(20)ぴっかぴか

 

 

~ユノ~

 

片手に下げた紙袋には、母さんが持たせたおかず入りのタッパーと缶詰が入っている。

 

夕刻前の電車に揺られた俺の意識は『あの人物』へと飛んでいた。

 

車両の半分を占めた女子高生なんて、全く視界に入っていなかった。

 

太もも丸出しのプリーツスカートなんて、どうでもいい。

 

なんだあいつ...。

 

チャンミンと再会した時のあの衝撃...思い出すだけで、鼓動が早くなるのだ。

 

一瞬間、頭が真っ白になり、その後に怒りが湧いてきた。

 

なんなんだ、あいつは!?

 

あの男は俺を驚かせてばかりだ。

 

失恋の痛みに浸りながら、たまに涙をこぼしたりして(俺は涙もろい)、しんみりとした数か月を過ごすだろうと覚悟していたのに。

 

それどころじゃなくなったじゃないか!

 

友人が増えるのは喜ばしい。

 

大人になってから、新たな友人を得る機会がぐっと減った。

 

どこか一歩下がった、控え目な探り合いのような付き合いになってしまう。

 

お互い仕事もあるし、価値観みたいなものも固定されてきて、学生時代と同様にはいかない。

(不思議なことに、女の子相手だとその辺りは特に問題にならない)

 

ところがチャンミンは例外だった。

 

いきなり距離を縮めてきて、俺のナイーブな部分にまで踏み込んできた。

 

それだけじゃなく、自身の秘部までさらしてきやがった。

 

経験人数ゼロな俺を馬鹿にしなかったのには新鮮だったし、俺の童貞至上主義を揺るがすような指摘と質問を投げかけてきた。

 

「チャンミンは俺を狙っているのでは!?」なんて疑いを持ってしまったけれど、もしそうならば、己の激しい男関係を明かすはずはない。

 

待て。

 

「僕とエッチしても、深刻に捉えなくてもいいよん。

だって僕ってほら、尻軽でしょ?

僕は男だし、ユノの『この子だ!』の数には入らないよん」

 

...のつもりで、明かしたのか?

 

なんて策士なんだ!

 

チャンミンがゲイだからって、俺に好意を抱いてるからって、即『ヤル』ことに結び付けてしまう俺の方が頭がいかれている!

 

待て。

 

今は、チャンミンのケツと俺のチェリーの話は後回しだ。

 

チャンミンの職業に仰天した話に戻ろう。

 

なんなんだよ、あのゲイ・ボーイは!

 

あいつはチャラい恰好とは裏腹に、老人ホームでまっとうな専門職に就いていた。

 

ウメ祖母さんを見ているから、ご老人たちのお相手は大変だろうに。

 

きっと、優秀な介護士なんだろうなぁ。

 

チャンミンの仕事ぶりを直接見たわけじゃないけれど、そうなんじゃないか、って思ったんだ。

 

愛嬌があるし、細っこい身体つきであっても力仕事では頼られているだろう。

 

長い前髪はゴムで結わえてあり、額に汗が浮かんでいた。

 

仕事、頑張ってるなぁって。

 

見直した、という意味じゃないのが不思議だ。

 

予想外な出来事でありながら、予想外じゃなかった。

 

過去の恋愛遍歴を軽々しく語るチャンミンの、醒めた目の色が気になっていたことと繋がる。

 

チャンミンは、多くにおいて『裏腹な』人物なんだろう。

 

惚れやすく(惚れられやすい)恋愛にかまけているようで、ご本人は恋愛事にのめりこんでいるわけじゃない、とか。

 

いくら意外過ぎるからって、職業のことでチャンミンをからかうのは止しておこうと思った。

 

チャンミンは分かってるんだ、見た目と夜の姿とのギャップの大きさに。

 

「どちらがチャンミンの本当の姿か?」と、追求する必要も権利も俺にはない。

 

それにしても...。

 

言動と実態があっちこっちバラバラで、キャラクターを掴みきれない。

 

チャンミンをどう思っているかって?

 

...分からん。

 

「おっと!」

 

電車を乗り過ごすところだった。

 

ポケットの中のスマホが振動した。

 

ホームに降り立ち、人波を避けて階段裏に回り込み、通知内容を確認すると...。

 

「なにやってんだよ!?」

 

ウメ祖母ちゃんとチャンミンのツーショット写真だった。

 

祖母ちゃんはこれ以上はない程、顔をくしゃくしゃにさせて笑ってVサイン。

 

チャンミンなんて祖母ちゃんの肩を抱いてるし!

 

(うちの祖母ちゃんに手を出すなよ、と思いかけ、待て待て。祖母ちゃんは80半ば、チャンミンの恋愛対象は男だったと思い出した)

 

極めて自然な流れで、チャンミンは俺の家族との関りを持つこととなった。

 

「...明後日かぁ」

 

 


 

 

~チャンミン~

 

 

多くの店が閉店し、コンビニエンスストアとファミリーレストランの煌々とした灯りが、歩道を明るく照らしている。

 

看板照明に、夏虫がパタパタと集まっていた。

 

昨夜はユノの部屋に泊まったため、午前中に食材の買い出しに行けていない。

 

(遅番の日は、夕飯を用意してから出勤するのが常なのだ)

 

「シャワーでしみちゃうじゃないか」

 

入所者のひとりに、腕をバリバリっと引っかかれたのだ。

 

この仕事は生傷が絶えない。

 

噛みつかれた人もいる。

 

今日入所してきたウメさんは、まともな部類に入る。

 

僕を驚かせたお返しに、ウメさんと撮った写真をユノに送り付けてやったのだ。

 

「うふふふ」

 

一軒のファミリーレストランの前を通りかけた時、「今夜はここで夕飯を済ませよう」と、行き過ぎた足を止めた。

 

ポケットにはユノに借りた紙幣が2枚ある。

 

『部屋着』Tシャツは恥ずかしかったけど...ま、いっか。

 

 

店内はそこそこ混雑していた。

 

寒いくらいにきいた冷房で、すぐに汗がひいた。

 

案内された2人席につくなり、お腹がペコペコだった僕はメニュー表を開いた。

 

予算を考慮しながら、から揚げセットとドリア、ポテトフライを注文した。

 

ビールを飲みたいところだけど、昨夜のみ過ぎたから今夜は我慢だ。

 

頬杖をついて、談笑でざわめく店内をぼーっと眺めていた。

 

ユノと食事をするなら気取ったところもいいけれど、純朴そうな彼はこういったカジュアルな店が似合う。

 

庶民的という意味じゃなくて、その方が寛いでくれるんじゃないかなぁ、って。

 

「よっ!」

 

突如、声をかけられ、僕の正面に男が座った。

 

「偶然だな、ここで会うなんて」

 

僕は思いっきり嫌な顔をした。

 

3人前か4人前に付き合っていた男だった。

 

「よそに行けよ」

 

僕の言葉など無視して、そいつは店員を呼びつけて酎ハイを注文した。

 

届いたばかりの料理はそのままに、僕は席を立った。

 

「座れよ」

 

もの凄い力で僕の手首は握られた。

 

厄介なことになったと、暗い気持ちになった。

 

 

(つづく)

 

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