(2)ぴっかぴか

 

~チャンミン~

 

ますます好みだ...。

 

その男の顔を真正面から拝んで、僕は大いに満足した。

 

滅茶苦茶イイ男じゃないか。

 

すっかり氷が溶けてしまった彼のグラスの中身は少しも減っておりず、ミルク色のそれはカルーアミルクか何かか。

 

酒が強そうな見た目からのイメージに反して、飲み物はお子様なようだ。

 

ますます「いい!」と思った。

 

僕はギャップに弱いのだ。

 

グラスに添えた指も節が太く、この指で僕のあそこを埋められ、かき回されたいと思った。

 

腰の後ろがうずいてきて、獲物を前に早くも僕の身体は反応しているようだ。

 

「ごめんね。

突然、びっくりしたでしょ?」

 

目の前の男はこくり、とゆっくり頷いた。

 

きめの細かい肌に小さな顎、男のくせに唇は赤い。

 

こんなにいい男なのにフるなんて...彼女は余程酷いことを、彼にされたんだろうね。

 

浮気をしたか、キレると激高するとか性格面に問題があるのか...おかしな性癖があるのか...それとも彼女に気になる男ができたのか。

 

派手な髪色をしているわりに雰囲気はほわんとしていて、案外素朴な奴なのかもしれない。

 

目が充血しているのは、失恋で泣いてたのかな?

 

可愛いなぁ。

 

彼の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいなんだろう、なんとも複雑な表情で僕を見ている。

 

「勧誘でも、ナンパでもないよ。

...ひとりで飲んでるのが寂しくなっちゃって...。

君もひとりだったから、ご一緒したくなって...」

 

「はあ...」

 

相変わらずぽかんとしている金髪君。

 

別れ話の顛末の様子を、こっそり観察していたことは伏せておこう。

 

「僕ね、失恋しちゃったの。

でね、悲しくて寂しくて...。

ひとりで飲んでたんだけど、この虚しい気持ち、誰かに聞いてもらいたくって...」

 

眉をひそめて、泣き出しそうな表情をつくる。

 

出てもいない涙を拭ってみせたら、彼はハッとしておしぼりを差し出してくれた。

 

「...泣くなよ...」

 

「だって...フラれちゃって...。

辛い...」

 

彼は立ち上がると、テーブル越しに僕の肩をさすってくれる。

 

「困ったな...」とつぶやいている。

 

金髪君は素直で単純、困っている人を放っておけない、騙されやすいタイプのようだ。

 

僕は内心「ちょろいな...」と、つぶやいた。

 

「ずっと好きだったのに、フラれちゃった。

あ...名前を聞いていなかったね。

僕はチャンミン。

君の名前は?」

 

「俺?

えっと...ユノ。

ユノ」

 

「はじめまして。

見ず知らずの人に、いきなり愚痴ったりしてごめんね。

びっくりするよね?」

 

「ま、あぁ...びっくりしたよ。

え~っと、チャンミンさん」

 

「呼び捨てでいいよ。

年は同じくらいでしょ?

いくつ?

...25?

偶然!

僕と同い年だね」

 

「え...じゃあ、チャ、チャンミン。

俺、あんたの気持ち、すげぇ分かるよ。

何の慰めにもならないかもしれないけど、俺も失恋したばかりなんだ」

 

「え!?」

 

まるで初耳のように、僕はがばっと顔を上げた。

 

今度はユノの方が泣き出しそうな顔を...いや、本当に泣き出した。

 

「...っく...うっ...。

俺...15分前にフラれたところなんだ」

 

「えっ!?

ついさっきじゃないか?」

 

「うん...っく...っう...。

そうだよ。

あんたが座ってる席に、さっきまで彼女がいたんだ」

 

見かねて手渡したおしぼりで、ユノはごしごし顔を拭いた。

 

その拭きっぷりが大胆で、おしぼりの角を揃えてたたんでるような男に虫唾が走る僕だったから、ユノの評価がぐんと上がった。

 

「そうだったんだ...。

無神経だったね、ごめんね。

ユノさんは凄いカッコいいのに、フラれるなんて...信じられない」

 

「俺のことも呼び捨てで呼んで。

同い年なんだし。

そういうチャンミンも、カッコいいよ」

 

何を互いに褒め合ってるんだと馬鹿馬鹿しくなったけど、ユノに関してはお世辞抜きにずば抜けたルックスの持ち主だ。

 

惜しい...女の子たちだけのものにしておくには、あまりにも惜しい。

 

この男が欲しい。

 

「そっか...チャンミンもフラれたんだ。

はあ...。

失恋って辛いよなぁ」

 

「うん...。

僕...立ち直れないかもしれない」

 

と、心底辛そうにがっくり肩を落としてみせると、ユノは「同感だよ」といった風に、僕の肩をぽんぽんと叩いた。

 

「俺だって立ち直れないよ、今さっきの話だからさ。

途方に暮れてたとこなんだ」

 

悲し気に片頬をゆがめたユノに、ぞくり、と色気を感じた。

 

この男に抱かれたい!

 

「失恋した者同士、飲み明かしましょうよ。

こ~んなジュースみたいなのを飲んでいないで...」

 

「...あ!」

 

ユノのグラスを取り上げ、一気に飲み干した(甘い!)

 

「もっと辛口なものを飲みましょう」

 

あっけにとられたユノに構わず、僕は店員を呼んでハイボールをオーダーした。

 

注文したものが届くまで、僕は頬杖をついてユノをじぃっと見つめる...とろんとした目付きで。

 

ノンケな奴でも、まぶたを半分落とした僕の目元に、ドキリとするものなのだ。

 

グラスワイン3杯で、僕の頬はほんのりピンクに染まっているハズ。

 

男相手に今、色気を感じたぞ、ごくり...ってな具合になるハズだ。

 

ところが、

「あんた...眠いのか?」ときた。

 

え...?

 

「いや...眠くないよ」

 

通じない。

 

ユノは女の子にフラれたばかり、いきなり男にぐらりと傾く...なんて無理な話か。

 

「眠いのなら早く帰った方がいいぞ?」

 

「帰りたくない。

...ひとりになりたくないんだ」

 

「だろうなぁ。

その気持ち、すげぇ分かるよ。

悶々として眠れなさそうだ」

 

「でしょ?

飲み明かしましょうよ。

僕が奢ってあげるから」

 

「いや、そういうわけにはいかないよ。

ここは割り勘で...。

言いにくいんだけど、あいにく俺はアルコールは得意じゃないんだ」

 

「弱いの?」

 

「そうとも言えるのかなぁ...。

人様に迷惑をかける酔い方をしてしまうから、控え目にしてるんだ」

 

「そうなんだ...」

 

ユノを深酔い状態にして、ホテルに引っ張っていこうかと...極めて、ありがちな手法が使えないと分かり、僕は別の作戦を練り直す。

 

時間をかけて接近をはかった方が、無理なく行為に持ち込めるのだけど、この日の僕はかなり切羽つまっていて、一刻も早く誰かに抱かれたかった。

 

(つづく)

 

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