、勢いよくこちらに向けられた。

 

「...僕の誕生日は、とっくに過ぎましたよ?

...っいた!」

 

嫌味を言うチャンミンの鼻をつまんだ。

 

チャンミンの誕生日が着々と近づいてきても、俺は敢えてこのことを持ち出さなかったし、彼の方も平常モードで、この日を匂わすようなことは言わなかった。

 

「去年は誕生日なんて、全然頭になかったからなぁ」

 

そんな俺に、チャンミンは不貞腐れた顔をしていたんだったっけ。

 

1年前が遠い。

 

「...そうでしたね」

 

「今年は忘れなかったぞ?」

 

「いばってますね」

 

「そうさ。

今のイベントがなければ、当日に祝ってあげたかったんだ」

 

「そんな...気を遣わなくてもいいです...」

 

チャンミンは日にちにこだわる人間じゃない...祝おうとする気持ちがあるかないかに重きをおく子だと思っている...これは俺の勝手なイメージだけど。

 

俺の肩から頭を起こして、チャンミンは鼻のてっぺんをいじっている。

 

緊張したり、言葉を探している時のチャンミンの癖だ。

 

「俺たちはいわゆる、『不倫』をしている。

世間的に、全く褒められたことをしていない。

こそこそとしか会えなくて、申し訳ないと思っている。

本当に、申し訳ない。

ごめん。

不倫男がよく言いそうなセリフだけど...俺はね」

 

チャンミンの肩に手をかけ、彼の顔を覗き込んだ。

 

チャンミンは、彼を幼く見せている丸い眼で、俺を見上げている。

 

黒目と白目の境がくっきりとした、にごりのない新品な眼は1年前と変わっていない。

 

俺と内緒の逢瀬を重ね、みだらな行為にふけってきたのに、チャンミンの心の窓は純粋そのままだった。

 

じんと感動してしまって、まぶたの裏が熱くなってきた。

 

俺はまばたきを繰り返して、それを誤魔化した。

 

「チャンミンが大事だよ。

チャンミンは男で、17歳で、面倒くさいことに、俺の奥さんの弟だ。

それでも、俺はチャンミンが大事だ。

...だから。

堂々と会えるような立場になれるように、俺は準備をしているから。

安心して欲しい」

 

クッションの裏に忍ばせていたものを、チャンミンに差し出した。

 

「...これ...?」

 

「俺からの誕生日プレゼント」

 

「...え...?」

 

チャンミンは手渡された封筒にきょとん、としていたが、何度も頷く俺に促されて封を開ける。

 

「...飛行機の?」

 

「これで旅行したらどうかな、と思って?」

 

それは、外国行きのオープン航空チケットだった。

 

「僕ひとりで行ってこい、っていう意味ですか?」

 

じとっと睨みつけるチャンミンの三白眼は、久しぶりだった。

 

でも、口角が震えている...嬉しがってる。

 

「まさか!」

 

さも心外そうに、俺は思いきり眉を吊り上げてみせた。

 

「俺の分もちゃんとあるよ。

一緒に行こうか?」

 

「...パスポートを持っていません」

 

「じゃあ、取ればいい」

 

チャンミンの頬が緩んだのを確かめて、チャンミンの肩に回していた腕に力を込める。

 

チャンミンの頭を胸で受け止め、彼の後頭部を撫ぜた。

 

飛び跳ねて喜ぶとか、俺の首にかじりついて礼を言うとか、そういうダイナミックな言動は見せない子だ。

 

チャンミンの心にひたひたと喜びが満ちていって、それに浸りながら静かに喜びを噛みしめる...そんな感じだった。

 

昨年あげたマフラーについては、贈った時には既に季節外れだったため、身につけているのを目にする機会がなかった。

 

ところが今日、それを巻いている姿と初めて対面して、よく似合うと思った。

 

今年は何を贈ろうか?

 

洋服は好みが分かれるし、アクセサリーはチャンミン相手だとピンとこないし、まさか現金を渡すわけにいかない。

 

最終的に、飛行機のチケットを贈ることを思いついた。

 

俺たちにはちゃんと、「未来」が待っているんだよ、って、チャンミンに示してあげたかった。

 

面と向かって口にしなくても、チャンミンは不安でいるはずだ。

 

チャンミンを安心させてあげるのと同時に、俺自身も安心したかった。

 

不安だったのは、俺の方だったんだ。

 

「...僕も、義兄さんにプレゼントがあります」

 

俺の胸に頬をくっ付けたまま、チャンミンはぽつり、と口を開いた。

 

「え?

俺に!?」

 

思いがけない言葉に素っ頓狂な声を出してしまい、チャンミンに睨みつけられてしまった。

 

「義兄さんも誕生日だったでしょう?

...誕生月、一緒でしょう?」

 

その通り、俺とチャンミンは同じ月に誕生日を迎える。

 

「こんな凄いもの貰ったばかりに、渡すのはちょっと恥ずかしい」

 

俺の為に用意してくれた気持ちが嬉しかった。

 

「気になるなぁ。

何?」

 

「大したものじゃないですよ」

 

チャンミンは俺の胸から顔を上げ、ベッドに置いたリュックサックの方を振り返った。

 

そうか、あの中に詰めて持って来てくれたのか。

 

「...でも」

 

「ちょうだい?」

 

チャンミンの首にタックルした俺は、ふざけて「ちょうだい」を連呼した。

 

「...義兄さん!

うるさいです!」

 

こんな俺を初めて見て、チャンミンは面食らっている。

 

俺の方こそ、はしゃいでいる。

 

時間の心配なく、心置きなく過ごせる今夜。

 

「ちょうだいちょうだい」

 

頬に耳にと、大きな音を立ててキスをする。

 

「義兄さん!」

 

俺の腕から逃れようと、身をよじった隙を狙って、チャンミンの膝をさらって高く抱き上げた。

 

「...っあ!」

 

そして、そのままベッドへ移動して、チャンミンを下ろすなり彼の上に身を伏せた。

 

チャンミンの頭をマットレスについた両肘で、囲い込んだ。

 

長いまつ毛に縁どられたまぶたが微かに震えていた。

 

その下の瞳は潤って 絞った照明のせいでそこに俺が映っているかどうかは分からない。

 

常に一文字に引き結ばれていた口が、うっすらと開いた。

 

「...後で。

この後で、いいですか?」

 

困った...そんな風に言われたら、「もちろん」と答えるしかないだろう?

 

「同じこと考えてた」

 

Tシャツの下で、固い胸が呼吸に合わせて上下している。

 

チャンミンによって俺の頭は引き落とされ、着地したそこで唾液の交換。

 

チャンミンのスウェットパンツに片手を滑り込ませると、俺の指を迎い受けようと腰を浮かす。

 

そして、両脚を高く持ち上げて、俺の腰を抱え込んだ。

 

夕方は気の急いたものだったから、これからのものは時間をかけて攻めようと思う。

 

 

 

(つづく)

 

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義弟(45)

 

 

 

~ユノ34歳~

 

 

入浴を終えたチャンミンの髪はびしょ濡れで、見かねた俺はタオルで包んでやった。

 

俺に頭を預けて、小さな子供みたいにじっとしているチャンミンが愛おしい。

 

アトリエでシャワーを浴びていくこともしょっちゅうだったから、湯上りのチャンミンは珍しい姿じゃない。

 

それなのに、じぃっと見入ってしまったわけは、ゆったりとしたTシャツとスウェットパンツといった寛いだ格好が、なんていうか、そう...普通っぽくて。

 

チャンミンの日常を垣間見れたみたいで、嬉しかったのだ。

 

タオルドライ後のボサボサ頭のチャンミンは、ワゴンに並んだ料理に目を輝かせた。

 

「2人分にしては多くないですか?」

 

「育ち盛りの高校生がいるからね」

 

今の台詞もそうだが、夕方のエレベーター内で「子供みたいだ」とからかったことも、チャンミンが17歳であることを強調するようなことばかり口にしているみたいだ。

 

なぜだかは、分からないけれど。

 

気をきかせたチャンミンは、冷蔵庫から取り出したビールを掲げて俺の方を窺っている。

 

「酒はいいや。

水か炭酸水がいい」

 

「あれ...?

お酒を飲まないのですか?」

 

「毎晩、飲みに連れ回されていて、肝臓がヘトヘトだ。

...じゃないよ。

今夜は素面でいたい」

 

意味ありげに笑ってみせて後、俺は真顔を作ってチャンミンを見る。

 

「...意地悪ですね」

 

俺が何を匂わせているのかを悟ったのだ。

 

入浴後の火照った顔をもっと赤くさせて、チャンミンはぷいっと横を向いてしまった。

 

「ほらほら、食べよう。

夜は長い」

 

ベッドサイドの時計をちらりと確認すると、まだ21時。

 

時間はたっぷりとある。

 

 

 

 

チャンミンが入浴中、俺は考えていた。

 

俺とチャンミンとのことを考えていた。

 

3週間に及ぶ会期中のこの2週間、息つく間もなく忙しかった。

 

会場設営、大勢の前でのスピーチ、パネルディスカッション、美術雑誌その他の取材、招待客との歓談、毎夜のように酒場に連れ回されて...残すは閉会セレモニーだけだ。

 

セレモニーの後のパーティにはBが参列する。

 

Bとは2週間の間に数度、電話で簡単な近況報告をしたくらいだ。

 

世間一般的に言って、これが多いのか少ないのわからない。

 

海外に行くから1週間留守にするとか、Bは話していた。

 

(どうせ買い物旅行だろう。Bとチャンミンは姉弟なのに、物欲という点では正反対だ)

 

子供が欲しいと言い出されたのは、何か月か前のことだった。

 

チャンミンと肉体的な関係が始まった頃で、どうしても妻Bを抱く気がおきなくて、誘われても何かと理由をつけてかわしていた。

 

Bの言動はその場限りの思いつきのものが大半だから、放っておけばその気もフェードアウトするだろうと、その話題には一切触れずにいた。

 

幸いにして予想通りになって、俺は胸を撫でおろしたんだった。

 

Bとの間に子をもうける図が全く浮かんでこなかったことと、チャンミンとの関係にのめり込みかけていた頃で、物事を複雑にしたくなかったことの2つが、Bの発言に同意できなかった理由だ。

 

Bのことが大事じゃないという意味じゃない。

 

彼女には彼女のいいところがあって、そこに俺は惹かれて結婚するに至った。

 

彼女への愛情が冷めた、というよりも、チャンミンへ注ぐ愛情が圧倒してきたと言う方が正確だ。

 

チャンミンとのことがなくても、彼女と共に生きていくことについて考え直す必要はあるかもしれない。

 

もし...。

 

俺とチャンミンとのことを知った時、Bはどんな反応を見せるだろう?

 

...火を見るよりも明らかだ。

 

俺はいいさ。

 

他人に戻るだけだ。

 

心配なのはチャンミンの方だ。

 

Bとチャンミンは姉弟だ。

 

先日チャンミンが指摘したように、俺たちの関係を知った時、チャンミンはさんざんな言葉をぶつけられ、家に居られなくなるかもしれない。

 

どれだけ非難されても俺は構わない。

 

チャンミンの場合は、家族が絡んでいる。

 

加えて男相手で、周囲の拒否感が大きいことは必至だ。

 

チャンミンが妻Bの弟じゃなく、全くの他人だったらどんなによかったことか...。

 

でも、Bの弟だったからこそ、俺はチャンミンと出逢えた。

 

とは言え、永遠に隠し通せることじゃない。

 

隠し通せない訳は、こそこそと会い続ける関係は御免だと俺が考えているからだ。

 

俺たちの関係を隠す必要がない状況でいたい。

 

今は無理でも近い将来には。

 

チャンミンの「別れないでください」には頷いてやったけど、守り通すつもりはない。

 

あの時のチャンミンの切羽詰まった表情に、俺は頷いてやるしかなかったのだ。

 

俺たちの関係がこの後ずっと続く保証はない。

 

先のことは分からない。

 

でも今の俺は、17歳の高校生に真剣に惚れている。

 

結婚している身でありながら、チャンミンとの関係を守りたいのだ。

 

チャンミンが高校を卒業する頃には...俺たちは自由になれるだろうか。

 

それから...チャンミンの立場を守る意味でも、今後言動には慎重にならないと。

 

X氏はあんな風だが、社会的には成功者だ、自分の首を絞めかねない軽々しい行動はとらないだろう。

 

...などと、つらつらと考えていたのだ。

 

 

 

 

ワゴンの上の料理はほとんどチャンミンが平らげた。

 

あまりにも美味しそうに食べるからついつい見入ってしまい、チキンにかぶりついた瞬間のチャンミンと目が合うと、俺を睨んでみせる。

 

でもその目は笑っていて、俺もつられて笑顔になる。

 

旺盛な食欲のわりには、やせっぽちな身体。

 

...そうでもなくなってきたか。

 

出会った頃は鳥がらのような肉付きだったのが、この1年の間にぐんと背が伸び、男らしい筋肉質なものに変わってきた。

 

そんな身体が、俺に抱かれている間は女のようにぐにゃりと柔らかいものになり、快感に酔ってのけぞった喉はしなやかな曲線を描くのだ。

 

Bにもさせたことのない恰好をさせた。

 

仰向けになったチャンミンの両膝が肩に付くまで落として、俺は真下へ攻めに攻めた。

 

どこまで俺の欲についてこられるか、試してみるかのような行為だった。

 

チャンミンとの行為を通して、何を確かめようとしているのだろう?

 

...きっと、俺の中にくすぶり続けている疑念を晴らしたいんだ。

 

どんな体位も応じられる柔らかい関節は、俺との経験で作られたものなのか?

 

感度の良すぎる肌と粘膜。

 

チャンミンは俺以外の誰かと関係を持っている。

 

これは確信だ。

 

チャンミンを壊しかけないような抱き方をしてしまうのも、この疑念のせいなのだ。

 

過去のものなのか、現在進行形のものなのかは、男との行為はチャンミンが初めてだから判断がつかない。

 

チャンミンに色気が増してきたから、俺に巣食う疑念の存在感が増してきた。

 

チャンミンと身体の関係を持っているから、どうしてもそういう目で見てしまうせいもあるが...綺麗な顔から伸びる長い首...男でも女でもない不思議な色気だ。

 

X氏が目をつけても、仕方がないか。

 

一度X氏には釘を刺しておいた方がいいな。

 

 

 

 

「チャンミン、おいで」

 

先にソファに腰掛けた俺は、隣の座面をぽんぽんと叩いた。

 

食事の後、いそいそとワゴンの上を片付けようとしたり、テレビを付けようとするチャンミンを制した。

 

この後に行われることを意識し出したのか、チャンミンは落ち着きがなかった。

 

照明も絞ったから余計に、挙動がおかしくなったチャンミンが可笑しかった。

 

二人だけの空間でゆっくりと食事をとったことも、それぞれの家へ帰る必要がない状況も、初めてだった。

 

誰にも邪魔されない時と場所。

 

俺は今、この時、チャンミンに伝えたいことがあった。

 

俺の隣にちょこんと...大きな身体をしていて、こんな言い方もおかしなものだ...座ったチャンミン。

 

「チャンミン」

 

自身の膝頭に視線を落としたままのチャンミンを呼んだ。

 

「こっちを見て?」

 

チャンミンはおずおずと、眼差しだけをこちらに向けた。

 

 

 

(つづく)

 

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