(21)ぴっかぴか

 

 

~チャンミン~

 

 

僕は男の手を力いっぱい振りほどいた。

 

「放せっ」

 

僕の拒絶を意に介していない男はニヤニヤ笑っている。

 

テーブルの上のものを脇にのけると、身を乗り出してきた。

 

「随分とダサい服着てるんだな?」

 

ユノに借りたTシャツを顎で指すと、男はけたけた笑った。

 

「うるせえな。

行けよ。

邪魔だ」

 

「そういうわけにはいかないな。

浮気相手とは今も続いてるのか?」

 

「関係ないだろ?」

 

忌々しいことに、男の見た目はよかった。

 

男のルックスのよさと、逞しい身体に抱かれたくて近づいたのは僕の方だった。

 

半年ほど前のことだ。

 

男はフライドポテトをとって、ねぶるように咥えた。

 

「そいつのをしゃぶってるんだろ?

...こうやって?」

 

「......」

 

「お前にゴミみたいに捨てられて...俺はどうなったか...分かるか?」

 

目の前の男もその次の男も、つまみ食いのつもりだった。

 

男との身体の相性はよく、遊びの相手とは1度しか寝ない主義に反して、彼とは10回は寝ただろうか。

 

男は僕に本気になってしまった。

 

『お前のけつは見境がねえんだな』

 

...これが、別れ際に男が吐き捨てた言葉だ。

 

『そうだよ。

見損なっただろ?

僕はこういう男なんだ。

悪いけど、僕は君のことは最初から好きじゃなかった』

 

残酷な言葉を浴びせて、男を遠ざけた。

 

これまで一体何人の男と関係を持ってきたのか、自分でも正確な数字は分からない。

 

壮絶な幼少時代も経験していないし、トラウマも何もない。

 

確かに、思春期頃に僕の本来の嗜好が周囲にばれて、嫌な思いをした経験は嫌というほどある。

 

ストレートの男子を好きになり、失恋を繰り返さざるを得なくなった結果、恋愛感情を抱くこと自体に恐れをなしたわけでもない。

 

恋愛に関しては、僕は驚くほどタフなのだ。

 

本気の恋愛を差し控えるようになったのは、別れの修羅場が面倒だったから。

 

心の通い合わせなんて...面倒なだけだ。

 

感情が絡んでくるから、修羅場になってしまうのだ。

 

恋愛感情なんていらないのでは?...18歳の時、至った結論はこれだった。

 

性欲は当たり前にある。

 

それの処理については、身体を繋げ合い、相手の温かい体温を感じ、意識がぶっとぶような快感にいっとき溺れられたら、それで十分じゃないか?

 

「俺はお前が憎いよ」

 

「だろうね」

 

「あの時は大人しく引き下がったけれど、今お前と会ってムカついてきた。

償ってもらわないとな」

 

「償うって...。

僕は君には何もしてあげられない」

 

食欲を一気に失った目の前で、料理は冷めていく。

 

「食わないのか?」

 

「僕は君に話したいことは何もない。

君との関係は終わったんだ。

悪いけど、どっかへ行ってくれないかな?

行かないなら、帰らせてもらう」

 

席を立った僕の手首は、再び男に捕らえられた。

 

筋肉自慢の男は力が強い。

 

「『悪いけど』...。

お前の口癖だなぁ?

悪いと思ってんだ」

 

僕はそれに応えず、男を見下ろし睨みつけた。

 

すごんで見せても、僕の顔じゃいまいち迫力がないのだけど。

 

「俺さ、連れと来てんの」

 

男は背後を親指で指した。

 

「ボコってやろうか?」

 

「!」

 

血の気が下がった。

 

男が指した先に、僕らのやりとりを眺めていたらしい男たちが3人。

 

「あん時の俺は大人しかったからなぁ?

お前の綺麗な顔が...すげぇ、ムカつく」

 

「あっ...!」

 

テーブル脇に置いたスマホが、男の手にさらわれた。

 

「返せ!」

 

男は取り返そうとする僕の手を払いのけた。

 

不穏な空気に、周囲の客も気づき始めたようだった。

 

店員も店長らしき男性を呼び寄せ、ひそひそと囁きあっている。

 

「立て」

 

僕の二の腕を握った男の力の強いことと言ったら!

 

男の怒りはごもっともだ。

 

それにふさわしいだけのことを、僕は彼にした。

 

寝る度に真剣みを帯びてきた男の目の色に警戒するようになり、同時進行で会っていた別の男に乗り替えた。

 

「離せっ!」

 

抵抗する僕に、男は耳打ちした。

 

「店の迷惑になる」

 

僕は男に肩を抱かれて店外へと出るしかなかった。

 

食べずじまいの料理の代金は男が払った。

 

男と関係を持っていた頃も、ホテルの支払いは彼が全部もってくれた。

 

僕の無様な姿といったら!

 

男の連れたちも、僕らを追ってきた。

 

店の1階駐車場の暗がりで、僕は4人の男たちに囲まれた。

 

ヤバそうな奴...いわゆる輩感のある奴...はいないようで安心した。

 

鼻息荒いのは男だけで、僕が見る限り、他の彼らは付き合わされている感いっぱいな傍観者だった。

 

「ボコる」は、僕を怖がらせようと吐いた台詞のようだ。

 

身体の相性がよくても、1度きりのセックスに留めておかなかった結果がこれだ。

 

こんな修羅場めいたシーンに遭いたくなかったから、自分なりのルールを決めていたのに...今さら後悔しても遅いんだけど。

 

「え~っと。

お前の『今の男』は誰かなぁ?」

 

「返せよ!」

 

僕に取り返されないよう、男はスマホを持った手を遠くに掲げてしまった。

 

男は僕のスマホをスクロールし始めた。

 

「お!

こいつだな」

 

直近の履歴は...ユノだ!

 

関係を持った男たちとは連絡先をぜったいに交換しないから。

 

「止めろ!」

 

ユノを巻き込むわけにはいかない。

 

僕は派手な恋愛遍歴を持つ男なんだと、ユノにはバラしていた。

 

けれどもユノはきっと、僕とは単に惚れっぽい奴程度に捉えていると思う。

 

僕の最低な過去の「実態」を知られたくなかった。

 

操作する男の腕に飛び掛かった直後、胸をどんと突かれ、僕は勢いよく後ろに転んでしまった。

 

手の平がざらついたアスファルトにひりひりする。

 

僕のスマホを耳にあてる男を、「どうかユノ、電話に出ないで!」と祈りながら固唾をのんで見守った。

 

「お宅が『ユノ』さんか?」

 

僕はがっくりと肩を落とした。

 

 

(つづく)

 

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