(17)ぴっかぴか

 

 

~ユノ~

 

駅までの道順が分かんないとうるさいから、道案内がてら送っていくことになってしまった。

 

通勤時間を過ぎた頃の駅への道中、人通りは少なくなっていた。

 

俺は自身の容姿に無頓着な方だ。

 

そうであっても、20代半ばで金髪頭でいるのは、社会人になるのを逆らって若者ぶってるみたいで、気恥ずかしい。

 

俺はTシャツにスウェットパンツ、チャンミンは俺が貸したTシャツと黒パンツ。

 

かちっとした革靴にジャージパンツは似合わないと、伊達男チャンミンはうるさかった。

 

自分のボトムスに、『部屋着』と筆文字がプリントされたTシャツを合わせるのは嫌だと、文句ばっかり言ってるんだ。

 

洗濯が間に合ってなかったし、比較的新しいのがそれしかなかったのだ。

 

つくづくチャンミンという遊び人は、面倒くさい。

 

ラフな恰好をさせて、俺はほっとしていた。

 

乳首が透けたシャツとぴっちぴち革パンといった、発情期の雄(雌じゃない!)を刺激するような恰好じゃ、マズいだろう?

 

だから隣を歩く俺は落ち着かない。

 

俺が貸したTシャツをくんくん嗅ぐチャンミン。

 

「臭くて悪かったなぁ」

 

「ユノの匂いがする」

 

「当たり前だろ?

俺の服だから。

あんたのかーちゃんの匂いがしてたら変だろう?」

 

「ねえ、ゆの。

首の後ろ、くんくんしていい?」

 

「ば、馬鹿!」

 

「舐めたりしないから。

くんくんさせて?」

 

「こら!

近寄るな!

しっ、しっ、しっ!」

 

「ちぇっ」

 

「俺相手に発情すんなって!」

 

「発情だなんて...。

男の人を見る度、見境なくお尻を突き出してるみたいに言わないでよ」

 

「あんた...!

ケツって言ったか?」

 

俺は目を剥いて、反射的にチャンミンの尻に目をやってしまう。

 

それから、風呂場で観察してしまったチャンミンの、ピュアピンクのあそこを思い出してしまった。

 

「マジか...」

 

「マジマジ」

 

小首を傾げて「うふっ」ときた。

 

「...へぇ...」

 

「ねえ。

『この子だ!』と思えた子とはエッチしてもいい、って言ってたよね?」

 

「ああ。

男なのに貞操観念が高い、と馬鹿にしたければしていいぞ」

 

開き直った風の口ぶりに、「あれ?」と。

 

俺が童貞であることは、男友達にも話したことはない。

 

単に馬鹿にされるだけだと分かっていたからだ。

 

『この子だ!』と確信が持てた子としかしたくない、と説明しても、彼らには理解できないだろうし、仲間内でゲラゲラと笑われるのがオチだ。

 

けれども、チャンミンにカミングアウトして以来、その信念も揺らぎ始めた。

 

何をこだわっているんだ?と。

 

セックスを拒んだせいで、フラれたことも堪えてきたんだろうな。

 

経験人数20人プラスα(絶対に少な目にサバを読んでいるに違いない!)の性の達人と、経験人数ゼロの俺。

 

ギャップが甚だしい。

 

「じゃあさ、『この子だ!』って子が現れて、いよいよえっちをするってなった時。

ユノはどうするの?」

 

「え?」

 

「経験なしで、彼女をリードできるの?」

 

俺の不安をズバリ言い当てたよ、この玄人は!

 

「やり方は知ってるし、その時はその時だ。

身体が自然と動くものじゃないのかな?

それに、彼女の方がリードしてくれるかもしれないじゃん」

 

「へえぇ。

彼女が処女かそうじゃないかは、こだわらないんだ」

 

「う~ん、そうなんだよなぁ...」

 

「つまりだよ?

相手が純潔を捧げてくれることに悦びを見出すんじゃなくて、

ユノが純潔を捧げるに値する相手を待っているんだね」

 

「そういうことに...なるね」

 

そこまで深く追求してみたことはなかった。

 

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

ユノの隣を歩く僕は得意げだった。

 

昼間の太陽の下で見るユノは、よだれが出そうになるくらいいい男だった。

 

180センチ超えの高身長、頭が小さいせいで9頭身?

 

ジャージパンツにサンダル履きといった1マイルファッションなのにね。

 

白金に近い髪が陽光に透け、キメの細かい白い肌と相まって、北欧の人みたいなのに、顔立ちは塩顔なんだ。

 

う~ん、いいねぇ。

 

おっと、ユノとチェリー談義の途中だった。

 

「その子にしてみたら、重いねぇ。

ユノの初めてを奪っちゃってさ。

責任重大だねぇ」

 

「う~む...」

 

「『この子だ!』って子とえっちをした後の話だよ。

ユノにしてみたら、意味ある子なんでしょ?」

 

ユノとはその子と粘膜同士で繋がることに、深い意味を求める男だ。

 

ユノにとってえっちは、愛情の交換なのだろう。

 

さぞかしその子は、ユノのことを重いと思うだろうなぁ。

 

もっとライトな付き合いをすればいいのに...例えば僕のように。

 

「さあ...。

そんな子と出会ったことがないから」

 

ユノはいい男で、さらに性格もいい。

 

女の子がぞろぞろと寄ってきそうなのに、大勢の彼女たちから未だ『この子だ!』を見つけられずにいるなんて...。

 

僕が『この子だ!』になれる見込みはあるのかな...。

 

あれ?

 

あれれ?

 

ユノをひと晩のお相手にするつもりだったのに。

 

ガードの固いユノをいかにして落とすか、ゲーム感覚でいたのに...。

 

おかしいぞ。

 

「駅についたぞ」

 

会話と思考に夢中でいる間に、目的地に到着してしまったようだ。

 

「ありがと。

あとでね」

 

僕の「あとでね」発言を受けたユノのびっくり顔といったら!

 

連絡先の交換を済ませていたことを、ユノは忘れていたらしい。

 

「...あ、ああ」

 

うふふ、可愛い。

 

「じゃあな」

 

あっさり言い放ち、くるりと背中を見せたユノを呼び留めた。

 

「お金を貸してください...」

 

「は?」

 

ユノと関わるための作戦じゃない。

 

僕の財布は、ユノの部屋に脱ぎ捨てたままの革パンの後ろポケットに入れっぱなしだった!

 

「あんたなぁ...。

ドジっ子過ぎるんだよ。

まてよ...」

 

ユノはスウェットパンツのポケットをごそごそした後、紙幣と小銭を...ポケットの中身を全部、僕に渡した。

 

「え...こんなにいっぱい...」

 

「メシも買わないといけないだろ?」

 

「うん...。

ありがとう」

 

「じゃあな」

 

きびすを返したユノを、再び呼び止めた。

 

「今度はなんだよ?」

 

ユノは当然、ムスっとしている。

 

僕は顔を寄せ、ユノの頬に唇を押し当てた。

 

「......」

 

ぽぉっと立ち尽くすユノに、「またね」

 

僕は手を振り、駅構内へと駆けていった。

 

うふふ。

 

キスしちゃった。

 

 

(つづく)

 

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