~ユノ~
女子っぽい拗ね顔はいかにも演技っぽいが、この男ならガチでやりそうで、そのまんまの意味で受け取ることにする。
尖らせた唇と膨らませた頬に、隠し事を誤魔化そうとする不自然さはない。
俺は悪い方に考え過ぎていただけみたいだ。
疑心は毒だな、うん。
「僕んちに泊まっていってよぉ」
「俺は寝不足なんだ。
なぜだか分かるか?」
俺の質問にチャンミンは、「え~、なんでだろう?」と首を傾げている。
「あんたが俺のベッドを占拠していたからだ!」
「僕をソファに寝かせればよかったのに...」
「...そりゃそうだったけどさ。
べろべろのあんたをベッドから引きずり落すのは可哀想だったし。
ベッドは狭いし...あんたって、身体がデカいだろ?」
狭いベッドで重なり合うように寝たら、男好きのチャンミンに襲われる恐れがあったから...とまでは言わずにおいた。
「今夜はのびのび眠りたい」
と言いながら、チャンミン宅にお泊りする俺の姿を想像していたりもした。
「男のよさを知りたくない?」とか言って、腰をくねらせ、ちんちくりんなパンツとか穿いてるんだ。
乳首がすっけすけのピンクのビスチェなんかを着ているんだ。
で、俺はベッドの四隅に手足を縛られて、身動きができないんだ。
俺の大事なムスコを、チャンミンは舌なめずりして狙っているんだ。
「僕が全部やってあげるから、ユノは寝ているだけでいいんだよ」って...。
...アホか。
ここまで想像できる俺の偏見と妄想力が凄い。
「!」
股間がむずついてきたことに、俺は慌てた。
前カノとのエッチを拒んできたけれど、性欲は当たり前にあって、それの処理は自分でするしかない。
とは言え、チャンミンに襲われそうになる自分を思い浮かべて、下半身を反応させるとは...!
やたら綺麗な男と接近していると、俺の嗜好まで「そっち方面」に傾いてしまうのだろうか!
それだけは阻止しないと...ぶるぶるぶる。
と、ごちゃごちゃ考えているから、チャンミンは無言でいる俺が、お泊りするかしないかで迷っていると勘違いしたらしい。
「着替えの心配はいらないよ。
サイズも似てるしね」
「俺は三角パンツは穿かん」
「普通のもあるよ。
あれは勝負下着なの」
「しょうぶ!」
まるで女子みたいな台詞に、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。
「明日は早番なんだ」
「ユノのスーパーは何駅?」
「××駅...」
「ここから近いじゃん」
「......」
俺が勤めるスーパーは、チャンミンちの最寄り駅から1つしか離れていないのだ。
「録画し忘れたドラマがあるし」
「うちで録画すればいいじゃん」
「いびきうるさいし」
「耳栓あるから大丈夫」
「母さんから電話があるかもしれないし」
「ユノんちには固定電話はないでしょ?
それに、もう夜中だよ?」
「ネコアレルギーだし」
「僕んちにはネコはいないよ」
ここで俺ははっと気づく。
誰かとひとつのベッドで寝た経験がゼロだということに!
(母さんや妹はカウントしない)
(部活の合宿は雑魚寝だったから、これもカウントしない)
「寝相悪いし」
「ベッドが広いから大丈夫だよ」
「......」
チャンミンは両口角をぐっと下げ、あごにしわをつくり半べそ顔になったが、その手にはのらない。
「ユノはっ...っく...。
僕のこと...気持ち悪いと思ってるんだ」
「うん」
(...と、答えてしまったところで、何事も正直であればいいってものじゃない、無神経な正直者だとさんざん友人たちに指摘されていただろう?)
「あのね、僕はお友達には手を出さないよ」
「...だって、さ...」
チャンミンはふうっと吐息をついた。
「あの男が言ったことを気にしてるんでしょ?」
「うん」
あのマッチョ男は、チャンミンは男遊びが激しくて尻の穴がずるずるだと...こんなニュアンスのことを話していた。
さらに、俺も近いうちに(明日だっけ)フラれるだろうと予言までしていた。
...つまり、チャンミンは色恋沙汰に引きずり込もうと、俺に近づいたんだろう、と。
あの男にそう思い込ませてしまうだけの行いが、かつてのチャンミンにはあったわけだ。
そこに俺は引っかかっていた。
でも、チャンミンと『お付き合い』するのでもあるまいに、関係ないことなんだけどさ。
「俺はな!
あんたとは『そういう関係』になる気は...」
人差し指と親指で、5㎜の隙間を作ってみせた。
「これっっっぽっちもないからな!」
ここだけははっきり宣言しておかないと。
チャンミンの恋愛事情だか下半身事情に巻き込まれたくない。
「もぉ、ユノったら。
同じことを何回も言わなくても分かってるよ。
そのつもりはないから、いい加減安心してよ」
そう言うと俺の手首を取り、今来た道を引き返し始めた。
「おい!
泊まるとは一言もいっていない!」
抵抗するのも直ぐに止めた。
断りもなくテーブルについた昨夜といい、遠慮の欠片なく俺んちの風呂を使った今朝といい、優男ヅラなのに実は強引なキャラらしいから。
ま、いっか。
こいつの住まいに興味が湧いてきたから。
(つづく)
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