~チャンミン~
なぜ、
ユノが
「ここに」
いるんだ!?
・
入浴の介助を終え、大量のバスタオルを洗濯乾燥機に投入していた。
おむつが紛れ込んでいないか1枚1枚確認しないと、大惨事が起きてしまう。
首からぶら下げた携帯電話が鳴った。
Dさんの旦那が「カミさんが痩せてきている。あんたんとこはメシを食わせてるのか?」とか、難癖をつけに来たのかなと、暗い気持ちになって電話に出た。
(ホーム入所者よりも、その家族に悩まされることの方が多いのだ)
「今すぐ行きます!」
忘れてた!
今日は1名入所者がいて、僕が担当することに決まっていたんだった!
残りの作業をC先輩に押し付けると、僕は浴室を出た。
その後知るのだ。
その新しい入所者ってのが、ユノのおばあちゃんだってことを。
・
窓から降り注ぐ日光が逆光になっていて、すぐに彼がユノだとは分からなかった。
長身瘦躯の若者で「お!」と、いい男識別センサーの目盛りが振れた。
センサーの目盛りが振りきってしまって当然、そいつはユノだったんだから。
ユノはとんでもなくいい男で、ただいま僕が照準を当てている獲物なのだ。
こう書くとまるで僕が、ゲームの一環でユノを落とそうとしているように見えるだろう。
慈悲の念が湧いてしまった初めての獲物であり、友人でもあって、複雑にしてしまったのは僕だ。
思いがけない時と場所でユノと再会し、あらためて「う...やっぱり、カッコいいな」と見惚れた。
その次に僕を襲ったのは、「しまったーー!」だ。
軟派を装っていた僕が、実はまっとうで健全な職業に就いていたことがバレてしまった。
羞恥でいっぱいで、僕はポロシャツの衿を直し、腰にぶら下げた消毒液を手に塗り込み...もじもじしていた。
「お知り合い?」とホーム長に尋ねられ、僕が答えるより先にユノが、「はあ...」と答えていた。
ユノもびっくり仰天だろう。
機械的に会釈する僕から目を反らさなかった。
・
「夕飯は17時です。
不明な点があれば、遠慮なく声をかけてください」
ホーム長に次いで立ち去ろうとした時、背後から伸びた手に捉えられ、その力強さにひっくりかえりそうになった。
ユノだった。
「あんた...ちょっとこっちに来い!」
そう耳元に囁くと、僕の返答も聞かずユノはぐいぐい引っ張っていく。
ユノママは目を丸くして、介護士を引きずっていく息子を見送った。
・
「あんた。
なんでここにいるんだ!」
廊下に出るなり、押し殺した声で怒鳴られた。
「そのまんまだよ。
ここで働いてるんだよ!」
「午後からの仕事って...これか?」
「ふん。
似合わないって言いたいんでしょ?」
「ああ。
思いっきり似合ない」
相変わらずズバリ言う男だ。
「ユノは僕の職業をなんだと想像してたんだよ?」
「...ストリッパーとか?」
「はいはい、それ系だと思った」
(ゲイバーのボーイとか、AV男優とかの名前が出るかと想像していたから、意外)
ユノは僕の頭のてっぺんから足の先までを何往復も見た。
「そんな頭でいいのか?」
ユノは僕の髪色のことを指摘しているのだ...ふむ、当然の質問だ。
「仕事さえしっかりしていれば、見た目は関係ないんだ。
僕は大きいから役にたっている」
「そうだろうな」
ユノが感心した目で...キラッキラに輝いた目で僕を見るんだもの。
照れた僕は前髪を指にくるくる巻きつけた。
「評判いいんだよ。
『銀色の兄ちゃん』って呼んでもらってさ。
すぐに覚えてもらえるし」
「そうだろうな」
その場にしゃがみ込んだユノは、僕を見上げて笑った。
「意外だよ。
あんたがねぇ...まさかねぇ...」
「ふんだ」
僕もユノに並んでしゃがんだ。
ふわふわ金髪が可愛かった。
見惚れる目になっていたのをユノに気付かれ、「おい!」と胸をどつかれた。
「お、行かなきゃ」
ユノママがユノを呼んでいた。
僕の方も、看護師のFさんに呼ばれていた。
「ユノ!
いつ会おうっか?」
するりと出てきた言葉だった。
僕の方から誰かを誘うなんて、あり得ないことなのだ。
ユノはいつもの僕を知らないから、「あんたがそんなこと言うなんて、どうしちゃったんだよ」とからかったり、目を丸くすることもない。
「会う?
俺と?」
意味が分からない風にきょとんとした顔してても、それはフリだってバレてるよ。
「そうそう」
「今夜は、あんたは仕事だろ?
明日は俺も閉店までいるし...」
「それじゃあ、明後日は?
僕、休みなんだ」
「そうしよう」
ユノは「じゃあな」と手を挙げると、廊下の向こうで彼を待つユノママの元へと行ってしまった。
後ろ姿も素晴らしい。
ユノを誘っておいて、僕の股間のウズウズは止められない。
僕とはつくづく、下半身中心で世界が回っている浅ましい男だな。
そんな自分に反吐が出るほど、軽蔑に値する。
でも、止められない。
いつかは止めないといけないのだけど...。
ユノをものにしたかったり、ユノを僕の遊びの対象にするわけにはいけないと思い直したり、相反する感情で僕は1日足らずでへとへとだ。
でも、ユノに近づきたい欲求は止められないのだ。
・
ユノたちが帰って行ったあと、ホーム長は意味ありげに笑うだけじゃなく、「入所者のご家族とトラブルを起こさないように」とくぎを刺した。
職場では、僕は男が好きな男なんだと隠していないのだ。
私生活では派手な男遊びを繰り広げていることを、ホーム長にだけにはバレているのだけど。
(つづく)
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